電と雷の戦いは、早くも佳境に突入しつつあった。優しさを捨て、躊躇を捨てた電が、特異点としてのあらゆる力を使い、仲間達の力を模倣しながら圧倒する。雷の艦載機からの攻撃を全て弾き飛ばし、艦載機そのものを燻して使い物にならなくし、その道を突き開く。
雷に死んでもらいたくない。それは優しさではない。死んだら反省出来ないから。死んで逃げるだなんて卑怯な真似、させるわけにはいかないのだから。
「生きていなければ、反省なんて出来ないじゃないですか」
閃光のような手刀が雷の肩を突く。伊203とは違い、それで腕を捥ぎ取るようなことは出来ないが、白い煙幕を纏わり付かせるには充分すぎた。
「っ……何を……っ」
雷の片腕を、電が放った煙幕が包み込もうと蠢く。煙なのに振り払えない。痛くも痒くもないのに、ただひたすら不安にさせる。この煙幕があると、自分はどうなってしまうのか。そう考えたら、雷は微かにだが恐怖が過った。
雷にとって、死など恐怖ではない。特異点を始末するためなら、命を捨てても構わないと思って挑んでいるのだから。今の一撃で腕が捥がれた方がまだマシだった。戦いの中で死ぬのは仕方ないことだから。
しかし、電は優しくも残酷である。絶対に殺さない。命を奪うことはしない。
「雷ちゃんは、そちらの深雪ちゃんと繋がっているから、そうやって暴れられるのです。だから──」
「……やめて、それはダメ」
「その繋がりを、断ち切るのです」
電の白い煙幕が、雷の黒い煙幕を遮る。黒の特異点の力を、補助装置としての役割を断つために。
カテゴリーKであり、改造の状態がそのままでなければ、雷はこの場で溺死してしまう。それはよろしくない。しかし、特異点の補助装置としての力を持ったままであるならば、命を燃やして戦い続けるだろう。それもよろしくない。だから、電は雷を、
「ダメよ、それは、ダメよ! 私と深雪の繋がりを、邪魔しないで!」
「なら、電と深雪ちゃんを始末することは許されるのですか。この戦場で、命の取り合いの場で、電と深雪ちゃんの繋がりを断ち切ることが、許されるのですか?」
やろうとしていることは同じなのに、自分だけ許される道理はない。雷だって、それはわかっている。だが、電のこの行為を、ただひたすらに拒絶することしか出来ない。
だからだろう、雷はこれまで以上に力を溢れさせる。補助装置であるが故に、真の特異点よりは出力は低くても、黒の煙幕が指先だけでなく腕すら黒く染め上げていくように。
白い煙幕を振り払うために、身体を、命を捧げて、限界まで、いや、限界を超えてでも、その繋がりを手繰り寄せようと必死になる。
「自分だけ許されるだなんて都合のいい話はないのです。雷ちゃんは、特異点から離れたただの艦娘になって、これまでのことを反省してください」
「反省? それがこの残酷なやり方だっていうの!? 私は、私には、深雪しかいないのに、貴女はその絆すら断ち切ろうというの!?」
「雷ちゃんには、その特異点の力しか繋がりがないのです? その程度の絆だったら、無い方がマシなのです」
電による、非情な裁定。特異点だからこそ共に歩ける、特異点でなければ、隣に立つことすら出来ない。そう思っているのならば、それは絆でも何でも無い。利用をし合っているビジネスライクな絆だ。電はそう伝えた。
実際はそんなことはない。黒い特異点の力は、雷と黒深雪を
「巫山戯ないで、こんなの、許さない、許さない!」
雷が初めて、怒りに染まった形相を見せた。黒深雪と共にいることで、冷静さを保っていたところもあったが、繋がりを断たれようとする今、なりふり構っていられない程になっていた。
「電、貴女を絶対に許さない! こんな酷いことをするなんて!」
「……別にもう、許してくれなんて言わないのです。許してくれなくて結構なのです。自分達が酷いことをしている自覚が無いことが、一番許されないことなのですよ、雷ちゃん」
黒深雪との絆を断たせまいと、力を振り絞って黒い煙幕を溢れさせる雷に、電は冷ややかな目でそう答えた。許さないだなんて、そんなもの最初から知っていること。こちらだって許すことはないだろう。これまでずっと理不尽な言われ方をしてきた深雪のことを思えば、こんなこと屁でもないことなのだから。
深雪と黒深雪の戦いは、一進一退の攻防が続いている。黒の特異点として覚醒している黒深雪は、黒ずんだ左腕から煙幕を溢れさせながら、深雪をここで消すために攻撃を続ける。
優しい願いではなく、利己的な願いを叶える、歪んだ特異点の力は、叶える範囲を自分のみに縮小していることで、本来より強い出力を発揮していた。瞬間的な力だけで言えば、深雪の力を超えている。
だがそれは諸刃の剣でもある。命を焚べて作り上げられる煙幕は、使えば使うほど、黒深雪を死へと近付けていく。今だけ強くても、これから先を失うのだから意味がない。
「ぶっ潰してやる、特異点! あたし達の邪魔を、するんじゃねぇ!」
「こっちのセリフだ別個体! お前らのせいで迷惑被ってる奴がどれだけいると思ってんだ!」
「知るか! テメェをここで潰せりゃ、全部解決出来んだよ!」
もう、プライドも何もあったモノではない。壊れた思考回路で、命すら燃やしながら、極限まで狭くなった視野で、自分達以外のことを全て無視して、ただ深雪を始末するということしか考えていない。
深雪は、この黒い特異点に、心の底から嫌悪感を持った。そして、憐れんだ。あまりにも悲しく、そして腹立たしい存在へと成り果ててしまった。自己矛盾を、論理ではなく感情で横へと押し退け、ただ目の前の敵を斃すことだけを考える、特異点とは名ばかりの我儘な存在。気に入らないから壊す、許せないから潰す、今時子供でもそんな選択をしないのに、黒深雪はそれを正しいと思ってやっている。
狂っているのだ、カテゴリーKは。蘇生によって脳に致命的な欠陥を抱えているのだ。倫理的な思考がここぞという時にズレる。他のカテゴリーKにもあった、何処か壊れた言動が、今まさに悪いカタチで再現されている。
「だったら、あたしがお前をここでぶっ潰す。それで終わりじゃあないが、お前はもういい加減この戦場にはいらねぇ」
「こっちのセリフだ!」
「そりゃそうだろうよ。ここはお前の思い通りになる場所じゃねぇんだからな!」
拳が交差し、煙幕が交じり合う。相容れない存在を否定するために、全力で殴り合う。一撃一撃に特異点の力が込められ、直撃は何かを引き起こしかねない状況。黒深雪は、ただひたすら深雪を始末したいという願いが込められているため、受け止めるだけでもビリビリと力の破片が突き刺さるような嫌な感覚を与えられる。逆に深雪は、ここまでされてもまだ、黒深雪の命を奪おうとしていない。拘束し、連行する。ただそれをするために、『蛮行を止める』という優しい願いの中、この戦いを続けていた。
深雪は電と同じ願いを無意識に思っていた。これこそが本当の絆である。
「あたしは、テメェに勝って、勝ってっ、平和を掴んでやるんだ!」
「お前の望んでる平和は平和じゃねぇってんだよ! 自由がないなんて平和じゃあ、ねぇ!」
「自由が争いに繋がるんだよ! テメェにはわからねぇだろうけどなぁ!」
平行線の道をただ歩くだけ。決して交わらない平和論。何も変わらない、変わろうとしない。
しかし、黒深雪の方が確実に歪んでいる。平和のために特異点を始末するのではなく、特異点を始末すれば平和になるだろうになっている。手段と目的が変わっている。今の黒深雪は、平和のために戦っていない。
何を言ったところで、結局は自分の感情に帰結する。今は先の未来すら見えていない、自分のための戦い。
「っ……」
だが、ここで黒深雪の表情が一変する。雷との繋がりが途絶えかけたことを察したからだ。
目の前の深雪ではなく、電を食い止めてくれている雷の方へと目が行った。そして、大きく目を見開く。
「雷!」
その決断は早かった。目の前の深雪のことを放っておいて、雷の方へとすぐさま向かう。深雪は一瞬呆気に取られてしまったが、そういうところに重きを置いていることがわかると、ほんの少しだけ黒深雪に向ける感情が変わった。
この期に及んでも、雷を最優先にしたことは、黒深雪が完全に堕ち切っていないことの証明だと判断した。今一番優先すべきものが、平和でもなく、深雪との決着でもなく、雷との絆であること。それはかなり大きなモノ。
合流は阻止するべきだろう。故に、深雪はそれをすぐさま追う。黒深雪は、ここから何を思って行動するのか。