襟帆鎮守府の工廠では、ピリピリした空気が流れていた。カテゴリーKが全員出払い、うみどりの艦娘と激戦を繰り広げているからだ。工廠からうみどりそのものを狙い続けていた霧島がやられたことで、海側からが無防備になってしまっていることが、その緊張感に拍車をかけている。
出洲のことなど知らず、あくまでも鎮守府として運営している者達は、何故攻撃されているのかもわからない。後始末屋がトチ狂ったのかと考える者もいなくはない程。自分達の身、鎮守府を守るために、焦ることもなくやれることをやるぞと海の向こうを見据えていた。
だが、この中に4人いる出洲シンパの整備士は、うみどりが攻撃を仕掛けてきている理由をちゃんと知っている。出洲との最終決戦を、カテゴリーKに邪魔されないように、まずは鎮守府を制圧しようとしていることも理解している。
故に、焦りが見えていた。出洲シンパであることから、この先にある平和な未来で、ある程度の──今よりもイイ立場が確約されている
「まだこっちには来てないか」
「はい、艦娘達が残っているからでしょうか」
まだ何も知らない班長が、目を細めながら水平線の向こうを見ている。他の整備士も海を見つめながら様子を窺っている。
霧島がやられた後、それと戦っていた長門達は、鎮守府に向かってくることなく一度撤退。撃破した霧島や、そのサポートをしていた伊勢と日向は、鹵獲されるカタチで連れて行かれている。
守りが手薄になっている今だからこそ、鎮守府に向かってきてもおかしくないと思いつつも、あちらは鎮守府の制圧よりも、出払っているカテゴリーKを優先するように戦っている。鎮守府は完全に後回し。
理由は非常に簡単だ。今の鎮守府の戦力はあって無いようなモノ。しかも、わざわざ海に出てきて攻撃してくることもないのだから、やる必要がない。カテゴリーKは話し合いすらしようとせず攻撃を仕掛けてくるのだから、後始末屋はそれを相手にしているに過ぎないのだ。
「警戒だけは緩めないようにするぞ。いきなり砲撃をぶち込んできてもおかしくないんだからな」
「はい、すぐに逃げられるようにもしてあります。提督からもそのように指示を受けています」
「俺達にはわからんことばかりだ。危ないと思ったらすぐに言ってくれよ?」
班長が声をかけるのは、この工廠を守るために待機していた朝風と松風だ。人間よりも艦娘の方が確実に強い。それに、目もいいため、より真剣に、集中して海の向こうの動向を見つめていた。班長の声にも、頷くくらいしか出来ない。
この2人も、当然襟帆提督の真意を知っている者。この戦いでは、カテゴリーKに力をなるべく貸さず、うみどりに制圧
なお、『迷彩』のことは何一つ知らない。襟帆提督が知らないのだから、知っているはずがない。
「……くそっ、なんでこんなことになるんだ……」
この緊張感溢れる現場で、悪態をつく者。それはやはり、出洲シンパの整備士。海を見ているわけでもなく、落ち着かない様子でキョロキョロと周囲を見ているだけ。その行動からも、鎮守府を守るのではなく、自分の身を守ることしか考えていないのがよくわかった。
冷静さを失った時に本性が現れるとはよく言ったモノだが、この者に関してはまさにそれ。鎮守府の未来より、自分の未来の方が大切。
「あいつら、ちゃんと後始末屋を止めれてんだろうな……」
イライラしつつも、落ち着くために喫煙スペースへと向かう。普段の整備士もストレスは溜まるだろうから、こうして落ち着ける場所をちゃんと用意はされている。襟帆提督の気遣いの賜物。
だが、今そこに行こうと考えるのがそもそも間違っている。その整備士は足を止めた。ここで変な行動をしたら、自分の立場が危うくなるのではないかと。怪しまれるくらいなら、タバコくらい我慢した方がいいのではないか。
「……チッ、今はやめとくか……」
ここで思い止まったところまでは評価出来ることではあっただろう。しかし、ほんの少しでも喫煙スペースに身を寄せた、その場から離れたことが運の尽きである。
「そこで思い止まれたのはとてもいいことだと思うよ」
急に聞こえる声にビクッと震えた。
「誰だ!?」
「誰だろうね」
声のする方に顔を向けたが、そこには誰もいない。いや、いたのだが、整備士の、普通の人間ではその動きに目も身体も追いつかない。
気付いた時には、身体に縄が巻かれていた。工廠の妖精さんが作業に使っていた、使い古しの縄。それが何故か、自分を拘束している。
「喧しいから人間の言葉を喋らないでもらいたい」
そして、後ろから恐ろしい力で頭を掴まれると、耐えられない重さでしゃがまされ、口に何かを噛まされた。猿轡かと思ったが、何やら形状が違う。それは、言語だけを奪うアイテム、ボールギャグ。猿轡ならまだマシ。それは無理矢理口が開くように噛まされているため、涎は出てしまう。
「うぅう〜〜!?」
「まぁそれでも喧しいよね。構わないさ、今ならどれだけ叫んでも、誰も気付かない」
この一連の流れは、子日の『迷彩』の中で行われている。向かってくるのを見計らって、後ろからこっそり近付き、範囲に入ってからは響の早業でここまで拘束している。
だが、響はこれで終わらない。縄で縛っているとはいえ、まだ自由に動く場所がある。
「君が出洲シンパであることはわかっているよ。話が通じないこともね。だから、それ相応にお仕置きさせてもらう」
何を思ったか、整備士の作業着のズボン、そのベルトを緩めて奪い、ズボンを中途半端に下ろさせると、それを縛って脚を拘束。縄は解くが、手は後ろに回させ、結束バンドでしっかり拘束。奪ったベルトで腕と脚を繋ぐようにして、海老反り状態で固定した。
「うん、これでよし」
「いいのかな……」
一連の流れを見ていた子日は、脱がされる整備士を見て顔を赤らめていたが、最後の状態には少し同情していた。ただ縛るだけでいいのに、こう明らかに
出洲シンパの整備士は、響や子日の姿を見て、混乱するように叫ぶ。だが、ボールギャグのせいでまともな言葉にはならない。
「では、君の汚い声を反撃の狼煙とさせてもらうよ。ここからはスピード勝負になる。みんな、指示通りにやってもらえるかな」
「了解。私と白雪さんが、何も知らない方々を翻弄します」
「その間に、お二人でこれの仲間を制圧してください」
神通と白雪も今は『迷彩』の範囲内にギリギリ入っている。工廠内に忍び込み、上手く目に映らない場所でその時を窺っていた。
「それじゃあ……作戦開始」
響がそういうと、今拘束した整備士を艤装のパワーアシストで持ち上げ、『迷彩』の範囲外に転がした。
「うぅううう〜〜!?」
そのくぐもった叫びが、工廠に小さくだが確実に響く。集中しているところにそんな声が聞こえてきたのだから、誰だって反応する。
そこに、この辱めを受けた拘束をされている整備士の姿が見えたのだから、驚きを隠せない。同時に神通と白雪まで現れたのだ。ギョッとするのも当然のこと。
「すみませんが、話を聞いてもらえますか。彼は喧しいので少し黙らせましたが」
神通が冷静に話し合いをしようと語りかけるものの、班長を含めた整備士達は、艦娘制圧用のテーザーガンを構えて、一歩だけ前進した。
「な、何をした! いつの間にここに入ってきたんだ!」
「調査隊ですので、忍び込むのはそれなりに得意ではあります。ですが、こちらは話し合いに来ただけです」
「嘘つけ! なんなんだその、よくわからん拘束の仕方は!」
それはそうだなと神通は心の中で苦笑する。出洲シンパ相手ならここまでしていいという響の指針は、何も知らない者を不安にさせるには充分すぎる。
だが、この中で3人だけ、他とは少々違うことを考える。出洲シンパの人が拘束され、班長には話を聞いてくれと語る。ここから、察することの出来る者もいる。
「おや、君は多少は頭が回るのかな」
そのうちの1人の背後、『迷彩』によって近付かれたことに気付くことは出来ず、いきなり腕を掴まれたことで叫ぶ。だが、既に『迷彩』の範囲内。その叫び声が外に漏れることはなかった。
響は驚いた隙に足払いをして、その場で体勢を崩させる。何も出来ないという状況を作り、真っ先にその口にボールギャグを噛ませた。
「君はこうしておこう」
そして、またもやズボンのベルトを抜き取り、そのままズボンで脚を拘束。ベルトは首にかけてそのズボンの隙間に通し、脚を伸ばしたら首が絞まるという、割と残酷なカタチでロックした。当然腕も、後ろに回させて結束バンドでロック。海老反りもそうだが、前傾姿勢でロックもそれなりに厳しい体勢。
そして子日が離れることで、この整備士は知らない間に辱めを受けた拘束になっているという現場が出来上がる。神通と白雪はそこにいるのに、別の場所でも動き回っているというのは、ただひたすらに混乱を招くのみ。
「あと2人だ。このまま行ければ、あっという間だね」
2人を辱めたことで、響はいつもよりもニコニコしているように見えた。子日はその表情に若干引き気味だった。