出洲の拠点への突入を目指す後始末屋。それを阻むのは、先の戦いで撤退した最後のカテゴリーKである2人の片方、五十鈴。伊203の突撃を真正面から受け止め、超人の力を抑え込むために命まで削る強化を受けていた。
命を賭して戦うのはわからなくもないが、他者に命を削らせるやり方を推奨するような者が、本当に平和なんて作れるのか。そんな疑問をぶつけたところで、そうせざるを得なくなったのは抵抗するからと他責にしてくる、そして特異点がいるからとあらぬ罪をまたしても吹っ掛けてきたことで、伊203は激怒した。
「聞く気がないなら、身体に刻んであげる」
「来なさいよ、五十鈴達の平和を邪魔させない!」
「聞き飽きた。遅い、遅すぎる。だから、気に入らない」
振るわれる拳は勢いを増す。五十鈴はそれを止めることは出来ているが、反撃をしようとするとすぐさま次の攻撃が出てくるため、防戦一方になっていく。
伊203は淡々と攻撃するのみ。あくまでも、聞く耳持たない者に聞く耳を持たせるため、圧倒的な力で押し潰そうとしている。
「ンの……結局は暴力に頼るじゃないの!」
「なら、私が何もしなかったら貴女達は何もしない?」
「貴女達がいるから平和にならないんだから、始末するに決まってるでしょ!」
「何故無抵抗に殺されると思っているの? 私達はそもそも何もしていないのに、そちらから攻撃を受けたから反撃しているだけなのに。文句を言われる筋合いはない。殴っていいのは、殴られる覚悟を持つ人だけ。貴女たちのしていることは、間違いなく暴力。なのに何故貴女達の暴力は許される?」
以前までの五十鈴ならば、ここで疑問を持っていたはずだ。自分のしていることは、矛盾ばかり。ダブスタまみれの行動。自分が良くて相手が悪いなんて、最も信用されないこと。
それなのに、今の五十鈴はそれを平然とやってのけている。平和のためには特異点が不要。どんな手を使っても始末する。だが、反撃はルール違反。平和を邪魔する者は、無抵抗で死ぬべき。文句まで出ているのは、あまりにも酷い話である。
それは、黒深雪や雷が施された処置に近いモノ。疑問を無くし、迷いを無くし、平和を目指すために脇目も振らず、他者の言葉も聞くことがない。これまでとは別人になるかの如く、
「もういい。話さなくても。聞くだけ無駄。遅いから」
余計な問いをやめた伊203は、ここからは一方的に攻撃するだけとなる。何を言っても聞く耳持たず、矛盾したことを言い続けるなら、その時間が無駄にしかならない。
速さを重視する伊203には、堂々巡りが一番気に入らない。質問をしてもまともな回答がなく、自分が正しいのだから従えと言ってくるような相手に、情をかけてやる時間が勿体無い。譲歩も無駄。考えてやることすら必要無い。
「フーミィ、そいつ止めておいてくれ」
「行って」
ここで黒深雪と雷がようやく伊203に追いつく。しかし、今は潜水艇を攻撃する艦載機を止めることを優先したい。五十鈴の姿を一瞥するが、すまないと小さく謝罪を入れてから、その場を通過する。
「っ……アレは……深雪と雷!? 裏切ったの!?」
五十鈴の言葉が背中に突き刺さる。裏切ったと言われればその通り。元々の仲間を敵に回して、この戦場に立っている。あちらから見れば、裏切り以外の何モノでもない。
「ああ、裏切った。間違いがわかったからな。あとからちゃんと話す。聞いてくれると嬉しい」
だとしても、黒深雪と雷は止まらない。止めなくてはならないのは瑞鶴。五十鈴は潜水艇には攻撃していないため、優先順位は低い。
「余所を向いてる余裕ある?」
黒深雪と雷の裏切りに愕然とするが、正面からの猛攻は気を抜いていたら確実にやられる脅威。伊203は瑞鶴の方に行かせないようにするためにも攻撃を激しくしていく。元々防戦一方であるのに、それが余計にどうにもならない程の勢いにされていく。
命を注いででも、この超人に勝利しなくてはならないのに、どれだけ注いでも追いつけない。伊203の異常性が嫌というほど理解させられる。
特機が無ければ、伊203は五十鈴と互角だっただろう。漣との戦いと同様に、押して押されてを繰り返して、互いに気の抜けない戦いになっていたことだろう。
だが、今は違う。伊203は事前に特機を寄生させ、新たに力を得ている。その願いは、仲間達の安全、死の回避。救われない者を救うための力が欲しい。そんな優しい願い。自分が壊れることも厭わず、仲間達の勝利のために貢献する、速さを求めた者の、
与えられたのは、特機の粋な計らい。伊203の願いは、自分を勘定に入れていなかったが、特機はそれを汲み取って、伊203も含めて勝利に貢献する力を与えた。
「貴女が間違いを理解しない限り、私は貴女を攻撃し続ける。今の私に、
伊203の手に入れた曲解は、非常に単純明快。神風の『改装』に近い力。これまでの自分の無意識のストッパーを全て外し、100%の力を出し切り、それに自分の身体が耐えられるようにする、『リミッター』の曲解。限界を操作するという一点に対して全ていいように解釈された、ある種最も求めている力。
神風の『改装』との違いは、あちらは底上げをしてより強くなることだが、こちらは本来の力に耐えられるようになること。伊203は全力を出しすぎると身体が壊れることを理解しているため、無意識にでも力をセーブしている。神風は元々セーブしていなかったために翌日倒れるところを『改装』で突破したが、伊203は無意識のセーブを取り外して最大級の力を出し続けているだけ。
故に、これが伊203の本来の実力。セーブ無しのフルパワー。身体が耐えられるなら、伊203はその力も全て使って振るい続ける。当然スピードも上がる。速さもこれまでとは比べ物にならない。
「私は命を削らない。まだ後始末が残ってるから。やるだけやって放置するような連中、貴女達とは違う」
「んなっ……」
「散らかしておいて、片付けないのは、ルール違反」
セーブなどしない。相手が誰であろうが全力全開。限界を突破した伊203をどうにかするためには、命を燃やす程度ではどうにもならない。
「軽々命を使い捨てる輩に、先の先まで見据えている私達を止められると思わないで」
その拳の重みが、あまりにも違いすぎた。
一方、黒深雪と雷は、拠点入り口にまで辿り着いていた。そこにいるのはやはり瑞鶴。無数の艦載機を操り、拠点への接近を防ぐために尽力している。
搭載数も弄られているように見え、こちらも命を糧に力を増しているように見えた。
「……瑞鶴、艦載機を止めてくれ」
「は、深雪!? 何その見た目、真っ白じゃないの!? 雷まで!?」
目の前に現れた黒深雪と雷の姿に驚きを隠せない瑞鶴だが、それ以上に攻撃を止めろと言ってきたことに驚く。
「何言ってんのよ。あれ、特異点達がこの中に突っ込んでこようとしてるのよね。止めるわけないじゃない!」
「そりゃあそうだよな。目指してる平和をぶっ壊そうとしてるんだ。全力で止めにかかるのは、仕方ねぇことだよ」
「じゃあ、なんでそんなこと言うわけ!?」
「あたし達が目指していた平和が、どう考えても間違ってると気付いたからだ」
瑞鶴には、黒深雪が言っていることが理解出来なかった。目指している平和が間違っているだなんて、意味がわからない。みんなが幸せになれる平和、争いもなく、手を取り合える世界、それが今目指しているモノのはずである。特異点はそれを破壊して、今のまま、争いの犯罪がある世の中を維持しようとしている。そんなのは良くない。良くないのだ。瑞鶴の中では。
「何が間違ってるってのよ! 今の世界は罪だらけ! 今も何処かで誰かが泣いてるでしょ! それを無くして平和にするってのが、私達の目的じゃないの!」
「ああ……そうだな。でもな、そのために他の奴らを泣かしていいのかよ。自分達の平和に楯突いたから殺すって、おかしいことじゃあないのかよ」
これは何度も問われていること。未来の平和のために、今の平和を破壊する。それが正しいことなのか。
目の前で苦しんでいる者達に手を伸ばさず、未来のために今を見捨てることが、本当に正しいことなのか。
「瑞鶴、お前わかってたんだろ。やってることがなんかおかしいって」
「おかしくないわよ!」
「そうされてんなら、そうされたことがおかしいと思わねぇのか」
「思わないわよ!」
「そんだけ強制するような平和、間違ってるだろうが」
矛盾を否定するが、それを否定したら求めているモノもあやふやになる。片方を正当化し、片方を完全に否定すると、今度はまた違う矛盾が発生する。矛盾に矛盾が重なり、何もわからなくなる。何が真実で、何が嘘か。本当に信じるべきモノが何なのか。
「私は、今の道が正しいって知ってるから! こうしていれば、絶対に平和になるのよ!」
「未来を保証するようなモンねぇぞ。そもそもお前、命削って戦ってんだろ。その未来を見ることなく死ぬぞ。それを良しとしてるんだ。本当に正しいのか」
瑞鶴はだんだんと目を回しそうになっていた。やはり根幹は子供。難しいことを言われると、わけがわからなくなってくる。
「納得するまで、あたし達が教えてやる。覚悟しておけ」
黒深雪は、そんな瑞鶴でも救い出すために、話を続ける。