黒深雪と雷の彩の反転、『挟んでひっくり返す』ことが決まる。襟帆鎮守府の艦娘達から思いを託され、沢山の優しい願いを受けることとなったことで、成功する可能性が大きく高まったからだ。
深雪と電も、改心した黒深雪と雷にはまともな存在になってもらいたいし、共に戦うというのならば心強い。故に、特異点自身の優しい願いもこめて、その処置を施されることとなった。
黒深雪と雷は、両手を握り合い、向かい合わせに立つ。深雪と電には、背中を見せるカタチで。お互い、顔を見合いながら変わりたい。そんな気持ちが見え隠れしていた。
深雪は黒深雪の、電は雷の背中を手のひらで触れる。これで、挟んだことになる。
「挟んで、ひっくり返す」
「なのです」
そして、白の煙幕が一気に溢れ出した。
特異点の煙幕は、黒深雪と雷の中に入り込む。戦闘中に打ち込まれたそれとはまるで違う、異質の煙幕。本質をひっくり返す、根底を覆す、強力無比な力の波。
触れた背中からじんわりと、しかし確実に身体中を駆け巡るその力は、繋いだ手で交差するように繋がり、そして深雪と電の間を繋いだ。
ここからがひっくり返しの真骨頂。身体を構築するその一片までに染み渡り、その彩を反転させる。
ある者は本来のカタチへと姿を戻した。またある者は身体が完全に書き換わった。
ならば、この2人はどうなるか。
「っく……なんか、漏れ出てねぇか……?」
「で、出てるわね、黒いモヤ、煙幕かしら……」
見た目は変わってはいない。しかし、見てわかる変化。それが、身体から湧き上がってくる黒い煙幕だった。
それは、2人の黒い特異点の内側から追い出されるような、白に染めるために黒を失わせているような、そんな見た目である。
この、黒い煙幕こそが、今の2人に不必要なモノ。それがあるからこそ特異点としての力を得られているようなモノなのだが、その代わりに白い煙幕を得られているのだから、身体から失われても特異点であることは変わらない。
黒深雪は深雪の左腕を、雷はさらにその一部を有しているのだから、白い煙幕を取り込んで、それが本質と成り代わっても、何も問題はない。
「ひっくり返すために、あったら邪魔なモンってことだ。だったら、お前らの中の黒いモン、全部出しちまえ」
「そうすれば、黒から白に、変わるのです」
黒があるからこそ、どれだけ白を注いだとしても、白にはなれない。薄くても、それは灰である。それでは反転したことにはならない。光を照らしても残り続ける黒い煙があるのならば、まずはそれを全て取り除く。
それはどんどん進み、黒深雪と雷から黒い煙がもくもくと出ては、虚空に消えていく。黒の特異点から、黒の要素が消えていく。擬似カテゴリーKをひっくり返す時には無かった煙幕という要素が、ここで確実に消えていく。
「こいつは時間がかかりそうだな。我慢してくれよ」
「何てこと無ぇよ、これくらい」
「ええ、もっと激しくてもいいくらいよ」
「これでも結構強めの出力なのです。やっぱり、雷ちゃん達はこれまでと違うのです」
電が言う通り、これまでの相手とはワケが違う。特異点をひっくり返すようなモノなので、煙幕の通りも良くない。それがあって、まずは体内の黒い煙幕が取り除かれているのであろうと考えられた。
優しい願いによる施術に、間違ったことは起きない。そう信じられているため、黒深雪も雷もこの状況を簡単に受け入れられた。
しかし、ある段階からそれが見えてくる。
「……なぁ、お前ら、本当に何も無いよな?」
「ああ、まだ大丈夫だが」
「いや、
そう、明確に外見に影響が出始めていたのだ。黒深雪も雷も、毛先が少しずつ白くなってきている。いくら彩を黒から白に変えていると言っても、ここまで明確に変化するのは初めてだ。それこそ、米駆逐棲姫がフレッチャーに変わった時に近い変化。
ただ、それまではひっくり返る時に光に包まれて変貌していたので、変化を直に見ることになっている今は、かなり奇妙な光景である。
「相手が相手なので、これまでとは全く違うのです……でも」
「ああ、不安以上に、自信もある。こういうカタチに変わるってなら、それでいい。見た目が変わっても、コイツらはコイツらだ。中身は変わらねぇ」
「なのです。電達も、見た目が変わっているので、何も問題無いのです」
深海棲艦の姿になっている深雪と電からの説得力は相当なモノ。姿が変わろうが関係ない。中身が大切。
黒深雪も雷も、互いに見合って、髪が変色していることに気付く。だが、だからと言って互いを思い合う気持ちは何も変わらない。むしろ、これまでの自分達から脱却出来ていると思えば、この変化も大きく受け入れられるというモノ。
「大丈夫だ……中身には何も影響は無ぇよ」
「私もよ。何かが抜けて、入れ替わってるような感覚はあるけど」
「そうだな、黒いのが抜けて白いのが入ってきてるような感覚はずっとある」
まだ激しい衝撃には至っていない。不要なモノを取り除き、それに対して身体が影響を受け始めていても、まだ2人はカテゴリーK。
この処置を少し遠めに見ているイリスの目にも、2人の彩は黒として見えている。とはいえ、どちらかといえば最初より薄い。白が混じってきているのではなく、純粋に黒が薄れている。そんなイメージ。
「ん? 少し変わったぞ、まだ入るな」
「なのです。ここからが本番なのかもしれないのです。お二人共、少し強くなるのです」
「おう、かかってこい」
「大丈夫よ、深雪と一緒だもの」
髪が白くなりつつあるところで、ひっくり返すために注ぐ煙幕の入り方に変化が生じた。2人の中に巣食う黒の煙幕が、おおよそ取り除かれたのだろう。それによって、白の煙幕を阻害するモノが失われた。まるで詰まっていた排水溝の汚れが洗い流されたかのような感覚。
それにより、ひっくり返す煙幕が一気に2人の中に注がれる。これまでとは違う衝撃に、黒深雪と雷は身体を震えさせた。
「っあ、な、なるほどな、そういうことかよ」
「私達の身体を、書き換えようとしてるのね……っ」
「違うけど特異点だからこそ、あたし達にもその感覚はなんとなく、わかるぜ」
黒深雪も雷も、歯を食いしばった。気を緩めたら、その場に崩れ落ちかねない程の強い衝撃。だが、お互いに手を握り合っている、支え合っているおかげで、倒れるようなことはない。
これに耐え、新たな自分達を手に入れる。これまでに間違った道を歩かされていた分を変える。そして、仲間達の思いに応える。その気持ちが、優しい願いが、植え付けられた特異点の力、深雪の左腕の力を強く呼び起こす。
「左腕が……」
じんわりと、黒深雪の左腕が白い煙幕が漂わせ始めた。それはもう、黒い煙幕など生み出すことはない、真に特異点の煙幕。思いに応えた、新たなる特異点への変化。
「っく……っ」
「強い、力が……っ」
ここから本格的に強くひっくり返しが始まる。黒深雪と雷の身体が、煙幕と光に包まれていく。力を受け入れ、願いを受け入れ、こうあれかしと望んだことで、その姿を変えていく。
こうなれば、もうひっくり返るのは時間の問題。煙幕を注ぎ込み続けた深雪と電は、ここで手を離した。瞬間、2人は完全に光に包まれた。
「よし、ここまで来れば」
「ひっくり返るのです」
それは幻想的な、しかし恐怖心も駆り立てるような光。知らぬ者は、内側で何が行われているかがまるでわからない。身体を書き換える、その言葉を鵜呑みにするならば、人体改造と同義である。
特異点の力の恐ろしさを目の当たりにした襟帆鎮守府の艦娘達は、大丈夫なのだろうかと若干不安になる。しかし、願いは託された。これまでの優しい願いをきちんと受け入れて、2人はここでひっくり返る。
そして、光と煙が晴れる。そこに立っていたのは、ひっくり返り、生まれ変わった2人の新たな特異点。だが、その姿はつい先程とは大きく変貌していた。
前兆のあった髪の変色は、その全てを覆い尽くし、2人とも白髪へと変化。瞳は真っ赤に染まり、肌も少し白い。深海棲艦化というよりは、アルビノと言った方が早い変わりよう。
黒深雪の方はそれに加えて、左腕に線が入っていた。深雪から移植された左腕であることを示すような、明確に違うモノを継ぎ合わされたという証拠。
「……どうだ、大丈夫だとは思うが、中身は、変わってないか」
少しだけ不安そうに、だが自信を持って、黒深雪に問いかける深雪。生まれ変わった黒深雪は自分の身体を見て、左腕を動かし、握る。じわりと白い煙幕が滲み出る。
「ああ、大丈夫だ。全部覚えてるし、これまでも、これからも、全部さっきまでと同じだ」
「ええ、見た目は少し変わっちゃったけど、何も変わらない。私達は、襟帆鎮守府の、深雪と雷よ」
大きく安堵、さらに歓声。黒深雪と雷は、ここで出洲の呪縛から解き放たれたのだ。