襟帆提督の父親は、これまでにも名前が挙がっている温品という男。第二次深海戦争の際には技術者としてその手腕を振るい、第二世代の艦娘と共に歩む術を考え続けていた者。結果的にその研究は成果を出すことが出来なかったものの、そこから転じることで艦娘の寿命の長期化という、今の純粋種、特に丹陽には切っても切れない技術の提供者である。
今の出洲が行なっているような研究、艦娘の命を命と思っていないような研究とは正反対。故に、当時も相入れることなく、お互い干渉せずに研究を進めていた。
当時の元帥、原は阿手に傾倒していたこともあり、それが手をかけている出洲のやり方の方を評価を高くしており、時間をかけて誰も傷つかない方法を選んでいた温品は低評価だった。自分勝手な理由で排除されたようなモノなのだが、それでも艦娘に寄り添った研究を続けていた。
「私の父は、彼に殺されたようなモノなんですから」
そんな彼の死に、出洲が関係している。襟帆提督は、そう言うかのように、悔しさを滲ませた表情でその言葉を口にした。父が、出洲に殺されたようなモノ。言い方的には、直に手を下したわけではなさそうではある。伊豆提督が葬儀に参列しており、その時の病死ということに納得出来ているのだから。
「……そりゃあどういうことだ。アンタの親父さんが、殺されている?」
「はい。その時はすぐにはわかりませんでしたが、父の病気は
元々歳も歳なので、身体が弱ってきているのはあっただろう。伊豆提督は元気な姿も知っていると語っていたりするのだが、急死したとは一言も言っていない。それこそ、実の娘も疑うようなことなく病死と言えるくらいだったのだ。
しかし、実際は違う。
「お世辞にも生活態度が良かったとは言えませんでしたし、年齢などを考慮しても、そのように亡くなるのは許容出来ます。なので、私も最初は疑わなかった。ですが、どうしても引っ掛かることがあった。だから、私はいろいろと調べたんです。すると……私の父のかかりつけの病院に、出洲の手の者がいたとわかりました」
「おいおいおい……それじゃあまさか……」
「まだここも完全に確証を得られるモノではありません。他者の感情を全て把握出来るモノではありませんから。ですが、
病院にいた出洲シンパが、温品が通っていると出洲に伝えでもしたのだろう。そこから出洲は、温品もよくやっている同僚だったのだから、高次に至るべき、などと自分勝手な平和論を振り翳し、温品の意志など考えずに、その身体を高次の存在へと変えようとしたのだ。本人の与り知らぬところで。
しかし、温品の身体は、
その当時は、あの父が病に倒れ、そのまま帰らぬ人となるなんてと驚きつつも、寄る年波には敵わなかったかと何処か達観していた。過去に素晴らしい行いをしたにもかかわらず、上の者がポンコツだったことで評価もされず、しかし当人は仕方ないさと笑って済まして、他のことを全力でやり遂げた。命の灯火が尽きる直前でも、こんな終わりも仕方ないさと笑っていた程だった。
だが、真相を知れば知るほど、襟帆提督は怒りと悲しみしか湧いてこなかった。自分勝手な平和論のせいで命を落とした、いや、奪われたこと。あまりにも
それでも襟帆提督は耐え続けた。本当なら、最初の段階で出洲を殺してしまうつもりだった。しかし、出洲の力はあまりにも強大で、自分の力では無理だと思い知らされた。
故に、何も知らないふりをして、出洲の仲間となり、その時を待ち続けた。辛く苦しい時間であっても、その時が来ると信じて。
「私怨と言われても仕方ありません。貴方達を巻き込んでしまったことは事実ですから。何を言っても言い訳にしかなりません。それに、提督としては、やってはならないことをいくつもやっていることは間違いありません。明確に戦犯でしょう」
ここまでで一度話を切る。起きたことはあまりにも酷いこと。だが、それがあったとしても、鎮守府一つをこうやって使ったのは、私怨だし、私物化である。
「……提督さんよ」
班長は深く溜息を吐いて、襟帆提督に真っ直ぐ近付く。夕張は今回は動かない。襟帆提督は、殴られてもいいくらいの覚悟だ。それくらいのことをやっていると自覚しているのだから。
班長の手が上がる。襟帆提督は一瞬、殴られるだろうと思い覚悟を決める。自分が女だからと言い訳なんてしない。死罪を言い渡されても素直に受け入れるつもりである。
調査隊が全員救われてこそと言っていたが、襟帆提督はそんなことは思っていない。やはり自分の罪は自分が一番わかっている。
「アンタの気持ちはよくわかった。よく、頑張ったな」
その手は、襟帆提督の肩に置かれた。えっと目を丸くする襟帆提督。
「そりゃあ俺達に話すことは出来ないことだ。アイツとか口が軽いからすぐに喋っちまってバレるだろうしな」
「ちょっと班長、そりゃないっスよ! 自覚ありますけど!」
「それなら、自分の中で押し留めちまっても仕方ない。俺達を信用してないとかじゃなくて、俺達の安全を保証するために、歯ぁ食いしばってずっとやってきたんだろ」
班長の目は、襟帆提督に対して何の負の感情も持っていなかった。むしろ、ここまでの頑張りを讃えることしか考えない。
「今はもう聞いちまった。ここで何かあったとしても、全部手伝ってやるさ。なぁ、みんな!」
班長の掛け声に、他の整備士達もおおっと歓声をあげる。あまりにも物分かりが良く、いや、全容がわかっていなくても、襟帆提督の長く苦しい戦いを雰囲気だけでもわかったことで、応援したい、手助けしたいと思わせた。班長がそういうならというのもあるかもしれない。しかし、反発が無いのなら、肯定も出来る。
「ということで、だ。提督さんよ、ここからは俺達は全員味方だ。何かあったら全部手伝ってやる。知ったからには、黙っちゃいないさ」
「そうですよ、提督。まぁ確かに僕らがやってたことが悪人に繋がってるのかもしれないけど、そうするしかなかったんですよね」
「だったらしょうがねぇよなぁ。提督がそれなら、オレ達に出来るこたぁねぇって」
班長だけではない。他の整備士達も口々に自分の意志を伝え始めた。そんな悪い奴がのさばっていることが許せない、しかし力が足りないならその時のために虎視眈々と待ち続ける精神に感服した。是非とも手伝いたいと。
鎮守府で働く選択をした者は、大概正義感が強いのだ。そうでなければ、海の平和のために働こうなんて思わない。故に、事情さえわかってしまえばこの通りである。
「皆さん……」
「で? それを知った俺達は何をすればいい。ひとまずこのアホ共は……ぶふっ」
ここで響が作り上げている尊厳破壊前衛芸術を改めて目に入れて、思い切り吹き出した班長。それもそのはず、現代アートは、響がさらに発展させており、鼻眼鏡と同時にボールギャグの隙間に吹き戻しを咥えさせられた者や、ひっくり返されて尻に生花をされている者、2人を改めて縛り直して組体操のようにしてある者と、よりおかしな方向に辱めを受けていた。もう子日は真剣な場だというのに笑いを堪えるのが難しくなっており、神通や白雪はそちらに目を向けることもしない。
「だっはは! 何だそりゃあ! 何をどうすればそんなことになるんだよ!」
「彼らは自分のやっていることを罪とも思っていないからね。それでいて自尊心が異常に高い。だから、こうして本来の自分の立ち位置というのをわからせてあげているんだ。文句あるかな?」
響に言われて文句を言おうとしたのだろうが、ボールギャグのせいで言葉は作れず、吹き戻しを咥えさせられた者に至っては、ピーヒョロロと無様で悲しい音を立てることしか出来なかった。
これには整備士達も堪えきれず大爆笑。そして、調査隊──響だけだが──の残酷さを嫌という程知ることとなった。もしこの4人が心を入れ替えたとしても、この後は一生笑い物にされるだろう。そうやって響は後悔させる。
「……私もああいう目に遭った方がいいんですかね」
「提督さんよ、そりゃあやめとけ! ありゃあ女がなっていい末路じゃねぇって!」
「それに、提督はずっと戦ってきたんですから。だから、これからはもう我慢しなくていいんですって」
整備士からの温かい言葉に、感極まりかける。
「母さん、もう大丈夫なんだね」
そして、裏から襟帆整備士がやってきた。事が済んだこともわかり、作業を止めて工廠に出てきたのだ。
班長は襟帆整備士を見て、なるほど、コイツは知ってたんだなと理解する。その上で、ついさっきも話した時にそんな素振りを見せなかったことに内心驚いていた。この親にしてこの子だと。
「ええ、もう大丈夫。これで鎮守府は解放されます」
「よかった。もう母さんが胃を痛めることもなくなるんだね」
「……そうなると、いいですね」
胃痛はまだ続く気がしないでも無い。しかし、一番大きなところが終わったのだ。
後は、出洲を斃すだけ。それで本当に鎮守府は解放される。