足柄に続き、伊36もブロックワードを使われることで、暴走してしまった。どちらも艤装を取り払われているおかげで、最悪な暴走にはならないが、それでもリミッターが外れており、普通では出さないような力を振り回しているだけ、艤装を装備している鳥海ならまだしも、男とはいえ生身の人間である昼目提督には厄介極まりない状況である。
何より、殺さずに制圧することを主としているため、強引に命を奪うという止め方は出来ない。なるべくなら、首を絞めるなり急所を殴るなりで気絶させることを狙いたいところ。
「クソ、時間かけると、こいつら
「時間の問題です! 時折、嫌な音が聞こえます!」
鳥海の聴覚に入った嫌な音。それは、足柄が全力で殴りつけた際、筋肉が悲鳴を上げている音である。ギリギリと、そして、ブチンと切れてしまいそうなくらいに張り詰めた。
本来の抑制が失われ、艤装もないのに艦娘や深海棲艦の力を発揮しようとしているため、身体がそれに追いついてこない。艤装があればそんなことはないのだろうが、生身であることがそれを引き起こしていた。
まずやらねばならないことは拘束。動かないようにしてやらなければ、動き回って悪い方向にしか向かわない。だが、今ここですぐに動きを止めることは難しい。縄でも鎖でも、身体の限界を超えた力を抑え込めるモノさえあればいい。その時間を稼ぎたいのだが、足柄と伊36の猛攻が止められず、苦戦させられている。
「命を奪ってしまうなら、簡単なのでしょう。でも、それではダメですよね」
「当然だ! コイツらから聞ける話もあるだろうからな!」
暴れる2人を取り押さえようと、振るわれる拳を掴もうとするが、限界を超えた力を振るわれることで、艤装のパワーアシストを以てしても簡単には出来ない。手も出れば足も出る。
特に足柄は、その死因からして、捕まることにもトラウマがあるだろう。そのせいか、暴れ方が尋常ではない。身体中がミシミシと音を立てながら、普通では出せない力を出している。
おそらくそれを止めさえすれば、壊れた身体も入渠でどうとでもなるのだろうが、だとしても死んでしまっては意味がない。
昼目提督も鳥海も、この暴走を止め、キチンと話を聞く。調査隊として、情報を正しく収集するために生かす。情が無いとは言わないが、今後の戦いをより良い方向に持っていくためには、この2人も生きていなければいけないのだ。
「クソっ、時間が稼げればどうにか出来るかもだが……っ。妖精さん! 縛るモノ持ってきてくれ!」
今は工廠。このおおわしでも働いている妖精さんは複数人存在している。それらに指示を出し、2人をより強固に拘束するためのアイテムを持ってきてもらうように頼んだ。
それでもそれなりに時間は必要だろう。生半可なモノでは、その無理な膂力で破壊され、本人も壊れてしまう。艤装を引っ張り上げる鎖くらいでなければ、どうにもならない。
「それまではどうにか耐えますが、私達よりも先にあちらが……!」
「わかってらぁ! どうにか羽交い締めに出来ればいいんだがよぉ!」
「はーい、マークの兄貴ぃ、鳥海の姉御ぉ、よーつ達に、お任せでっすー」
この危険な状況、工廠に響いたのは、幼い子供の声であった。
憎たらしい速吸を取り囲んだ丁型海防艦達は、子供とは思えない真顔で近付いた。速吸は今何も出来ない状態。口だけ達者なただの捕虜。何を言ったところで立場は変わらず、むしろ悪化する一方。
「よーつが足を持ちまっす。ふーふとみとは、腕を持ってねー」
「はーい」
「はいっ」
速吸が何を言おうと関係ない。3人の子供は、速吸の妄言を完全に無視して、まずは押し倒し、3人がかりで持ち上げる。
「な、何をするんです。捕虜虐待ですか? 所詮は平和が何たるかを知らない組織の」
「あ、そういうのいいんでー」
速吸が何を言ったとしても、丁型海防艦達は聞く耳を持たない。速吸がやったことをそのまま返してるだけである。文句を言われる謂れはない。
「みとから聞きました。はやすいは、人のことを聞かないのに自分のことを押し付けてくる悪い大人だって。人のことサンドバッグにしてもいいのに、自分がやられるのは嫌だって人なんだって」
第四号海防艦が淡々と話す。速吸はそんなことを言われても聞く耳を持たないが、ちゃんと今からやることの理由を説明する。
自分のやってることだけが正義だと思っている者に、その行動の
第四号海防艦は、丁型海防艦の中では姉という位置付けだ。だが、中身は最も幼いと言える。親というモノを知らない孤児であり、それを知ったのは昼目提督に拾われてから。それまでに、未熟なままで生きていくしかなかったため、成長の仕方が偏ってしまっていた。
その間に、悪い大人を何人も何人も見てきた。それこそ、第三十号海防艦の両親も目にしている。自分勝手な大人というものに、激しい嫌悪感を持っている。妹扱いの第三十号海防艦の境遇も知り、最も良い大人として昼目提督を見てきたこともあり、その気持ちはより苛烈なモノになっている。いい大人と悪い大人の分別は、並以上につけられる。
その第四号海防艦が、速吸は悪い大人認定をした。そのため、一切の容赦なくその手段に出た。
「なので、自分でやったことは、自分でどうにかしてくださーい。みんなー、コレ、あっちに投げまっすー。いちにのさんだよー」
「は、投げる? 私を?」
「オッケー!」
「了解です。真ん中くらいでいいですよね」
「そうでっすー。出来れば、2人の目が向くようにでっすー」
自分を投げる。速吸がそれを言われた時、これからのオチがなんとなくわかった。
「ちょ、ちょっと待ってください。あの2人は今我を失って」
「誰がそれをやったんですかねー。はやすいがやらなかったら、こんなことにならなかったんですよねー」
「自業自得だよねー。ちゃんとした大人なら、こんなことやらないよねー」
「ちゃんとしてない大人ですから、ここで理解してもらいましょう」
真顔の丁型海防艦達の、無邪気ではない明確な意思に、速吸は戦慄した。この子供達は、本当にやる。
「マークの兄貴ぃ、鳥海の姉御ぉ、その人達が、おんなじところ見るように動いてくださーい」
「視線が重なるように、だよっ!」
「そこに
つまり、足柄と伊36の暴走の対象を、速吸に押し付ける。ただそれだけ。その間に拘束の準備をしようというだけである。
足柄と伊36の外れたリミッターを抑え込むのは無理だが、少なくとも昼目提督と鳥海に余裕が生まれる。背後を取ることも可能になるし、その間に拘束する道具も用意出来るだろう。
別に速吸がどうなっても構わない。
「おう、都合のいい奴いたな! 鳥海、合わせるぞ!」
「了解。よつさん達、行けますね!」
「はーい、それじゃあ、いーち、にーの」
3人がかりで速吸をスイング。これから先に起きることが見えてきて、速吸はここでようやく焦り出す。自分がやったことの結果が自分に返ってくるなんて、本気で夢にも思っていなかった愚か者。
「待って、待って待って、今の私は」
「さーん!」
誰も速吸の言葉は聞いていない。人の話を聞かない者の言葉を聞く理由がない。
そして、丁型海防艦達の手により、速吸は戦場に放り込まれる。同時に、昼目提督と鳥海がその場所に目が向くように移動して、速吸が地面に叩きつけられると同時に素早くその場から離れた。
「ああああっ! 私がっ、私がなんでこんな目に遭わないといけないのよ! 街のためにっ、みんなのために、頑張ってたのにぃ!」
「なんでみぃむが虐められないといけないの!? なんで、あんな奴らの娯楽のために痛い目を見なくちゃいけないの!?」
何も見えていない足柄と伊36は、その視線の中に放り込まれたモノが何かなんて判断が出来ない。そのように暴走しているのだから当然である。
これまでの昼目提督と鳥海でなくなっていることも理解出来ない。とにかく、目の前にあるモノを壊す。ただそれだけ。
「やめ……」
速吸の顔面に、足柄の拳が叩き込まれる。速吸の腹に、伊36の蹴りが捩じ込まれる。メキメキと、嫌な音が聞こえた。
今の速吸は、叢雲の『標準型』によって普通になっている。そう、普通にだ。これまであった異常な耐久力も、カテゴリーK特有の自己修復も、何もかもない、ただの艤装を持たない艦娘、つまりはほぼ人間と同等である。
「いぎっ!? や、いやっ、痛い、痛いいいっ!?」
「なんで、なんでよぉ! なんで助けを求めたのにみんな無視するのよぉ!」
「虐めた奴らっ、絶対に許さない、許せないんだからぁ!」
速吸が叫ぼうと関係ない。暴走によって違う世界が見えている足柄と伊36には、速吸が速吸に見えていないのだから。
「よし、拘束の準備するぞ。アイツが囮になってくれているうちにな」
「了解。鎖を用意しましょう。鎮静剤とかあればいいんですが」
速吸の悲鳴は、誰も聞いてはいなかった。あれは結局仲間割れ。テロ組織が内部分裂しているだけなのだ。