深雪と黒深雪の戦いは佳境に入る。お互いの主張は入り乱れ、それは交わることもなく、力と力のぶつかり合いとなる。
自分の道こそが正しいと力を振り絞る黒深雪に対して、深雪は自分の道が絶対に正しいとは言えないが、それでも管理社会よりはおかしな世界にはならないと伝えるしかない。しかし、聞く耳を持たない者には何を言っても変わらない。
「未来なんて誰にもわからねぇけどな、お前らが目指してる平和が間違った未来になることくらいわかるんだよ!」
「テメェこそ予知能力者か! なんで間違ってるなんて断言出来るんだよクソ!」
「いい人間と悪い人間を見てきたからだ!」
拳が交差し、弾き飛ばされる。それが隙となるのだが、互いに煙幕でその隙を無くした。電も雷も、なかなか援護に入らない。艦載機は艦載機同士でぶつかり合い、2人の戦いを邪魔出来ない、邪魔させないように拮抗している。
電も攻めあぐねてしまうのは、やはり黒い煙幕が常に立ち昇っているから。煙幕同士で中和させられたとしても、どうしても悪影響を受けてしまう可能性が捨てきれないから。
雷も同じだ。そもそもが、白い煙幕の力で補助装置としての繋がりが断ち切られていることもあり、触れることを避けるようになっている。これ以上力を奪われたら堪ったものではないと。
「罪を無くそうって考えが間違ってるとは言わねぇよ。でもな、そのやり方が上から押し付けるのがおかしいって言ってんだ。悪い人間はそれを利用するぞ、阿手みたいにな。いい人間はブチギレて反発するぞ、ハルカちゃんみたいにな!」
管理社会を受け入れる者がいるのかという話である。深雪の言う通り、いい人間も悪い人間も、平和から遠い行動に出るだろう。戦いは終わらないのだ。内部でも外部でも、争いの火種が多すぎるのだから。
「そいつらも全部押し潰してやる! 徹底的に管理して、罪なんて起こさせねぇ!」
「お前は、それで人間の心まで管理出来ると思ってんのか!」
「出来る! やってやるんだよ!」
「一方的にかよ! お前らの言うことを聞いて、やりたいことも全部奪われて、ただ生きてるだけの存在にされて、それを喜ぶ奴がいると思ってんのか!」
黒深雪はそれをはいそうですとは答えられなかった。自分だって、やりたい事をやろうとして、
出洲の言い分を叶えた場合、喜びという感情も争いの一旦になる。そこに嫉妬という感情が生まれるから。罪を犯す自由を奪い、小さな競い合いすら起こさせないように文化を奪い、管理する事で争いを起こさないようにするのなら、おそらく人と人の繋がりすら全て断つ必要が出てくるだろう。喜怒哀楽全ての感情が争いに繋がる。
ならば1人1人を鳥籠に入れて管理すれば、争いが無くなるかと言われたら、そうでもない。間違いなく反発が起きる。元々独り身な者であっても、全てを取り上げられて、ここで毎日何もせずに生きろと独房に入れられたら、間違いなく狂う。それが家族なら尚更だ。2人を一緒にすれば、その間で争いが起こることもあるだろう。
高次の存在になれば、争いなどなくなると言っていたが、所詮人間には無理な話なのだ。高次にする際に、頭の中まで弄くり回せば、話は変わるかもしれないが、そんなことをしたらそれもまた争いの火種になる。
結局、何をしたところで争いは無くならない。規模が大きいか小さいかだけだ。ちょっとした口論で済むモノか、鬱憤を溜めて溜めて、結果的に殺し合いにまで発展するモノのみ。出洲がやろうとしていること、黒深雪が目指している平和は、極論そういうことだ。
「お前らはこの戦いが終わったら死んでもいいって言ってたよな。特異点の力を持ったんだから、この世界に必要ないってよ。つーことはだ、お前らが作り上げた、ぶっ壊れた世界の荒んだ平和の管理から逃げるってことだよな。そんな大概なこと言ってる奴の考える平和が、まともだと思ってんのか!」
より強く煙幕が溢れ出し、黒深雪の顔面を狙う。咄嗟にガードする黒深雪だが、その拳の鋭さはこれまででも群を抜いており、肉を削ぐかのような威力だった。ガードは出来たが、その衝撃は骨にまで響き、カテゴリーKの強靭な身体で無かったら、骨を砕かれていただろう。
「そもそも未来を見ていないお前に、未来を語られたところで、何も響かねぇんだよ!」
追撃の拳。ガードを打ち崩す、重い重い一撃。ミシリと、骨が音を立てた。黒深雪はその痛みに顔を歪ませる。だが、自己修復により軽傷ならば時間経過ですぐに治る。
「クソが……! だったらっ、テメェの目指す平和が正しい証拠を見せてみろ!」
黒深雪が蹴り上げる。それは怒りと苛立ちが込められた荒々しい一撃。鋭いとは言い難いが、非常に重たい一撃。深雪はそれを両手を使って食い止める。
だが、そのまま二撃目が繰り出された。ガードされた脚を軸に、身体を捻って顔面狙いの蹴りへ。速く、重く、そして辛い一撃。
深雪はそれを、間合いを取ることで避ける。鼻のスレスレを足が通過したことで、少しだけ裂けた。小さく血が舞い散り、視界の端にチラつく。
「未来が正しい証拠なんて出せるわけがないだろ!」
「なら、あたし達の目指す未来が間違ってる証拠も無いってことだろうが!」
「……はっ、違い無ぇ。でも、だったら、それをやろうとしてる奴の人格に委ねられたな。あたしは後始末屋で、みんなが目指す未来に乗ってんだ。今の戦争が終わった後の、自由な世界のな。お前のところの親玉みたいに、気に入らないから潰すなんてことはしねぇ。ありのままの世界を受け入れて、その中で出来る一番いい方法を取るだけだ」
黒深雪の言い分はある程度肯定する。今目指している未来の是非なんてわかりはしない。そんな先の未来が見える者なんていないのだから。深雪の言い分が感情論だったり根性論だったりすることも否定は出来ないだろう。
しかし、わからないことをわからないと理解しながら、それでも良くしようとする者と、盲目的に自分の目指す未来が絶対に正しいと言ってのける者、どちらが信じられるかという話になれば、答えは前者になるだろう。荒唐無稽な未来を目指している後者ならば尚更だ。
「そりゃあ手が届かないところもあるだろうよ。そこでお前が食い止めたい犯罪が起きるだろうよ。それを仕方ないと諦めることは、あたしにだって辛い。言い訳もしねぇ。でもな、それを極力抑え込もうとすることくらいは出来る。あたし1人じゃ無理だ。電と一緒でも手が足りなすぎる。だからって、全部潰すは無ぇよ。あたしは仲間を増やして増やして、きっと世界全部に手が届くようになるって信じて、その未来に向かって突き進んでやる。世界の後始末屋としてな!」
「理想だけは一人前じゃねぇか」
「お前らにだけは言われたくねぇよ。現実が見えてない上に、未来も妄想の上に立ってるお前らにはな」
2人の脚が交差する。弾かれあい、体勢が崩れる。だが戦意はいつまで経っても落ちることはない。主義主張のぶつけ合いは苛烈を極め、どちらかが壊れるまで続くだろう。
「自分は現実が見えてるってのかよ!」
「少なくとも、今を見て見ぬフリはしてねぇよ!」
殴り合いは、ついに取っ組み合いに。互いの拳を受け止め、手首を掴み、完全なゼロ距離へ。
こうなってしまうと、砲撃や艦載機での援護はほぼ不可能。これまでずっと攻めあぐねていた電と雷は、より一層、ただ見届けることしか出来なくなる。
いや、電と雷で戦うことも出来ただろう。しかし、それも出来ないくらいに、深雪と黒深雪の意志のぶつけ合いは凄まじかった。何も邪魔出来なかった。自分達が余計な事をしてはいけないと思うくらいに、間に入り込めるようなモノでは無かった。
「未来もわかってねぇ、今も見えてねぇ、捨てられねぇ過去に縛られて、利用されてるだけだろうがお前らは」
「テメェ、言うに事欠いて過去のことを引き合いに出しやがったな……」
「あたしにゃ、お前らの苦しみはわからねぇよ。死んでねぇし、仲間が死んだところも見てねぇ。お前らの思いを理解してやることは一生出来ねぇ。だから説得力が無いって言われても仕方ねぇ。あたしは幸せ者なんだろうよ。嫌なことばかりされた時もあったが、今こうして生きてる。すげぇ仲間を持ってな」
手首を掴む手の力が強くなる。ミシリと、嫌な音を立てる。だが、お互いにその痛みすら感じていないくらい、真正面の敵を見据えていた。
「だから、お前は絶対に殺さねぇ。お前には、そういうのを知ってもらいたいからな。でも、今はぶっ倒す。そうしないとお前が止まらないことはわかってるからな」
そして、猛烈な頭突きが繰り出された。
「あたしにも仲間くらいいるんだ。同じように、命を奪われて、苦しんで、苦しんで、今の世界を変えたいと思ってる仲間が。そいつらの思いを背負ってるんだよ」
黒深雪も頭突きを繰り出す。
そして、額同士がぶつかり合った。ゴッと嫌な音がしたが、まだ終わらない。
「
少しだけ、ほんの少しだけ、引っかかる言い方。それに気付いたのは、電である。