黒深雪と雷に対して、『挟んでひっくり返す』処置が完了。見た目はアルビノのように変化をしてしまったものの、記憶も意識も何もかもが変化前と何も変わらない、2人が2人のまま変貌を遂げた。
「私が見ても、2人ともカテゴリーW、特異点と同じ彩よ。正確に特異点と言っていいのかはわからないけれど」
イリスの眼で視ても、完全に彩は白へと変質していた。何かの名残があるわけでもなく、純然たる白。元々黒いと言われても信じられないくらいに白。
それが外見にも出てしまっているのは、今回はそうなれと願っていないどころか、元のままでこちら側に来てほしいという願いの中であってもそこまで変化してしまうくらいに、出洲による改造が重かったとも言える。
「どうだっていいさ。あたし達は、少なくともアレの思い通りじゃあなくなったんだろ」
「そうよね。もう、何もされないわよね、きっと」
「相対したとしても、何も起きないと思う。あたし達に仕込まれているモンは、全部無くなったはずだ」
黒深雪と雷は、今の自分の状態は、完全にあちら側の掌の上から離れたと確信していた。
とはいえ、それを素直に受け取る後始末屋ではない。これでどれだけ嫌な思いをしてきたかを考えると、ここまでやっても何か仕込まれているのではないかと勘繰るのが常。特に、この2人はメンタル面に何かされている可能性がかなり高い状態なのだ。
「過信はしないけれど、でも出洲の手から離れることが出来たのは良かったわ。まずは一度検査だけはしておきましょう。何かあった時には遅いもの」
伊豆提督がそう言うと、黒深雪と雷は勿論だと頷いた。大丈夫だと言いつつも、これで何もせずに戦いに向かって、敵陣で結局何かされてしまったでは意味がない。
当然、安全に気を使いながら、可能なことを進めていくことになる。身体に関してはそこまで考えず、精神面で。
黒深雪と雷は、伊豆提督とイリスに連れられて工廠の少し端へ。奥に連れていかれない辺り、まだ誰かの目がある場所で話していこうという気持ちがある。また、何かしらの問題が発生して暴走してしまうなんてことがあっても困るため、なるべく広い場所で。
勿論深雪と電もそれに参加。ある意味この2人の後見人。この姿に変えたという責任と、同じ特異点であるという仲間意識、ほんの少し残っている、心が変わっていないところから来る不安。
「検査といっても、仰々しいモノではないから安心してね。艤装との兼ね合いとか、あとはやっぱり精神面の問題を全部排除したいの」
「そりゃあ、そうだよな。今なら何でも話せる、と思う」
まずは降ろしていた艤装が装備出来るか。身体が書き換わってしまったのだから、これまで装備していた艤装が使えなくなってしまったとなってもおかしくはない。
かつて米駆逐棲姫から生まれ変わったフレッチャーは、米駆逐棲姫の艤装は装備出来ず、新たに妖精さんに艤装を組み上げてもらっていた。それと同じことが起きていてもおかしくはない。
その結果は、ほんの少しだけの調整で扱えるというところに落ち着いた。艤装内部の仕様も確認され、最悪の場合の自爆装置などが存在しないことや、複雑怪奇で触りようがない場所が無いことを確認して、こちらも万全な状態で用意されていた。
「艤装から何かされることは無いのね。あくまでも、私達の身体と頭を弄くり回すだけだったんだ」
「みたいだな……それで余程自信があるんだろうよ」
自分の考えに賛同した者がそのまま離叛することは無いと考えているのか、それとも離叛したところで始末するだけだから関係ないと思っているのか、ともかく、艤装側に酷い細工がされているようなことはない。それだけはありがたかった。
妖精さんが徹底的に調べ上げているので、その辺りは保証されている。この艤装は安心安全、そのまま流用可能であると。
「戦闘面は大丈夫だとして、精神面の方。アタシからの質問が、アナタ達の心を抉るかもしれないけれど、そうであったらごめんなさい」
「いや、いいよ。必要なことなんだろ、あたし達と、他の連中の安全のために」
「ええ、わかってもらえて嬉しいわ。だから、嫌なことは嫌だと言ってちょうだいね。素直になりすぎるのも違うと思うから」
伊豆提督の真摯な態度に、黒深雪も雷も、内心この人凄いなと感心していた。最初からそうだったが、自分達はついさっきまで敵であり、命を狙っていたのだというのに、よくもまぁここまで優しく接してくれるものだと。
「まず1つ目。出洲に対しての恩はまだ残っている?」
死んだ自分を蘇らせてくれて、新たな命で世界を歩かせてくれたことは感謝している。しかし、その歩こうとしていた世界が、出洲の思い通りの平和であること、そのために無辜の民の平和を脅かすというのは言語道断。しかも、そのために歩いていた自分達の考え方すら弄っていたとなれば、その平和が偽りであることが一目瞭然。
「恩はある。だが、だからといって見過ごせねぇ」
「私も。そもそも私達、本来どうやって死んだかもわかっていないんだもの。植え付けられていた死因がニセモノだったってわかったしね」
「だから、恩はあっても、あたし達は戦うぜ。平和のためっつっても、頭ン中弄るのはおかしいからな」
覚悟が決まった、赤く染まった目。その力強さは、島で初めて相対した時とは雲泥の差。成り行きに身を任せているわけでも無い、焦りを見せながら震えて進んでいるわけでも無い。自らの意思で、それを選び取った力強い一歩。
だが、伊豆提督には少し違う不安がある。
「そこ、そこなのよ。アナタ達の本当の死因。知らないままであった方がいいとは思うけれど、アナタ達のそれが、
ブロックワードの話題が出て、黒深雪と雷は小さく反応した。2人はブロックワードが外されている者。だから、自分の死因を口にすることも出来た。そうでなければ、おおわしでの足柄や伊36のように、理性を失い暴れているのだ。しかし、2人にはそれが無い。
無いと思われていても、真の死因があると言うのなら、それがブロックワードになるのでは無いだろうか。思い出せないようにされているのも他の面々と同じであるし、それに関わることを口にしない、出来ないようにもされていそうである。
「わからねぇ。あたしも雷も、これまで思い込まされていた死因しか覚えてねぇんだ」
「そうなのよね。変態に強姦された記憶が嘘ってことは理解出来てるんだけど、じゃあ本当はって言われたら、わからないとしか答えられないわ」
「だから、実は本当の言葉があって、それを使われたらあたし達が暴走するって言われたら、その、ぶっちゃけスマンとしか言えないんだよな」
黒深雪も雷も申し訳なさそうにした。これは本当にわからない。知ってそうな者は思い当たるが。
「速吸辺りなら知ってそうだけどな。でも、正直あたし達はアイツのツラを見たいとは思わないし、聞いたところで言うような奴じゃないと思う」
「漣も何か知ってそうだけど、どちらかといえば速吸さんの方が詳しそうよね」
「おおわしの方で、足柄ちゃんとみぃむちゃんのブロックワードを使って暴れさせたのよ、速吸ちゃん」
「そういうことすんだな、アイツ。追い詰められて焦って頭おかしくなったんじゃないか? あたしと口喧嘩して負けたレベルだし」
黒深雪はもう速吸のことを見下している。それ相応に扱われたこと、そして、
「あたしもよくわかってないんだけどな、アイツ、あたしのこと嫌ってるんだよ。普段は態度にも出さねぇけど、要所要所であたしに嫌なこと押し付けてきてたっぽいんだ」
「聞いたら返す言葉も無かったみたいだし図星かなって」
「嫌っている……ということは、アナタ達の何かを知っているということよね……うーん、深掘りは避けた方がいいかしら」
それは何とも言えないなと、黒深雪と雷は答えた。真実を知ることは必要かもしれないが、それがこの戦いに悪い影響を与えるのなら、やらないに越したことはない。藪蛇と言われてもおかしくはないのだ。
なので、死因についてはこれ以上深掘りはしないでおいた。ただし、真のブロックワードについては警戒しておいた方がいい。出洲はそういうモノを使うような者ではないが、それを知る他の者が横槍を入れてくる可能性はあるのだ。捕縛されて余計なことを言わないようにされているが、速吸辺りがまだ行動可能なら、間違いなく使ってくる。
「捕まえたカテゴリーKは、おおわしで抑えつけてくれてるから安心してちょうだい。この戦いで後ろから刺してくるような真似はさせないから」
「わかった、安心した。あたし達もわざわざ聞きに行くようなことはしねぇ」
「それがいいわね、うん」
余計なことはしない。ただそれだけで、心の安寧が保たれるなら、それでいいだろう。だが、ブロックワードのことは頭の片隅にはおいておく必要はありそうである。
黒深雪と雷は、最終決戦で戦える。不安はまだあれど。