うみどりの艦娘達が続々と戻ってきて、消耗に応じた対応がなされていく。怪我のある者にはその重さによって処置を、怪我がなくても補給などは必須であるため、万全を期すための処置を続けていく。一旦全員艤装を下ろして、燃料弾薬の補給を進めていった。
艦娘自体も補給が必要であると、小休憩のための食事が提供される。久しぶりの工廠厨房の展開であり、うみどりで待つ者による特製の軽食。今回はおにぎりと摘める程度の玉子焼き。多すぎず、少なすぎず。
「ミンナ、コレクライデモオ腹ニ入レテイッテチョウダイ」
「助かるぜ。やっぱ動き回ると腹が減るもんな」
「なのです。いただきます」
提供するのは当然セレス。手伝いとしてムーサと副官ル級、そして高波が作業中。この3人はうみどり防衛班として戦場に立っていたが、今は一旦こちらに参加出来るとセレスに手を貸している。
おにぎり1つにしても、思いが詰まった最高の一品。まだ動けないほど疲れているわけではないが、消耗したところに塩分が少しだけ強めのおにぎりは効く。サイズもちょうど良く、今からまた戦いに向かう前に、程よく腹に溜まる量。
「貴女達モドウゾ。今ダカラコソ、食ベテ力ヲ付ケテオイタ方ガイイワ」
その提供はうみどりの面々だけでは留まらず、保護された襟帆鎮守府の艦娘達にも与えられる。
深海棲艦が給仕をしているというだけでも驚きだが、それが並のモノではないこともわかり、驚きを隠せない面々。黒深雪と雷は、島では提供を断っていたが、今回は断る理由もないため、素直に貰う。
「今回ハ食ベテクレルノネ」
「ああ……あっちの島の時は、悪いことをした」
「貴女ニモ立場トイウモノガアッタノデショウ。シガラミガ無クナッタノナラ、食ベテ元気ヲ出シテチョウダイネ」
「ありがとな……雷、お前も食べとけ」
「う、うん……」
黒深雪は、おにぎりに一口齧り付く。そして、その味に目を見開いた。ただの塩むすびなのに、何かが違う。これまでとは明らかに違う。
「美味い……な」
「ソレハ良カッタ。気ヲ張ッタ状態デ食ベルヨリ、美味シク食ベラレルト思ウワ」
「そう、かもしれないな……」
雷も目を丸くしていた。こちらはまだしがらみが無くなったというわけではないのだが、心を落ち着けて食べるご飯がこんなに美味しいモノだとは思っていなかった。
「オカワリハ今作ッテイルトコロダカラ、モウ少シ待ッテイテチョウダイネ。マタ動ケルヨウニ、腹拵エハ充分ニシテオイタ方ガイイワ」
「……はは、そんなに食わなくても大丈夫だ。あたし達より、あっちの疲れてる連中にモリモリ食わせてやってくれよな」
「勿論、ソチラニハ漬物モ食ベテモラッテルカラ。自家製ノ糠漬ケヨ。後カラ貴女達モ食ベテチョウダイネ」
テキパキと動き続けるセレスを見て、殊更にこれまでの自分達が大概であったことを理解する。艦娘として活動はしていたはずなのに、何処か図々しいところが多くあったのだろうと。ここでは深海棲艦ですら仲間を思って活動しているというのに、自分は鎮守府のために行動するなんてことをしていただろうかと。
「……本当に、美味いな……飯って、こんなに美味いんだな」
「深雪……?」
「雷、まだ警戒しちまってるか?」
雷は未だ処置がされていないため、反発する心が残ってしまっている。つい先程、襟帆鎮守府のカテゴリーC駆逐艦達と話している時も、言葉が出せなかった。最初から裏で動いていた、つまりは出洲を裏切っていたことがどうしても引っかかる。
今の自分にも罪悪感があった。それは、出洲の平和に辿り着くことが出来ないことに対しての罪悪感。これまでやってきたことに対してではない。
「……ねぇ、深雪。私に辛い思いをさせたくないって言ってたけれど……やっぱり私も深雪と同じ処置をしてほしい。このままだと、深雪のこともこれまでみたいに見ることが出来ないんだもの。私には、そっちの方が辛いわ」
黒深雪はほぼ自力で出洲の呪縛から抜け出した。気付けの煙幕がその最たるモノではあるのだが、そこから弄られた頭をどうにか元に戻している。
実際これは黒深雪の持つ黒の特異点の力も影響していたりする。利己的な願いを叶える黒い煙幕を、いい方向で使っていたのだ。気付けの煙幕と混じり合い、自分に対しての最善を掴み取っている。悪意無しで。
だが雷にそれをすることは難しいだろう。あくまでも特異点の補助装置。電と違い、強い覚醒をしているわけでもない。新たな特異点へと昇華したわけでもないのだから、匙加減はあくまでも外部。
「……頭の中がグチャグチャにされて、凄く気分が悪くなるぞ。嫌なことばかり思い出すし、自分が大嫌いになる。それでもいいのか……?」
「いいわ。深雪はそれを受け入れてるんでしょう。きっと、きっとどうにかしてみせるから。今の私、深雪との繋がりが薄くなっちゃってるように思えるの……それが本当に嫌で……」
「そうか……そうなんだな。あたしに雷が必要なように……雷にはあたしが必要なんだな」
特異点とその補助装置という関係以上に、この2人の仲は非常に深い。これまでは死因が同じであるという共通点などもあった。今でこそ、それすらも作られたモノであることは理解しているが、だとしても黒深雪からしたら雷はかけがえのない大切なヒトであり、雷も同じように思っている。
「……わかった。雷がそれを望むんだ。叶えないわけにゃいかねぇ。でも、多分あたしだけの力じゃ無理だ。あたしは雷の願いが叶えられない」
「そう、なの?」
「特異点の力はあるけど、あたしのはなんか黒ずんじまってるからな。雷をどうにかするには……やっぱ特異点の力を借りた方がいい。確実だし、変に苦しむこともないはずだ」
特異点の深雪に頼る。その事実が、雷の表情を曇らせる。黒深雪についてきたとはいえ、未だ頭の中を弄られたままの雷にとって、特異点は敵以外の何者でもない。黒深雪をこうしたのも特異点なのだから、頼りたいという気持ちは遠のく。
「雷、辛いことはわかるけどな、あたしと同じになるって、そういうことなんだ。あたしは戦闘中に成り行き上だったけど、今ではあいつに感謝してる。真実を知ることが出来たからな」
「真実……真実って、なんなのかしら……」
「向かっていた平和が平和じゃねぇってことだな。それに、あたし達は特にいいように利用されていたってことだ。そもそも人様を利用して作ろうっていう平和がおかしいんだよ。ついさっきまでそれにすら気付けなかった」
雷には理解が出来ない。でも、黒深雪は理解している。この差が、雷には苦しい。処置をして貰えば、雷もきっと同じモノを見ることが出来る。黒深雪と一緒でないと、落ち着けないし辛く苦しい。
「……いいわ。私は、深雪と同じ景色が見たいんだもの。どんなに苦しくったって、それで深雪の力になれるなら、私はそれでいい」
「雷……わかった。雷の気持ちはわかった。なら、特異点に頼もう。間違いに気付きたいってな」
「うん。やるわ、私」
雷の目にも力が戻ってきた。全ては黒深雪のため。洗脳を超えた愛が、その原動力となり、つっかかりを振り払うために動き出すための力となった。
「特異点……休憩中悪い」
おにぎりに舌鼓を打つ深雪達のところへ、黒深雪と雷がやってくる。黒深雪は清々しい表情をしているが、雷はまだどうしても反発の心が出ている。
「おう、どうしたよ。おにぎりは食ったか? 腹に少しでも入れとけよ」
「ああ……飯は貰った。こんなに美味いモンかと驚いちまった」
「はは、そりゃあ良かった」
ついさっきまで激戦を繰り広げ、命の奪い合いをしていた相手に笑顔を向けられることに、内心驚く。仲間だけでなく、元敵にすらこんな簡単に割り切れる。反省したなら、心から間違いを理解したのなら、すぐにでも手を取り合える。これもまた、
「頼みがある。雷にも……あたしにやったあの煙幕、気付けの煙幕をやってほしい」
「……いいのか?」
「雷が望んだ。あたしも本当にいいのかは聞いてる。それでも、やると望んだ。だから、頼む」
黒深雪の後ろ、一歩下がった位置に立つ雷は、どうしても簡単には割り切れない。むしろ、特異点の前に立ったことで、苛立ちなどの負の感情がどうしても湧いてくる。
それでも、黒深雪が頼ろうとしているのだから、ギリギリで我慢していた。あちらも雷のことを思って、本当にいいのかと尋ねているだけ。悪意なんて何処にもない。
「わかった。あたし達は雷の本心なんて見えねぇしわからねぇ。でも、一番よくわかってるお前がそう言うんだから大丈夫なんだろ。まぁ、あたしはやれるモンならやった方がいいとは思ってた。この中で嫌な思いしかしないだろうからな」
「悪いな……」
「構わねぇよ。むしろ、頼ってくれて結構嬉しいぜ」
ニカッと笑う深雪。そんな顔を見て黒深雪は、快く受け入れてくれたことに感謝しつつ、やはり特異点はいい奴すぎるのではと、言葉に出すことなく思った。
雷に施される気付けの煙幕。これにより、出洲の呪縛からは解放されるはずである。その先に何が待ち構えているのかは、今は知る由もない。