雷が真実を知ることを望んだため、深雪に本来の特異点の煙幕、気付けの煙幕を施してほしいと願う黒深雪。深雪はそれを快諾する。
「やるのはいいけど、まずその前にハルカちゃんに話をつけような。あたしだってそういうことを独断でやってるわけじゃあねぇんだわ。あたしがやるかどうかにはなるし、戦闘中は割と勝手にやっちまうけど、ここはうみどりだしな」
「えっ……あ、ああ、そうか……そういうモンだよな」
「お前らが鎮守府でどういう生活してたのかがわかるぜ。咎めてるわけじゃあねぇよ。そういう風に弄られてるんだから仕方ねぇよ」
黒深雪が鎮守府という在り方を飛ばして直接願ってきたのはわからなくはない。だが、提督という存在を少々軽視しているところはある。
カテゴリーKがなんだかんだ仲間内のみで事を済ませようとしている、カテゴリーCや人間に対して見下しているような視点を持っていることが、こういうところからも露呈する。
「……そういうところも、あたし達は艦娘として良くないことをしてたんだな」
「何とも言えねぇ。とはいえ、それが今理解出来るんなら、良いことじゃあねぇかな」
「なのです。こう言われてイラッとするなら、やっぱり洗脳されているのと同じだと思うのです」
電も深雪に同意。カテゴリーK達は、
自分は高次の存在であり、他とは違うという図々しい考え方が根幹にあるせいで、同類以外を頼ることもしなければ、むしろ信用すらしていない。自分のことは自分でやるというのならばいいのだが、嫌なことだけを押し付けて、いいとこ取りをしようとするところもある。
そして、それを指摘されたなら苛立ちやムカつきを感じるだろう。低次元のモノ達に言われる筋合いはないと。どうしても、自分達が正しいという考えから抜け出せない。
「だよねぇ、イカヅチ。今、ちょっとイラッとしたっしょ」
「なっ、そ、そんなこと、ないわよ」
グレカーレがニヤつきながら雷に話しかけ、それを慌てて否定する。だが、それは黒深雪がそこにいるから否定出来るのであって、もし単独で言われていたら、より苛立ちを強く見せたことだろう。
雷は愛故に平常心を持つことが出来ているが、気付きがないことで洗脳は続行中。他のカテゴリーKと同様な、傲慢な性質も併せ持っている。表に出さないだけで、未だ特異点たる深雪に対しては嫌悪感を持っている。黒深雪が仲良くしようと努めているから、自分の今の考え方が違っているのだろうかと疑問を持っているだけ。
「仕方ねぇよ、雷。あたしは克服出来てるけど、雷はまだなんだ。悪いな、特異点と話すのもキツいだろ。でも、真実に気付くためだ、少しだけ、少しだけ我慢してくれ」
「……深雪がそう言うんだもの、大丈夫よ、うん」
「てことなんだ、悪いんだが……あんまりおちょくるのは、な」
「はいはい、わかってるよ。ただ、今の雷にあたしの『羅針盤』は絶対ダメだってことがよくわかったよ」
グレカーレは雷にごめんねとウィンクをしたが、グレカーレの語りたい本質はそこ、『羅針盤』がどう作用するか。
精神攻撃の無効化を、深雪の力を使って付与したとしても、今自分が正しいと思っている道が正しくない場合は、間違った方へと真っ直ぐ進んでしまう。今の雷にそれを施したら、何をやっても曲がらずに出洲の言いなりになる敵の出来上がりとなる。グレカーレはそれがハッキリと理解出来た。
「ミユキ、全部終わったら『羅針盤』もあげよう。多分不安定っしょ」
「だな。別個体も、大丈夫だとは思うが一応その処置だけはしておこう」
「よくわからねぇけど、必要だってなら構わない」
本当に素直になったモノだと、内心感心していた。
入渠や応急処置などが一段落つき、出洲のいるであろう島への最後の進軍を考えている伊豆提督のところへとやってきた深雪達は、わかりやすく事情を説明する。黒深雪たっての願い、雷の洗脳解除にも繋がるということで、それを実行することを許可はした。
だが、伊豆提督は雷に対して心配がある。本当のことを知ることは、それ相応に苦しむことになるぞと。深雪達が危惧していたことを、改めて伝える。
「それでも、私は深雪と同じになりたいから」
雷はその一点張りだった。何よりも黒深雪を優先するからこそ、洗脳状態にあってもその意思を持つことが出来た。
「なら、やってみましょう。そちらの深雪ちゃんで効果は実証済み。施された者に大きな精神的なダメージを与えることもわかっているけど、それは雷ちゃんが理解して、なおヨシとしているんだもの。覚悟の上なら、アタシは否定をしないわ」
念には念を入れて、再三注意をして、それでもやると言うのだから、伊豆提督はもう否定はしない。
とはいえ、自分の目の前でやってほしいという条件だけはつけた。黒深雪に対しては、戦闘中ということもあって仕方ないことだったが、管理出来るなら管理しておきたい。何かあった時にフォローも出来る。
黒深雪も雷も、今は捕虜という扱いで艤装を下しているため、もし暴れるようなことがあっても、伊豆提督だけで止められるだろう。そういう点もそこまで大きな不安はない。
「ありがとな、ハルカちゃん。ひとまず、戦闘中に別個体にやったことを雷にやっていこうと思う」
「ええ、同じ条件でやってあげた方がいいわね」
「……あたしには煙幕捩じ込んできたよな。まさかそうしようってわけじゃあ」
「捻じ込みはしねぇよ。ただ触れて、そこから注ぐだけだ。今から戦うってなら話は変わるけど、受け入れてくれるなら優しくやってやるよ」
同じ条件と聞いて身構えたが、本当に最初から最後まで同じようにするだなんて考えちゃいない。やるのは、煙幕を注ぐということ。それが出来れば、前振りなんて一致する必要はない。
「よし、じゃあやるぞ。雷、気に入らねぇかもしれねぇけど、我慢してくれ」
「……大丈夫、大丈夫よ。でも、何かあったら嫌でしょ。電、羽交い締めにでもしてくれない?」
「そ、そこまではしないのです。でも、少し押さえさせてもらうのです」
電は、雷の後ろに回って肩を持つ。今更逃げるようなことがないように。魔妃の姿の電の膂力は普通ではなく、それだけで雷は身体がビクとも動かなくなった。もう逃げられない。特異点の煙幕の餌食になるのみ。そう考えると、いろいろと負の感情が芽生えてくる。だが、それは黒深雪の顔を見ることでどうにか中和した。
「それじゃあ、やるぞ。雷、お前の知った方がいい事実に、知りたい本質に、『気付け』」
手のひらに溜め込まれた煙幕を、雷の腹に押し付け、そして注ぎ込む。雷にも黒い煙幕は流れているが、それを呑み込むようなカタチでゆっくりと突き進み、そして深いところまで向かっていく。
最初は何事も無かった。むしろ、特異点にそんなことをされているということが気に入らないまであった。
だが、特異点の白の煙幕が
「えっ……」
そして、
「違う、違う、私、あんな死に方してない、なんで、なんで……」
目が泳ぐ。焦点が合わなくなる。動揺が激しくなり、息が荒くなる。
一度それを見ているため、深雪も電も冷静だ。伊豆提督も事前に聞いているため、慌てず騒がずその成り行きを見届ける。
「雷、大丈夫だ」
深雪の煙幕を邪魔しないように、黒深雪は雷の手を握った。この時には、『気付け』の煙幕は『落ち着け』の煙幕に切り替わっている。戦場で起きた時と同じように、動揺を見せたら『気付け』は止める。
既にその景色を知っている黒深雪の力もあり、雷は次第に落ち着きを取り戻す。これは黒深雪の時よりも早いかと思えるくらい。そこには、2人の絆の証である黒い煙幕も関係していた。黒深雪の落ち着いてほしい、立ち直ってほしいという優しい願いがキチンと反応して、雷に影響を与えたと考えられた。
「ああ、ああ……これが深雪の気付いたこと、なのね……私達は、頭を弄られてまで平和のために戦うように仕向けられてた……そういう、ことなのね……」
「そういうことだ……本来の自分が何かはわからねぇけど、少なくともいいように変えられてたってのは間違いねぇ」
「ええ、そうね……私も、自分が何者か、わからなくなっちゃった……深雪と同じ、ね」
「……ああ」
雷の目から涙が溢れ出た。これまでの自分の行いを後悔して、平和だと思っていたやり方の間違いに気付けたことに感謝して。
雷もこれで呪縛から解き放たれる。これ以降戦えるかは、雷次第だ。