黒深雪と雷をうみどりへと連行するために、一度海上へと浮上してきたところで、速吸と足柄を連行している叢雲達と合流することとなった。
足柄は完全に気を失っているため何事も無いのだが、速吸は戦う術は無くても気を失っているわけでも無い。そのため、フレッチャーに支えられている状態でありながらも、今の黒深雪の状況を見て、顔を顰めた。
「裏切り者……っ」
そして、吐き出された言葉は、黒深雪に心底失望したような、溢れ出した怒りを我慢せずに吐露した結果のモノだった。
カテゴリーKの目指す平和の実現には、特異点の始末が必要不可欠。だというのに、その対象に絆され、言うに事欠いて目指す平和が間違っているとまで宣った。
「貴女は、この世界が間違っていると思っているでしょうっ。なのに、それを是としている特異点が間違っていないというのですかっ」
速吸は捲し立てる。それはただ仲間を奪われるという悲しみと、特異点に対しての怒りだけなのだろうか。カテゴリーKならば言いそうなことではあるのだが、ここまでで速吸への疑惑が出てきている黒深雪には、先程の裏切り者という言葉も、そこまで心に刺さるモノでは無かった。
「ああ、間違っていない。あたしは、ちゃんと考えた。考え直した。悩み直した。その時に気付いた。あたしの今の記憶は、作られたモノだってな。人様の頭の中を弄くり回して、自分達のやり方に従わせてるってことだろ。そんなことする奴を、信用出来ると思うか」
達観したような目で速吸を見据える。
「まぁ、この特異点もあたしの頭ン中を弄ったのかもしれないけどな。でもな、あたしも特異点の端くれだ。この左腕のおかげでな、何となくだけどわかった。特異点は、あたしを洗脳して止めようだなんて思っちゃいねぇ。今考えりゃ、よくわかる。これまであたしにぶつけてきたのは、あー……気付けと、落ち着け、辺りか」
冷静に今を見ることが出来るようになったことから、特異点の力がより上手く使えるようになっていた。
優しい願いには正しく応える。それがこれまで利己的な願いを叶える歪んだ特異点の力であっても、深雪の白の煙幕が染み込んだことで、本質を一部だけでも取り戻している。
言い当てられたのは流石に驚く深雪だが、その通りだと頷いた。洗脳なんてしようとしていない。意識を少しだけズラすということはしているが、本人の意思を捻じ曲げるようなことは何一つとして考えていない。
これまでに数人、煙幕の力で変化を促された者はいる。その者達だって、本質を歪ませてまで仲間に引き込んだわけでは無い。空っぽな器に意思を与えたり、人の話を聞かない者を話が出来るようにしてやった程度である。洗脳なんて大それたことはしていない。
「こうなれじゃねぇ。あくまでも、あたし達の意思は正しく残したまま、考えられるだけの余力を残して、その上であたしに自分で答えを出せってやってくれたんだよ。そりゃあ、あたしだって全力で抵抗してる。した結果でコレだ」
「っ……いけしゃあしゃあと……っ」
「ニセモノの記憶に縋って平和なんて作れねぇ。手のひらの上で踊らされているだけの人形だったんだあたしは。で、だ。なぁ、速吸」
戦意を失っている黒深雪の瞳に、少しだけ光が灯った。真の敵を見据えたかのような、鋭い視線。
「テメェ……あたしが帰ってきた時に、珍しく茶会なんて開きやがったよな。その前にドックにも入ったけどよ、あたしと雷は、その辺りからおかしくなった。迷いが無くなった挙句、テメェらの言うことが全部正しいって思えるようになったぞ。漣と速吸、テメェら、あたしらの頭、その時に弄りやがったな。都合が悪いからかよ」
その言葉に、一斉に視線が速吸に集まる。深雪達だけではない。叢雲達も同様に。
深雪と電は事前に少し聞いているから驚きはないが、他の者はカテゴリーK内でもそういったことが行われているということに、大きく反応した。
「そもそも、あたしが特異点の力を持つようになったのは、テメェと漣の差金だ。そん時はあたしも、特異点に勝ちたかったってのがあったが、示し合わせたかのようにあたしに持つように仕向けたよな。そりゃあ何でだ。まぁ、テメェらが自分で持つことを日和って、負担をあたしに押し付けようとしたんだろうけどな」
「……貴女が適任でしょうに。艦娘深雪であり、最も適性がありそうだった」
「建前はいいんだよ。テメェ、
急に話がおかしくなったことで、深雪達はえっと素っ頓狂な声が出た。そんなバカみたいな感情論で、黒深雪はここまで負担がかかる施術をされ、頭の中まで弄られたのかと思うと、そんな声も出てしまうというものである。
「マジで言ってんの? そいつのことが嫌いだから、自分の嫌なこと全部押し付けようって思ってたの? えー、すっごーい。高次の存在って、そんな底辺の人間みたいな感情で動くんだー、勉強になるなーっ」
ここぞとばかりに煽るグレカーレである。明らかにバカにしたような言い方に、速吸の顔が赤くなるのがわかった。羞恥心でもなく、ただひたすらに怒りで。
何も出来ないのに暴れそうではあったので、曳航しているフレッチャーが少しだけ強めに絞めあげる。運んでもらわなければ死ぬという状況であっても、何故かそうされないと思い込んでいるようなので、若干痛みを伴わせてわからせる。
「多分、あたしの本当の死因に関わってんだろうな。でも、それは気付いてねぇから安心しておけよ。変態にぶち殺された挙句、その身体を好きに犯されたって記憶が間違ってるっていうだけで済んでるからよ。……もしかして、そのニセモノの記憶考えたのもテメェか? ああ?」
怒りに呑まれていない黒深雪は、ここまで舌戦が強くなる。というよりは、考えのないカテゴリーKが総じて考えがないというだけではあるのだが。
白い煙幕のおかげで落ち着いている黒深雪は、本当の死因は今は知るべきことではないと一旦無視し、ここで問い詰めるべきは、自分と雷の死因をそんな下劣なモノにした理由。自分のことが嫌いだから、特別巫山戯た理由を植え付けて、この世界を憎むように仕立て上げ、思い通りにコントロールしようとしたのではと問う。
速吸は何も言わない。カテゴリーKはすぐにコレである。答えることが出来なくなったら、本音なんて絶対に言わずだんまり。自分が不利になることはまず口に出さず、やってくるのは八つ当たり。
「戯言を……何を根拠に。仲間を裏切るんですか、そんなことでっ」
「そんなこと? テメェ、そんなことっつったか。人様の人生を。ついさっきまでのあたしも、そういう風だったんだな。ははっ、クソすぎて笑っちまう。特異点、テメェの言うこと、裏付けてくれてんぞコイツ。やっぱ、コイツらと一緒にいたら、本当に望んでる平和には辿り着けねぇわ」
黒深雪は顔を伏せてクツクツと笑った。だが、その笑い声には悲壮感がただよっていた。自分もこうだったと自覚させられ、本当に目指す場所ではないのだと理解した。
そして、速吸は今この場でそれを言ったことが間違いであることに気付いていない。
「フレッチャー、手を離していいわよ」
叢雲が指示をしたことで、フレッチャーは速吸を拘束していた手を離した。艤装が無いため、当たり前だが海上に立ち上がることなんて出来ない。しかも、基部は外れたが、脚部艤装──ローファーに接続された金属はそのまま。その重みですぐに沈むことになる。
「ちょっ、なっ!?」
「アンタもしかして、私達が甘ちゃんだから死なないと思ってるわよね。別に私は、アンタが死んだところで何とも思わないわよ。冥土の土産に教えておくけど、私もアンタ達の仲間に人生滅茶苦茶にされてるのよ。そこのフレッチャーもね」
「はい、正確には私の中にいる彼女ですが、本来の人生を奪われて、操られるままに虚ろな平和を目指していました。でも、それが間違いであることを理解した」
「アンタの発言は、私達も侮辱したことになるの。で、私達はアンタの生殺与奪の権利を持ってる。ご理解いただけた?」
溺れかけた速吸の髪の毛を掴んで持ち上げる叢雲。本当に命の危機を目の前にしたことで、速吸の目には怯えが戻ってきている。
後始末屋は甘いから敵であっても殺さない。そんなことを今とは違う時にも考えていたが、この叢雲は違う。優しさなんて一つもない。今ここでいつでも殺せるんだぞと言い切る気満々。
伊豆提督は悲しむだろうが、叢雲はその責任を全部自分で背負いこむつもりである。生かしていたら絶対に後から面倒臭いことになるだろうからと。それに、全員が口裏を合わせて事故死しましたと言い張ることだって出来る。そんなことしないなんて言えない。
「私は、私の意思で、アンタを殺すことが出来るわ。後始末屋失格かもしれないけど、私はそもそも咎人なの。ダメなことして収監されても納得するわ。むしろ今がアディショナルタイムなのよ。アンタの命を奪うことくらい、屁でもないわ。で、私は今、本当にアンタを殺したい。その減らず口を今すぐに止めたいと思ってる。はい、何か言うことは」
冷たい瞳で睨みつける叢雲に、速吸は本当に死の恐怖を感じた。特異点は何だかんだ甘いままだが、その仲間達は違う。それに、叢雲は──既に何人も手にかけていることから、この辺りに一切の躊躇がない。仲間のためならば非道にもなれる。
「っ……」
「余計なことを言わないならそれはそれでヨシとするわ。これで、特異点のせいで真実が見えなくなったーとか言ってたら、そのまま海の中に叩き落としてたわ。でも、アンタはやっぱり許せない。白雲、このバカに
「おや、この白雲に任せていただけるのですか。白雲は呪いを持つ者、人間嫌いなのですよ。そのような下郎、常々生きている価値が無いと思っております故」
ニコリと笑って、鎖を振るう白雲。それが速吸に触れた瞬間、脚や腕、そして口が一気に凍結した。鼻だけ残しているので息は出来る。だがそれだけ。
「っ!?」
「喋るな下郎、動くな下郎、貴様が喋るだけで虫酸が走る。頭を冷やすがいい。死ぬほどな」
磯風の冷却以上の瞬間凍結に、速吸はもう何もすることが出来なくなった。
これで黒深雪の心を脅かすモノは、今はいなくなる。今は少しだけ、スカッとしたような気持ちだった。