中柄を追い詰め、小柄からも戦う力を奪い、それでもまるで反省の色を見せず、自分達が正しいという信念しか持っていない。そんな母子の姿を見て、神風は大きく溜息を吐き、刀を構えた。
嫌な気持ちにしかならない結末。母と子を斬るということが本当に嫌なのだが、そうしなければ確実に後から面倒なことになる。傷が治れば、逆恨み的に狙ってくるだろう。
「貴女達は、これ以上生きてちゃダメよ」
故に、神風は容赦しなかった。トドメを刺すために、構えた刀を振り下ろした。
しかし、その刃は、2人には届かなかった。
「なっ……っ!?」
それは、海中から飛び出してきた艦載機。撃つわけでもなく、爆発するわけでもなく、神風の振り下ろす腕に体当たりを仕掛けたのだ。
それによって、僅かに振り下ろした刀がズレた。致命傷を与えるはずの一太刀は、中柄の腕を掠めるだけに終わってしまった。
「まさか……まだそこにいるわけ?」
この戦場で艦載機が扱える者なんて1人しかいない。海中から飛び出してくるとなれば尚更だ。海中の戦力が全ていなくなり、敵戦力としても意識から外れていた。燃料切れ、弾薬切れ、消耗が激しくて、小柄ですら邪魔になるから何処かに行ってろと言った最後のカテゴリーK。
「やらせないわよ! そこまでされて!」
「意地でも撤退するわよここまで来たら」
瑞鶴と五十鈴である。
鎮守府に戻ろうにも、ちらりと見たら占拠された状態。中柄が入っていきつつも、少ししたら爆発を起こした挙句、小柄の方に行ってしまった。補給は完全に不可能という状態で、小柄と中柄の戦いに参戦することも出来なかった。
故に、陸に上がることも出来ず、ずっと海中で息を潜めていた。何処かのタイミングで、鎮守府ではなく、拠点となっている島に向かう機会があると。だが、変に動くと、邪魔になりかねない。なので、燃料がギリギリになるまで、ずっと、ずっと耐えていた。
しかし、仲間である2人が大ピンチになっているならば、助けない理由がない。自分達の撤退と同時に、2人も撤退させなくてはと、本気で考えた。
「ママっ、今のうちに、帰ろう!」
「っぐ……ああ、そうしよう」
この隙に撤退を考える小柄と中柄。今の瑞鶴の一撃を見て、海中へと向かうことを思いつく。ここにいる者達は、当然海中にまで追ってくることは出来ない。
思い立った瞬間に、2人は浮力をすぐに失い、苦痛に顔を歪ませながらも海中へと潜った。中柄は殆ど瀕死みたいなモノ。これまでの過剰すぎるスペックは鳴りを潜めてしまっていたが、だとしても逃げ足は非常に速かった。
これまで地の利についてまるで考えず、目の前にいる敵を殲滅するために戦ってきた2人だが、海中という絶対的に有利な場所を今の今まで使ってこなかったのは、間違いなく慢心、驕りである。正面から戦ってもどうとでもなるという浅い考えから、海中に行くという単純な手段が出てこない。一度勝っているというのも慢心に拍車をかけていた。
だが、ここで小柄も中柄も考えを改めた。改めてしまった。一度撤退して、立て直そうと考えることが出来るようになった。この期に及んで、時間を稼ごうという判断に至った。
出洲のいる島に戻れば巻き返すことが出来る。ここまでやられたとしても、まだ死んでいないのだからやり直せる。
ゲーム脳である小柄も、子煩悩である中柄も、ここに来て歪んだまま新たな手段を見つけてしまった。
「逃がすか!」
神風は刀一本しか兵装を持っていない。そうなると、海中への対応がどうしても疎かになる。
いくら『改装』の曲解がスペックの大幅上昇であっても、行動範囲の拡張は出来ない。特異点の力を借りたとしても、そこまでのことは不可能。
刀を振るったところで、海中には届かない。斬撃が飛ばせたら話は変わるのかもしれないが、風は起こせても海中を切り裂くようなことは出来ない。
「僕がやる、少し我慢して!」
故に、海中に潜るというのならば、対潜兵装をきちんと装備している時雨の出番。腕の負傷によって十全の動きは出来ずとも、可能なことは全てやり切る。
オーバークロックを発動させ、全力で爆雷の投下。仲間への二次被害は、今だけは考えなかった。
ばら撒かれた爆雷が、母子に迫る。急速潜航をしたとしても、圧倒的な量で押し潰す策に出た。
しかし、先程神風の一刀を邪魔した艦載機は、未だ健在。即座に海中に入り、爆雷から母子を守るために飛び回った。艦載機そのものが壁となり、致命的な場所での爆発を回避させる。
そうしていく間に、母子はより海底へと潜っていった。もう、攻撃は届かない。
「……ここまで追い込んだのに、逃がすだなんて……!」
神風は悔しそうに刀を握り締める。慢心などしていなかった。だが、甘さがあった。反省を促すなんてしても無駄だったのだ。それでも、同じ母であるという情が捨て切れなかった。いくら生きていてはいけないと思っていても、それでも、刀を振り下ろすまでに躊躇があったことは否定出来ない。
「……ごめんなさい、今のは私の落ち度だわ。確実にやれたのに……」
誰も神風を責めることは出来ない。神風が経産婦であることを知る者はここにはいなくても、アレだけ親子であることを見せつけながら戦ってくる、情に訴えかけてくるような在り方の命を絶つのは、どうしても抵抗が出てしまう。
これまでの敵に対して、傷はつけても生かして勝利してきた後始末屋であることも影響はあるかもしれない。ここまで明確に殺さねばならない敵は、これまでにそういなかった。
「神風ちゃん、仕方ない仕方ない☆ 今のはやれそうでやれなかったんだもん、次の機会はすぐに来るんだからね☆」
そんな神風を宥めるのは那珂。明るく、この雰囲気をマイナスに持っていかないように努めていた。ここでテンションが落ちたなら、次の戦いに影響が出てしまいかねない。それを防ぐためにも、明るく前向きに。
「だね。最後まで海中にいたあの2人も取り逃す羽目になるだなんてね……悔しいよ、普通に」
時雨も最後の爆雷までは良かったのだが、艦載機に全て防がれることは想定していない。あれは瑞鶴が最後の力を振り絞って仲間を救おうとしたのだと容易に想像出来る。
それが出来るのに、他のことに頭が回らないことが一番残念である。特に、中柄と小柄を救う意味が、あちらのカテゴリーKにあるのだろうか。それを考えると、どうしてもいろいろ思うところは出てきてしまう。
「怪我人も多いし、一度うみどりに戻る方がいいんじゃないかな。かくいう僕も、そろそろ肩がキツイんだ。最後のオーバークロックは割と負荷が大きかった」
小柄に刺された肩からは、ずっと血が流れ続けている。特機による自己修復があるとはいえ、正直キツイと時雨は語る。
実際、あまり良くないところを刺されているため、ここからはなるべく休みたいところ。
「……そうね、追ったところであちらに待ち構えられているのと同じだものね。どうせ乗り込むんだから、こちらも準備を整えていくのが吉、か」
本当は、今すぐ追いたい。だとしても、海中を進む者達をどうにか出来ることはない。
調査隊の丁型海防艦達も、今は小柄襲来の際に撤退をしている。そう考えると、海中はもう完全にノーマーク状態だ。
「部隊を再編成して仕切り直しましょう。あちらの力も大分わかったんだもの。ここからさらに裏技や奥の手をされても、きっと大丈夫よ」
悔しいが、ここで割り切らないと先には進めない。今のことは見切りをつけて、真の最終決戦のために気持ちを切り替える。
自分の力が通用することは、今回の戦いでよくわかった。本当の拠点で何かされたとしても、圧倒的な力を見せつけられることはない。それに、次の戦いは今回のように1人で相手をするわけではないかもしれない。何せ、次は特異点──深雪達とも共に乗り込むのだから。
「……くそ……」
神風は心の底から悔やんでいた。言葉に出るほどに。切り替えなければならないのはわかっていても、あそこでトドメを刺せなかったことが、あまりにも、あまりにも悔しい。
アレは、自分に負けたのだ。海中の戦力に意識が行かなかったことではない。やはり、なんだかんだで躊躇いが生まれてしまったのだ。
「神風ちゃん、大丈夫☆」
明らかに落胆している神風の肩を那珂が抱いた。自分だって怪我をしているのに、笑みを絶やすことなく。痛みなんて感じていないかのように。
「神風ちゃんは、何も間違ってないよ。アレは仕方ない。誰だって躊躇うよ。我儘で、自分勝手で、人の事なんて何も見えていない相手でも、家族の絆だけは見せつけてきたんだもん。那珂ちゃんだって、アレは躊躇っちゃう」
「……那珂ちゃん……」
「でも、それを武器にしてきてるんだったら、許しちゃダメだよね。だから……次、次に必ず、決着つけよ。これまでみたいに、次まで時間がいっぱいかかるわけじゃないんだから。すぐにその時が来るんだから」
「そう、ね……うん、そうね、それまでに覚悟が決められるわ。どうすべきかは、もう決まってるんだもの」
神風は改めて息を吐き、どうにか仕切り直した。
意図していない仕切り直しとなってしまったが、それでも前を向く。