深雪達がうみどりに帰投してから、少しずつ戦場に出ていた者達がうみどりに戻ってくる。無傷で戻ってくる者の方が少なく、応急処置は受けているモノの、早急に入渠が必要な者はいる。
「ニムちゃんを運んでちょうだい! すぐにでもドックに入れてあげて!」
その中でも、小柄にやられて瀕死状態に陥っている伊26は急を要した。応急処置と自己修復によって命は繋ぎ止められているが、それでも重傷であることには変わりない。今の戦いで最も緊急性が求められる。
その他にも、かなり血を流してしまっている長門や、肩を刺されている時雨など、どうしても怪我が目立つ者が多い。カテゴリーKとの戦いが、それだけハードだったことが窺える。
「……あの母子は逃がしてしまったわ。奥の手まで使ったんだけれどね」
戻ってきた中でも最後の方になった神風は、割り切ってはいるものの悔しそうに報告する。あの場で撃破出来なかったということは、真の最終決戦で嫌でももう一度戦うことに繋がるわけで、先程と同じままであればまだ戦えるが、この少し与えてしまった時間によってよりおかしな方向に強化されていたら、それこそ厄介なことになりかねない。
「仕方ないわ。それだけ苦戦する相手だったんだもの。でも、次は勝てる。だって、もう追い詰めているんだもの」
伊豆提督が神風を宥める。そうよねと神風はどうにか吹っ切れようとしているが、悔しさで悶々としていた。
故に、合流した神威が『排煙』によって癒しの空間を作り上げる。
「一度皆さん落ち着きましょう。ささくれ立った心では、万全とは言えません」
心を落ち着かせるその煙に、工廠は消耗の中でも落ち着きを取り戻す。神風には効果がよく出ており、大きく深呼吸をした後、一度ゆっくりと座って休憩をした。もう立ち上がれないなんてこともない。ここで心身共に落ち着けて、中柄との再戦、終わりの戦いへと向かいたい。
この『排煙』の効果は、ここにいる者全員に効く。比較的落ち着いていた深雪達も安心するような心地となり、休息がより上質なモノになる。
そして、さらに強く効いていたのが、黒深雪と雷であった。黒深雪は理解していることもあり、落ち込んでいる心が解き放されるかのような、雷は未だ弄られた頭の中にこれを受けたことで、周囲がよく見えるようになってきた。
「すごい力だな……心を落ち着かせる力なんて、あたし達には絶対出てこないモンだ……」
「そう、ね……ここの人達は……こういうカタチで仲良くしてるのかしら……」
「無理矢理じゃなく、自然に気が楽になるようにされてるんだろ。だから、あいつらは元々こういう奴等なんだろうな」
誰かに強制されているわけではない。自分達がやりたいからこうしている。だからこの癒しの排煙は、その心を優しく包み込む。改造まで施して自分の思い通りにしてやろうとは考えていない。カテゴリーK達の生き方とは、やはりこういうところで違う。
そんな中で、黒深雪は深雪のことを目で追っていた。雷も、黒深雪に倣って深雪を、電を見つめていた。
ついさっきまでさんざん特異点は罪だと思い込まされていた。だが、深雪達自身が何度も訴えている。よく見ることもしないで罪だと決めつけるなと、顔を合わせてもいないのに知ったつもりでいるなと。
だから、この機会によく見た。特異点とはどういう存在なのかを。存在そのものが罪だと何故言えるのかを。特に雷は、黒深雪と違って、気付きはない。ここでちゃんと見ることで納得することにした。
「時雨、大丈夫か?」
「はは、大丈夫に見えるかい?」
「肩だけで良かったなってくらいだ」
「散々な目に遭ったよ。あのクソガキ、剣まで振り回してきてね」
深雪は戻ってきた時雨と話をしていた。ドックに行く前に艤装を下ろして、致命的ではないことを確認している最中。
「最後の戦いには、間に合うか何とも言えないね。なるべく早く戻るつもりだけど、僕は割と重傷に近い」
「そうか……なら、お前の分もやってきてやるよ。安心して休んどけ」
「そうすることになるかもね。そこはちょっと悔しいかな」
そう言いながらも、時雨はそこまで嫌そうな顔をしていない。神威の『排煙』のおかげで落ち着いているというのもあるが、自分で決着をつけられなくても、仲間達が自分の分まで戦ってくれるという環境に、苛立ちなど少しも湧き上がってこない。
「じゃあ、入渠してこよう。深雪、僕が行く前にやられるようなことにはならないでおくれよ」
「当然だ。むしろ、お前が来る前に全部終わらせてやらぁ」
「その方が楽でいいね。お願いするよ」
傷付いていない方の腕を上げてドックへと向かっていく時雨。深雪は相変わらずだなと苦笑するが、ここからまた別の覚悟が出来る。時雨の分もぶちかましてやろう。そう思えるくらいに。
「神風……使ったんだな、特機」
続いて、神風の方へ。神風が特機を使ったことは見てわかった。瞳の色が変化し、焔を灯している時点で一目瞭然。
「ええ、ありがとう深雪、これが無かったら互角以上の戦いなんて出来なかったわ。それでも逃がしちゃったけどね」
「でも、ここに戻ってこれたじゃねぇか。帰ってくれば、また行けるんだから、まだマシだろ。死ぬよりな」
「そうね。その通りだわ。また叩けばいいだけよね。今の私は、深雪の力も貰って十二分に動けるわ。次も負けない。それに、あちらにはもう逃げ場も無いんだもの。ここで押し込んで終わりにするわ」
「それがいいな。あたしも一緒に戦えるかもしれねぇし」
「百人力ね。いざという時は背中を押してちょうだい」
ここの関係は不思議なモノに見えた。神風が深雪のことを愛娘くらいに感じていることもあり、優しく穏やかな空間に思える。
仲間とこうして触れ合って、互いに高めあい、和やかな空気の中で共に生きる。ただそれだけのことが自分には出来ていなかったのではないかと、黒深雪は考える。落ち着いてきた雷も、黒深雪と同じように考えることが出来る心の余裕が生まれていた。
「……雷、やっぱあたし達はいろいろと間違えてたんだよ。あの特異点を見て、それが罪だって思うか? あたしには思えねぇ。普通に仲間と接してるだけで、堕落とか何もさせてねぇよ。頼られるなんてこともしてねぇ」
「……ごめんなさい、深雪。私にはまだ、そこがわからなくて」
「だよな、悪い。頭ン中弄られてるんだから、簡単には考え方変えられねぇよな」
雷の頭を抱き寄せ、その気持ちをより落ち着かせようとした。それでも難しいかもしれないが、やらないよりはマシだと。
雷も、黒深雪の発言が明確な裏切り行為であるのはわかっている。これまでとは手のひらを返す行為なので、本来ならば唾棄するべき存在になる。なのだが、黒深雪を相手にしているおかげで、そんな気持ちには辿り着かない。とはいえ、モヤモヤしているのは間違いない。
「……アンタ達も、保護されたのね」
そんな黒深雪と雷の前に立ったのは、この戦闘中に鹵獲、保護されたカテゴリーCの駆逐艦達。カテゴリーKの随伴艦として戦場に出され、そしてこっそりと手を抜くことでうみどりをサポートしつつ、その戦いから抜け出すことが出来た者達。
その中でも、少しキツめの物言いをする曙が、少し疲れた表情で黒深雪を見つめる。
「ああ……あたしは特異点にわからされてな」
「自分達がクソなことをやらされてたことを?」
「そういうこった。これまで……悪かったな」
無意識的に、高次ではない存在に対して見下すような思いを持っていた。今の黒深雪は、それを自覚していた。だから、謝罪の言葉が出た。
雷は黒深雪の謝罪の理由はわからなかった。しかし、曙は、ここにいるカテゴリーCの駆逐艦達は、黒深雪が真にカテゴリーKの呪縛から抜け出していることを理解した。
「素直な方が気持ち悪いわよ」
「そうだそうだ。いつもみたいに太々しい態度でいろよ。その方がお前らしいぜ」
曙に続き、嵐も同じように語る。それは、これまでの黒深雪を受け入れた上で、これからの黒深雪を見届けるという気持ちが込められた、軽くも重くもある言葉。
朧と萩風も頷いていた。別にそこまで変わらなくてもいい。これまでと同じように接してくれればそれでいいと。
「前までのアンタは、マジでクソだったわ。つい最近は特にね」
「……ああ、頭ン中弄られた後か」
「でも、こちとらあの提督の下で戦ってきてんのよ。アンタ達が利用されてることも全部知ってて、その上でその裏側の真のクソをぶっ飛ばすために。そんなことでへこたれるほど、柔な艦娘じゃないのよ。みんなね」
「俺達じゃあどうにもなんねぇから、後始末屋を頼ることにはなっちまったけどな。でもそのおかげで、最低限お前は今みたいになった。いいことだろうが」
いいこと、と言われると非常に心強い。自分の選択に間違いが無かったように思える。自分だけなら自信が持てないが、他の者、特に本来なら情をかけられることすらないような相手から言われたのならば、大きく前を向ける。
「……ありがとな。あたしは、これから前を向けそうだ」
「向いてなさい。やることはまだまだいっぱいあるんだから」
「少なくとも、この戦いを終わらせないとな。俺達にやれることなんてかなり限られてると思うけどさ」
黒深雪は完全に吹っ切れることが出来た。仲間と本当に仲間になれたことで、立ち上がる力も湧いてきた。