子日参戦により、改めて舌戦が繰り広げられる。子日はゲーム脳な小柄にもわかりやすいようにゲームで例えるが、その中でも『エンディングのその先』についての言葉で心を揺さぶる。
勇者は魔王を斃した後、同じ人間である王に疎まれる。魔王より強大な力を持つ者を放っておくだろうか。邪魔であると感じて、言うことを聞くうちに始末するのではないだろうか。それこそ、勇者のこれまでの行い次第か、どうであれいなくなってほしいと考えるか。それは全て王による。
小柄がやっていること──ゲーム感覚で出洲の敵となる者の命を摘み取り、あまつさえ命に対して何も感じていない、罪悪感すら持たないで暴れ回ることを、果たして許容するのか。
家族だから贔屓すると言うのなら、その平和論がおかしいことを証明することになる。家族でも容赦なく始末すると言うのなら、家族であっても駒として使い戦わせているということになる。前者も後者も、間違いなく平和とは程遠い。自由を奪って文化を壊し、争いという争いを無くそうとしているのに、どちらにせよ争いによって解決しようとしているのだから。
当人は犠牲も必要と言うが、問題なのはそのやり方なのだ。全く平和的ではない、争いを以て争いを制するそのスタンスが、何事にもおいても矛盾している。
「子日はただ話しているだけだよ。それなのに攻撃してくるっておかしくないかな。子日はまだ、モブとして会話をしているだけ。そんな時にバトルエンカウントしないでしょ。それとも、聞いていたくないから今だけはこの世界はゲームではないって都合よく解釈する?」
「黙れ」
「確かにそういうイベントもあるかもしれない。会話中に敵に襲われるなんていうイベントが。でも、それって大概、魔王の側が仕掛けることじゃないかな。ねぇ、君のお母さんは、勇者が斃すべき魔王の軍勢と同じことをしてきてるけど、勇者として何も思わない?」
中柄の攻撃を、姿を消していることで回避する子日。いくら勘が良くても、声のする方を攻撃しても、見えていないというのはそれだけで命中率が格段に落ちる。
この子日の『迷彩』は、うみどりだって苦戦させられた完全なる姿消し。妖精の眼を持つイリスにしか捉えられない、あらゆる機材すら透過する。もし中柄が殺気などからいち早く判断するにしても、今の子日は対話しか考えていないため、殺気すら出していない。
中柄は声を頼りに攻撃するしかない。だが、それだけならば子日は俊敏にそれを回避し続ける。触れられるくらい近付いても触れず、ただ精神を乱す言葉を紡ぐのみ。
「子日は、君の言葉を待っているよ。会話だってターン制だからね。子日が話したら、そちらが話していいんじゃないかな。もしかして、たまにある主人公が話さないタイプの勇者を気取ってる? だったら、最初から余計なことは言わない方が良かった。自分は勇者だ、やることは全部許されるんだ、なんて、ゲームの主人公は言うかな。少なくとも、子日はそんなゲーム知らない。そういうゲームなら、勇者がラスボスで主人公は魔王になるんじゃないかな。悪辣非道な勇者を始末するために立ち上がる、みたいなね」
小柄は何も言い返せない。考えてしまった。勇者だと名乗り、世界を平和に導くために戦っているとずっと思っていたが、今こうやって戦っていることに、本当に正しさがあるかどうか。
出洲は常々、世界を平和にしたいと話していた。争いのない世界に。それを実現するためには、堕落を生み出す特異点を始末しなくてはならないと。ゲーム脳はそれを、特異点を斃すために活動する勇者であると勝手に捉えていた。
しかし、子日の言葉でそれが覆りかけている。求めている平和に、
「聞く耳を持たなくていい。お前は特別だ。何をしたっていい」
中柄が小柄を立て直すためにそんな言葉を紡ぐが、子日はすかさず口を挟む。
「その子には自由を与えるんだ。制圧したら世界中の人間からあらゆる自由を奪うくせに」
「黙れ」
「不公平は争いの源だよ。ただでさえ自由を奪って束縛する気満々なのに、それを選ばれた者だけ無かったことにするとか、不公平、不平等、あんまりにも酷いよ」
「黙れ!」
聞く耳を持たない中柄は、ひたすら声のする方を攻撃する。子日はそれをひたすら避け続ける。本当にそれだけ。それだけなのに、小柄はガタガタに崩れていく。
「それでも君は、自分のことを勇者だっていうの? 魔王を斃して得られる平和は、本当に平和? 世界から自由を奪うために戦うことの、何が正義なのかな。自分はずっと面白おかしくいきていけるから、周りに被害が出てもいいと思ってる? それなら、勇者の資格なんてないよ」
それは、全力で投じられた、小柄にとって一番の言葉の暴力。お前に勇者の資格は無い。アイデンティティの崩壊を導くその言葉は、少なからず小柄に大きな衝撃を与えた。
栄えあるエンディングに向けて日々邁進していた小柄。この戦いでも負けないように、出来る限りのことはしてきた。だが、それは本当に自分の望む平和に向かっているのだろうか。
途端にわからなくなってしまった。エンディングのその先のことを言われてしまって、自分はこの先どうなるのかが。
その上で、さらに今やっていることは本当に平和なのかすらわからなくされる。平和のために戦う勇者は、得られた平和が本当に平和なのかがわからない。そして、それを手に入れた時点で用済みとなり排除される可能性まで示唆された。
「ボクは、ボクは勇者だ、平和を、平和を目指して、悪い奴を斃し続ける勇者なんだ。魔王を斃せば、斃せば、全部」
「勇者が魔王に成り代わるだろうね。君は世界を平和にすると言いながら、他人の平和を奪い取り、私利私欲のために命を弄んだ。ほら、よくある魔王の設定だよ」
これまでだって、この小柄はこういった問答なんて関係なしに攻撃してきている。全てが許されると言い、やりたい放題だ。
それを勇者のしていいことと考えてやっているのだから間違っている。やっていることは、魔王としている特異点とは比べ物にならないほどに魔王だ。
「ボクが、魔王……?」
「少なくとも、特異点よりは魔王だね。平和のためにと剣を振るって、みんなの自由を壊すために活動しているんだから。これ、やってること世界征服だよ」
「世界征服……!?」
王道なゲームのラスボスの思想と同じだと突きつけられて、小柄は目を見開いた。勇者であるという思想が、完全に裏返った。
聞き心地のよい言葉で語られているが、平和を目指すというのは、あくまでも『出洲の考える平和』を目指しているに過ぎない。何もない無を平和と感じているのなら、それは世界征服と言ってもいいだろう。この世界を全て手中に収めようとしているのならば尚更だ。
「黙れ!」
「こうやって実力行使で言葉を潰そうとしてくるところもね。ねぇ、ママさん、本当に平和に向かってると思う?」
「話すべきことではない!」
小柄もそうだが、中柄も全く話にならない。いや、小柄はこれだけゲームに例えられたことで、自分のやっていることが実はおかしいのではないかとわかり始めている。しかし、中柄はそれを理解した上で言論統制のために刀を振るう。
子供の方がまだ話が出来るではないか。まともに知らない、知ろうとしないだけのクソガキと、知っていてもそれを無視して、力で捩じ伏せる毒親。前者は知ってしまったが故にブレた。後者は知られまいと暴力に訴えてきている。
「開き直るなら開き直ればいい。でもね、子日達はそんな横暴を許さない。今はこうして話しているだけ。手も出していない。でも、子日達は必ず君を真正面から刺しに行く。勇者気取りの魔王は、討伐されて然るべきでしょ。君達が何も知らずに魔王認定してる特異点は、世界に貢献しようとしているのに生きているだけで罪なんて言われて攻撃されてるんだから」
ゲーム脳にわかりやすく説明したことで、小柄には確実に絶望をぶつけた。中柄がムキになりつつあるところも、それを実証してしまっていることに繋がる。
小柄の手は震えていた。剣を握る手から、力が無くなりかけている。中柄はそれを見て小さく歯軋りをした。
「大丈夫だ。奴らの言葉は全て紛い物だ」
「ママ、ボク、ボクは……」
「お前はこの世界を救う勇者だ。敵の虚言に惑わされてはいけない。敵の言葉は間違っている」
「ボクは、勇者……」
「ああ、そうだ。お前は勇者だ。だから、共に敵を斃すぞ」
子日の言葉も、実の母親の言葉には敵わない。迷いは与えられたが、それだけ。
だが、これで充分に時間を稼ぐことは出来た。
「待たせたわね……ここからが最終ラウンドよ」
神風への特機寄生は完了。中柄との最終決戦の準備は整った。