場面は変わり、襟帆鎮守府近海。ここでは、残された最後のカテゴリーK、瑞鶴と五十鈴が未だ抵抗を続けていた。
海中を陣取られていることで、戦力がどうしても限られてしまうということはあるのだが、それでもどうしても押し込むことが出来ない。カテゴリーKの地力の強さを嫌でも思い知らされるモノである。
海中で動き回る艦載機からの猛攻を避けながら、伊26と第四号海防艦、第二十二号海防艦は、何とか戦場を海上に持っていくことを意識していた。
戦いが進まないのは、この戦場のせい。海上ならばまだ勝ち目がある。
「大分鬱陶しいわね……それに……っ」
五十鈴の表情に焦りが見え始めていた。ここでの戦い、思っている以上に長引いている。足柄がやられ、霧島がやられ、それぞれ連れて行かれている。その後も、ずっと粘られている。
鎮守府に戻ることも出来ない。前進も出来ない。鎮守府からはカテゴリーKが全員出張っている。援軍も見込めない。
そして、カテゴリーKでは共通の問題点が、瑞鶴に出始めている。
「い、五十鈴、もう結構キツイんだけど……っ」
「もう少しだけ、もう少しだけ頑張りましょ。五十鈴も踏ん張るから」
そう、燃費の問題。高出力かつ本来出来ない行動、海中での活動を常にやり続けるというのは、それだけ大きなコストがかかる。普通の艦娘よりも強いとしても、それは放出する燃料などなどが大きいからだ。
結果として、ガス欠がもう目の前に来ている。それをある程度クリアすることが出来るのが速吸だったのだが、その速吸もこの戦場に戻ってこれる見込みは無い。
『ねえねえ、ずいかくー』
「またっ、アンタねぇ!」
『こーさん、しませんかー?』
第四号海防艦からの提案。ガス欠が間近であることはもう目に見えている。これ以上無理したら、動けなくなるだけでなく、命に関わる可能性もある。そうなる前に投降し、その危険性だけは回避してもらいたい。第四号海防艦はそれを伝える。
最初から殺すつもりは毛頭無い。ただ、大人しくしてくれればそれでいい。許されないは許されないが、だからといって痛めつけることが目的では無いのだ。
「するかバカ! 私達が何のために頑張ってると思ってんのよ! アンタ達が、私達の平和を邪魔するから!」
『でもでも、その平和がどーゆーモノか、説明出来ませんよねー』
「っぐ……と、とにかく、アンタ達をどうにかすれば、私達はどうとでもなるのよ!」
やはり瑞鶴は子供である。ムキになっているような物言いで、とにかく自分が正しく相手が間違っている理論を振り翳しているだけ。
過去にいろいろあって早熟な第四号海防艦には、その瑞鶴の言動がどうにもこうにも悲惨なモノにしか思えなかった。
それに、
捨て子やネグレクトなど、丁型海防艦達には縁のある嫌なことが、どうしてもチラつく。だから、どうしても瑞鶴には感情移入してしまうところはある。
『よーつ達をどうにかしても、その後は何もありませんよー?』
「どういうことよ!」
『海の中からは見えませんよねー。鎮守府、占拠済みでっすー』
その言葉を聞いて、瑞鶴だけでなく五十鈴も目を見開いた。このガス欠状態を打破するためには、速吸か鎮守府での補給しか手段がない。速吸が他の戦場に向かっている以上、どうにかこの戦場を離れて鎮守府に戻って補給を受けるしか無い。
しかし、頼みの綱であるその鎮守府が、既に敵の手に落ちている。それが本当かも信じられなかった。
「そんなバカなこと……」
『見てきたらどうでっすー? 上に上がれば見えると思いまっすー』
浮上を促され、はいそうですかと行動するわけがない。五十鈴は、その言葉自体が誘導であると認識した。
しかし、瑞鶴は違った。
「確かに……ちょっと見てくる!」
「えっ!? ちょっと!」
敵の言葉にも納得してしまう幼い性格は、こういう時にデメリットとなる。これまで延々と繰り返される戦いで心身共に消耗し、さらにはこれ以上戦えるかもわからない焦りから、瑞鶴は五十鈴に意見を聞くことなく、考え無しに急浮上を始めてしまった。そういうところはやはり子供であり、思ったことをすぐに行動してしまう。五十鈴もこれはまずいとすぐに追った。
第四号海防艦と第二十二号海防艦はそれを追撃するようなことはしない。伊26も追いはするが攻撃なんてしない。海上にはもう沢山の仲間達が集まりつつある。上がってしまえばタコ殴り状態になるのは目に見えていた。
「止まって! 今海の上に行ったら蜂の巣よ!?」
「でも鎮守府が!」
「でまかせかもしれないでしょ! すぐに信じちゃダメ!」
「た、確かに……私達を騙そうとしてるのかも……」
五十鈴の説得に、急浮上をギリギリのところで止めた瑞鶴。しかし、海面に近いところまで来てしまったということは、海上の者達から攻撃を受けるということに他ならない。
そこにいるのは、容赦などするわけがない時雨である。オーバークロックからの爆雷散布は、海面に近ければ近いほど避けられなくなる。
案の定、時雨はこの隙を逃さなかった。瑞鶴の頭上から、一気に爆雷が降ってくる。
「ああもう、やっぱり! すぐに潜航して!」
「わかった!」
瑞鶴は爆雷を回避するために急速潜航。紙一重と言ってもいいくらいのギリギリのタイミングで、目の前が爆発した。
「きゃあ!?」
「危ない!」
五十鈴も瑞鶴を助けるために手を伸ばし、かなり無理矢理海中に引っ張っている。爆発を回避することは出来たが、余波はどうしても喰らうことになる。
「よつちゃんの言う通り、鎮守府はもう占拠したよ。襟帆提督も投降してると思うよ。だから、もう補給もさせない。もう、戦えないんじゃないかな」
追ってきた伊26が事実を伝える。攻撃もせず、淡々と。
「ニム達の作戦、上手く行ってるの。こうやって全員を誘き出して、鎮守府を無防備にしたところに、姿を消すことが出来る仲間達に潜入してもらった。誰も傷つけないで……まぁ縛るくらいはしてると思うけど、怪我はしないようにしてる。だから、投降して」
伊26の行動──眼前であっても攻撃すらしないところからして、甘ちゃんとかそういうのではなく、本当に心配して、これ以上何もしないでほしいと願っているだけ。
今の急浮上でさらに燃料を使ってしまっているため、瑞鶴はもう本当にギリギリ。海中を飛び回る艦載機の動きも鈍くなってきている。五十鈴はまだ節約出来ている方だが、それでもこれだけの人数に対して抵抗出来る程余力が残っているわけがない。
海中での戦いの結末、伊26達が見据えた手段は、コレである。真正面から戦えば勝ち目が薄い。だが、あちらには燃費問題が常に付きまとう。ならば、それを狙うのが一番手っ取り早かった。
勝ちは目指さず、負けないを目指せば、自ずとこの結末に辿り着ける。ムキになって暴走する可能性も無きにしも非ずだったが、五十鈴が冷静でいてくれたおかげで助かった。
時間を稼げば稼ぐほど、あちらはすぐに消耗し、こちらは鎮守府潜入の時間も作れる。そして、今は見事に占拠完了。帰り道すら閉ざすことが出来た。
なお、占拠が完了したことは、襟帆鎮守府にいる神通が、昼目提督に連絡済み。そこからさらに第四号海防艦へと伝えられ、堂々と敵に伝えたというだけ。嘘も何も言っていない、真実を語ったのみ。
「投降なんて、出来るわけないじゃない!」
瑞鶴はそういうことを言うだろう。子供であるため、今を重んじる。先が見えていない。
しかし、五十鈴は違う。数手先を読もうとして、先が見えないことに気付いていた。補給線は完全に絶たれた。速吸に希望を持つにしても、限りなくゼロに近い。今この状態で動きがないことが何よりの証拠。やられていることを知らなくても、もうやられてしまっているかもという疑念は、殆ど確信に近い。
「……くっ」
「五十鈴? まさか、ごめんなさいとか言わないよね。私達は、まだ負けてないよ!?」
「ええ、そうよ、負けてはいないわ」
でも……と口走りそうになって、五十鈴は言葉を呑み込んだ。言葉にしたら、心が折れる。それに、瑞鶴が納得してしまったらおしまいだ。だから、わかっていても言わない。言わないつもりだったのだが……。
『もう、補給も出来ないよ』
第二十二号海防艦からダメ押しの言葉。第三十号海防艦から連絡が来たようだ。
『鎮守府でも補給は出来ないし、そっちの補給艦も斃した。補給出来ない状態にして、今連行中。もう、誰も今の状態を変えてくれないよ。弾も切れて燃料も切れて、そろそろ泳ぎ回ることも難しくなってきたんじゃない?』
図星である。燃料が尽きてしまえば、行動すること自体が不可能になってしまう。
前にも後ろにも、何も出来なくなってしまった。勝ちの芽は、完全に摘まれていた。
「……五十鈴?」
「ここまでされなら、詰み……かしらね……」
ついに、五十鈴に諦めの表情が見えてしまった。
最後のカテゴリーKもこれにより、戦力としてカウントされなくなる。戦いは一旦終了を迎える。
はずだった。
その戦場に、一発の砲撃が撃ち込まれたことで、事態は急変する。
「ちょっとちょっとー! ボク達が到着するまで頑張ってよー!」
戦場に響き渡るのは、無邪気で厄介な、この命懸けの戦場すらゲームとして認識している子供の声だった。