襟帆整備士から鎮守府の内情を聞く子日と調査隊。出洲とカテゴリーK達がこの鎮守府を利用していること、他の鎮守府とは大きく違うところがあることなど、うみどり側から攻撃を受ける理由を全く知らない者達もある程度はいることを伝えられる。
こう話している間に、整備士の班長が部屋に訪れるが、その口振りからしても、やはり裏で何が行われているかを把握していないようだった。特異点という言葉は知っていても、どんな存在かも知らなければ、何故戦いになっているのかがわからない。
ただ、班長は可能ならば話し合いで解決したいとも話しており、上手くやれればまだ納得してもらえそうな人間ではありそうだった。それでも事情が説明されていないのは、何かしらの理由がありそうではあるが。
「僕はここで兵装の整備を続ける。彼を連れて、母さんと接触してくれればいい」
「はい、ありがとうございます。どうにかする手段を考えます」
彼──諜報妖精さんは、一時的に『迷彩』から姿を現した神通が回収。今は頭に乗っかって、移動を開始する。
襟帆整備士は、ギリギリまでここで疑われないように行動するという。結果として兵装を万全の状態にしていくことになるのだが、それを使うことになる前に事が済む可能性はある。
「そうだ、その子に最後に挨拶を」
立ち去る前に、襟帆整備士は神通が運ぶ諜報妖精さんにサムズアップを見せる。
今はもう『迷彩』の中なので、諜報妖精さんの姿は見えていない。だが、おおよその位置に。
諜報妖精さんは、見えておらずともサムズアップを返した。これまでありがとう、また会おうという気持ちを込めて。
「彼は、必ず解放すると言っていますよ」
「よろしく頼むよ。そろそろ母さんに胃薬を手放させてあげたい」
「何処も彼処も胃薬だらけだね。困ったモノだよ」
響がオチをつけて、今度は執務室へと向かう。
誰にも見つからずに、慎重に。今の状況で鎮守府内を歩き回っているような者は存在しないはずではあるのだが、それこそ出洲シンパの人間であれば今こそ暗躍している可能性がある。
可能ならば、そういう別行動をしている者を探しつつ、最優先は襟帆提督との接触。執務室には護衛の艦娘──襟帆鎮守府でまだ見ていないカテゴリーC最後の1人と共に待機しているとのこと。
「妖精さんもいないみたいだねぇ」
「今のところ全部が工廠に出払っているのかな。あんまりこういうところにいるイメージもないけど」
「工廠に篭ってるイメージは多いよねぇ。そこら中にいる感じはするけど、廊下歩いてるみたいなことは無い感じ」
子日と響が話している通り、執務室までの道に妖精さんの姿は見えていない。一番大切な場所は工廠であり、最も危険な場所も工廠。提督の存在も重要だが、やはり守るべき場所、妖精さんの身体で守れそうな場所は、何処よりも工廠なのである。
そう考えると、潜入はわりとやりやすい方であり、姿を消しておくのは必須とはいえ、余程のことがない限りは見つからない。
「電子ロックなどもないですね。戦いのドタバタの中で全部解除されてる感じです」
「アナログな鍵もないよ。私達はそこまで必要じゃなかったかな」
「今後何があるかわかりませんから。鎮守府が協力してくれているからこれで済んでいるというくらいかもですよ」
アナログ専門の響はともかく、デジタル専門の白雪も、今回は仕事無し。ハッキングを仕掛けてどうにかしないといえないような場所は、襟帆提督が事前に解除済み。好きに見て好きに持っていけばいいと言わんばかり。
今戦っているカテゴリーK達は、その事実を知らない。高次でない全てを見下し、従っていても提督のことすら下に見ているところがあり、ただでさえ戦わないような人間に何かやれるとは思っていない節もある。裏で動いているという部分を徹底的に見せていない襟帆提督だからこそ、見下されていようが耐え続け、隙を全く見せていない。
「……すごいですね、ここまでやれるだなんて。心労も凄まじかったことでしょう。覆すことが出来るこの時を待ち続けただなんて、我々に耐えられるでしょうか」
「うーん、うみどりは多分無理。最初から従うって選択肢がないね」
「おおわしもさ。あの司令官が耐えるわけがない」
満場一致で、タイミングを待つことはしても、従って耐えるはしない。そもそもが許されざることをしているのだから、一瞬でも従うなんてことはしない。誰も傷付かない最善を選び取るにしても、出洲に従うことは傷付く者が出る選択だ。伊豆提督がそれを選ぶことは絶対にない。昼目提督だって、伊豆提督に追従する者、選択は同じであろう。耐えないと耐えられないは意味合いが違うが。
「襟帆提督は充分頑張ってくれました。もうこの日を以て終わりとしましょう」
神通の言葉に全員が頷き、真っ直ぐ執務室の扉を見る。罠が仕掛けられているようなこともない。妖精さんが控えているようなこともない。どうぞ入ってきてくださいと、施錠すらされていない。
子日の『迷彩』の力があれば、真正面から入っても気付かれることはない。扉が開いたということすら知覚されない。なので、何もない事を確認して、そのまま入った。
他の鎮守府でも同じような設計の執務室。そこには、顔色が少し悪い襟帆提督と、最後のカテゴリーC、護衛の夕張がいた。夕張は即戦えるように艤装も万全の状態。しかし、それでもカテゴリーKの面々からしてみれば、頼りない
むしろカテゴリーKは、提督の側に自分達の仲間を置いていない辺り、重要視していないというのがわかる。
「……襟帆提督」
声をかけたのは神通。気を張っている中で何も無いところから声がすれば、どれだけ平静を保っている者であってもビクッと震えるし、夕張はすぐさま扉の方に主砲を向ける。
だが、こうやって来るのなんて、うみどりの者達だろうと予想が出来る。襟帆提督は夕張を手で制した。
「本当に害するなら、声をかける前に我々がやられています。むしろ、声なんて出していません。夕張、主砲を下ろしていいですよ」
夕張はすぐに納得して主砲を下す。
「こちらの様子は、出洲側には」
「知られていません。隠しカメラもありませんし、盗聴は通信の傍受のみで終わっています。盗聴器なども仕掛けられていないことは事前に調べてあります。この戦場で、この場に直接乗り込んでくることは考えられていません」
「では、姿を現してもいいですね。その前に声をかけてしまったのは落ち度ですが」
神通に促され、子日は『迷彩』を解除。その場に4人の艦娘が現れたことにまた驚くことになるのだが、事前聞かされていたのと、いきなり声を出されるよりはマシだったようで、少し息が止まる程度で終わる。
夕張はまだ流石に警戒を解いていないが、襟帆提督は一度大きく息を吐いた。緊張感はまだ続くが、ここに来ているのはうみどり側、確実な協力者である。一度だけ、ほんの少しだけ、気を抜いた。だが、すぐにまた気持ちを引き締める。
「ようやくこの時が来ましたね。まずはこの鎮守府の者達を止めましょう。工廠ではいつでも戦えるように準備しているのでは?」
「はい、いくら私達でも、整備士さん達に攻撃を加えるつもりはありません。徹底抗戦の意思があり、作戦に支障が出そうであれば、やむを得ず攻撃をすることはあり得ましたが、今はその時ではありませんので」
「その選択、感謝します。この鎮守府が出洲と繋がっていることを知っている者は極少数、出洲側の者もいますが、何より事情の説明が非常に難しい」
自嘲するように溜息を吐き、しかしどうするべきかは最初から考えていたかのように話す。
「私が出洲に従っていたことが全て悪いのです。なので、私が独断で裏で手を回していたことを突き止めた貴女達に捕縛され、ここに勤めている者達は知らず知らずのうちに悪事に手を染めていたのだということにしてもらえれば問題ありません。私は戦犯として罪を償うつもりは最初からありますので」
確固たる意思を見せる襟帆提督。ここにいる者達全員を救うため、自分だけを犠牲にすればいいと語った。最悪死罪とされても覚悟の上だと、自分以外の全員が救われればそれでいいと。
だが、神通はそれにすぐ返す。
「いえ、貴女も救われてこそ、この戦いは勝利となります。確かに罪を償うことにはなるかもしれません。こうせざるを得なかった理由もあるでしょうし、むしろ常に後ろから銃を突きつけられた状態、かつ艦娘側にも離叛者がいるようなモノ。密告も難しかったとわかります。ですが、大本営は貴女を死罪にするようなことはありません。全ては過去の亡霊の仕業なのですから」
「……ですが」
「あちら側ではない艦娘には慕われているようですし、貴女をたった1人戦犯に仕立て上げるのは、こちらも難しいんですよ。鎮守府全体がこれだけ協力的になってしまっている。何も知らない者達であっても」
少し困ったような顔を見せる神通。
「知らなかったでは済まない状況になってしまっているのは確かなんです。ですが、出洲の力がそれだけ強大なことになってしまっている。艦娘側から根回しまでされ、提督であっても従わざるを得ない状況に持っていかれているのも」
明確な裏切り行為は、阿手とその配下ほどではない。しかし、間接的に後始末屋への攻撃をしているのは間違いなく、この後の世界征服に近い平和を企てている組織の末端となっているのも否定は出来ない。
「なので……申し訳ありませんが」
神通も少し覚悟を決めた表情を見せる。
「一度、この鎮守府を制圧させていただきます」