これまで平和を目指すための原動力となっていた思いが、全て作り出されたニセモノの記憶であることに気付いてしまい、黒深雪は完全に戦意喪失。どのような状況であっても黒深雪の傍に立ち続けることを誓っているため、黒深雪が戦わないというのなら、雷も寄り添うために戦闘を放棄した。
その雷は、黒深雪が言っていることに関してはまだ半信半疑である。自分の死因は捏造されており、特異点の力を得たことも誘導され、ただ使われているだけの駒のように扱われているということが、どうしても信じられない。しかし、黒深雪はそれが真実だと語る。混乱は避けられない。
愛で洗脳を乗り越えることは出来ていても、それはあくまでも最優先事項を黒深雪にするという点だけである。特異点に対しての疑念は残ったまま。黒深雪のようにそこまで深く納得したわけでは無い。
「一度上に行くぞ。戦う必要が無いなら、海の上の方がいい。他の連中も見える場所がいいだろ」
「……ああ……特異点に従う……」
深雪の言葉に反発すらせず、素直に従う黒深雪。その態度も雷には驚きにしかならない。
「深雪……大丈夫? 顔が真っ青よ……?」
「悪い……雷……ちょっと今は、簡単に立て直すことが出来ねぇ……。でも、特異点と戦う必要は、もう無ぇよ……つーか、あたし達は、戦う理由なんて無かったんだ……」
「……そうなのね……でも、ごめんなさい、私はまだすぐには納得出来ないの……。深雪がそう言うからそうなんだろうけど、特異点を排除しないと平和にならないんだって気持ちは、とても強いんだもの……」
「ああ、だよな……あたし達は
黒深雪は全てを悟ったような表情だったが、雷は信じつつも根っこにへばりついた疑念を隠していない。黒深雪が特異点の力で洗脳されているのではという考えも持っている。必ず寄り添うという信念が上回っているだけであり、何かあれば深雪だろうが電だろうが後ろから刺す気満々である。
「……雷、雷は思い出さなくていい。こんなに辛い思いをするくらいなら、今はそのままでいてくれ。それで特異点が許せないってなるかもしれないが、あたしのことを信じてくれると、嬉しい」
「深雪……」
「いや、それなら……なぁ、特異点、あたしと雷の繋がり、元に戻してもらえないか。雷はまだ心を弄られたままだ。でも、あたしの持ってるニセモノの特異点の力と繋がれば、少しは変わるかもしれねぇ」
戦闘中に電が断ち切った繋がり。わからせるためにやった行動。だが、それを解除可能なら解除してほしいと
それは、黒深雪の
黒深雪の黒い煙幕が、雷には優しく纏わりつき、染み込んでいく。だが、深雪と電から許可を貰っているわけではないため、それ以上進もうとしない。ハメられて今の力を使わせられていることを少しだけ理解してもらうためのアシスト。
雷はその煙幕の、黒深雪から感じる温かい思いを受け取り、少しだけ身体を弛緩させた。
「やるなら上でやらせてもらうな。信用しきってるわけじゃあないんだ。悪い」
「いや、いい……そう考えるのは当然のことだ。他にも仲間がいるんだろ……あたし達にはいないような、心から信じられる仲間が」
「そう卑屈になんなよ。大丈夫だ、ここからお前らにだってちゃんと仲間くらい出来る」
「……その前に、償わなくちゃいけないけどな……」
ひとまず浮上していく。ここでの戦いは終わりなのだと知らせるために。
海上では、その戦いの終わりを今か今かと待ち望んでいた白雲とグレカーレが待機していた。援護が出来るタイミングがなく、もし黒の特異点の2人が単独で浮上してきた場合は、凍りつかせるなり爆雷で木っ端微塵にするなり、容赦なく始末することも考えていた。
だが、4人揃って浮上してきたことで、説得出来たのかと驚きつつも安心する。
「マジかぁ、さすがミユキとイナズマだよ。あの意固地達をどうにかしちゃうなんてさ」
「まことお姉様は素晴らしいお力をお持ちでございますね。誰とでも、ついさっきまで命すら脅かそうとしていた者であっても、手を取り合うことが出来る。お姉様でなければ不可能でしょう」
グレカーレはニコニコ、白雲も誇らしげに語る。特異点という理由ではなく、深雪と電だからやってのけたのだと。
浮上してきた深雪達は、2人に見守っていてくれたことを感謝しつつ、これからすることを見ていてくれと頼む。
雷の補助装置としての繋がりの復活。つまり、戦える力を取り戻させるという行為。敵に塩を送るだけでは済まない、普通ならば蛮行と言われてもおかしくない行為。だが、深雪がそれをやると言うのだから、ちゃんと意図があるんだろうと理解し、それを見守る。
「あたしの『羅針盤』はいらない?」
「あー、別個体の方には使えそうだが、雷の方にはちょっと厳しいかもしれない。根っこから変えられてるくさいんだよ」
「うわ……使い方ミスると、敵のままで固定しちゃうからねぇ。様子見してから使おっか」
グレカーレの持つ『羅針盤』の力は、己の向かう道を見定めることであり、精神攻撃無効という特殊な力。しかし、島では向かう道を強制する『舵』に屈することとなり、事前に施していても当然のように上から洗脳されてしまっている。グレカーレ自身もその餌食になっているが、その事実は隠蔽されており、治療の際に全ての記憶も取り除かれたいるが、聡明なグレカーレは自分が何かされていたことを何となく察している。
それもあって、『羅針盤』を完全に信用しているわけではなく、事と次第によっては悪い結果になると自身の力を把握している。
深雪は黒深雪になら使えるかもしれないと思ったものの、今が迷いの状態で、やはり出洲の目指す道が正しいと思ってしまう可能性もある。そのため、『羅針盤』は少々苦しいか。
「まずは雷ちゃんの煙幕を取り除くのです」
それを施した電が、雷の肩に触れる。撃ち込んだ煙幕はそれによって抽出され、その場でふわりと宙に消えていった。
雷は、これによって自分の中に黒深雪との繋がりが戻ってきたことを感じ取れるようになる。断ち切られていたモノは、実際は遮断されていただけ。本当に繋がりが失われたわけではない。
その上で、黒深雪からの『優しい願い』を含んだ黒の煙幕が染み渡ったことで、より深く結びついたと実感出来た。
望んでいた繋がりが蘇り、安心したか、力が少し抜ける。それを黒深雪に支えられることで、より強く結びつきを実感する。
「深雪……よかった、私、まだ深雪の隣にいられるわ……」
「どうあっても、あたしの隣は雷だけだ。他の連中には譲らねえよ。雷の隣も、な」
「深雪……うん、ずっと一緒に、ね」
早速自分達の世界に入り込みかけているが、戦場で行われるメロドラマよりはまだ見ていられると、深雪と電は小さく溜息を吐きつつ、事を先に進ませる。
「悪い、それは後からにしてくれ。一旦ここからうみどりに来てもらう。ハルカちゃんなら、いろいろ事情も聞いてくれるだろ」
「……わかった。後始末屋に行かせてもらう」
「深雪がそう言うなら、私も」
ここからはうみどりへの移動。これで黒の特異点の脅威は大方失われるだろう。
しかし、そう簡単には行かないのがこの戦場である。各所での戦いが終わり始めており、そこで敗北したカテゴリーK達が収容のために移動させられているタイミングとかち合う。
つまり──
「お、他でも終わったところがあるみたいだな。おう、夕立!」
「ぽーい! そっち終わった?」
「ああ、多分一番いいカタチで、な」
合流してしまうこのように近くに来ていたのは、夕立。足柄の身柄を引きずってここまで来ている。夕立がいるということは、同じ戦場で戦っていた叢雲達もいる。そして、その組が撃破したカテゴリーKは……
「……速吸……」
今でこそ叢雲によって普通に堕とされ、カテゴリーKとしての力を全て失ったことで艤装も装備出来なくなり、フレッチャーが曳航しなければ海上で溺れるだけの存在と化した速吸である。
それは、黒深雪ならばわかること。自分に対して特異点の力を植え付けることを推した、いわば
「磯風様、そちらの方は随分と冷え切っている様子ですが」
「ああ、白雲の瞬間凍結じゃない、じっくりジワジワ冷やして凍えさせてやった。その上で叢雲が『普通』に変えたからな。もう何も出来まいよ」
「なるほど、だから怯えた仔羊の如く震えていらっしゃるのですね。白雲ではそのようには出来ませぬ。流石、でございますね」
冷え切って、ガタガタと震えている戦意喪失中の速吸。しかし、その目に特異点、いや、黒深雪がピンピンとした姿で映ったことで、事態は一変する。
「深雪、さん、貴女……特異点を攻撃しないんですか……っ」
その反応も間違ってはいない。だが、黒深雪は首を横に振る。
「……悪いな……あたしはもう、戦えねぇ。平和が何か、わからなくなっちまった。特異点を始末しても、手に入る平和は間違ってる……それに気付いちまったからな……」
そんな言葉を返されたことで、速吸は顔を顰めた。
「裏切り者……っ」
そして、その言葉をぶつけた。