「……あ、え……あたし、は……そんな死に方、していない……」
深雪が黒深雪に『気付け』の煙幕を染み込ませたことで、その事実に気付いた。
黒深雪の抱えている、平和を目指すための、罪を全て滅ぼすための死因。変態に殺され、犯されるという、屈辱の記憶は、
「おい、どうした」
黒深雪が戦闘すらまともに出来なくなる動揺を見せたことから、深雪もここからは攻撃を止める。むしろ、敵対の気持ち以上に心配の気持ちが強くなり、殴るのではなく落ち着かせるかのように、その肩を掴んだ。
先程までの黒深雪ならば、怒りに任せて振り払っていただろう。だが、そんなことすら出来ないくらいに憔悴していた。
「おい、別個体、何に気付いた、おい!」
深雪を正面に見据えても、目が泳いだまま。むしろ、目の前すらまともに見えていないようにすら感じる。
これはまずいと思ったか、深雪は煙幕をさらに溢れさせ、落ち着かせるように包み込む。『気付け』の煙幕は一度止め、『落ち着け』の煙幕を使った。自分でこの事態を引き起こしているので、申し訳なさがある中、それでも黒深雪をどうにかするために力を使う。
これ以上気付かせたら、本当に取り返しのつかないところまで行きそうだった。それこそ、自分が何者であるかなどにまで辿り着いてしまったら、動揺以上のところに行きかねない。暴走までされたら、抑えつけることがさらに難しくなる。
焦らず騒がず、まずは落ち着いてもらう。深雪はこのような状況であっても冷静に、敵であっても見捨てることなく、最善を掴み取ろうと精一杯動く。
「深雪!?」
その異常な反応に、雷も動揺を隠せない。こちらには『気付け』の煙幕は無いため、自分の死因についての真実はわかっていない。とにかく黒深雪の反応がおかしなことになっていることに焦り、すぐにでも寄り添おうと動く。
電もその雷の行動を止めようとはしなかった。深雪に危害を加えようとするのなら話は変わるが、今はそういうことではない。深雪はどうでもよく、黒深雪が落ち着くことを心の底から望んでいるだけ。
「深雪ちゃん、一体どうなっているのです……?」
電は電で深雪の方へと駆け寄った。この事態は白い煙幕によって引き起こされたモノではあるのだが、電にもその原因はわからない。
「……あたしは別個体に、『気付け』って思いながら煙幕を打ち込んだんだ。仲間にハメられてんじゃないかって、いいように使われてるだけなんじゃないかって、それを自分で気付けって思ってな。そうしたら……気付いちゃいけないところまで気付いちまったかもしれねぇ」
深雪もこれにはやりすぎたかと少し焦っていた。痛めつけることよりも、心に影響を与える方が、深雪としては嫌な気持ちになる。特異点の力がここまでの事態を引き起こすだなんて、ここまでさんざん使ってきたのに思っていなかった。
「深雪! 深雪! どうしたの、何があったの、何をされたの!?」
「っあ、あたし、は……なんだ、なんだよこれ……あたしが、あたし達が目指してたのは、全部、全部、嘘っぱちだったって、いうのかよ……」
雷に寄り添われても、それすら見えていないくらい虚空を見ている。今までの信念、平和を目指す気持ちが、何もかもが作られたモノだったのではないかという疑念。深雪の言う通りに、いいように使われていただけ。
こうして死んだから、自分は平和を目指すようになった。それが失われたことで、行動するための力すら出てこない。出てくるのは力ではなく、涙だった。
「あたしは、何のために、何のために、こんなことをしてたんだよ……あたしは、一体、何なんだ、何者、なんだ……」
「深雪!? 深雪は深雪よ! 私の大切な深雪よ!?」
雷が抱き締める。それでも、その目は雷を映さない。自分が何かもわからなくなってしまった。気付いたことにより、目の前が真っ暗になった。
「特異点……貴女、私の深雪に何をしてくれたのよ……!」
「……お前らがハメられてることを気付かせただけだ。お前だって、電に言われて薄々勘付いてるんだろ……迷いを持ったことで、頭の中を弄られたって」
「それがこれに、何の関係があるのよ!」
「そちらの深雪ちゃんは……もしかしたら雷ちゃんも、今の平和を目指すことを決めた死因……それ自体が全部作り話だったということに、気付いたのです。迷ったから頭を弄られただけじゃない。最初から、頭を弄られたところから、2人は始まっているのです」
雷にも衝撃的だった。自分は黒深雪と同じように、変態に殺され、死姦された。そんな巫山戯た運命を辿ったから、自分達と同じような被害者が増えてほしくない。その一心で、これまで戦ってきた。罪さえ無くなれば、それが達成される。あらゆる罪を管理して、二度とそんなことが起きないようにすれば、みんな平和になれる。本気でそう信じたのだ。
なのに、その根幹の部分が嘘だと言われてしまった。雷はまだ気付けない。だが、黒深雪はそれに気付いてしまった。この反応からして、それが真実なのだろうと察することも出来た。故に、頭がおかしくなりそうだった。
「そんな、バカなこと……でも、深雪は、こんなに……」
「あたしにはまだわからねぇ。でも、そうなんだろうよ。今はあたしが『落ち着け』と思いながら煙幕を出してる。受け入れてくれりゃあ、次第に落ち着く。『気付け』はやめてる」
深雪の言う通り、黒深雪は荒かった息が次第に落ち着いていき、目の焦点が合っていく。優しい願いは叶い、蛮行を阻止しながらも、その真相に気付かせ、今はひとまず落ち着かせた。
「い、雷……」
「深雪!? 大丈夫!?」
「……大丈夫、じゃねぇな……あたしは……もう、戦えねぇ……。あたしは、あたしは、全部作りモノの上で、操られてただけ、だったんだ……」
全て気付いた。何もかもが作り話。出洲の手のひらの上で踊っていただけの、憐れな実験動物。出洲の目的のために、何も知らされないどころか、気付かないようにカバーストーリーまで用意された、ただの道化。
「何が平和だ……何が正義だ……頭の中弄り回して、自分の好きに動くようにして……それで目指した未来に、平和なんて、無ぇよ……」
「深雪……そんな……」
黒深雪は完全に戦意喪失。どころか、この先に歩いていく気力すら失われていた。示された道がおかしなことに気付き、それに加担させられていたことに気付き、この戦いそのものが間違っていることに気付いた。前を向くための力すら削がれ、施されていた精神操作も剥がれ落ちた。
雷も黒深雪の様子を見ているうちに、戦意が失われていく。黒深雪のこんな姿を見せられて、共に先に向かっていくことは出来ない。勝利や敗北など関係ない。黒深雪がどうかで雷の明日は決まる。自分は補助装置だから。黒深雪がいなければ生きていけないのだから。
「……特異点」
「おう」
「……テメェの勝ちだ。あたしは、もう……戦えねぇよ」
これまでの敵対心すら失われた。自分の真相に気付いたことで、特異点が正しいことをしていたと理解した。自分が悪事に加担していたと。
「深雪……本当に、本当にそれでいいの……私達が目指してきた平和は……罪のない未来は……」
「雷……それ自体も嘘っぱちかもしれねぇんだ……嘘に嘘を重ねて、あたし達を操っていた奴が……まともな未来なんて作れると思うか……?」
これまでとは打って変わって、黒深雪は冷静だった。深雪からの『落ち着け』の煙幕が、暴れても仕方がないくらいの激情を抑え込んでくれている。だから、今を正しく把握して、雷に伝えることが出来た。
そう、平和のためと言っても、そのために人をこうして操るなんてこと自体が間違っているのだ。大義のためと言いながら、言うことを聞くように仕向けるなんて言語道断。その行いをしている時点で、その平和は偽り。仮初ですらない。
「罪を許容するなんてことは、あたしだってダメだと思うぜ。でもな、全部縛りつけるために、そうやって頭の中まで弄り回すのは違ぇよ。平和から一番遠いじゃねぇか。手を取り合うどころか、上から殴りつけるみたいなことしやがった」
「……はっ、そうだな……これまで何でそれに気付けなかったんだろうな……そういう風に弄られてたからか……じゃあ、仕方ない、か」
自嘲するような笑みを浮かべる黒深雪。仕方ないじゃ済まない話ではあるのだが、そう言うことで自分を落ち着かせるしかなかった。
「……雷、あたしに失望したか……? 特異点に絆されて、目指していた平和をここで捨てるなんて……クズみたいだろ?」
そんなことまで言い出したため、雷まで泣きそうな顔になる。
「そんなこと、あるわけないじゃない……。言ったでしょ、私はずっと、深雪の味方なんだから。ずっと傍に居続けるんだから」
「……そうか、ありがとな、雷」
雷はまだ『気付け』の煙幕を受けているわけではない。弄られた頭で、それでも最優先が黒深雪であることから、目指している平和を蹴ることが出来た。
黒の特異点の補助装置としての繋がりも断ち切られている。それでも、愛故に、黒深雪の隣に立ち続ける。
洗脳も愛の前には敵わなかった。矛盾を引き起こすようなことは、もう起きない。
黒の特異点との戦いは、意外なカタチで決着がつく。黒深雪の戦意喪失。真実の理解により、これ以上の戦いを無意味だと知った。