神風の一撃は確実に入った。しかし、致命傷には至っていない。自己修復を持つカテゴリーKならば、時間をかければその傷も塞がるだろう。だが、致命傷ではないだけで、その傷はかなり深い。
だが、そこに我が子がいるからと、倒れることはなかった。子供の前では負けないと、力を振り絞って立っていた。
「……そう、ならやっぱりここで死んでもらうわ」
故に、神風も非情となる。ここで甘く見ていたら、後から間違いなく面倒なことになる。自分から攻撃しておいて、反撃すると被害者ヅラをする連中ばかりなカテゴリーKだ。ここで終わらなかった場合、逆恨みを募らせる可能性は非常に高い。
嫌な思いをしたくなければそもそも戦場に出てくるなと、口を酸っぱくする程伝えているのに、それをまるで聞かずに勝手に攻め込んできて、ピンチになると弱者気取りである。自ら死地に足を踏み入れておいてこの態度、神風もいい加減キレる。
「貴女達の存在は害悪以外の何モノでもない。こちらもいい迷惑なのよ。特異点のことを何も知らずに文句しか言わない貴女達が」
「……貴様には……」
「もうそれも聞きたくないわ。理解してもらおうという気持ちもないような奴の言葉なんて、もう聞いても無駄だもの。貴女は、貴女の怠慢でこうなってるの。理解しなさい。今更遅いけど」
刀を握り締め、軽く跳んで接近。凄まじいスピードで間合いに入る。あとは刀を抜き、斬れば終わる。本当にそれくらいの距離。
しかし、事態はそう上手くは行かない。
「ママを、ママをイジめるなぁーっ!」
ここで予想外にも、小柄が動き出していた。これまでとは違う、とてつもない底力が発揮された。
これまで動けなかった、動かなかった自分を奮い立たせ、母を守るんだという気持ちを爆発させて、あらゆる恐怖から一歩二歩と前に出て、傲慢な気持ちも捨て去って、初めて力強く動き出した。
「このバカ……!」
それに真っ先に反応したのはタシュケント。小柄が猛烈なスピードで神風に向かおうとしたのを食い止めるため、すぐさま海面を蹴る。今のタイミングでは撃っても間に合わない。むしろ狙いが定まらない。そう思ったら、身体が勝手に動いた。
「っ、来るな……っ」
「ママに酷いことして、タダで済むと思うな! ボクが、ボクがお前を斃してやるんだからな!」
勢いが凄まじい。怒りを露わにした、涙目での突撃はその瞬間だけは誰よりも強く力を発揮していた。その理由は純粋かもしれないが、後始末屋連合にとっては不純かつ自分勝手。これまでのことを全て棚に上げた言動。
神風の居合の間合いに、小柄が強引に割り込もうとする。だが、神風はそのまま振り抜いてもいいと思っていた。中柄だけではない、小柄もここで始末しなければ、後々厄介な存在になりそうだからである。
子供を殺すというのは神風にとってもかなり苦しい選択だった。何も知らず、知ろうともしない、無邪気で愚かで我儘な子供。だからと言って命を奪うのは、どうしても気が引ける。非情になったとしても、心に引っ掛かるところがある。
「君はいい加減、理解しろ!」
その小柄に、タシュケントは思い切り飛び蹴りを喰らわした。勢いそのまま、その場所から弾き飛ばすかのように。
小柄は艤装も込みにすれば、当てられる場所は比較的大きい、その蹴りは艤装から伸びる剛腕に直撃し、小柄の体勢を崩すに至る。
タシュケントの乱入は、神風にとっては都合が良くも悪くもあった。小柄を斬らず、中柄のみを斬る瞬間を作ってくれる。だが、タシュケント自身がそこにいるため、狙いを定めるのに一拍置くことになってしまう。それならば、精神的な面を払拭して、小柄ごと中柄を斬った方が後のためになったのではないか。
「やらせん、我が子を、やらせて堪るか……!」
この一瞬の隙を中柄は見逃さない。小柄が自分の前に躍り出てきた時には驚きはしたが、すぐに子供の安全のために、さらに力を振り絞る。
「ガキの面倒もまともに見れない親がっ、人様のせいにばかりするんじゃないよ!」
だがタシュケントも負けてはいない。小柄を蹴り飛ばした後、中柄に即座に青の弾丸を放つ。致命傷にはならない三色弾だが、青の弾丸──液体窒素だけは、当たりどころ次第では命に関わる効果を発揮する。
傷を負い、十全の力を発揮出来ない中柄は、その弾丸を斬ることは出来なかった。まともに身体に受けることになった。
「かっ……あぐっ!?」
砲撃としてのダメージはない。だが、傷が凍り付き、凍結が内側に抉り込み、体内から激しいダメージを与えるに至り、中柄は苦痛の声を上げる。
「ママ!?」
「貴女も、そろそろいい加減にしなさい」
驚く小柄に、神風は容赦なく刀を振るう。まず狙ったのは、艤装から生える剛腕。タシュケントが体勢を崩させたことで、そこを狙えるようになった。
居合一閃、その鋭くも激しい斬撃は、小柄の艤装をいとも簡単に斬り落とす。
「私がママをイジメた? それなら貴女達がやっていることはイジメじゃないって言うの? 言うわよね、勇者だから何をやってもいいと思っているんだものね」
返す刀でさらに尻尾を斬り落とす。その速さに、小柄は完全についていけなかった。中柄が追いつけないものに、小柄が追いつけるわけがない。
残されたのは剛腕片方のみ。それだけで戦えるわけがなく、しかし、子供として、母を守るためにも勇気を振り絞っていた。
「貴女は勇者でも何でもない、ただ我儘を押し通して、自分の思い通りにならなかったら癇癪を起こしてママに泣きつくだけの子供よ。これまで自分がやってきたことを思い返しても、自分は良いという気持ちしかないでしょう。その時点で、ただの悪よ」
そして、もう片方の剛腕も斬り払った。これにより、小柄は抗う術を全て失った。海上に立てるだけのただの子供である。
「ママ、ママぁっ、しっかりして!?」
「……甘く見られたモノね。この状態で私に背中を見せるなんて」
「ゲームのイベントか何かだと思ってるんだよ、今の状況を。イベント中には戦闘にならないから」
タシュケントに少し遅れて、子日が追いつく。素早さとテクニックならば子日の方が上回っているだろうが、爆発的な瞬発力とスピードにはタシュケントに軍配が上がる。それもあり、小柄の突然の行動にはタシュケントよりも後に反応していた。
「でも、そろそろいい加減に理解した方がいいよ。自分が勇者から程遠いって」
「くそっ、くそっ、こんなに酷いことをしてっ、絶対に許さないからな!」
「君は勇者じゃない。だから、覚醒イベントだって起きないよ」
小柄を納得させられる言葉を紡げるのは、この場では子日だけ。念のため姿を消したまま、小柄に理解させるようにゲームに例えた訴えを続ける。
「君のやっていることは侵略。みんなの平和を奪って、自分達の平和を押し付けるだけ。そのために君は、みんなの居場所すら壊した。勇者はそんなことはしない。自分のことばかり考える奴が、勇者なわけがない」
「うるさい、うるさいうるさい!」
「君は魔王にもなれない。それだけの力もない。君は、魔王の意志に賛同しているだけの中ボス程度だよ。子日達が勇者だとは言わないけれど、君はこの物語の途中で、邪魔をするだけして、プレイヤーからも嫌われるタイプの、ただ鬱陶しいだけの敵キャラだ。ギミックボスって言った方が君にはわかりやすいかな。弱体化させれば簡単に倒せる敵だよ」
攻撃手段を失ったことで、ギミックは解除された。装甲を破砕され、被ダメージは確実に上がった。ゲームに例えて、子日は現実を突きつける。
「子日も口ばっかりになっちゃってごめんね。何もしないで粋がってるって言われたら返す言葉も無いよ。でもね、君にこうやって突きつけられるのは、子日しかいないから。だから言わせてもらってる。そろそろ、ゲームの時間は終わりだよ。それでもゲームの世界に浸っていたいなら、君は世界征服を目論む魔王の配下っていう立ち位置から抜け出せないよ」
小柄とて、ここまで来たら現実というモノを理解し始める。勝てない。どう足掻いても勝てない。母はここまでやられ、今は死んでいないというだけの状態。自分も艤装を破壊され、対抗する手段もない。勇者なんかではなく、ただの子供。
小柄はボロボロと涙を流し始める。ようやく見えてきた、エンディングのその先。イコール、死である。
「ママ、ママ、嫌だよ、ボク死にたくないよ、ママ、ママぁ」
「同じことを特異点が言った場合、貴女は助けるのかしら。人様のことを経験値扱いした貴女が」
「我が子は、我が子だけは、必ず生かして……っ」
「同じことが特異点に起きた場合、貴女は見逃すのかしら。生きているだけで罪と言っていた貴女が」
神風は溜息を吐き、そして刀を構える。とても嫌な気持ちにしかならない結末。アレだけ我儘放題していた子供が、アレだけ話を聞かない母親が、最期まで自分達が正しいと信じて曲がらなかった。
「貴女達は、これ以上生きてちゃダメよ」
そして、神風は刀を振り下ろした。