襟帆鎮守府で出洲の島に向かう手段を求めたところ、物資輸送用の潜水艇があることが判明。それならば、小型の艦娘、駆逐艦ならば6人までなら運べるという。
ここからはまた攻め入る部隊の選定が必要となった。限られた人員、戦力で、追い詰めた出洲陣営をさらに叩かなくてはいけない。最高の戦力、最大の戦果を目指して、確実に決めなくてはならなかった。
また、もう一つ考えなければならないことがある。特異点は潜水艇を使うことなく、海中での行動が可能であるため、潜水艇の人員には含まれない。なるべく海中を行き来出来る戦力は増やしたいところなのだが、改心して仲間へと加わった黒の特異点、黒深雪と雷を戦力として扱うかどうか。
カテゴリーKというだけでも、出洲に改造された身体であるため、もしかしたら現場で何かされる可能性はある。遠隔で再洗脳されたり、ブロックワードのような禁句による暴走があったり。それ以外にも、あちら側の安全装置のようなモノが設定されていてもおかしくはない。
そこで深雪が、かつて行なった『挟んでひっくり返す』という手段を提示した。だが、出すだけ出して、本人は乗り気ではない。こういう手段もあると伝えただけである。何故なら、ひっくり返した場合、施術された者が本当にどうなるかわからないからだ。
忌雷に寄生された擬似カテゴリーKのように、カテゴリーWへとひっくり返り、その後忌雷を抜き取ることで元に戻るということになればいいのだが、フレッチャーのようにカテゴリーYがBへと変わったことで、本来の人間の魂を資材のようにして純粋な艦娘が生まれてしまった場合、それはもう記憶を持つだけの別人である。
そうはなってほしくない。黒深雪も雷も、そのままで白くなってもらいたい。せっかく今の世界が正しく見えるようになったのだから、記憶を持つ別人ではなく、本人がこの世界で自由に動けるようになってほしい。
「……少しでも危ないなら、あたしはやめた方がいいとは思うんだ」
「電も、なのです。上手く行く保証は何処にも無いのです」
施術をする2人が、絶対上手く行くと言うことが出来ないのだから、それは誰もやろうとは言えない。伊豆提督も、こればかりはやれとは言えなかった。やらせて失敗した時、責任は提督である自分がと言葉には出来るが、実際やるのは特異点の2人。その感覚は全て2人のモノ。軽々しい指示は出せない。
「そうか……そりゃあそうだよな。あたし達も、自分の身体がどんなもんなのか、完全にわかってるわけじゃねぇ。一番詳しいのはあの人だ」
「それも、全部教えてくれてるわけじゃないものね。言われたところでわからないっていうのはあるけど」
「まぁ、いいさ。やってくれるならありがたい。やらないならそれでもいい。そちらの判断に、あたし達は委ねる」
物分かりの良くなった黒深雪と雷は、深雪達の思いを尊重し、強要することも否定することもしない。流れに身を任せて、自分達がここからやれることをやる。ただそれだけ。
襟帆提督との話も済んだところで、伊豆提督達は一旦うみどりに戻る。潜水艇の準備は襟帆提督に任せるつもりだ。工廠は爆破されてしまったが、潜水艇はそのさらに奥、隠し通路まで使って隠匿されている場所に置かれているため、それは無傷で残っているだろうと想像出来る。
そのため、伊豆提督達が決戦部隊を考えている間に、ちゃんと使えるかどうかを確認し、確実な襲撃が可能であるかを確定させる。
工廠に戻ると、元々襟帆鎮守府の所属であるカテゴリーC達が帰りを待っていた。
「伊豆提督、今回はありがとうございました」
代表として、伊勢が前に出て頭を下げる。
「ううん、礼には及ばないわ。それに、まだ終わっていないんだもの。ここからがむしろ本番。これまでがまさか前哨戦にされるとは思っていなかったけれどね」
「でも、私達の鎮守府は、ああいうカタチでも救われました。ここで出洲をどうにか出来なかった場合は……いや、それでも徹底的に抗戦しますよ。私達は、それが出来ます。もう燻ってなんていませんからね」
捕虜扱いでうみどりに来ている6人の艦娘達は、皆やる気充分といった面持ち。
「ですが、私達が共に向かうことは、かえって足手纏いになるでしょう。なので、私達はまず、自分達の鎮守府に戻りたいと思います。よかったですか?」
「ええ、それは大丈夫よ。工廠が酷いことになっていたもの、後片付けしたいわよね」
「はい、それに襟帆提督にはこれまでずっと頑張ってもらいましたから、せめて艦娘達で休ませてあげたい、労ってあげたいなと」
これまで長い間頑張り続けていた襟帆提督を、せっかくなのだからしっかり休ませてあげたい。一度気が緩んだが、まだ戦いが続いていることで気を引き締め直したこともあり、消耗は激しいことだろう。
やれることは艦娘がやって、提督にはまず思い切り身体を休めてもらいたい。艦娘達はそう願った。
「私達の思いは、皆さんに、そして……
それを聞いて、目を見開いた黒深雪と雷。先程話してわだかまりは大分失われたものの、それでもまだ引け目というのはあった。それでも、託すとまで言われてしまったら、立ち上がるしかない。
プレッシャーにはなるものの、今の2人にはこれ以上ない後押しでもあった。最後に決めるのは伊豆提督とはいえ、どうあっても戦えるだろう。
「これは、私達の願い。特異点は願いを叶えると聞きました。だから、ここにいる襟帆鎮守府所属の艦娘は、2人の前進を願います」
それは、間違いなく優しい願い。それに反応して、深雪と電は何処か温かい力を感じていた。その願いは、叶えるに値するモノ。特異点として、優しい願いを叶える者として、その力が湧き上がってくるかのような感覚。ジワリと、煙幕が手から溢れてくる。
「……特異点、電、さっき言ってたこと……やっぱり、やってくれ」
「挟んで、ひっくり返す。それをしたら、私達は迷惑をかけずに向かえるのよね?」
「だったら、あたし達はそれをしてほしい。大丈夫だ、あたし達も結果的には特異点になっちまった。あたし達が死んで別人に変わるなんてことは、絶対にない。あたし達も……願ってるからな」
艦娘達の、そして黒の特異点からの優しい願い。この戦いを終わらせるため、皆で笑って未来に向かうため、今の呪縛から解き放たれる。その願いを、強く、強く感じ取れた。
「ハルカちゃん、やってみても……いいかな」
「この願いは、とても強いのです。悪いようにならないだろうって、電達も思えるのです」
「あたし達だって、こいつらにはもう嫌な思いをしてもらいたくない。今こうして黒いままでいることが辛くて苦しいなら、それから解放してやりたいんだ」
それは自分の力を過信しているわけでもない。優しい願いをいくつも受けたことで、その力は良い方向に向かうという絶対的な自信。特異点にしか感じ取れない、希望ある未来への願いの力。
「……わかったわ。アナタ達の気持ちがそれだけ強いから、許可します。でも、これだけは言っておくわね。もし、万が一、失敗したとしても……気負わないこと。それに……アタシもちゃんと信じるわ。アナタ達なら必ず成功するって」
屈み、深雪の手を取った伊豆提督。きっと、いや、絶対に出来ると思いを託す。すると、溢れていた煙幕がより強く溢れ出た。皆の思いに強く反応して、こうあってほしいという願いが、どんどん溢れてくる。
自分の願いを叶えるよりも強い力。特異点の力はやはり、他者の願いを叶えるのが本業だ。そう望まれるのだから、そのように叶える。利己的な願いではないのなら、必ず。
「よし、そうと決まれば……やるか、別個体」
「ああ……頼む。雷と一緒に、あたし達を、白くしてくれ」
緊張しないといえば嘘になる。これは人の命を手のひらに乗せる行為。だが、自信もある。周りからの願いが、深雪と電の背中を押し続けているのだから。
「電、2人同時って、出来ると思うか?」
「出来ると思うのです。電達だけじゃない、違う深雪ちゃんと雷ちゃんの願いが、2人の中で特異点の力に反応しているのです」
「だよな。黒いかもしれねぇけど、根っこの部分はあたしの力だ。それに、今もまだあたしの打ち込んだ煙幕が入ってる。それもあって、2人同時にやることも出来るだろ」
この『挟んでひっくり返す』ことは、オセロと同じである。特異点と特異点で挟むことで、間の色を反転させる。オセロと同じであるならば、
今は深雪も電も深海棲艦化している。特異点の力は、以前とは比べ物にならないくらい強く使える。2人だろうが3人だろうが、おそらく行ける。
「別個体、雷、手を繋いでくれ。好きなように」
「ああ、わかった。これでいいか」
「……いいけど、ちょっと予想していなかったな」
黒深雪と雷は、両手を握り合い、向かい合わせに立つ。深雪と電には、背中を見せるカタチで。お互い、顔を見合いながら変わりたい。そんな気持ちが見え隠れしていた。
深雪は黒深雪の、電は雷の背中を手のひらで触れる。これで、挟んだことになる。
「よし、じゃあやるぞ。耐えろよ」
「ひっくり返るのは、そんな簡単なことじゃないのです」
「マジか……いや、いい、やってくれ」
消耗は覚悟の上。だから、やろうと意気込んだ。
「挟んで、ひっくり返す」
「なのです」
そして、白の煙幕が一気に溢れ出した。