深雪による処置を受けたことで、雷も偽りの記憶が植え付けられていたことに気付くことが出来た。しかし、黒深雪と同様に自分が何者であるかを見失うこととなり、また、これまでやってきたことが平和のためとはとてもではないが言えなくなったことで、完全に戦意は喪失。後悔のみを持つこととなった。
「……私達はこれから、どうしていけばいいのかしら……」
「今すぐに考えるのは難しいな……それに、戦いはまだ終わっちゃいねぇ」
何もない、空っぽになったと言ってもいい雷の問いに、黒深雪は答える。戦いはまだ終わってはいない。出洲がいる限り、自分達の命も危ういのだ。
元は命を捨ててでも特異点を討ち倒すという気持ちで戦っており、特異点を始末出来たのならば自分ももう不要になるのだから命を絶とうとしていた黒深雪だが、今はもうそんな気持ちは何処にもない。死にたいだなんてカケラも思っておらず、むしろこんな記憶を植え付けた出洲達には深い憎しみを持つに至っている。
雷はそこまでは行けていない。自分がわからなくなったことで、まだハッキリと自分の向かう道が見えていない。恨みや憎しみにも発展していない、空虚な感情に支配されている。
黒深雪も気付いていない、気付くのをやめている、本来の死因、自分が何者であるかに気付くことが出来たら話が変わるのかもしれないが、それはコレまで以上に知らなくてもいいことだと判断している。気付いたら、今よりも戦えなくなるかもしれない。
もしかしたらその感情自体が戦うための燃料になるかもしれないが、あまりにも危ない橋すぎた。雷も、気付きたいとは言ったが、深いところまで行くのは控えている。
「特異点……あと、伊豆司令官」
「ハルカちゃんでいいわよ?」
「……勘弁してくれ……あたし達が話せることは、全部話す。ここでの戦いに使えそうなら使ってくれ……」
「私も話すわ。これから行くところのこととか、ね」
黒深雪は非常に協力的に。雷もそれに倣うカタチでうみどりに協力してくれる。出洲に敵対心を持っているというよりは、うみどりに感謝しているという心境。
出洲がそもそも恩人であるかもわからなくなった今、素直に従う謂れは無くなった。むしろ、不快な記憶を植え付けてまで、自分の求める平和を作ろうとしているそのやり方が気に入らない。
故に、恩があろうが無かろうが、そのやり方に異を唱える。面と向かって言える時があるならば、どうしてこんなことをしたんだと問い詰めるくらいもするだろう。
「ありがとう、でもすぐじゃなくていいわ。もう少しだけ休んでから向かうから、心を落ち着けてちょうだい。神威ちゃんの『排煙』で癒されて、まだ食べられそうならセレスちゃんからご飯を貰って、ね」
どんな状態でも艦娘のことを第一に考える伊豆提督に、黒深雪と雷はひたすら感謝した。やりたくなくてもやれと言ってくることは無かった。
襟帆提督もそうだったなと、ふと思う。提督という存在は、そうやって艦娘のことを考えてくれている。
そう思うと、艦娘のことを何も思っておらず、自分の求めるモノのために、ただ使うだけの出洲は、提督という存在にはなれていないのだとわかる。元が研究職であるのだから、そもそも艦娘を束ねる存在ではないのだが。
「おう、もう少し休んどけ休んどけ。特に雷は、まだやったばっかだ。頭ン中がグチャグチャだろ。今だからこそ、ちゃんと心も身体も休ませとけよな」
「なのです。焦ったらその分、悪い方向に行きかねないのです。休める時には休むべきなのですよ」
深雪と電からも、焦るなと念を押された。時間は限られているはずなのに、十全の戦いをするためには何もしない時間を作る。
前までの思考なら、なめてるのかと憤慨していたかもしれないし、余裕あるのかよと焦燥感を溢れさせていたかもしれないが、これがうみどりのやり方なのだろうと少しでも理解した今、それを素直に受け入れた。
「……わかった。必要になったら言ってくれ。話すから」
「それまでに……私も今の自分に整理をつけるわ。焦らず騒がずに、ね」
黒深雪はいつも通りだが、雷は少しだけ笑みを取り戻していた。今も工廠内に漂う癒しの『排煙』の効果か、少しでも心が落ち着くように進んでいた。
戦場は今は非常に静かとなった。襟帆鎮守府の制圧によって、基地航空隊による攻撃なども無くなり、敵も全て撤退している。あの場での最大戦力である小柄と中柄がやられたことで、あちらも仕切り直しになっている。
その時間を有意義に使うため、工廠はフル回転。怪我人は次々と応急処置され、艤装は出来る限りメンテナンスを受ける。少しだけでも休める時間があるなら、眠る者も少なくない。ベッドに向かうことは出来ないため、工廠の隅などでゆっくりと。
「見方によっちゃ、死屍累々って感じではあるけどな。でも、全員ちゃんと戻ってこれてよかった。これで次も行けるんだもんな」
「なのです。電達も少し休みましょう。元の姿に戻るのはやめた方が良さそうなのです?」
「だな。あっちとこっちを行ったり来たりするのが消耗に繋がる。あたしがそれは実際にやってるからな」
深雪と電は、今日は戦いが終わるまでは深海棲艦の姿のままで過ごすつもりである。姿を変えることが一番の消耗。今の状態で安定しているなら、無理して戻る必要はない。
「お風呂くらいは入りたいけどねー」
「グレ様、それでは疲れがどっと出てしまいます」
「なんだよねー。身体をしっかり拭くくらいはしておこうかな」
壁際で一休みしている深雪と電の側には、グレカーレと白雲の姿も。出洲の島での最終決戦には、当然この2人も参加する。
襟帆鎮守府近海での決戦は、主戦場が海中となっていたため、その戦力を活かすことは出来なかった。だが、次は陸である。艦娘としてはどうなんだという話になるのだが、それでも手が届く場所での戦いならば、力になることは出来る。
「ほらほら、ミユキもイナヅマも、身体を拭き拭きしましょーねぇ」
「自分でやれるから大丈夫だっつーの。お前、ただ触りたいだけだろうが」
「当たり前でしょうが! そんな身体見せつけられて、触らないグレちゃんがいるかって話でしょ!」
「自信満々に言ってんじゃねぇよ!」
今はまだ戦闘中と言ってもいい、中休みなだけだというのに、緊張感のないやり取りをしている。電も白雲も、穏やかに笑い、この時間を楽しんでいる。こうやって心を癒しているのだろうとわかるやり取り。
先程に引き続き、特異点を知るということを続けている黒深雪と雷は、そんな光景をただじっと見ていた。そして、その和やかさに、本当に小さく笑みを浮かべた。
「戦闘中だってのに、呑気な奴らだよ……」
「だから余計な力が抜けてるのかしら」
「かもしれねぇな……あたし達は、無駄な力が入ってたのかもしれねぇ」
「そういうところでも……私達は勝てなかったのかもしれないのね。自分では無茶してるつもりはなかったんだけど」
「力の差は、心の差だったのかもだ」
真実に気付いてズタボロにされた心が癒され、今まで見ることが出来ていなかったモノが、今ようやく見えてきていた。黒深雪も雷も、これまで焦っていたわけではない。しかし、ゆとりが無かったような、そんな気はしていた。
そういうのも解消するために、襟帆提督は軍港都市への休暇を与えたのだろうが、結局そこはほとんど改善されていない。しかし、今ならばまた違った体験が出来るかもしれない。
「……なぁ、雷。この戦いが終わったら……また軍港に遊びに行きたいな」
「そうね……あの時はなんだかんだ気を張ってた気がするし、今なら純粋に楽しめるかもしれないわね」
「だよな……で、また道に迷って、そこら宙をフラフラする羽目になったりして、な」
「ふふ、かもしれない。2人揃って迷子になって、だんだん焦ってきてね。雨なんて降られたら、あの時の二の舞よ」
「でも、今ならそれすら楽しめる気がするんだ。まぁ……この先あたし達がそういうことをさせてもらえるかはわからねぇけどさ」
これまでやってきたことの償いは必要になるだろう。やらされてきたことであっても、今まで所属していた組織は、襟帆鎮守府であってもテロ組織の末端くらいの扱いになる。出洲直属くらいとなるカテゴリーKは、さらに深いところになるだろう。
この戦いが終わった後、無罪放免とはいかない。少なからず贖罪の時間を作ることになる。そうなったら、遊ぶも何もない。
2人はそれでもいいと思っている。それくらいしなければいけないくらいのことをしでかしている。直接的な害を与えていないかもしれないが、後始末屋の邪魔をし、世界に混乱を引き起こす原因の1つに与していたのだから。
「私は、深雪と一緒なら何も苦しくないわ。今の虚ろな自分であっても、やっぱり深雪は必要だもの」
「あたしもだ……なんだかんだ、繋がりは残してもらえてるみたいだしな」
黒い煙幕の繋がり。それは、黒深雪と雷を繋ぐ確かな絆。煙幕にやって気付き、落ち着くことになっても、深雪はそれを封じることは無かった。
故に、これまでと同じくらい、いや、それ以上に、2人は強い絆で結ばれている。
「出来る限り、これからも一緒にいような、雷」
「ええ、勿論よ、深雪」
互いの手を握り、より心を落ち着かせる。この戦いが終わることを願い、そしてその後も、共に罪を償っていこうと誓った。
「あっちはあっちでイチャイチャしてるねぇ」
「戦闘中にもしやがるからな。今はいいけど、あの時は割とマジでイラついた」
「でも、今なら大丈夫なのです。ああやって落ち着けるのなら万々歳なのです」
「然り。我々もお姉様としっかり繋がっておきましょう。お姉様、お手を」
「電も手を握るのです」
「あ、両手塞がってんじゃーん。それならあたしは、正面から抱きついちゃおーっと」
「お前らなぁ……でもまぁ、今だけだ。さっさと戦い終わらせるぞ」