雷との繋がりをまた繋ぎ直すために、黒深雪は黒い煙幕に包まれていく。しかし、深雪と電はそれを許さない。2人が纏まっているのならば、こちらも2人で煙幕を放ち、黒の煙幕を吹き飛ばそうとする。
黒深雪も雷も、それに対して悲劇のヒロインのような言動をする。深雪にとって、それが最も嫌悪する態度だった。自分達から攻撃を仕掛けてきており、命まで狙ってきている。こちらはそれを受けて、しかし反省を促すためにその力を失わせるだけで終わらせようとしているのに、殺意ありのあちらが許されて、ただ時間を与えようとしているこちらが許されないような言い方をされるのは、あまりにも心外だった。
だから、深雪は一切の容赦なく、黒深雪と雷の特異点の力を奪い取ることにした。躊躇なんてもう無い。電が最初にこの手段を選んだのも今ならよくわかる。
偶発的に得られた特異点の力しか絆が無いというのならば、この2人の間柄は軽いモノだ。だが、これくらい互いのことを想っていられるのなら、特異点の力なんて不要。この程度で引き裂かれるような絆ならば、無くたっていい。
「巫山戯るな……巫山戯るな……こんなことで、あたし達の平和を、ぶっ壊されて堪るか……!」
「深雪との繋がりを、切らせない、絶対に……!」
それでも、黒深雪と雷は自分の世界である。激しく吹き荒ぶ白い煙幕の波に襲われ、引き剥がされそうな黒い煙幕を必死に繋ぎ止めて。
しかし、自分の世界に閉じこもっているということは、周りの世界がまるで見えていないということにもなる。自分達は平和平和と語るが、それはあくまでも自分達
「……はぁ、本当にお前らは……改善するかと思ってたけど、無理だな。無理なんだな。周りの迷惑考えずに、自分達だけが平和になればいいって、ひたすら我儘言ってるだけじゃねーか」
「自分が一番になりたくて周りを巻き込んでいるヒトも、自分が一番なら他をそれなりにまともに生活させていたのです……」
「邪魔されたくないのに邪魔をしてきて、邪魔をされたら被害者ヅラ……それが、この世界で罷り通ると思ってんのか。お前らに比べればあたし達はまだ経験のないガキかもしれねぇけどな、そんな常識的なことはわかってるつもりだ。引っ張ってくれた大人達が、すげぇイイ人達だったからな」
自分の世界に引き篭もる2人の黒い特異点を、白日の下に曝け出すために、深雪も電もさらに出力を上げる。
あちらから見たら、2人とも悪魔にしか見えないだろう。平和を脅かす敵。だが、深雪も電ももう、魔王と魔妃として認識されていることを理解している。だから、ここで止めることはない。
「やめろ、やめろっ、テメェら、いい加減に……っ」
「だから、お前らは逆の立場だった場合にやめるのかって聞いてるんだよ。まだ答え聞いてねぇぞ。あたし達がやめてくれって言ったら、やめてくれるのか?」
「巫山戯るなっ、テメェ、そんな……っ」
結局答えない。ダブルスタンダードは相変わらず。だから深雪は止めない。そして──
「あっ……」
白い煙幕が、黒深雪と雷から黒い煙幕を拭い去るように駆け抜けた。2人が閉じこもっていた黒の世界は失われ、その姿が誰の目にも見えるようになった。
「あ、ああ、深雪、私、深雪との繋がり、見えなくなっちゃった……煙幕、出なくなっちゃった……深雪……」
「くそ、くそ、くそっ、雷から、全部奪いやがった……くそが、くそが……!」
雷の指先の黒ずみは失われ、特異点の補助装置としての能力が失われていた。無理矢理接続されていた部分もあったか、『蛮行を止める』という優しい願いが叶った結果、その接続が失われた。
全て捨てる覚悟でこの戦いに臨み、最後に残った黒深雪との繋がりだと思っていたその力まで奪われた雷は、もう戦意すら失っていた。黒深雪と共に、黒深雪のために戦えない、たったそれだけで、心が折れていた。
「全部? たったそれだけで全部なのです?」
電が拳を握りしめて呟く。
「そんなモノが無くたって、絆は繋がっているでしょう。そんな目に見えるモノにしか絆が感じ取れないなら、2人の絆は
容赦無く心を抉る言葉。見えない絆がそれだけ育まれているのに、見えている絆にしか縋ることしか出来ない2人を憐れんで、止めたくても止められないくらいに言葉が出た。電も限界だったのだ。
黒深雪と雷の関係性は、自分の深雪の関係性によく似ているからだ。2人でいることが最善だと思うし、こうして共に戦っていることも、戦闘の背景を別とすれば充実している。とにかく、一緒にいることが嬉しい。お互いにそう思っているから、強い絆で結ばれているのだと理解出来る。
だが、黒深雪と雷は、似ているが、歪みに歪んでしまっている。同じように一緒にいたいと思っているのに、その証拠が目に見えるカタチでなければ、それはもう違うモノとして認識してしまっている。今こうして触れ合えているのに、それを絆だと認識出来ていない。
「電……馬鹿にしないで、私と深雪は、こんなことで……こんな馬鹿げたことでっ、断ち切られない!」
この電の言葉が、雷に火をつけた。特異点の力が無くなっても、絆はあるのだと断言した。
「ああ、そうだ、テメェらに言われることなんてねぇ。あたしと雷は、この程度で終わらねぇ!」
黒深雪も同じだ。絆を馬鹿にされて黙ってはいられない。黒深雪から向ける、雷への感情はホンモノだった。だからこそ、自分と一緒の、黒い特異点でいてほしかった。
だが、それが無くなったからと言って変わるモノではない。そもそも、この特異点の力だって、つい最近手に入れたモノなのだ。それ以前は、特異点の力なんて持っていなくても、お互いの絆はいくらでも感じ取れた。
「あたし達が何言っても変わらねぇかもしれねぇし、あたし達が言えた話でもないかもしれねぇけどな、そんな力に頼らなくても生きていけるんだよ。あたし達だって、たまたま特異点だったってだけだ。そうじゃなくても、あたしと電は、一緒に歩いていける。平和に向かってな」
「なのです。だから……これが最後のお願いなのです。もう、戦うのはやめましょう。電達が勝つとか負けるとかそういうことじゃないのです。どちらがどうなったところで、目指している平和には辿り着けないのです。どちらも
「さっきまでのお前らなら、ぶっちゃけ死んでもいいと思ってた。でもな、今のお前らなら……まだ、ギリギリ、踏み止まれるんじゃないのか」
ここで最後の説得をする。絆を履き違えていた、歪んだ特異点の力に呑み込まれていた2人とは違う、本当の絆を思い出すことが出来た2人なら、手を取り合うことは出来ずとも、この戦いを一旦止めることは出来るのではないかと。
「……終われるわけ、ないだろうが」
だが、黒深雪から出た言葉は、戦いを終わらせるモノではない。
「それでも、テメェらが勝てば、罪を犯す奴らがのさばる、何をするのも自由な世界のままだろうが」
「私達みたいな人は、増えちゃいけないのよ」
「あたし達の平和は、そういう連中が無くなって、初めて来るんだ。だから……」
「戦いは、終わらないわ」
深雪と電は、その言葉を聞いて心底嫌な顔をした。管理社会でもそれは変わらない。一時の快楽のために罪を犯す者も必ず出てくる。それをも管理するなんてことは、絶対に出来やしない。
もし出洲の悲願が達成し、人間全てが高次の存在になったとしても、人が人である限り、確実に今のままだ。管理に対してそれを拒絶する者も出てくる。そして、罪は加速する。
「……じゃあ、お前らの戦いは、ずっとずっと終わらねぇよ。自由がない平和なんて、お前らが一番気に入らないことが起こり続けるだけだろうよ」
「全部管理したら、抑圧されて爆発すると思うのです。結局、何も変わらないのではないのです?」
まだ長く生きていない深雪と電ですら、その辺りは感じ取れた。それは、深雪はそもそも見ていた人間の在り方。海賊船や阿手の支配していた島で見た、欲深い人間。力が無いことを逆手に取り好き勝手する者、力を得たことで全能感に支配される者を、これまでにずっと見てきた。
故に、管理社会でもそういう者が出てくると確信していた。それこそ、今は鳴りを潜めているかもしれないが、阿手予備軍のような輩もきっといる。出洲の寝首を掻こうとする輩が。そんなもの、平和でもなんでもない。結局は、最後まで戦いは終わらず、静寂という名の平和しか訪れない。
罪はなくなるだろう。罪を犯す命が全て無くなれば。それを平和というのだろうか。
「終わるまで戦うだけだ。それで死んでも、構いやしねぇ」
「私も、深雪と一緒に行けるなら」
やはり、わかっていない。何もわかっていない。平和を目指して戦い、永遠に訪れない平和のために命を落とす。なんて無駄な戦い。
後始末屋が勝利しても、彼女達の望む平和は訪れない。だが、人は自由を手に入れられる。罪は無くならないかもしれないが、それに増す自由と幸福を手に入れられる。
「そうか。なら、やっぱり傷付けずに終わらせるなんて出来ねぇ」
「痛めつけてでも、心を折りに行くのです。苦しんでもらうしかないのです」
最後の説得も徒労に終わる。ならばもう、説得などしない。わからないなら、わかるまで徹底的にやるしかない。