襟帆鎮守府に『迷彩』の曲解を使って潜入した子日と、それに追従するカタチでその力の一端を借り受けている調査隊の3人は、誰にも気付かれることなく奥まで行くことに成功した。
そこで待っていたのは、ずっと潜入していた諜報妖精さんと、ずっとこっそり情報を提供し続けていた襟帆提督の息子、整備士の方の襟帆。あくまでも今は敵の整備士として、ここで予備兵装──今回は駆逐艦の主砲、しかも深海棲艦の要素の含まれたモノ──の整備を続けていたのだが、救出の手が来てくれたのならば、もうその必要が無くなる。
深海棲艦の要素を持つ兵装は、万が一を考えて表に出さないように整備していた。そのおかげで、諜報妖精さんと襟帆整備士は、こんな工廠の奥にいられる。
「いた……!」
思わず声を上げてしまったのは、子日でもなく、神通だった。諜報妖精さんが無事にそこにおり、かつ整備士とこうして共にいるということは、つまりそういうことだと理解出来る。
しかし、その声がいきなり聞こえたので、諜報妖精さんも襟帆整備士もギャアと声が出そうなくらいに驚いた。子日は未だ『迷彩』を解いていないのだ。
「び、ビックリした……もしかして」
「ごめんごめん、ここまで来たら大丈夫、だよね?」
ここでようやく『迷彩』を解く子日。その場に急に現れる4人。それにまたもや驚きの声をあげる。声が聞こえたとはいえ、4人もいるとは思っていない。廊下はギリギリ。戦況を見ながらの整備のため、今すぐにでも誰かが来てしまいかねないので、少し狭いが奥に入ってほしいと招き入れる。
廊下ではなく室内で作業の邪魔にならない位置に移動してから、改めて『迷彩』を発動。もし誰かが飛び込んできたとしても大丈夫なように構えてはおく。
「君達が彼の言っていた調査隊、なんだね。ようやくこの時が来てくれたんだ」
「子日だけは後始末屋だけど、ここまでのお手伝いだよー」
「姿を消せるだなんて、こういうことをするための力じゃないか。心臓が飛び出るかと思ったけれど」
随分と襟帆整備士は余裕があるが、それは諜報妖精さんに最初からいくつか聞いていたため。『迷彩』については聞いていなかったが、近日中に必ずここまで辿り着いてくれると信じていたから。脱出出来なくなったことを謝罪しながらも、救出を素直に待ち、耐えられることは耐え続けるくらいに辛抱する心がある諜報妖精さんは、流石というところだろう。どんな状況でも焦らない。
「呑気に話している場合じゃないとは思うけれど、ひとまず来てくれてありがとう。知っての通り、ここは出洲の手が届く場所。こうして敵の兵装を整備しながら、その時を待ってた」
「貴方と同じように構えているのは、ここにいる人間全員ですか?」
「いや、何人かは出洲のシンパだよ。妖精さんは……正直何とも言えない。出洲とか関係なしに、ここが鎮守府だから手伝ってくれているという感じ。だから、この鎮守府を壊そうとしたら、妖精さんも抵抗する。出来ればやめてほしいかな」
妖精さんの在り方というのはそういうところだ。阿手のように巫山戯た使い方をしているのではなく、良いも悪いも鎮守府としての運用をすることを楽しんでいるところがある。自分達が整備した兵装を、艦娘達が上手く使ってくれるのならばそれでいい。その向けている相手が艦娘であっても。知らぬが仏、知ったところでスタンスを変えることはない。
諜報妖精さんのように、そうすることを生業としているのなら話は変わるのだが。
そういうこともあり、妖精さん達には罪はない。騙されているというわけでもなく、そういう生き物なのである。利用されているところはあるかもしれないが。
「なら問題は全て、まだこの鎮守府に残っている出洲シンパだけ。シンパじゃないけれど、この鎮守府が単純に好きという人もいる。妖精さんと同じようにね」
この場所がどのようなことをしているかを完全に把握しているわけではないというところに繋がるのだが、それでも今の仕事に生き甲斐を感じ、ここでの暮らしに疑問を持たずに、整備士として懸命に働いている者もいると、襟帆整備士は語る。
その筆頭が班長。この鎮守府でも整備士としての誇りを持ち、この鎮守府が裏でどのようなことをしているかを理解しておらずに、うみどりが攻めてくるのも単純に敵からの襲撃だと思って対抗しているだけ。
襟帆整備士がこの鎮守府の内情を最も知る者ではあるが、出洲シンパに漏れないように内密にしているところもあるので、信用出来る者を取捨選択している。班長は信用に値する者ではあるが、その辺りはどうしても怖いため、外に出さないようにしていた。
「艦娘……一度死んでる君達と敵対している方じゃない艦娘に、出洲シンパはいない。ここに来るまでに見たと思うけれど、朝風と松風も、
「そこは信じます。信じるしかありません。貴方が気付けないように行動されているというのなら、もうどうにもなりません。諜報妖精さんも、そこは気付けなかったんですよね?」
神通の問いかけに、諜報妖精さんは頷く。艤装整備をしながら、調べられるところは徹底的に調べている諜報妖精さんだが、艦娘に関しては完全に二分していることは確信していた。
カテゴリーCは襟帆提督の意志をしっかりと引継ぎ、我慢しながらも出洲の思い通りにならないようにギリギリの線で動いている。カテゴリーKは鎮守府の運営を邪魔しないようにしながらも、襟帆提督には全面的に従うわけでもなく、出洲のやり方に準ずるカタチで動いている。
これはずっと変わらない。共存しているように見えて、裏側は完全に対立状態だ。カテゴリーKは何処となくカテゴリーCを見下しているし、カテゴリーCはカテゴリーKを笑顔で敵視している。カテゴリーCはそのストレスを抱えたまま、ようやくこの戦いにまで漕ぎ着けることが出来ている。
「なら、出洲シンパはもう、艦娘相手に戦う力はないと思った方がいいのかい?」
そう聞くのは響。人間相手となれば、艦娘は確実に負けないまである。スペック云々があまりにも違いすぎるのだ。
調査隊の面々は、人間相手にも一悶着したことはあるようだが、それは艦娘としての圧倒的な力で制圧したようなモノ。なめているわけではないのだが、相手が人間であれば、艦娘は負けようがない。
しかし、襟帆整備士は首を横に振る。
「いざという時に艦娘を制圧出来るように武器を持ってる。実弾兵器で何かしてくることはないだろうけど、テーザーガンで麻痺をさせてくることは考えておいて」
「うちでも使ってるヤツだ……!」
テーザーガンと言われて、子日はピンと来る。伊26が使っている、海中で使えるテーザーガン。それは明石謹製の特殊なモノだが、整備士が使うモノは一般的なモノ。テーザーガンを一般的というのはおかしな話ではあるのだが。
しかも、艦娘相手に使うこともあり、出力を異常に上げてあるモノとも予想出来る。当たれば最悪、心臓を止められるかもしれない。
「ふむ……当たらなければどうということはない、とは言えないね。その手の類は、艤装に掠めても危険かもしれない」
「接近してもスタンガンなどを使われる可能性はありますね」
「それに、出洲シンパでなくても抵抗されるかもしれません。理由を知らないなら、私達は間違いなく侵略者です」
それこそ、この鎮守府での作業に誇りを持つ班長も、うみどりやおおわしの者が侵入しているとわかれば、危険だと抵抗はしてくるだろう。自分達の鎮守府に何をしてくれるのだと。
そこで理由を話したところで納得してくれるかはわからない。襟帆整備士も、そういう面があるから話がしにくかったと苦笑する。
「なら……どうする?」
「君達の他の目的を果たしてもらえばいいよ。母さんに接触しに来たんだろう?」
「そうですね。彼の回収と、襟帆提督との接触が目的です」
「なら、彼は連れて行ってくれて構わないよ。他の整備士がやってきたとしても、今は別件で離れていると話しておけばいい。いつここに来るかもわからないからね」
そんな簡単なことでどうにか出来るのだろうかと疑問はあるものの、襟帆整備士がそうすればいいというのだから、今はそれを信じるしかないだろう。
「いや、ちょっと待って。多分誰か来る」
少しバタバタと聞こえてきたため、子日達は息を潜める。姿は消えているため、声を出さなければ違和感はないはず。
すると、部屋の前に初老の男性──班長が入ってきた。焦っているような表情はしていないが、心配そう表情をしている。
「整備の方、順調か?」
「はい、これは仕上がっています。次はこっちですね。深雪と雷が使い潰す可能性があるでしょうから、念入りに調整していますよ」
「すまんな。まさか他の鎮守府が攻め込んでくるとは思っていなかった。しっかり抵抗出来るようにしないとな」
口振りからして、班長は本当に何も知らない。その技術をいいように利用されているとすら感じる程。息を潜めながらも、子日はこの人は絶対救いたいと心に決めた。
「それにしても、意味がわからんな……。何なんだ特異点ってのは」
「普通の艦娘とは少しズレた存在と、母からは聞いていますが」
「ああ、俺もそう聞いている。だが、それとうちの鎮守府を襲撃してくるのとに、何の繋がりがあるんだ……?」
鎮守府という存在は、海の平和を守るモノ。そして、襟帆鎮守府でもそういう活動をしているのだから、正しく運営されていると思ってはいるのだ。出洲が関わっていなければ、正しい運営をしているところもあるのだから。
裏を知らないというだけで、こうも認識に齟齬が出る。正しいモノが間違いに、間違ったモノが正しく見えてしまう。
「今は抵抗するしかないでしょう。あちらの事情が聞ければいいんですが」
「だな。可能ならば話し合いで解決したいモンだ。じゃあ、もう少し頼むぞ。こちらはこちらで予備の艤装の整備を続けておく。基地航空隊もかなり墜とされているようだからな」
「はい、よろしくお願いします。主砲の整備が終わったらそちらに向かいます」
「頼んだ」
班長はそれだけ話してまた持ち場へと戻って行った。
ある意味難しい戦い。何も知らない者を納得させるには、どうすればいいのか。