時は少しだけ遡る。
襟帆鎮守府を制圧し、出洲シンパを前衛芸術に変え、工廠にいる者達が一致団結していたその時。こちらでも事件が起きていたのだ。
「こっちから今の戦闘をどうこうすることは出来ないもんなのかな」
班長が襟帆提督に問う。しかし、返ってくる反応は、おおよそ予想がつくものであった。
「我々に出来ることはありません。強いて言うなら、まだここに戻ってくる気力のある者達……補給を受けなければ戦えなくなった彼女達に、
これまでならば、自分達の鎮守府に所属している者を助けるということで、カテゴリーK達が戻ってきたらすぐさま補給もするし、兵装に問題があれば修復もしただろう。
だが、それらも敵であると認識した今、救いを求めてきたとしても、それを突っぱねるということが出来る。申し訳なさはあるものの、これまで知らないことで利用され続けてきたのだ。敗北に向かうため、戦力を
襟帆鎮守府は確実に失われるだろう。だが、それでいい。それがこの戦いの1つの終着点。
「反撃を受けるかもしれません。そうならないように、我々が皆さんを守ります」
そう皆の前に出るのは調査隊の神通。敵の力がどうであれ、何もせずにやられるということはない。反撃を許されない理由がないのだから、確実に戦いに向かう。それが圧倒的不利だとしても、やらない理由がない。
「勿論、我々も対抗します。ケジメくらいつけなくちゃいけないので」
襟帆提督を守る最後のカテゴリーC、夕張も、神通と共に戦う意思を見せた。工廠を守るために残っていた朝風と松風も同じだ。ようやくこの鎮守府の現状をひっくり返せる時が来たのだから、やる気は充分すぎるくらいある。
仲良くしているようで全く出来ていないカテゴリーK達との関係、自分達が高次であるところから無意識に見下し続けていたあちら側にストレスを感じていた日々もこれまで。真の平和は、自由なまま手を取り合えることであることを教えてやると躍起になる。
「ですが、ここからは危険も隣り合わせです。今だけはボイコットで問題ありませんので、安全な場所に避難をしましょう。最悪、鎮守府そのものを破壊されかねません」
「ああ、わかった。仕事をしなくていいってなら、全部置いてここから一時撤退だ。戦いに巻き込まれても困るからな。みんな、撤退準備! 海から離れるぞ!」
班長の号令に、整備士達は一斉に動き出す。何があるかわからないので、元々工廠を守っていた朝風と松風も陸側についていくつもりで行動を開始。もしかしたら、陸路で妨害を受けるかもしれないのだ。
しかし、あちらはそこまで待ってくれない。
「……何を、している」
工廠のすぐ側の海中からぬるりと現れた敵影。同時に、少し遠くの海で爆発するように現れた小さな敵影。工廠に現れたのは中柄である。
「……何を? 命の危機を前にして、撤退もやむなしと考え、戦うことの出来ない人間を避難させようとしているだけですが」
襟帆提督の毅然とした態度に、中柄は少しだけ表情を歪ませる。これまで出洲に従っていた襟帆提督とは随分と違う。
人命救助を最優先にしているのはいいことではあるのだが、明確な敵前逃亡だ。むしろ、すぐそこに敵がいるのに完全な無抵抗。自分達の望む平和と同じモノを見ている者ではない。
「……裏切るか」
「貴女にはそう見えますか。ですが、我々の最優先は平和ではなく安全です。命あっての物種、死ぬわけにはいかないので。幸い、後始末屋や調査隊の方々は、我々力を持たない者は逃がしてくれると約束してくれました。後ろから撃たれることもありません。ならば、最低限これまで尽くしてくれた整備班の面々は撤退が必要でしょう」
正論を中柄にぶつける襟帆提督は、内心胃が物凄く痛んでいるだろう。だが、そんな様子は何も見せずに、凛とした表情で中柄を見据える。
「まさか、戻れとは言いませんよね。それに、貴女がそれを壊そうだなんて思っていませんよね。貴女は平和を望む者。人命は最も尊ばなければならないモノだと思いますが?」
「……ああ、逃げたければ逃げればいい。だが、貴様は明確に裏切るつもりだろう。我々を後ろから刺すつもりではないのか」
整備士達が逃げることは構わない。襟帆提督が言うように、ただの人間の命をわざわざ奪うことは違う。戦闘員ならまだしも、非戦闘員を始末することは間違っている。こちらに対抗するなら話は変わるが、そんなこともせずに逃げるのなら追わない。
しかし、襟帆提督の目からは、それ以上に敵意を感じ取れた。中柄はそれを指摘し、後ろから刺すだろうとまで言い出す。
襟帆提督とて、出来るモノならばやっているだろう。だが、出来ないのだから口だけで済ましている。
中柄──出洲一家のカテゴリーKは、艦娘でもどうにもならないのに、生身の人間である自分がどうにか出来るわけがない。殺気を見せるだけでもこうして反応してくるレベルだ。ならば、動くことなどしない。
「貴女の目でどう見れば私が貴女を刺そうとしているのかはわかりませんが、私が貴女に敵うとでも?」
「だからこそ、貴様はそこの者達と結託しているのでは?」
そこの者──神通を中心とした調査隊の面々。当然ながら、そちらは見た目からして敵意全開である。今にも主砲を放ちそうな状態だが、今ここで攻撃したならば工廠が危険だ。まだ整備班が全員逃げきれていないのだから、戦闘開始はまだ先。
「結託、ですか。貴女からはそう見えると」
「脅されているようには見えん。そもそも──」
中柄の目が、響により作られた前衛芸術の方へと向く。それは襟帆鎮守府に忍び込ませている、出洲に従う者達。
逃げている者達の中に、出洲シンパはいない。前衛芸術の中に、何も知らない者はいない。つまり、選別してこういう行為が出来ているということ。
「貴様、情報を横流ししたな?」
もう中柄は動いていた。生身の人間である襟帆提督すらも手にかけるために、刀を軽く握り、その首を刎ねるために。
それを守るために動いたのは夕張。提督を守ることが今任された仕事。本能的にも、この人は守らなくてはならないと、これまでにない瞬発力で、襟帆提督の前に躍り出た。
「却下!」
そして、その攻撃を止めたのは神通である。夕張のさらに前に出たかと思えば、刀を持つ手を殴りつけるようなカタチでその斬撃の軌道を無理矢理逸らした。凄まじい速さだったが、神通はギリギリのところでそれをやってのけた。
しかし、あくまでも逸らしただけ。刀は思い切り振り抜けられる。神通は瞬時に体勢を下げ、頭を傾けたが、その斬撃は顔を掠める。
瞬間、神通のこめかみから額にかけてに、斬り傷が刻まれ、ブシャッと血が溢れ出した。致命傷にはならないが、だとしてと戦闘には支障が出る傷である。
「調査隊、貴様らは始末させてもらう」
「それはこちらのセリフですよ、カテゴリーK、いや……出洲
中柄の表情が少しだけ歪む。今ここで本名を言われるなんて思っていなかったため、冷静でいられるところでも僅かにブレるに至った。
「調査隊はそれくらい調べられますよ。貴女は我々の敵、出洲の妻……それくらいはわかりますが、息子と共に事故死していましたよね。それが今、こういうカタチで蘇り、歪んだ感性で間違った平和を望んでいる」
血を流しながらも、神通は更に刀を持つ手を蹴り上げて、攻撃のタイミングを失わせる。しかし、中柄は神通のその行動を受けたことで、キッと睨み返す。そして、すぐさま刀を振り下ろした。まともに喰らえば袈裟斬り。神通は肩から斜めに身体が分離する。
それをただ見ているだけの者なんていない。
「ごめんね、流石にそれは見ていられない」
何も無いところからの砲撃は、中柄の刀の軌道を変えるには充分すぎた。神通のすぐ横、中柄のみを狙い撃つようなカタチで放たれたそれは、どう避ければいいのかわからないタイミングで現れる。だとしても、中柄はそれに追いついた。神通を斬るのではなく、その砲撃を斬ることを優先した。
見てから追いつくのは、流石に速すぎる。それに、砲撃を斬るという尋常では無い精度と腕力。やはり異常な力を持っていると断言出来る。
その砲撃を放ったのは、当然『迷彩』で隠れている子日である。本来ならば見えないところからの砲撃は受けて然るべきなのだが、尋常ではない超反応でそれにすら対応してしまった。
「……何処だ」
その姿は見えていないが、砲撃の来た方向からおおよその目星はつけていた。だが、目の前の神通は血を流したところで戦意を失ったわけではない。それに、そこには夕張だっているし、なんなら響と白雪も冷静に主砲を構えている。
「……いいだろう、ここにいるのならば、全員を始末しよう。どうせそうなるんだ。我らの平和に仇為すのならば、死ぬがいい」
身近の砲撃から回避するために、一時的に神通から離れる。そうすれば、砲撃をわざわざ斬り払う必要も無くなる。その速さのみで回避し、手近なところから片付けるのみ。
襟帆提督から少しでも離れたのならば、砲撃はさらにやりやすくなる。ならばと、囲っていた全員が纏めて砲撃を放った。
しかし、
「ママっ、ママぁーっ!」
癇癪を起こした子供の声が聞こえた瞬間、事態は一変。敵が目の前にいようが関係ない。砲撃が向かってきていようが関係ない。母としての力が最大限に発揮され、とてつもないスピードで中柄はその全ての砲撃を斬り払った。いや、
砲撃がそのまま戻ってくるなんて思わない。まずいと思い、全員がすかさず回避を選択。そして、その砲撃が工廠内の各所に直撃、運が悪いことに爆発物があった場所に当たってしまい、一部爆発を起こしてしまった。
工廠での戦闘の悪い部分が出てしまっている。危険物満載の場所は、それ自体がただの起爆源となってしまう。そのせいで、工廠が一気に大炎上するに至った。整備班は逃げ切れていたからまだマシだったが、内部にいた者達は酷いことになる。
だが、そんなことに目もくれず、中柄は泣き叫ぶ子供のところへと向かっていった。
脅威は去ったかもしれないが、襟帆鎮守府の工廠は、これだけで滅茶苦茶になってしまっている。
元より再起不能にするつもりでいたが、物理的にこうなったとなると、困ったこともいくつか出てきそうだった。
中柄の本名、紫亜は、ヘスティアから。出洲の元ネタであるハデスの兄弟だけど、今回は妻ということになりました。