黒の特異点の真なる覚醒により、補助装置としての雷も力を増し、これまでは電を深雪の方に行かせないように妨害していたモノが、その命を奪うための攻撃に変化した。艦載機の扱いは雷の方に分がある。そして、乗っている殺意は電をゆうに超えている。
何故なら、電はあくまでも説得が主目的であって、雷の命を奪うつもりなど毛頭無いのだから。傷付けることすらも躊躇する優しい性格なのだから、その攻撃はあくまでも誰かを救うためのモノ。
「消えてちょうだい、特異点」
しかし、雷の容赦無い攻撃は電を包囲する。逃げられないように、周囲を全て囲い込む。前も後ろも、右も左も、上も下も、全てを囲んだ。
本来ならば避けられない一撃。雷はそこまでちゃんと考えて、相手が妹であってもお構いなく、確実に殺すためにそうした。これなら終わらせられる。そう考えて。電が特異点であることを理解しているからこそ、圧倒的な力で押し潰そうとした。
躊躇いがある者に負けて堪るかと。覚悟してここにいる自分と深雪が、そんな奴らに負けて堪るかと。
「……っ」
息を呑む電。雷の殺意は本物であり、この場で自分を殺そうとしている。説得は通じない。通じるわけがない。目指している道が違いすぎる。同じ
あちらの方が信念が上かもしれない。命を懸けられる程に真剣で、なりふり構わず行動が出来るくらいの覚悟を持っている。それが歪んだ感情であっても、黒深雪を見る目は真っ直ぐ純粋だ。
なればこそ、電は負けるわけには行かない。自分だって深雪と共にこの道を歩き続けるためにここにいるのだ。ここで命を懸けることは出来る。だが、死してまでその願いを叶えようだなんて思ってはいない。この戦いが終わっても、ずっとずっと一緒にいるために、命を懸けて、しかし死ぬことなく、救える命を全て救って前進し続ける。
「深雪ちゃん、電も……やるのです!」
故に、その力は、優しい願いとなる。電の全身から白い煙幕が溢れ出す。
周囲を完全に包囲されている今、その煙幕が齎すのは、かつて深雪が扱った質量のある煙。砲撃すら通さない、柔らかな盾。
「……流石ね、電。貴女もそういうことやってのけちゃうのよね」
雷の艦載機が放った射撃は、その全てが煙幕に包まれ、そして弾き返された。何処から撃つなど関係ない。煙幕は電の全身を包んでいる。そうなれば、攻撃は一切通らない。
「雷ちゃん……電達の言葉は、もう届かないのですね」
煙幕の中、その表情は窺い知れない。だが、声色から雷は電の感情を読み取った。これまで説得を続けてきた電が、やけに冷静に問いかけてくる。最後の質問。そう感じ取れた。
雷の答えは決まっている。先程からずっと言っていることだ。何度聞かれても、同じ言葉を返し続ける。
「ええ、貴女の説得は応じない。私の深雪は、貴女達特異点をこの世界から消すために動いている。何も変わらない。変えられない。私は深雪の味方であり続ける。だから、電に何を言われても、私の心は動かない。靡かないし、絆されない」
凛とした態度で返す。何を言われても、何をされても、この道は違えたままだと伝える。
「そうですか……残念なのです。雷ちゃん……」
「……」
「ごめんなさい」
射撃を全て弾き返した煙幕が晴れる。電の顔が見える。雷はそれを見て、ゾクリとした。背筋に緊張が走る。
それは、優しさを捨てた顔。
これまでは救うことを前提とした、攻撃に躊躇いを持ち続けた優しさの中に弱さを感じ取れるモノだった。
だが、今は違う。真剣に考え、悩み、この場で苦しみ、しかし答えに辿り着いた表情。殺意は依然として存在しない。だが、力尽くでもここで止めるという覚悟が決まっていた。
「雷ちゃんがそちらの深雪ちゃんを全力で支えているように、電も深雪ちゃんを全力で支えているのです」
「わかっているわ」
「だから、深雪ちゃんの邪魔をしてほしくないのは、電も同じなのです。雷ちゃん、電を始末したら、その後は深雪ちゃんですよね」
「当然ね。特異点の始末が私達の目的、深雪の願いだもの」
「だったら、絶対に邪魔するのです。優しい願いを自分のために使うような、
煙幕がふわりと流れ出す。改めて自ら吸い込み、ブーストをかける。躊躇いが無くなるように、雷を止めるための力を得るために。
「じゃあ、行くのです」
「何も言わずに来ればいいのに。電は、そういうところがまだまだ甘いのね。だから、足を掬われる」
煙幕の隙間を狙ったかのような艦載機からの射撃。全身が包まれていない今ならば、その隙間にならば攻撃が通る。そうでなくても、今の電がどういう状態かを見るためにはその攻撃は重要だった。
電は避けない。煙幕が動くこともない。ただその攻撃を──
「電は、もう容赦しないのです」
払い除けた。煙幕を纏った手で、あっちに行けと言わんばかりに手を振るっただけで、その軌道はまるで違う方へと流された。
夕立の『ダメコン』とも違う、自分の身体には全く触れていない、煙幕の膜により受け流すような払い除け。届くモノが届かなくなったそれは、どちらかといえば妙高の『ジャミング』。
「……そんなことも出来るのね、本当に特異点って巫山戯てるわ」
「言われる筋合いは無いのです」
もう優しさのない表情で雷を見つめると、体勢を前傾に。そして、自らの足元に艦載機を置いた瞬間、爆発的な加速で雷に接近した。ブーストにより強化された脚力に、艦載機による更なる押し出しの力を使って、超加速をやってのけた。
時雨の『タービン』程ではなくても、瞬間的な加速は凄まじかった。スキャンプの『スクリュー』に近い。雷が瞬きをする間もなく、電の手がその首に届きかける。
「っ……」
雷は咄嗟にそれを回避する。艦載機などを使っている余裕はない。ただその手から逃れるために、身体を無理矢理動かす以外に選択肢が無かった。
だが、それだけでは終わらない。電の成長した、長くしなやかな脚が、雷の腹に向けて繰り出されていた。直撃はまずいと思わせる程に。
「喰らわないわよ……っ」
そこで雷は、更なる艦載機を発艦。ここまでで自らを守るために余力を残しておいたようで、それが今、有用に働いた。
艦載機で電の蹴りを受け止める。それで破壊されることはないと踏んで。いくら強靭な体躯であっても、艦載機をそのまま蹴り壊せる程ではないと考えて。
実際、その蹴りは艦載機で止まった。だが、電はその脚を振り抜いていなかった。寸止めをしたに過ぎない。真の狙いは、
「使わせてもらうのです」
「何をするつもり?」
艦載機を掴んだ電の手から、白い煙幕が溢れ出した。雷としてはこのタイミングで射撃をすれば、電の手くらいなら持っていける。自爆を誘発させて確実なダメージに繋ぐことも出来る。
だが、その掴まれた艦載機は、
「電、貴女……っ」
「深雪ちゃんが出来ていたことは、電にも出来るのです。今は、今だけは。電は、雷ちゃんを必ず止めるために、深雪ちゃんに、自分に、願ったのですから」
その白い艦載機は、雷の手から離れ、電の邪魔をしなくなる。ただそこにいるだけのモノ。この戦いから除外されたモノ。こちらを攻撃することも、されることもないモノ。
それは、電の願い。雷をこうしてやるという、強い覚悟。その優しい願いは、『雷にこれ以上罪を重ねさせないこと』。
何も、黒深雪と縁を切れと言っているわけではない。その強すぎる思想から脱却し、もっと周りを見て考えられるようになれという願いである。
その結果は、深雪と同等の力を以て、特異点として雷を止めることに集約された。今の電は、純粋な特異点。補助装置でも何でもない、深雪の同等の特異点である。
「人のモノを盗むだなんて、どういう教育を受けたわけ?」
「人の感情を操作する人達に言われたくないのです。どういう教育を受けたのですか」
「っ……よく口の回る……っ」
「鏡を見た方がいいのです。自分が不利になると被害者ヅラなのです?」
電の容赦ない口撃に、雷はこれは本当に電なのかと錯覚してしまうほどだった。姿形は電に似ていなくもないが、それは魔王に付き従う魔妃そのもの。平和の道を潰すべく、覇道を突き進む闇の王。
「雷ちゃん、その黒い指先、今から電が治すのです」
「誰も望んでいないわ。私がこうなりたいからこうなっているの。深雪が、私の深雪が、それだけの力を望んでいるの」
「そのせいで雷ちゃん自体が壊れてしまうのです。電は、それでも雷ちゃんに壊れてほしくない。だって──」
優しさを見せていそうな言葉だったが、ここで瞳が妖しく光り輝いた。
「生きていなければ、反省なんて出来ないじゃないですか」
閃光のような手刀が雷の肩を突く。伊203とは違い、それで腕を捥ぎ取るようなことは出来ないが、白い煙幕を纏わり付かせるには充分すぎた。