後始末屋の特異点   作:緋寺

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他者のために

 深雪達が朝の食堂に到着した時には、うみどりの仲間達が殆ど揃っている状態だった。いないのは哨戒に出ている加賀と三隈という程度。

 そこに伊26に連れてこられた潜水新棲姫が入ったところで、誰かが動揺するわけでもなければ、騒ぎ立てることもない。()()()()()()()()()()()という空気で迎え入れる。

 

「深海棲艦はみんなと同じご飯でも大丈夫なのかしらね。ひとまず用意はしてみたけれど」

 

 伊26の隣、深雪や電の反対側の席に座った潜水新棲姫の前に、伊豆提督が朝食を置く。今日は子供がいるということで、とっておきのフレンチトーストを披露。

 

「食べられるようなら召し上がれ。甘いモノならきっと幸せになれるわ」

 

 優しい笑顔で勧めているものの、潜水新棲姫にはまだ伊豆提督ですら恐怖の対象。どうも艦娘よりも怖がっているように見えたのは、伊豆提督も含めて近くにいる者全員が気付いていた。間違いなく、()()()()()を怖がっている。

 時雨のように疑念を持つ相手には、感情的な部分で恐怖を感じているわけではない。現に伊豆提督は、疑念無しに心の底から幸せになってもらいたくて、この朝食を準備して提供している。

 感情に敏感ならば、深雪と電の時のように恐怖ではなく恥ずかしさで顔を伏せるはずだ。しかし、伊豆提督という存在そのものに対して恐怖を感じているのなら、そこには感情は無い。

 

「大丈夫、食べてみて。ほら、ニムも美味しく食べちゃう。……って本当に美味しい! 今までで一番美味しいかも!?」

「それはもう、心を込めて作らせてもらったものねぇ。せっかく初めて食べる料理が、思い出に残らないものなんて残念じゃない」

 

 伊26が過剰とも言えるくらいの反応を見せたことで、潜水新棲姫はまず驚き、しかし唯一信用出来る相手がここまで幸せそうに食べているのならと、おそるおそる手で触れる。

 フォークとナイフが置かれているものの、やはりその使い方がわからないようで、おっかなびっくり手で千切り取った。そして口に運ぶ。

 

 瞬間、潜水新棲姫が目を見開く。そして、さらに千切って口に放り込んだ。正直、行儀のいいものではない。こんなに美味しいモノを食べたことが無いと言わんばかりに手掴みで食べる様は、何処かホッコリ出来る姿であった。口が小さいため一口も小さい。そのため、ガツガツといってもすぐに平らげてしまうようなことはなかった。

 

「深海棲艦も、アタシ達のように食べることが出来るのね。一つ学んだわ」

 

 そんな潜水新棲姫を咎めることもなく、その生態を知ることが出来たことを喜びつつ、そんなに急いで詰め込んだら喉に詰まると飲み物を用意。子供でも嫌いなものはいないだろうと、アップルジュースを置いてあげると、コップを両手で持ってゴクゴクと飲み始める。フォークとナイフの使い方はわからずとも、コップを使って飲み物を飲むことは出来るようである。

 

 ただ、完全に行動自体は見た目通り。むしろ、見た目以上に幼いまであった。まるで、人間の感情を最近持ったばかりに感じるほど。

 

「どう? おいしい?」

 

 伊豆提督の問いに、潜水新棲姫は目をキラキラさせて小さく頷いた。これにより、恐怖の対象となっていたであろう人間の男性である伊豆提督はそこから外れ、美味しいモノを食べさせてくれるヒトという認識になっていた。ある意味、()()()()()である。

 そこはやはり幼さが大きい。いいことをしてくる人にはいい感情を向け、悪いことをしてくる人には悪い感情を向ける。純粋な子供であるために、恐怖心は強くても警戒心は少々足りない。

 

「人間らしい感情は持っているようね。私達の言葉は理解出来ているみたいだし」

 

 伊豆提督が朝食を振る舞っている間に、イリスが観察しながら分析。深海棲艦との交流なんて、これまでの歴史上であるわけがない事態なので、全てが未知。ここでどうにか情報を持っておきたかった。

 こうして見ていると、艦娘も深海棲艦も変わらない。見た目が明確に人間と差異があるというわけでもなく、手がつけられないほどの存在でもない。この潜水新棲姫だけが特別という可能性はかなり高いのだが。

 

 そんな相手に、イリスも疑念を抱いている。それ故に、なるべく離れた位置、潜水新棲姫が恐怖を感じないような場所から眺める。

 伊豆提督が好かれてくれれば、自分はどうあっても構わない。だが、伊豆提督には迷惑はかけない。それがイリスのスタンスだ。今この時でも伊豆提督に最善に動くように考えながら行動していた。

 

「……どんな服が似合うかしら」

 

 だが、次の瞬間にはこれである。うみどりに所属する者の私服をコーディネートしているだけあって、疑念を抱きながらもそれ以上に陸で活動するならばどういう格好をさせるのがいいかを考えてしまっている。

 イリスの数少ない趣味みたいなものである。誰も否定しないし、気に入ったモノを用意してくれるためむしろ肯定的。もっとやってくれと望む者もいる。おそらく否定的になるのは時雨くらいだろう。

 

「ほらほら、誰も取らないから落ち着いて食べようね」

 

 潜水新棲姫があまりにもがっつくため、伊26も落ち着かせるように背中を撫でてやっていた。それが心地いいのか、潜水新棲姫はそれに身を任せつつ、ゆっくりと朝食を食べるようになる。

 

「ニムちゃん、申し訳ないけれど、その子のこと、お願いして良かったかしら」

「うん、大丈夫大丈夫! ニムに任せて任せて!」

 

 伊豆提督が申し訳なさそうに頼むと、伊26も乗り気であった。疲れ果てていたとはいえ一晩共に過ごしたことで愛着も湧いており、それこそ本当に姉妹のようにも見えるくらい。

 だが、その声色にはお願いすることに対する申し訳なさ以外も見えていた。それは、伊26の艦娘となった理由に繋がる。

 

「こういう小さい子の面倒は慣れてるからね」

「だからかしらねぇ。ニムちゃんに本能的に懐いたのは」

「あはは、そうだったら嬉しいかな。……あの子達、元気にやってるかな」

「大丈夫、定期的に連絡をしているしもらってるけど、何事もなく健やかに育っているみたいよ」

「だったらよかった! ニムが()()()に来てる甲斐があるよ」

 

 あまり聞いたことのない言葉が聞こえたので、深雪や電が顔を見合わせて首を傾げる。だが、暗黙のルールとしてそのことを問いただすことはしない。

 そして、人間のルールと聞いたらそれを()()()()()()のが時雨である。疑問をそのまま口に出してしまった。

 

「出稼ぎとはなんだい? 君はここにお金のためにいるのかな」

 

 すかさず深雪が時雨に向かって拳を振り上げるが、伊26はあっけらかんとした顔で肯定する。

 

「そうだよ? あ、言ってなかったっけ。ニムは元々いた孤児院にお金を寄付するために艦娘になったんだけど」

 

 伊26は孤児院の出。以前に睦月と子日が話した戦災孤児の一種である。だが、2人と違うのはその際に自分も命の灯火を失いかねない怪我をしているわけではなく、艦娘となるまでは健康体だったこと。

 しかし、この深海戦争が深刻化していくにつれ、孤児院の経営もかなり厳しくなる。勿論、国が補償してくれている部分も大きいが、それでも負担は大きい。

 それ故に、その孤児院の中で唯一艦娘適性があったニムが艦娘となり、その給金を孤児院に提供しているのである。

 

 艦娘の給金は普通ではない。そしてうみどりは、その中でも特に多い金額とされている。命懸けで世界を守っている者達に恩賞が無い世の中にするわけにはいかないと、大本営が定めているのだ。

 この制度、金額などを決めたのは、あの大本営のトップ、瀬石元帥である。自分達の取り分を少なくしてでも、現場の艦娘達に渡せと言い、反対させるまでもなく可決させている。

 

「結構前に電話でだけど直接声が聞けたのは嬉しかったなぁ。子供達がね、みんなありがとうって御礼言ってくれたんだよ。ニム1人のお給料で裕福になれるわけがないんだけど、細々となら全然行けるらしくてね。国の補償もまだ続いてくれてるから、元気に過ごせてるんだ」

 

 嬉しそうに話す伊26に、時雨は言葉も無かった。これが嘘でないことは、その態度、また周囲の雰囲気で痛いほどわかったからである。

 ここに来て間もない深雪や電は知らなかったが、伊26が金のために艦娘になっていることは周知の事実。むしろ、そういう動機で艦娘をやっている者というのは割と多い。その裏側の理由はいくらでもあるが。

 

「……君は他人のために身を粉にして働いていると?」

「そうだよ?」

 

 即答である。別に時雨も馬鹿にしているわけではない。いや、内心では私利私欲で動く人間が他者のために金を稼ぐなんて信じたくはなかった。だが、伊26は実際そういう人間である。

 

「すげぇよニム。あたしにはそういうのよくわかんねぇけど、子供達のために命懸けてるんだな。素直に尊敬するぜ」

「なのです! 電も応援したいのです!」

「だな。そういう子供達ってまだまだいそうだし、まずは戦いを終わらせてからだな」

 

 深雪も電も、伊26の生き方に感銘を受け、心の底から讃えた。真正面から褒められると流石に照れ臭いのか、伊26は顔を少し赤らめながらてへへと笑みを浮かべた。

 

「時雨よぉ、人間も捨てたもんじゃないって思ったろ」

 

 悪い顔をした深雪に突っ込まれて、ビクンと震える時雨。呪いによる人間不信も、ここまで眩しい者ばかりを見続けていると薄れてくるモノである。それでも怒りと憎しみが渦巻いているのはどうにも出来ないようだが。

 しかし、()()()()()()()()()ということを知ることが出来たのは、時雨にとってもかなり大きい。深雪からも何度も言われている通り、怒りと憎しみを向ける相手は人間全てではなく、数限られた外道のみだということを理解し始めている。

 

 そしてその外道に繋がる可能性があるのは、幸せそうに朝食を食べている潜水新棲姫。

 

「まだ信じ切れてはいないさ」

「なら、一部は信じてるってことだな。はっはは、結構結構」

「君は本当に歯に衣を着せないね」

 

 だが、時雨は否定しなかったところを見ると、一部の人間に対しては信頼を置いてもいいのではと考えているところは透けて見えた。

 

 

 

 

 朝食を終え、片付けに入るところで、伊26と共に食器を持ってきた潜水新棲姫が、伊豆提督の前に立つと、非常にオドオドした態度ではあったが、食器を差し出しながら大きく頭を下げた。その際に口をパクパクさせたようだったが、言葉は一言も出ていなかった。

 それでも伊豆提督は潜水新棲姫のやりたいことがわかったようで、まずは視線を合わせるために膝をつく。

 

「どういたしまして。また美味しい料理を食べさせてあげるから、お昼も楽しみにしていてちょうだいね」

 

 そして、ニッコリ笑って食器を受け取る伊豆提督。本当なら感激して頭くらい撫でたかったのだが、それでまた怖がらせてしまっては意味がない。そのため、今はこの程度。

 潜水新棲姫も、そんな伊豆提督にまた頭を下げてから、トテトテと伊26のところへと駆けていった。

 

 だが、今の潜水新棲姫の言動でわかったこともあった。潜水新棲姫へ話したくても話せない。ストレス性の障害を患ってしまっているのは一目瞭然。

 うみどりの中で気持ちを楽にして生きていれば、そのうち言葉を取り戻すことが出来るだろう。その時が来るまでは、見守るしかない。

 

「……イリス、徹底的に行くわよ」

「勿論。まずは軍港から調査していきましょう」

「ええ。トシちゃんには悪いけど、あんな子まで出てきちゃったら、アタシも容赦出来ないわ。トシちゃんが元凶とは思えないけど、軍港に潜伏してる可能性はあるものね」

 

 伊豆提督の目が光る。それは、元凶に対する怒り。人間も艦娘も深海棲艦すらも私利私欲を満たすために使っているような者を、許すわけにはいかなかった。

 

 

 

 

 軍港に向かうのは翌日。その時に、雌雄を決することになる。かもしれない。

 




うみどりで発生する給料はハルカちゃんが管理しており、戦いが終わった後にその全額が当人に渡されるようになっています。何かに使いたいことがあれば、ハルカちゃんに言えばその通りに使ってくれます。一部は維持費などで抜かれていますが、それでも相当多め。軍港都市で使えるお金も、そこから引き落とされることになっています。
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