黒深雪と雷は、特異点Wで別れた後、仲間であるカテゴリーKから心の操作をされていた。それによって迷いが晴れ、特異点を一段と敵視するようになっていたのだ。
元々こうなる前から乗り越える存在として見ていたが、これまでの深雪の説得によって、迷いを持っていたのは確かである。しかし、だからと言ってここまでする輩を仲間として認識しているのは、あまりにも酷い。
「お前は、一度連れていく。気の毒だからな」
「気の毒? 気の毒だと!? テメェ、あたしを、憐れんでるのか!」
「おう、自分の考え方すら潰されて、あいつらのいいように使われてるお前が、憐れで仕方ねぇよ。そんなお前と決着なんてつけたくねぇ」
改めて戦闘再開。違う理由で迷いが出た黒深雪は、明確に動きが鈍くなる。深雪の突撃に目が泳いでいた。今のこの戦いは、本当に自分の意志でやっていることなのか。本当に平和のためになっているのか。それが、完全にブレた。
「おいおい、どうしたよ。さっきまでの勢いは」
「うるせぇ! テメェ、人のこと動揺させておいて、その言い草は……っ」
「生きてるだけで罪とか言ってこられたからな、あたしだって荒んじまうってモンだぜ。つーか、こんなことで動揺すんのかお前は」
拳を、蹴りを止める。致命的なダメージにはならない。しかし、黒深雪は明らかに圧倒されている。攻めに転じることが出来ない。
ずっと、ずっと頭の中で反芻していた。仲間が、仲間だと思っていた者達が、迷いを断ち切るために心を操作して、自分達の思い通りに仕立て上げた。それが真実かどうかはわからない。しかし、それが絶対に間違っているとも言えない。黒深雪自身が、そう思っていた。
自分はこんな奴だったのか。こんなに仲間の言葉をあっさり信じるような奴だったか。雷以外に信用する奴はいたか。言われるがままに動くようなことをしていたか。考え出したらキリがない。
だが、深雪はその間も容赦無く攻撃を繰り出してくる。それが大分加減されていることに気付けないくらい、黒深雪は心が乱れていた。何を優先して見ればいいのかわからない。何が正しくて、何が間違っているかわからない。
「っ、ぐ……っ」
深雪の攻撃を受けながら、その目は雷の方へと向く。一番信用している、一番信頼している、唯一心を開いている相手。その雷ならば、今をどう考えているのだ。それが、どうしても気になった。
だが、黒深雪の目に入ったのは、自分と同じように動揺している雷の姿。そして、目が合ったのは雷ではなく電。
「雷ちゃんも同じようにされているのです。2人とも、都合が悪くなったから、頭の中を綺麗にされて、ただ従うことが当たり前の兵器にされているのです。こんなの、ただの厄介事を押し付けられてる奴隷か何かなのです」
電にすら突きつけられて、黒深雪の動揺はより激しくなる。
「そもそも特異点の力を埋め込もうと言い出したのは、貴女達なのですか? 周りから推薦されて、深雪ちゃんに勝ちたいと思っていた貴女がやることになったんじゃないのですか? 自分の意志でそれを掴んだように思わされているだけで」
突きつけられて、思い返す。今のこの力、特異点の力を手に入れた経緯を。
新たな特異点が深雪であるという情報が入り、黒深雪は自分と同じ姿をしている敵に対して闘志を燃やしていた。この世界を平和に導くために邪魔な特異点。それには絶対に勝ちたいと、いつものペースであっても心は熱いモノが込み上げていた。
雷もそれは知っていた。敵が深雪と聞いて、少なからず驚いたが、だが自分の知る深雪が一番なので、勝つために一層頑張ろうと背中を押していた。黒深雪も、雷がそう言ってくれたので、やってやると強く意気込んだ。
そんな中に持ち出される、特異点の左腕。出洲がその解析を終え、その力をコントロールして対特異点のために使えるようにしたという。これを植え付ければ、誰だって特異点に近い力を使うことが出来るようになる。
しかし、誰でもそれには抵抗がある。特異点との戦いは苛烈極めるだろう。それこそ、現在進行形で強くなり続けている特異点と対峙した時、必ず勝利出来るとは限らない。その戦いで犠牲になることもあり得る。その上、出洲が解析したとはいえ、特異点の力は未知の力だ。正しく扱えるかもわからない。呑み込まれるかもしれない。命すら危ういかもしれない。
それでも出洲は誰か使いたい者はいるかなと、平和のためには必要な力であることを簡単に説明している。誰もが欲しいが、その危険性で尻込みをするアイテムである。
『深雪氏が一番適任だと思いますぞ。何せ、同じ艦娘深雪だし、何より特異点深雪をライバル視してるんですからね』
最初に言い出したのは漣だった。黒深雪はギョッとしつつも、確かに特異点の深雪に負けたくないという気持ちは人一倍強かったと自負していた。
『そうですね、深雪ちゃんは適任かもしれません。同じ深雪であることは、上手く扱える理由にもなりそうですから』
続いて口にしたのは速吸だった。深雪という個体であるから、誰よりも使いこなせるだろう。そう理に適った言い分で、さらに背中を押す。
2人が言い出せば、周りも納得を始める。強い力が欲しいという足柄であっても、駆逐艦の腕はちょっと自分に合わないかもとか、無邪気に納得する瑞鶴は、深雪に深雪の腕をくっつけるなら上手く行くんじゃないかとか。流れは黒深雪がやる方向へとどんどん向かっていった。
『深雪氏、どうです? やってみません?』
『これはチャンスですよ。特異点を確実に始末するための』
そして、漣と速吸が最後の一押し。周りの空気を深雪がやる方向に持っていき、そして逃れられないように流れを一極化。
やってみませんかと優しく言っているが、要は『
『……わかった。あたしがやる。確かに、あたしは深雪だ。一番上手く扱えるかもしれねぇ』
『だったら、私にも少し肩代わりさせてほしい。ほら、今の特異点って、相方に電がいるし、私がその役割を受け持つわ』
『雷……悪い、負担かける。なぁ、それでもいいのか?』
出洲は構わないよと笑みを浮かべて手を差し伸べる。特異点の力を得る。その補助装置も手に入る。出洲としては、誰がこの力を扱ってもいい。とにかく、特異点の力を扱い、特異点にぶつかれる戦力を作り上げたかった。
黒深雪と雷が結果的にその力を得ることになって、出洲に連れて行かれることになる。
『頑張ってくださいねー。強くなって帰ってくることを願ってますぞ!』
最後に漣が声援を送ってきた。少し驚きながらも、小さく手を挙げてそれに応えた。
その時の漣の顔は見ていない。声色は普通だった。だが──
「あたしの意志じゃ……ねぇ……。あたしは、推されたんだ……深雪だからって理由で……同じ深雪の特異点をぶっ倒してぇって気持ちがあったから、背中を押されたんだ……」
黒深雪の目は見開いていた。真実に気付いたかのように。気付きたくなかった奥底を見てしまったかのように。
「でも、でもだ、確かに都合がいいと思ったんだ、あたしは。こいつらの中じゃ、あたしが一番上手く使えそうだってのは、思ってたんだ」
「そりゃそうだろうな。お前もあたしも、深雪なんだからな」
容赦無く放たれる深雪の蹴りに、動揺からガードが追いつかなくなり、脇腹にモロに一撃入る。
じわりと、そこから白い煙幕が溶け出す。『蛮行を止めたい』という願いを込めた煙幕が、黒深雪に染み込む。
それは、ただひたすらに、『気付け』という思い。最初は本気で信じていたかもしれないが、結局は利用されているということ。出洲だけではない。他のカテゴリーK──漣と速吸が筆頭か──に、厄介事を押し付けられてるだけに過ぎないと。
特異点の力を利用するために、黒深雪と雷は利用されている。そもそもが消耗品扱いの可能性すらある。仲間意識が強いと見せかけて、誰か1人でも欠けたら自分への負担が上がるから逃がさないという下衆な考えすら見えてきた。
「かっ……て、テメェ……っ」
「嫌なことを嫌だって言えなかっただけじゃねぇのか。周りから言われて、引くに引けなくなって。上手く行ってるから良かったけどな、そうじゃなかったら、多分お前の仲間、悲しむこともなかったぞ。むしろ、次が自分の番になるかもしれないってヒヤヒヤしてたかもな」
「あたしの仲間を、バカにするんじゃねぇ……っ」
「……悪いな。あたしもお前らにさんざんやられてきたからよ、捻くれちまったかもしれねぇ。でもな、お前らはこれまでそういう輩だったんだよ。責任は全部他人だ。自分のせいじゃないとしか考えてない。出洲と阿手は違うかもしれねぇけど、本質は同じだ。自分勝手な正義振り回して、敵だけじゃなく味方も破滅させてんだ。お前もそれに巻き込まれてるんだよ」
じわじわと、白い煙幕が黒い煙幕を呑み込んでいく。元は同じ特異点の力。黒い煙幕は変質しただけで、本来は白。白が黒に呑まれることはなく、黒は白に呑み込まれるかも。『気付け』という願いは、今の状態から、さらにさらに深いところにまで向かっていく。
そして、
「……あ、え……あたし、は……そんな死に方、していない……」
変態に殺され、犯され、人類の罪を憎むようになったというその原因すらも、