深雪との戦闘中、黒深雪が口走った一言。
『あいつらが言うんだから、あたしだって、そう思うに決まってんだ』
この言葉に、電は何処か違和感を覚えた。あいつら、というのは仲間のことだろう。他のカテゴリーK。電はまだ顔を合わせていない、9人のうちの8人。雷をそこに含めるべきかはわからないが、ひとまずは黒深雪の言う『あいつら』には該当するだろう。
それらも同じことを言っている。それはわかる。この世界を、罪のない世界にするために、争いとその根源となる自由を奪う。カテゴリーKの共通認識だ。矛盾に気付いていたとしても、生き返らせてくれた出洲への恩という毒が回っており、それを達成することが自分の平和にも繋がると信じている。黒深雪の言動も、苦しんではいたものの、何だかんだでその意志に集約している。
だが、特異点Wの時にはある程度は理解していたはずの黒深雪が、そのことを忘れてしまったかのように今振る舞っている。ただ思考の端に追いやっているだけかもしれないが、だとしても矛盾を完全に無視していた。理解しているかもわからないくらいに。
そして、さっきの言葉だ。あいつらが言っているのだから間違っていない。元々黒深雪はそんなことを言うような者だろうか。まだ数回しか顔を合わせていないが、雷以外には心を開いていないような雰囲気はずっとあった。相手が仲間であっても斜に構えていそうな、そんな感じが。それなのに、今は仲間の言葉を疑問に思うことなく信じているようなところが見えている。
「……仲間に何か、されているのです?」
黒深雪のその言い方がどうしても気になった。特異点Wでいろいろ知ったはずなのに、迷いが無さすぎる。これまでのことを考えるなら、悩んで迷って躊躇いも出ているはずだ。戦場であるため、ムキになって喧嘩腰になるのもわからなくもないが、それにしたって分からず屋が過ぎる。
そこから電は考えた。あの特異点Wから撤退した後、ここで何かをされたことによって、不要な迷いが断ち切れている。言いくるめられたというのが妥当か。それとも、
「確か、カテゴリーKは頻繁に調整をしているはずなのです……あの後1週間は時間が空いているから、何回も調整は入ってるはず……」
それは精神的な調整も入っているだろう。ブロックワードを持つカテゴリーKなら尚更。黒深雪と雷はそこを解除されているが、それでも蘇っているという前提がある以上、その辺りのメンテナンスは必須。
その間に頭の中を弄られているのではないかと考える。迷いを切り、考える能力を奪い、ただ仲間達の言葉を盲信的に信じるような、そんな調整が。
「詳しくはわからないのです。なら、話を聞くしかないのです」
深雪と殴り合っている黒深雪に目を向ける。やはり黒い煙幕を纏っているため、近付くに近付けない。無理をしたら、黒に侵されかねない。いくら特異点だからと言っても、そこは警戒しなくてはならないところ。
となると、話が聞きやすいのは黒深雪ではない。それを見守る、雷。
「雷ちゃん、質問に答えてほしいのです!」
急に敵から声をかけられたら驚くモノ。ましてや、自分から繋がりを断ち切った者からならば尚更である。
「貴女に話すことなんてないわ」
「そちらの深雪ちゃんのことが大切なら、話してほしいのです。前に顔を合わせた後、この鎮守府で何をしていたのですか。時間がそれなりに空いているのです。その間に、何かおかしなことをしていませんか」
真っ直ぐぶつけられる質問。雷は心底嫌そうに顔を歪める。何故そんなことを聞かれている。何故それを話さなければならない。言うに事欠いて黒深雪のことが大切ならばと前置きまでして。
雷は拳を握り締める。苛立ちを今は抑えるために。黒深雪が深雪との一騎打ちをしているのを邪魔させないようにしているのだから、どんな発言でも不利になりかねない。故に、黙る。
「答えてください。何かされているでしょう。例えば……
雷の眉がピクリと動くのを、電は見逃してはいない。図星の顔。見当違いなら表情は動かない。動いたとしても、こいつ何言ってんだの反応。だが、それとは違う反応を見せている。
迷いはそうして断ち切られている。本人達がそれをどう思っているかわからないが、少なからず思い当たるようなことを。
「何を、言っているの」
「雷ちゃんも同じようにされているなら、疑問にも何も思わないかもしれないのです。でも、雷ちゃんも、そっちの深雪ちゃんも、その何かのせいで、本来の自分を見失っている可能性が高いのです。電は、そう感じました」
真剣な目で雷を見据える。雷に少しだけ動揺が見えた。
「教えてほしいのです。あの後、何があったのです」
「貴女に話す理由がないわ。そうやって動揺させてでも勝ちたいわけ?」
「勝つんじゃないのです。救うのです。それを求めていなくても、求めないように操作されているかもしれないのですから」
電は両手に煙幕を溢れさせる。雷も黒深雪と同じようなことをされていると考えられるため、それを取り除きたいと思った。そこから溢れた煙幕は、優しい願いが詰まっている。ずっと思い続けていた、願い続けていた、『雷の蛮行を止めたい』という願い。それが、強く、強く、溢れ出ていた。
「雷ちゃん、話してください。何かあったでしょう。何か、これまでやっていなかったような、何かが」
ピンと来ることがあれば、思い当たることがあれば、それは微かにでも表情に出るモノ。それに勘づく事が出来る電には、雷の感情が少しでもわかる。
「何をしたのです。電達にはわかりません。わかるわけがありません。でも、雷ちゃんならわかるでしょう。例えば、この戦いを迎えるにあたって、いつもはやらないような懇親会みたいなことをした、とか」
雷の反応が一際大きくなった。ここから電は推理を始める。憶測に憶測を重ねる。煙幕のブーストによって、身体能力ではなく、想像力を強化した。
これは、深雪には出来ない芸当。特異点の補助装置であることから脱却し、新たな特異点へと進化したことから可能になった、深雪とは枝分かれした成長の証。後衛として、サポーターとして、深雪を助けるために、少しでも早く速く頭が回せるように。
うみどりでは普通にやるような懇親会。細やかなお茶会と言ってもいいだろう。そういうモノが、この襟帆鎮守府、延いてはカテゴリーKの間では、全く行われなかったのではないか。
電の問いは、割と適当だった。あまりやらないことと考えて、適当に話しただけ。ブリーフィングとかなら普通にやるだろうから、それ以外を。それなのに、反応がそこそこ大きかったということは、まさにそれではないだろうか。
電は頭を回す。もっと速く、もっともっと速く。煙幕を溢れさせ、思い当たることを全て網羅していく。
「迷った状態で鎮守府に帰って、それを仲間に伝えるか何かしたのです? そうしたら、遠征の疲れを取るためにドックに入るか何かした後、滅多にしないようなお茶会でもしましたか?」
もう雷の反応は言葉以上に雄弁に語っていた。何故そこまで詳細にわかるのだと言っているようなモノだ。
ブーストがかかった電の想像力は、推理の域を超えている。自分が出洲の立場ならどうするか、出洲に従っている者だったらどうするか。
雷の反応は、高確率側だった。適当に語った事が、ドンピシャだった。メンテナンスのためのドックは普通のことではあるが、その後のお茶会。雷はそれに違和感を持たなかったが、いつもやっているようなことではない。初めてとは言わないが、この数年で片手で数えられるくらいしかない。
雷は語らない。語らないが、考えさせられた。電の言葉が、心に突き刺さるかのように感じた。
「……わかったのです。やっぱり、雷ちゃんも、そちらの深雪ちゃんも、心を操作されているのです。アレだけ迷って、迷って、覚悟して、決心して、でもまた迷うことがあるかもしれないから……今は心を縛り付けられてる。これまで以上に。そうじゃなきゃ、仲間が言うから自分も『そう思うに決まってる』なんて、ちょっと客観的な言葉は出てこないのです。だって、2人とも迷うことが出来たんですから」
「何を……言っているのよ、電……」
「ドックに入った時に、心を調整させられて、お茶会でそれを固定化させた。そのお茶、薬か何か入っていたのではないです? そのお茶会で、自分達が正しいと言われて、それを信じるように持って行かれた。調整と薬で、雷ちゃん達はそれが正しいと、ちゃんと上書きされてる。電は、そう考えたのです」
電はそれが憶測の域を出ていないと思いながらも、最もあり得そうなことだと思い、雷に伝えた。
雷の脳内であの時の事が思い出される。特異点Wから帰投した時、黒深雪が精神的にも疲れた顔をしていたこともあり、今日はゆっくり休もうと話していたところに、それだけ疲れているのならドックに入ればいいと背中を押された。その後、同じ人物からお茶会にも誘われた。何かあったなら相談に乗るよと。
そこで話をして、ああ、やっぱりここの考えが間違っていないと、心の底から感じた。迷いは断ち切れて、精神的にもスッキリ出来た。ありがとうと、黒深雪も礼を言うほどだった。
そうだった。雷は、完全に目の前が見えなくなっていた。過去を見ていた。その時にされたことは、優しく仲間のことを思ってしてもらえたこと。だからこそ、すんなりと心に溶け込んできたのだ。
あの場にいたのは、漣と、速吸。