潜水新棲姫がうみどりに保護された状態で、丸一日の清浄化率維持確認時間が始まる。その日の予定は、無いようなものではあるが、この地点で海洋調査艦おおわしとの合流がある。
そこで潜水新棲姫の保護の件をあちら側にも伝えるつもりではあるようだが、伊豆提督としてはここからどうやって持って行こうかを悩み続けていた。
「保護……と一言で言っても、今までと勝手が違い過ぎるのよねぇ」
気持ちを落ち着けるため、イリスと共にハーブティーを嗜む。ハーブの力で心を落ち着けて、今後の最善を掴み取ろうと頭を回し続けていた。しかし、イリスも含めて答えはなかなか出ない。
何はなくとも、
勿論、伊豆提督を始め、うみどりに所属している者は、誰も潜水新棲姫を敵だとは思っていない。だが、深海棲艦を敵として認識する者が世論の大半、それがいくら人間のような心を持っていたとしても、間違いなく反対され、問題視され、最悪の場合は潜水新棲姫が始末される。
それだけはどうしても避けなくてはならない。潜水新棲姫に何の罪も無いし、むしろ、カテゴリーYという、人為的に作られてしまったと考えられる存在が現れたことが説明しづら過ぎる内容。
「まずは彼だけに相談じゃないかしら」
「マークちゃん、よね」
「ええ。元帥にも話しておきたいところだけど、直近で顔を合わせる彼には、知っておいてもらわないと」
おおわしと合流するということは、昼目提督と顔を合わせることと同義。昼目提督の前に潜水新棲姫を出さない、隠し通すということも考えられるものの、調査隊の目を欺くというのは非常によろしくない。
それに、昼目提督は潜水新棲姫が人間や艦娘と同様に
それに加えて、イリスは昼目提督なら伊豆提督の言ったことは疑念すら持たずに信じるのではと考えていたりする。
「……はぁ、元帥じゃないけど、胃が痛くなってきたわ……。いい方向に進んでるってのに」
「胃薬、持ってくる?」
「お願い。一度飲んでおくわ……」
今進んでいる道は、決して悪い方向では無い。カテゴリーMを仲間に加え、カテゴリーYとはいえ深海棲艦とすら和解が出来そうとなれば、世界の平和の道はグッと進めている。
しかし、カテゴリーYが生まれたのは、間違いなく悪辣な人間の
「久しぶりね。ハルカが胃薬に頼ることになるなんて」
「それだけ腹が立ってるのよ。あの子がどう苦しんであんなことになってるかって考えたら、ムカムカして仕方ないわ。絶対に元凶をとっちめてやるんだから」
まだ可愛げのある言い方をしているものの、こういうことを口に出すくらいなので、相当腹を立てているとわかる。既に怒りを露わにしているくらいなのだから、伊豆提督の怒り、そこから来るストレスはかなり大きい。
「よし、決めた。マークちゃんと相談しましょ。彼の野生的な直感はアテになるし、
「ああ……間違いなく怖がるものね。そもそも人間の男がダメみたいだから、ハルカでダメならマークはもっとダメよ」
「残念だけれど、マークちゃんはどうしても人相がねぇ……」
「ぶわぁっくしょぉぉい!」
おおわし艦内、伊豆提督と合流するために、後始末の現場に向かっている昼目提督は、執務室で盛大なクシャミをしていた。すぐさま秘書艦の鳥海がティッシュを用意する。
「こんな時に風邪ですか?」
「いや、オレは風邪なんて引かねぇよ。ハルカ先輩に言われてっから、健康には人一倍気を遣ってるつもりだ」
チーンと鼻をかんで、一息ついた昼目提督。その様子に鳥海も何も心配していない。おおわしを任されてから、昼目提督は自分で言う通り風邪を引いたことは一度も無かったからだ。
伊豆提督にその辺りはしっかり叩き込まれている。不健康な状態でまともな調査が出来るわけない。艦娘も同じだと。その教えをずっと守り続けているため、調査隊はこれでも超が付くほどホワイトな運営である。そこもうみどりと同じと言えよう。
「なら、噂でもされているのかもしれませんね」
「かもな。ハルカ先輩がオレの事を頼ろうとしてたりしてな」
「だとしたら、あちらの現場でまた何か起きたとか」
「『特異点W』からは大分離れてっけど、なんつーか、うみどりにそういうモンが集まってる感じがするんだよな……。いいことも悪いこともだけどな」
ここ最近の不思議な出来事──カテゴリーWの発見、増加、カテゴリーMとの和解、情を持つ深海棲艦の痕跡──その全てが、うみどりを中心に起きている。
勿論、この時の調査隊は、潜水新棲姫が既に見つかっており、よりによってうみどりで保護されているだなんてことを知る由もない。
「例の潜水新棲姫が見つかったとかだったり」
知る由もないのだが、昼目提督の直感は得てして異常な精度を見せるときがあるのだ。
そしてその日の夕方。うみどりとおおわしは合流。いつもの通り、昼目提督とその護衛艦隊がうみどり側に一時的な出向をしたわけだが、そこで語られた潜水新棲姫の話によって昼目提督は自分の予想が当たってしまっていたことを知った。
「……えーっと……マジっスか」
「マジよ、大真面目に話しているの。ちなみにこのことはまだ大本営にも報告していないわ。アタシとアナタしか知らないこと」
その本人がここにいないため、いくら伊豆提督が大真面目に話していたとしても、半信半疑になってしまう。つい最近話題に上ったとはいえ、あまりにも荒唐無稽過ぎる話だからだ。
昼目提督自身、語りながらもそれは無いだろうと思っていたこと。それが現実となったのだからそんな顔にもなるというものである。
クシャミの原因を昼目提督は理解した。この話しづらすぎる話を誰かに話すべきかを考えた挙句、自分にだけは話してくれると決めたのだ。顔には出さないようにするが、自分を頼ってくれたことに、昼目提督は大喜びである。
だが、伊豆提督どころかそこにいる者達全員にその感情は筒抜けであった。
「でも、本当に申し訳ないんだけれど、その子には会わせられないわ」
「何故です」
「人間、特に男に対して、恐怖を感じてるみたいだったから。アタシも最初は怖がられたくらいだもの。今は信用を勝ち取ったけど」
伊豆提督の柔らかい物腰に対して恐怖を感じるとなると、昼目提督もその潜水新棲姫は重症だと察することが出来た。その上、ショックで言葉まで失っていると聞けば、それをより悪化させるような出会いは控えた方がいいと感じるもの。
「あー……オレはどうしても怖がらせちまいますもんね」
「自覚してくれていてありがたいわ」
それでもあまり整え過ぎると逆に怖いというのが昼目提督であるため、伊豆提督としてはそのままでいてほしいと考えている。人相は生まれ持ってのもの。こればっかりは仕方ない。
「もう少し慣れたら、アナタにも紹介するわ。でも、ここには潜水新棲姫が保護されているということだけでも知っておいてちょうだい」
いるけど見せられないと言われると、普通ならば疑念を抱くもの。昼目提督であっても、調査隊としてまずはちゃんと見てから話を進めるべきとは考えているが、伊豆提督の誠実さを知っているからこそ、そこは素直に首を縦に振る。
だが、昼目提督は会えないというだけであって、艦娘ならまだ顔を合わせることくらいは出来るのではと考えたのが、秘書艦の鳥海である。
「提督は無理かもしれませんが、こちらの……例えば響と白雪が面会するのはダメですか?」
この提案に、伊豆提督は少しだけ考える。確かに、本当にいることを証明するために会わせることは悪いことではない。鳥海がその2人を指名したのは、駆逐艦──
潜水新棲姫は外見に対して恐怖を感じやすいようで、伊26よりも大きい身体を持つ者、うみどりでは重巡洋艦以上には、簡単には懐かなかった。どうしても高い位置から見下ろされるのが怖いというのがあるようだった。それでも『怖い人』から『いい人』へとクラスを上げることは出来ているため、今は問題は無い。
逆に、駆逐艦だと伊26と同じくらいの大きさとなるため、慣れやすさはあり、神風を筆頭とした駆逐隊は全員が早い段階で割と悪くない関係性を育むことが出来ている。心の底から仲良くしようとしている深雪と電とは、触れられるくらいにまで距離感が変化していた。
しかし、潜水新棲姫は相手の感情に非常に敏感。疑念を取り除かなかった時雨には懐いていない程である。自分に何かするのではと疑心暗鬼に陥り、時雨とは目も合わせることが出来なかった。
ちなみに時雨は何故だと憤慨しており、それを深雪に弄られているのは言うまでもない。
「あの子は感情にとても敏感なの。アナタ達に悪意が無いとは思うけれど、危害を加えそうだとか、少しでも疑いを持って接したら、間違いなく怖がられるわ。そこは大丈夫かしら」
そう言われると途端に自信が無くなるもの。白雪はごめんなさいと辞退する。だが響は違った。
「いいじゃないか。私は危害なんて加える気はないし、深海棲艦と仲良く出来るならしてみたいものだよ。白雪だって同じ気持ちじゃないかい?」
「私もそうではあるけれど……もし怖がらせちゃったらって思うと、どうしても」
「怖がっていたら何も変わらないさ。司令官、私と白雪が見てくる。いいかな」
割と強引に白雪を引っ張り、鳥海の提案に乗る響に、昼目提督は少しだけ考えた後、
この2人の経緯に、深海棲艦に恨みがあるとかそういうものは無い事を知っている。調査隊に加わった理由も、早く平和を取り戻すためという部分が大きい。手段を選ばず、より良い確実な方法はこれであると確信して昼目提督についていっている。
そして、調査隊故に
「イリス、案内してあげてちょうだい」
「わかったわ。響、白雪、ついてきて」
イリスに導かれて、2人は潜水新棲姫に会いに向かう。白雪はまだ不安そうな顔を見せていたが、昼目提督が大丈夫だと笑顔を見せたことで、前を向いて歩き出した。
2人が向かった後、伊豆提督は昼目提督に1つの真実を語る。
「……カテゴリーYだったのよ」
「Y……って、確か、今までイリスも見たことがない、深海棲艦と人間のあいのこ……ってヤツですかい?」
「ええ。イリスが彩で嘘をつくことはないわ。だから、保護した潜水新棲姫には、間違いなく人間の要素がある」
その時、伊豆提督にはほんの少しだけ怒気が含まれていた。昼目提督もそれにはすぐに気付く。
「元凶の、仕業っスか」
「一番あり得ると思うわ。だから、アタシも全力で追い詰める」
「……うす。お手伝いします。そりゃ元凶がダメだ。許せるわけがねぇ。でもハルカ先輩」
少し過去を懐かしんだような表情を見せつつも、すぐに調査隊のトップの顔に戻る。
「
「わかってるわよ。アタシも
「オレもそのおかげでこうしていられるんで、文句は言い切れないんスけどね」
「アナタは物分かりがいいからよ。元凶が物分かりがいいなんてあり得ない。だから、アタシは言葉にしてるの」
伊豆提督はクスリと笑うものの、目は完全に笑っていなかった。
「全力で、徹底的に、潰すわよ」
あまり今作には関係ありませんが、ここ最近作者が読んでいる漫画を紹介します。『鉄槌教師』『入学傭兵』『不良担当不良』『喧嘩独学』です。つまり、そういうことです。