「くっそ……まだ勝てねぇのかよ……」
午後は仮想空間での技術訓練を繰り返していた深雪だったのだが、練度は上げていてもまだ時雨に届かないことを実感させられていた。その訓練は、昼目提督が到着したということでイリスがそちらに向かうこととなり、施設の管理人がいなくなることで終わりを迎えている。今はその疲れを取るために風呂の中。そこでどうすればいいかを悩んでいた。
電も客観的に深雪の戦術を把握しており、何か助言が出来ないかと考えている。深雪が仮想の死を何度も迎えたものの、流石にここまで来れば慣れてくるため、むしろ深雪のために必死に見ていた。
「深雪ちゃん、反応は出来ているのですけど、避ける範囲が小さいのです。長門さんの訓練の時の癖がついちゃっているのかもしれないのです」
「あー、なるほどな! 紙一重になっちゃってんのか!」
「なのです。拳相手だとそれで避けて反撃出来るのです。でも、時雨ちゃんはそれも予測してたのです」
見るというメンタルトレーニングを続けていることで、観察眼が育ってきている電。特に深雪の行動に関しては、その一挙手一投足をしっかりと目に焼き付け、深雪をより強くするためのアドバイザーとして力を発揮した。
深雪は器用な方であり、覚えた事を実戦に活かす力があるのだが、その時の動きを応用することがまだ上手く出来ていない。仮想空間はそれを学ぶ空間でもあるため、非常に有用な訓練となっていることがわかる。
「何度も言うけど、君は割と単調だ。知らない相手なら不意打ちに出来るだろうけど、僕は君の手札を全部知っていると言っても過言じゃない」
「だから読まれるのか……そりゃあそうだな。でも、あのくまりんこにやられてた訓練の中でもあたしが見れてたのかよ」
「君に負けるのが癪だからね。君が学んだことは僕も知ることにしているんだよ」
とはいえ、出来ることを全て知っている相手にでも勝てるようにしておかなくては、これからの戦いで勝つことは難しいだろう。そういう意味では、この時雨のやり方は、深雪としてはありがたかった。態度はさておき。
「あたしに足りねぇのは応用だな、多分」
「なのです。習ったことを習った通りにやっちゃってるんだと思うのです」
「僕も前にそれは言ったと思う。足の運びとか、そのまんまだったからね」
教えられれば、それを完璧にこなす。しかし、それを軸に新たな動きをやることが出来ない。2つの学んだことを合わせた新技を編み出すことが出来ないでいるのだ。
「知ってること全部混ぜ合わせた、あたしだけの技……言うなれば、
「君のネーミングセンスには失望したよ」
「じゃあなんて言やあいいんだよ」
「名前なんて付ける必要は無いだろうに。強いて言うなら、ただ必殺技でいいじゃないか」
「それじゃあロマンが無ぇ。やっぱ、深雪スペシャルだ。深雪スペシャルを作るぞ!」
自分に必要なモノ──深雪スペシャルという名の応用力を得るため、ここからは考えるというトレーニングに入ることになるだろう。これなら寝る前でも出来るし、仲間に相談することも出来る。
おそらく最初の相談相手は電。そこから、長門や那珂に聞いていくだろう。時雨には言わない。初めてそれを受けることになってもらうため、事前に知られていたら意味が無い。
「じゃあ、その深雪スペシャルとやらを気長に待つとするよ。それで僕に勝ってみてくれ」
「言われなくてもやってやらぁ。度肝抜いてやっから覚悟しとけよ」
「ああ、覚悟よりも前に、期待しておくよ。それを御破算にする日をね」
これは時雨なりの応援である。ここまで相手をしていれば、時雨自身も深雪に対して多少は愛着が湧くモノ。憎まれ口を叩きつつも、心折れず自分に立ち向かってくる深雪の姿には一定の感動を持っていた。
「……君が強くなければ、
最後の呟きは深雪と電の耳には届かなかった。
だが、この3人の話をしっかりと聞いていた神風の耳には、ハッキリと聞こえていた。
ここで茶化すようなことはしない。時雨の成長と変化を静かに噛み締め、小さく微笑んだ。
風呂上がり、食堂に向かう途中でイリス達とバッタリ対面。潜水新棲姫の確認のため、響と白雪を案内していると聞くと、それが調査隊としての仕事であることはすぐにわかった。
「うちの司令官は
「あー……確かに、あの人はちょっと難しいかな、うん」
潜水新棲姫の今日の在り方を見れば、怖がってまともにいられなくなることは予想出来た。深雪のみならず、電や時雨ですら素直に納得出来た。
「私達も大丈夫ですか……? 外の艦娘ですし、うみどりのみんなと違ってポッと出ですけど……」
白雪はまだまだ不安な様子。響にほぼ無理矢理連れてこられたため、これで何か失敗してしまったらと思うと気が気でないらしい。そんな白雪に、深雪は多分大丈夫だと答える。
「今日一日であたし達は触れ合えるくらいには仲良くなれたからな。お前達があいつに対して
「僕は何も悪い考えは持っていなかったんだけど」
「お前はそれ以前に仲良くなろうと思ってねぇだろうが。疑い続けてんだろ。あいつはそういうのに敏感なんだよ」
それだけ聞いて、白雪はまだ不安は残っているようだが、響はそれなら問題ないと自信満々に言ってのけた。自分には疑念なんて無いとまで。
「この場所で何事もなく生活出来ているのだから、潜水新棲姫は
「そこまで言い切れるのはすごいな。でも、あたし達と同じってのはどういうことだ?」
「私達人間からしてみれば、艦娘も深海棲艦も同じ、
カテゴリーMのように人間と敵対する艦娘もいれば、カテゴリーWのように人間と共存出来る艦娘もいる。ならば、カテゴリーRのように人間に敵対する深海棲艦もいれば、カテゴリーYのように人間と共存出来る深海棲艦がいてもおかしくない。
しかもそのカテゴリーYが人為的に作られたカテゴリーである可能性が高いというのならば尚更だ。どういうわけか人間の要素が混じっているのだから、より人間と仲良く出来る可能性が高い。その上、うみどりの面々は仲良く出来ているのだから実証も出来ている。
ならば、疑念を抱くことはない。他の者が仲良く出来ている相手と仲良く出来ない道理はない。仲良くなれるのなら全力で仲良くなる。これが響のスタンス。
「響ちゃん、凄いのです」
「私はこうやって調査隊で戦ってきたからね」
「響さんはのらりくらりと世間の波に乗ってきていますから。こう言ったのなら多分やってのけますよ」
白雪は自分には自信がないが、響ならやれると信じている。故に、手を引っ張られても払い除けるようなことをしなかった。調査隊で長く組んできたからこそ、ここまでの信頼関係を持つことが出来ていると言える。若干言い方に棘を感じるのも、その信頼の証。
「何かあったらみんなで止めるだろうから、まずは自由にやってみてくれよ。って、あたしが言うことじゃあないけど」
「大丈夫よ。みんな同じこと言うから」
深雪の言葉を補うように、神風もそれでいいと同意した。外の艦娘との交流は、潜水新棲姫にも今後必要になってくること。このままうみどりの中だけで生活していくことはおそらくあり得ないのだから、早いうちに慣れた方がいいというのが大半の考え。
いきなり軍港都市に行ってもらうのは流石にあり得ないため、うみどりの面々の次は、うみどりに来る何者か、一番手っ取り早いのは、ここ最近何かと縁が出来ている調査隊の面々である。そのため、今回の響の申し出は割とありがたかったりした。
「相手は敏感な幼女。なら、それ相応の対応をするだけさ」
小さく笑みを浮かべた響。その自信は一切揺るがなかった。
潜水新棲姫は伊26と一緒に食堂にいる。夕食まではまだ時間はあるのだが、なんだかんだでここが一番いやすい様子。美味しいモノを食べたという
「お疲れ様ーって、あれあれあれ、見慣れない顔がいるねぇ」
潜水新棲姫のためか、すぐに他の者の情報を口に出す伊26。それを聞いた潜水新棲姫はビクッと震えて、伊26に抱きついた。見慣れない顔、つまり知らない人間に対しては、顔を見ることもせずに恐怖を感じてしまう。
「調査隊の響だよ。話に聞いていた潜水新棲姫は彼女だね」
あまり表情を変えることなく、ツカツカと伊26に近付いていく響。そんな行動にハラハラしながらも、先程までの自信が何処から来ているのかを見るため、深雪達は少し後からついていく。
その最中に響が何かを取り出すためにゴソゴソとしているのが見えたが、誰もツッコまない。
「大丈夫さ、私達は君の敵じゃあない。むしろ、君の敵となり得る存在を断罪するために行動している、いわば
優しく諭すように語る響は、まず潜水新棲姫よりも視線が低くなるようにしゃがむ。抱きついて顔を見せない潜水新棲姫だが、伊26が見てごらんと頭を撫でると、ゆっくり顔を離して声のする方──響の顔を見た。
「ほら、怖くなーい」
何を思ったか、響は取り出した
無表情で鼻眼鏡、しかも怖がらせないようにとダブルピース。あまりにもシュールすぎて、周りの者達が嫌でも騒つく。
しかし、それを見た潜水新棲姫は、キョトンとした後、小さく笑みを浮かべた。これまでうみどりの仲間達が接していても笑顔を見せることはなかったのだが、言ってしまえばかなり
「だーいせーいこー。テッテレー」
マイペースにフリーダムに行動する響のそれは、得てして反感を買うようなこともあるだろう。だが、今回のこれに関しては、周りにはさておき、潜水新棲姫に対して
ただあやしているだけでは引き出せなかった笑顔が、こんなことで見ることが出来た。伊26はそれにただただ感心してしまった。
「相手が幼女だからね。前以て用意しているグッズが役に立ってよかったよ。ちなみにこういうのもある」
被っている帽子をとり、その中をゴソゴソまさぐる。そして手を出した時には、一輪の造花が現れた。もうここまで来ると手品師である。
その造花を潜水新棲姫に手渡そうとすると、流石に触れるのは怖いようだったが、小さく会釈した。プレゼントだということで伊26に渡し、それを経由して潜水新棲姫に手に持ってもらった。
「子供に好かれるのは得意な方でね。かく言う私も子供ではあるんだけど」
「いやお前絶対子供じゃねぇだろ」
「見てわからないかい。子供じゃないか。私の背は君よりも小さいよ」
ふふんと笑うが、鼻眼鏡のせいで全く様にならない。だが、深雪は察した。響は間違いなく見た目と中身が伴っていないタイプの艦娘だと。
元人間の艦娘がどのように造られているかは知らないし聞いてもいないのだが、そういったズレがあるのは薄々気付いている。響はその中でも、外と中が特に乖離していると理解した。
「……君にはプライドは無いのかい」
時雨がボソリと呟く。対する響は即答する。
「持つべきプライドと持たなくてもいいプライドを弁えているだけさ。私は調査隊としての誇りは強く持っているけど、それを上手く活かすためには余計なプライドなんて捨てているんだよ」
カッコよくキメているように聞こえるものの、鼻眼鏡の髭がピクピク動いているので、シリアスになりきれないのも響である。本人はそれを強みにしているため、動じることすら無い。
「現に、これで全て上手く行っているだろう。彼女は笑顔を取り戻し、誰も傷つけていない。負の要素が何一つない。それとも何かい、君はこんな私に苛立つからやめろとでも言うのかな。マイノリティな君の声が大きかろうが、私は何も変わらないよ」
そんなでも真正面から断言されれば、時雨も何も言えなかった。響が言う通り、この行動で迷惑を被っている者は誰もいない。時雨だって、響が潜水新棲姫を笑わせることが出来たことに対して、何の迷惑も無いのだ。
「……なるほど、確かに僕が間違っていた。無粋だったようだね。君は君の好きなようにやればいい」
「言われずとも」
そう話している間も、鼻眼鏡の髭がウィンウィンと動き続けていたため、最後は深雪達も噴き出した。これによって、食堂は笑いに包まれる。
「やっぱり、深海棲艦であろうと私達と同じだ。敵対の意思が無いのなら、こうやって笑い合える。共存出来る。なら、何も不安になることはない」
響は調査隊として、潜水新棲姫は共存出来る深海棲艦だと確信した。見た目は深海棲艦かもしれないが、中身は幼女。今回の行動で笑顔を見せたのがその証拠。裏があるならば、こうはならない。
こんな冗談みたいなことでも、幼い子供なら笑ってくれます。響がたまたま用意していた鼻眼鏡によって、潜水新棲姫は小さくでも笑顔を見せました。