我が子の泣き声に呼ばれた中柄からの一撃。それは、この戦場についに参戦した神風の手によって受け止められる。
「久しぶりね。私の宣戦布告、ちゃんと貴女に届いていたかしら」
怒り任せの一撃でやられるような神風ではない。中柄の薙ぎ払いを両手で握り締めた刀でしっかりと受け止める。火花が散り、その顔を照らす。
「……貴様」
「貴女の相手は私。わかってるでしょ」
「貴様に構っている暇などない」
「我が子を泣かせた者を始末してやるってことかしら。前にも言ったわよね。子供が危ない目に遭うのが嫌なら、そもそも命懸けの戦場に出すんじゃないわよ。覚えていないかしらね」
どうせ都合の悪いことは覚えていないのだろうと、神風は力いっぱい刀を振るって中柄の刀を弾き飛ばした。神風と一度対峙している中柄は、以前よりも神風が強くなっていることをこの時点で理解した。膂力やそういう点だけでなく、技もさらに研ぎ澄まされている。
力だけで言えば、中柄の方が断然上である。神風の柔な腕に受け止められる程、弱い力を使ってはいない。だが、鍔迫り合いが出来るくらいには強靭。その上、神風の刀が相当な業物になっていることにも気付く。
「子供が大事なら逃げ帰りなさい。こっちにちょっかいかけてくるな。同じことを言ったところで、貴女達は何も変わらないだろうけど」
「何も知らずに宣うな」
「今回はある程度理解した上で言ってるわよ」
力の限り振るって、中柄の刀を弾き飛ばす。そして、空いた脇腹に向けて刀を薙ぎ払った。しかし、中柄も反応があまりにも速く、それに身体がついてこれている者。その一撃に対して、弾き飛ばされた刀をすぐさま動かして受け止める。
無理な体勢にしているはずなのに、それは鉄の壁に打ち付けているような感覚だった。まるでびくともしない。ここから押しのけることは可能かもしれないが、初撃は受け止められる。
「争いのない平和のために行動してる割には、馬鹿みたいに争いを起こしてるんだもの。貴女は子供のために世界を平和にしようとしているみたいだけれど、出洲と考え方がまるで違うわよ」
受け止められた斬撃は、無理せず一旦引き、身体を捻って逆側狙いでもう一度横薙ぎ。それも当たり前のように追いつき、刀一本で受け止める。そのどちらも、片手で。
神風の両手の一撃は、中柄の片手に相当するようで、この時点で膂力に相当な差がついてしまっているのがわかる。
「奴は文化すら奪い取ろうとしているわ。貴女の子供が間違いなくつまらないと思える世界よ。それに、遊び感覚で人の命を奪う子供が、奴の望む世界にいられるわけがない。何故容認されているのかしらね」
神風は止まらない。受け止められた刀を滑らせて、中柄の握り手の方へと一撃を入れに行く。握れなくすることが一番手っ取り早い。刀が使えなくなれば、中柄の力は半減することだろう。
しかし、神風は知っている。中柄の刀はこれ一本ではない。隠された3本目の腕に、神風は一度やられている。死にはギリギリで至らなかったが、深雪がいなかったら致命傷と言ってもおかしくない一撃を受けている。
まずはそれを引き出させないと先には進めない。この状態で敗北することは、以前よりも状況が悪くなっているということに他ならない。中柄が鍛えているかは知らないが、神風はこの一戦のために力を蓄え続けてきたし、修行も怠っていないのだ。
「今だけは力が必要だから許されている? それとも、身内だから大目に見られている? どちらにせよ、貴女達がこうして攻撃してきている時点で、出洲のやり方が破綻していることを証明しているのよ。貴女も、子供も、まるで話を聞こうとしない。自分達の世界で閉じている。そんな奴が許されて、他を許していない時点で、そんなモノ平和でも何でもないってのよ!」
弾かれたところで、神風は一旦刀を鞘に納める。ここから繰り出される居合は、これまでの一撃よりも確実に鋭く重い。中柄はそれをすぐに判断し、しかしそれを回避することなく真正面から受ける選択をする。
片手ではなく、両手で刀を握り、神風から放たれる神速の一撃を確実に止めるため。真っ向勝負に出るため。
「っ……!」
抜かれる刀。目にも留まらぬ速さで放たれる居合。中柄はその軌道を完璧に見切り、ただそこに刀を置く。そして、両腕に血管が浮き出そうな程に力を込めた。
キィーンと甲高い音が響き渡り、刀同士がぶつかり合った。どちらも業物、刃こぼれすらしない。そして、どちらも下がることは無かった。この一撃を受けた、この一撃で崩れない、両者相応にこの状況に嫌悪感と昂揚感を得ていた。
「ま、ママ……勝てるよね、そんな奴になんて、負けないよね!」
その一挙手一投足を見つめていた小柄は、心配そうに母に問う。対する中柄は、神風の刀を受けながらも小柄の方に顔を向け、慈悲深い笑みを浮かべる。
「当たり前だ。私は、負けやしない」
「そうだよね! ボクのママが、こんな奴らに負けるわけないもんね!」
中柄の善戦を見て、小柄の調子が戻ってくる。それが、虎の威を借る狐のような行動であることに気付けるわけがない。母が強ければ、自分も偉いと本気で思っていそうな存在。何処かの物語の愚かな王子のようにすら見える。
その戦いに横から口を出すような輩を、神風が黙って見ているわけがないのだが、神風が小柄もどうにか出来るかと言われれば、そんなことが出来るわけがない。
ならばどうするか。ここには仲間がいる。今は突如現れた中柄と、それに唯一対抗出来る神風が接戦を繰り広げているのを見ていることしか出来なかったが、むしろ今だからこそ小柄と決着をつけねばならないところ。
「君のママが強いだけで、君が強いわけじゃあないだろうに。君の立場が上がるわけがないのがわからないのかい!」
横から喧しい小柄を黙らせるため、タシュケントが同じように口を挟み、そして中柄を神風に完全に任せて、再び小柄に攻撃を嗾ける。
もう中柄の陰に隠れていることなど出来ない。近付けば中柄の動きを阻害し、神風にやられることになる。だからといって離れすぎると守ってもらえない。
「貴様ら……っ」
「子供を戦場に連れてきた弊害じゃないの。まさか、ずるいとは言わないわよね。ここは命を懸けた戦場なのよ。私達も死にたくないの。特に、遊び感覚で人のことを雑魚キャラ扱いするような子供にはね」
「我が子に、何をする……!」
「本当に話を聞かないわね貴女……戦うのが嫌になるくらいに。この世界は、貴女達を中心に回ってるわけじゃあ、ないのよ!」
小柄の方にばかりを気に掛ける中柄に心底愛想を尽かしたように、これ見よがしに溜息を吐いた後、再び刀を鞘に納めた。
殺気が高まり、中柄は神風から意識が外せなくなる。真剣に、正面から取り組まないと斬り殺される。
そこにあるのは、子供を優先にしている場合ではない死の刃。目を逸らしたら斬られる。
故に、すぐさま奥の手を使った。
「出たわね」
中柄の背中から生えてくる、三番目の腕。最初から刀を握っている、艤装のような腕が、神風に振り下ろされる。
だが、今回はそれを知っている状態で受けるのだ。不意打ちでも何でもない。それは中柄もわかっていることだろう。子供を守るため、なりふり構わず神風を止めるためにそれを繰り出した。
「それにはもうやられないわよ」
背後を襲う第三の腕の一撃を、神風は居合によって払い飛ばす。だが、その動きを止めることは出来なかった。
小柄に向かう中柄は、タシュケントの眼前まで躍り出ると、子を虐める不届者を始末するため、その凶刃を振るう。
「子が子なら、親も親かい。やらせないよ」
だがタシュケントはそこでまだ搦手を隠していた。超至近距離での閃光弾である。振り下ろされる前に顔面に直撃させるコースで放ったことで、中柄はそれに対応せざるを得なくなった。もし実弾ならばそれで終わりになってしまうのだから。
斬り払ったことで閃光弾は爆発。今は曇り空であるため、晴れの日よりも眩くその場を照らし出す。
「っ……」
「ママ!?」
隙を見せたようなモノにはならないかもしれない。少しだけ、ほんの少しだけ目を瞑っただけ。それでも充分すぎるくらいの時間。
神風はその閃光の中でも、目を頼らずに中柄へと肉迫する。戦いに目などいらない。中柄の気配など、見なくてもわかる。
「くっ……ふんっ!」
中柄も負けてはいられなかった。そして繰り出すのは、
三本目と同様、刀を握り締めた状態から作り出されたそれは、神風の突撃を軽々止めるに充分だった。背後にも、左右にも、勿論正面にも、一切の死角が無くなった。目が眩んでも、それによって守りが固くなる。
「やっぱりあったわね、四本目!」
それは予想通り。片方だけではバランスが悪い。両方の増えた腕には一本ずつの刀。最初から持っている刀を含めて、三刀流。ここまでは神風も事前に予想していた。
その四本目に肉迫を防がれ、神風は一時的に間合いを取る。タシュケントにも下がるように指示して、仕切り直しとする。
閃光弾までは良かったが、まだ一歩足りない。中柄は四本の腕を扱い、改めて神風を見据えた。
「……我が子はやらせん……!」
その気持ちを別に使えないかと溜息を吐き、神風は刀を鞘に納め、構えた。