黒深雪の一言から違和感を覚えた電は、雷を問い詰め、その反応から2人が決戦までにされたことを推理し、伝える。雷は思い当たる節しかなく愕然とした。
それは、ドックを使った心の操作と、薬を使った安定化。迷いを断ち切るためとはいえ、無理矢理自分達の考えに従わせているのと同じである。
「雷ちゃん、電の声は届かないかもしれないですが、聞いてください。雷ちゃんとそちらの深雪ちゃん……そこまでされて、利用されているだけなのではないのですか……?」
直接言われると頭がおかしくなりそうだった。だが、それも全て、そうなのではないかと思えることが多すぎた。
黒深雪は性格上、人付き合いが得意ではない。誰も信用していないような空気を出しつつ、誰かに近付くこともない。一歩二歩離れたところで見ているだけ。雷には心を開いているが、それ以外には閉ざしているようなモノ。それでも、カテゴリーKの仲間達は、そんな黒深雪を受け入れて、こうして共に同じ道を歩くために戦っている。
雷は人付き合いこそ得意だが、黒深雪を中心とした考え方しかしない。黒深雪がこの道を行くのだから、全力でサポートする。黒深雪がもう戦わないと言ったなら、雷も戦いを止めるくらいには依存している。カテゴリーKの仲間達は、それも理解して受け入れている。
カテゴリーKは全員が全員歪んでいる。それを全員自覚しているところもあるから、仲間意識が強く、協力して平和に向かって戦えている。
だが、その道から外れかけると容赦無く引き戻す。基本的にはブレることはないのだが、ひょんなことから迷いが発生した時、精神操作をしてでも外に行かせることはない。仲間だから、一蓮托生だから、裏切りは絶対に許さない。
黒深雪と雷は、それに該当したのだ。少しでも迷いが現れてしまったのだから、不要な迷いは取り除く。だって自分達が正しいから。迷う必要なんてないのだから。
「……私達が……利用されてる……? そんなわけないでしょ……私も、深雪も、貴女達に乱されて、迷ったから、みんなが優しくケアしてくれただけよ……」
「本当にそうなのです? 特異点の力を植え付けられて、それを使えるようにして。そしたら、一番厄介な電達にぶつけられる。そんな
「縛りつけてるんじゃない……仲間のことを思って……一緒に歩くために……」
雷はこれにより完全にブレた。これまでとは違う迷い、疑念が生まれたのだ。電は憶測を語る。真実ではないと言われたらそうだろうし、実際に見たわけではないのだから確証だってない。煙幕ブーストで頭を回し、一番あり得そうなことを推理し、披露しているだけ。
ただ、本当に容赦が無かった。それが心を抉ることになったとしても、それを止めなかった。狙っているのは雷の理解。そして、島や特異点Wの時のような迷い。
「そうよ、これは仲間だから、思いやりの気持ちで私達の迷いを晴らしてくれた、それだけ……。漣も、速吸さんも、私達が迷っているのを見兼ねて、身も心も休ませてくれたのよ……」
「……その2人が
ブレた雷は、ついにその名前を出してしまう。電はそれを聞き逃さない。実際はその2人以外も共犯者だろうし、むしろさらに裏側にいてもおかしくはないのだが、雷にとってその2人は自分の迷いを断ち切ってくれた、頼りになる仲間という認識。
だが、電には黒深雪と雷に特異点対策を
「今はいいのです。後から聞きます。電の憶測は、ひとまずここまでなのです。あとは……」
動揺が隠しきれない雷から視線を外し、深雪の方を見る。その戦いは、さらに激しくなっていた。
意地と意地のぶつかり合い。自分の信念を突き通すために、お互いに手を緩めることはない。殴られる寸前に首を動かし、致命的なダメージになることは回避しているが、ところどころが痛々しく傷ついている。
腕を掴み合っていた手は胸倉を掴み合い、フリーになった腕で殴り合う。ほとんど回避も出来ない。ひたすら相手を殴り合うだけのデスマッチ。
「っらぁあっ!」
深雪の拳が黒深雪の顔面に入る。
「がぁあっ!」
黒深雪の拳が深雪の顔面に入る。
それを、何度も繰り返し、繰り返し、お互いにいい加減にしろよという気持ちが特に大きくなっている。
結局、お互いに相手の言い分は許せない。平和を望んでいるという点では同じ方向を向いているはずなのに、致命的に中身が違う。罪のない完全なる静寂を平和と見るか、善性に委ねるありきたりな自由を平和と見るか。その考えを、どちらも違えることはない。
だが、明暗が分かれる時は来る。それが、雷の明らかなブレ。特異点と補助装置の繋がりは断ち切れていても、雷の異変は直感的に感じ取れた。
「っ……雷、どうした!?」
動揺を見せたことで隙だらけになる。だが、深雪はそこでトドメを刺そうだなんて考えない。掴んだ胸倉を引き寄せ、超至近距離で呟く。
「余所見してんじゃねぇよ。あたしとやり合ってんじゃねぇのか。ああ?」
「うるせぇ! テメェだって電がやられたら同じようにするだろうが!」
「……違いねぇな。で、お前は今のあたしと同じようなことを言うし、するんだ。そこまでわかるぞコラ」
黒深雪はぐっと声を詰まらせる。あまりにも図星だったからである。
「あっちはあっちで、何かに気付いちまったみたいだぞ。お前らが何処かおかしいってところにな」
「……そんなわけがない。あたし達は、間違ってない。あいつらがそう言うんだ、あたし達の仲間が」
「それ、本当に仲間かよ」
深雪のその一言は、黒深雪の心を抉る。仲間が本当に仲間かと言われて、当然だとすぐに頷けなかった。
何故なら、深雪は雷以外に心を開いていないのだから。あの時のお茶会だって、雷が行くと言うから仕方なく付き合っただけだ。本来ならばもっと拒絶しそうだったのに、あの時だけは何故か素直に従った。違和感なく。
心を開いていないはずなのに、仲間であっても深い関わり合いをしないようにしていたのに、今の自分はやたらと仲間の言葉を信じて、自分達の正義が正しいと確信している。迷いなどない。
だが、深雪の優しい願い、『黒深雪の蛮行を止めたい』という願いの煙幕が、殴り合いの中で少しずつ少しずつ浸透してきている。黒い煙幕を貫通して、強制的に閉ざされた心に光が差すように。
勿論、黒深雪からの黒い煙幕の影響だって受けかねない状況だ。しかし、黒の特異点の願いは、利己的な願い。自分のための願いであるため、敵に影響を与えない。無意識に放ったそれとは違う。特異点に勝ちたいという、自分のためだけの願いなのだ。深雪はただでさえ自分の煙幕によって防御しているのだから、何か影響を受ける要素は何処にもない。
「本当にそれが、お前の思っていることかよ。あたしもピンと来たぞ。電のおかげでな」
「何、を……」
電の補助装置としての役割が、さらに機能している。今の憶測、推理の内容が伝わるわけではないが、感覚的なモノ、何となくそうなのではないかというところが、その繋がりを伝って深雪の方にも感じ取れた。
黒深雪と雷が繋がっているのだから、深雪と電が繋がっていない理由にはならない。戦闘中でもうっすらと漂う白い煙幕で、心が繋がっている。
「あたしはバカだから細かいことはわからねぇ。でもな、お前が前に会った時から何処かおかしくなってるのはわかった。確かにおかしい。電が気付いたのもわかる。お前、そんなに誰かの言葉に乗っかる奴だったか?」
黒深雪は言い返せない。自分から心を閉ざしていたはずなのに、今はそんなこと無かったかのように心を開いている。信用するしないの話ではなく、雷以外の相手とそうやって話すのが単純に苦手でもあった。
それなのに、今は仲間のためになんて言葉が平気で出てくる。自分の中で、妙なズレが生じた。
「軍港の時もそうだったよな。斜に構えて、後ろにいた。雷がいるからついてきてるだけって感じでな。あの場所でもそうだ。他の仲間のことはどうでもいいような口振りだっただろ。でも、今は自分から言い出したんだぞ。仲間が言うから間違ってないって。疑問すら浮かんでねぇ。迷うことすらしなくなってる。そんなモン、何処かおかしいだろ」
電の受け売りだが、と深雪は加える。あくまでも深雪は、電の思いが届いたから黒深雪の違和感に気付くことが出来ただけ。そうでなければ、こんなこと言わずに殴り続けていた。
おかしいと気付くことが出来れば、とことんおかしく見える。黒深雪の言動が、あの時と違うことを意識してしまうくらいに。深雪はその違和感を口にしているだけ。
「何があったかはどうだっていい。お前にそういうことをしてくる連中が仲間だってことが問題だ。自分の考えにそぐわないから、頭の中まで弄ってやろうって思ってるような奴がな。どうだよ、別個体」
「あたし、は……そんなはずない、そんなことはない、ない!」
「意固地になりやがって。あたしに突きつけられるのがそんなに嫌かよ。あたしもそういう奴じゃないって自覚してっけどな!」
雷に続き、黒深雪にも少しずつブレが見え始めた。それは、深雪達の願いが僅かにでも届いた証拠でもあった。