神風と中柄の戦いは、特機寄生によって形勢逆転。神風が得た曲解『改装』により、単純明快に自身のスペックを大幅に上げたことで、中柄のスペックを圧倒するに至る。
四本の腕、三本の刀を用いても、神風の一刀を止めることが出来ず、受け止めたことで纏めて破壊してしまう。中柄は腕の出し直しで刀を再生成出来るようだが、神風はそんなことで心が折れるわけがない。むしろ、何本出してこようとも、その全てを叩き折るくらいの気持ちで、さらに圧倒していく。
「納めさせん!」
中柄は、神風の居合が最もまずいと判断したようで、再生成した二本の刀と、フリーとなっている追加の片腕を使って、神風のそれを封じにかかる。
しかし、今の神風はそんなモノ関係ない。居合を使わずとも強力な力を扱える。刀を叩き折るには居合をしなくてはならないだろうが、そうでなくてもその攻撃を軽々いなせる程の膂力は手に入れている。
全てのスペックを大幅に上げるというわかりやすい力を得ていることにより、既に全ての点が中柄を超えていた。違うのは刀の本数だけ。その手数も、手に入れたスペックによってスピードでカバー出来る。
「納める必要はないわ」
刀を両手で握りしめ、襲いかかる中柄の刀を瞬時に二本とも受けて払った。正面から来る一本目は叩き落とし、上から来る二本目はかち上げてバランスを崩させる。
三本目があったであろう追加の腕によって掴み掛かろうとするが、それすらも打ち払った。斬るのではなく、峰打ちで傷すらつかずに。刀を返している時間を惜しんだというのもあるが、斬り落とすに値しないモノというのもあった。斬ったところで、どうせまた生えてくる。ならば速さを優先していい。
むしろ、こうしたことで中柄の胴への道が完全に開いた。そのまま振り下ろせば袈裟斬りとなる。
それが子供の前であっても、神風は容赦する理由がなかった。ここで命を絶たねば、ここからさらに被害を齎す。同情なんてしたら、恩を仇で返されることは火を見るより明らか。
「まだ、やられん!」
躊躇いは無かった。故に即座に振り下ろした。だが、中柄はそれを紙一重で避けていた。咄嗟の判断で退くことを選択したからだ。
風圧で胸元に切り傷が入るモノの、全く深くない。元々着ている服が厚かったこともあり、致命傷には遠く及ばない。
「逃がさないわよ」
ここで神風、胴ではなく足を狙いにいく。動き回ることを許可せず、回避もコレからは許さない。それを狙った下段の横薙ぎ。
「ちっ……だが、させん!」
中柄はそれを跳ぶことで回避。だが、跳んだということは、体勢がこれ以上変えられないということにも繋がる。
「はっ!」
ここでさらに腕を生やし直すことで刀を再生成。元々持っていた二本目は本来持つ方の手で握り直し、さらに刀を増やすことで四刀流へ。四本の腕に一本ずつ刀を握ることで、力は劣るが連撃の数を増やす方向へと持っていく。
「手数を増やしたか。でもその分、しっかり握れないんじゃないのかしらね」
まだ足が海面についていない中柄に連撃を叩き込もうとする神風。たった一本の刀であっても、数の差を覆すだけの力を手に入れている。
襲いかかる複数の刀に対して、それを一本ずつ確実に払っていった。本来の手で握る二本の刀は同時に繰り出されているため、纏めて薙ぎ払う。その後振り下ろされる背後からの二本は紙一重で避けつつ、軽くバックステップで間合いを取り、そっと自らの刀を鞘に納めた。
居合が来る。中柄の身体が一瞬強張るが、それ以上に、次は受けないと歯を食いしばり、四本の刀を全てクロスさせるように構えた。斬られて堪るか、これ以上やられて堪るかという強い気持ちを乗せ、着水と同時に全ての腕に力を込めた。
先程は全ての刀が纏めて破壊された。今回はその時よりも一本多い。それでも全て破壊される可能性は非常に高いが、先程よりは勢いは殺せるはず。中柄は瞬時にそこまで考えた。
「ママぁっ!」
そこに小柄からの心配そうな、しかし母に勝ってほしいという本心からの叫びが聞こえたことで、より強く力がこもる。
「我が子の前で、無様にやられるわけにはいかん! 来い!」
「ええ、行くわよ。受けられるモノなら受けてみなさい」
深く、深く構えた神風。コレまで以上に力を込めて、その一刀に想いを乗せて、中柄を見据えた。
仲間達が背中を押してくれている。ここで勝つことが、一番仲間が守れることに繋がる。神風は、ここにいる仲間を、ここにいない仲間を、全ての仲間が先に進めるようにと願った。特機は、特異点の力は、その願いに応えてくれる。
「ふぅぅ……っ」
息を深く吐く。たった少しの時間で、完全に息を整えた。瞳の焔すら、鎮まった。落ち着き、無駄な力が抜け、必要な力だけが腕に込められる。この一刀が、中柄との短い縁を断ち切るモノとなる。
「っ……!」
息を止め、一歩前に踏み出す。力強く海面を踏み、その一刀を放つ。
これまでとは比べ物にならない程の速さ。神速を超え、空間すら断ち切り、速さという枠組みすら超えた達人の剣。視認出来るわけがない、『零』の居合。鞘から抜かれた時点で、
「……そうか、それが貴様の……」
一拍遅れて、中柄の刀四本は全てが破壊されていた。そこからさらに一拍置いて──
「……勝てん、か」
中柄の胴が、逆袈裟斬りにされていた。
バシャッと噴き出す血が、中柄の目の前に広がる。最初は斬られたとすら感じなかった。あまりにも速すぎて、何もかも認識できなかった。だが、それは間違いなく入っていた。
「ママ!?」
その噴き出した血は小柄の目にも入ったのだろう。あまりにも致命的なダメージに、小柄は慌てる。
最強だと思っていた、無敵の自分を超える存在である母親が、目の前で斬られた。そんな相手に自分が勝てるとは思えない。無敵を名乗っていようが、この結末を見てしまったことで、最悪の事態が頭をよぎる。
エンディングの、その先。
この場合はバッドエンド。勇者は敗北した。その事実だけを突きつけられるゲームとは違う、コンティニューすら出来ない、地獄の始まり。
「ママ、ママ、嫌だよ、負けないで、ボクも頑張るから、ママぁっ!」
その泣き叫ぶ声は、年相応と言ってもいいくらいの、我儘で、しかし愛する母を心配したモノだった。傲慢な余裕など何処かに飛んでいき、必死に、ひたすら必死に、母を案じる。死なないでほしい、自分を置いていかないでほしい、もっと一緒にいたい、そんな気持ちが溢れ出て、それは涙に繋がる。
「……こういう時ばかり子供になるのかい。さっきまで人の命を遊びで消そうとしていたのに、自分の大切な人が死にそうになると手のひらを返すんだね」
そんな小柄を見て、拳を握り締めるタシュケント。敵の命をゴミのように扱い、我儘三昧で言うことも聞かず、話し合いすら最初はしようともせずに殺そうとしてきた小柄。それなのに、いざ身内がこうなるのコレである。命の尊さを叩きつけられているはずなのに、なんて傲慢なのだと、これまでと同様に怒りが込み上げてくる。
だが、そんな小柄をここで始末してやると思えなかった。戦場とはこういうモノなのだとその身に教え込んでやることも出来ただろうが、ここで動けなかったのは、艦娘としての優しさが勝ってしまったから。そんなことをしていたら、後で酷い目に遭いそうなのに、それでも不意打ちのようにするのは心が咎めてしまった。
だが、中柄はまだ、
「勝てんにしても、貴様を、生かしておくことは、出来ん」
無理矢理力を振り絞り、倒れるのを耐えた。胴からは黒い血が滴り落ちる。だが、中柄はまだ耐えていた。
「我が子を泣かして、何が親か。私は、まだ負けてない、負けては、いない!」
刻一刻と血が失われていくにもかかわらず、小柄の前では負けないという執念によって、倒れることを拒んでいた。
完全な死を与えない限り、中柄は倒れない。小柄の声が届く限り、中柄は倒れない。
「……呆れた。まだそんな考え方をしてるだなんて。この一撃が瀉血になってくれればいいと思ったけれど、そんなことはなかったのね」
神風は刀についた血を振り払って、また鞘に納める。いつでも居合は出来るぞと見せつけ、構え、しかしすぐには抜かない。
「言ったわよね。子供に嫌な想いをさせたくないなら、そもそも戦場に連れてくるなって。何故絶対に負けないと思えたのかしら。こういうことがいくらでもあり得るのが戦場よ」
「貴様らには、わかるまい……!」
「それしか言えないの? 貴女、何も説明しないでわかってもらえるつもりでいるわけ? なんて傲慢なのかしらね。わかってもらえるのが当たり前だと思ってるの?」
中柄はまたもや腕を生やし直し、刀を再生成する。まだ戦う気満々である。
「……そう、ならやっぱりここで死んでもらうわ」
神風も、より非情にならざるを得なかった。