夜の廃棄物処理の業者の中に、潜水新棲姫が見覚えのあるという男が存在した。
今は重機を操縦し、カタチがそのまま残った空母棲姫の艤装をうみどりから運び出しているところであり、この業者の一員であることは一目瞭然。
「そう、やっぱりいたのね……」
作業員の1人と話をした後、艦内に戻った伊豆提督が伊26から事情を聞いた。潜水新棲姫はというと、恐怖に押し潰されてガタガタと震えた後、怯え疲れて眠ってしまったらしい。時間も遅いため、こうなっても仕方ない。今は伊26がおぶっている。
「ニムは潜水ちゃんを寝かしてくるね」
「ありがとう、そのままニムちゃんも寝てちょうだい。ここからはアタシ達の仕事だから」
「ん、ありがとう。それじゃあ、おやすみなさい」
伊26は素直に自室へと向かっていった。逆らう理由もなく、これ以上話をしなくてはいけないこともない。むしろこれ以上首を突っ込まれても、伊豆提督達が困るだけ。そして何より、潜水新棲姫をしっかり眠らせたいという方が大きい。
伊豆提督とイリスはここからどうするかを考える必要が出てきた。今この作業中に突然その男に対して詰め寄るのはナンセンス。その男だけを捕まえたところで意味はない。出来ることなら、組織そのものを潰す方向で行く。
ならば、昼目提督が仕込んだ残骸に紛れたセンサーまで運んでもらい、その現場で一網打尽にする。
「このやり方が、吉と出るが凶と出るか……」
伊豆提督としては、このやり方はどうしても抵抗があった。今すぐ捕まえに行きたいという気持ちがあるし、何よりここで泳がせたことによって悪い方向に行かないとも限らないことが胸につっかえる。
それこそ、廃棄物を持っていく間にセンサーのことがバレて捨てられてしまったり、そもそも足がつかないようにされているかもしれない。考えれば考えるほど、ネガティブ思考が次から次へと湧き上がってくる。
「大丈夫だと思いたいわね。でも、慎重に行かないと足を掬われる気がするわ」
イリスもここはタイミングを間違えたらせっかく掴んだ尻尾を逃がしかねないと思っていた。
これまでの海戦とはまるで違う環境。海ではなく陸での戦い。そして、艦娘の戦いではなく
これが自分1人の責任ならばここまでにはならないだろう。だが、ここでの失敗はうみどり全体の問題になりかねない。ただ闇雲に乗り込んでもしらを切られるだけ。決定的な証拠は何処にもない。
うみどりがその廃棄物処理業者を黒としたたった一つの理由が、潜水新棲姫が見覚えのある男がそこにいたからというだけである。そもそもその手段自体が公に出来ないもの。しらを切られた挙句に逆に訴えられたら負ける。
「トシちゃんにも連絡しておきましょうか。さっきの業者の情報を掻き集めてもらうわ。トシちゃん自体もある程度は知っているはずだものね」
「そうね。この軍港で営んでいるなら、間違いなく鎮守府に許可を貰っているはずだものね」
軍港の外に処理場を構えているにしても、入港してくる移動鎮守府の廃棄物を回収するためには鎮守府とやり取りしているはず。
そもそも軍港都市で店を構えるにしても、そこから出ていくにしても、この街を取り仕切る者──鎮守府の長との手続きが必要。むしろ、廃棄物回収業者に至っては、信用出来る業者として保前提督が自分から連絡して、事に当たってもらっているくらいである。
ならば、連絡も出来るし、やろうと思えばその業者に入ることも出来るはず。この軍港都市内に手が届かない場所がないのだから、それくらいならばいくらでも行動に移せる。
「決戦は明日よ。午前中に出来る限り情報を取り揃えて、午後に攻める。掴んだ尻尾を離すつもりなんてないわ」
ここから提督3人の共同戦線が始まる。
1人は調査隊として。元凶へと繋がる情報を、確実に逃さないようにするため。
1人は軍港の長として。自分の場所で悪事を働く者に鉄槌を下すため。
そして1人は後始末屋として。子供を恐怖の底に陥れた者達を
翌朝。何も知らない深雪達は、いつものように朝食を食べ、前回のように準備。制服ではなく私服になるというだけでも気分が変わり、今日は戦いから離れるのだという気持ちが増してくる。
「よっと。やっぱ陸に足をつけるってのはちょっと感覚が違うな。自分が艦だったってことが実感出来るぜ」
先に陸に降りた後、続いて降りてきた電に手を差し伸べる深雪。深雪には無かったが、電は陸に足をつけることにも怖がるかもしれないと思ったからだ。
それがあるおかげで、電は何の戸惑いもなく陸に降り立つことが出来た。艦内とはまた違った感覚。浮いているのではなく、地面というものに初めて足を置いた。
「はわ……確かになんか違う感じがするのです」
「だよな。別に座礁したってわけじゃあないんだけどな。あたしは最初ワクワクしてたんだ。艦なのに陸を歩けるだなんて思わないからさ」
「ふふ、そうかもしれないのです。電も、なんだかドキドキしてきたのです」
そんな電も、今回は当然ながら私服。イリスにコーディネートしてもらった
活発な深雪とは違い大人しい電に選ばれたのは、タートルネックのトップスと制服と同じくらいの丈のスカート。どちらも明るい色合いであるのは、電らしさを出すためにとイリスは語ったらしい。その上に薄手ではあるものの上着を着ているのは、深雪のニーハイソックスと同様、海沿いだから少し冷えるという理由から。
見た目と機能性を正しく選択されたコーディネートで、電もこれには喜んでいた。深雪ほどやんちゃに動き回ることはないが、深雪についていくためには軽装である必要がある。それがバランス良く配置されているおかげで、最善の服装と言えた。
「……僕はそこまではしゃげないね」
続いて時雨。こちらも勿論私服に着替えさせられているのだが、深雪や電と比べると大きく様変わりしていることは無かった。色合いが似たようなものだったからだ。
普段のセーラー服とは違って、白いブラウスの上にノースリーブな上着を重ねている程度。スカートも柄や色合いが変わった程度である。
だが、決定的に違ったのは赤縁の眼鏡をかけていたこと。いわゆるおしゃれ眼鏡というモノなのだが、時雨にはこれがよく似合っていた。イリス曰く、明確に戦闘から離れるために、普段とは全く違うモノを身につけさせたとのこと。時雨にはこれが戦場とそれ以外のスイッチになればいいと考えたらしい。
「へぇ、いいじゃん時雨。満更でもなさそうだしな」
「悪くはないよ。普段とそこまで変わるわけでもないしね。正直、気に入ってる」
「つーかお前、イリスの着せ替え人形にされてたもんな」
「あれは僕としてもあまり納得はしていないんだけど」
深雪も詳細は知らないのだが、時雨の私服を決める際に、イリスがかなり多くの服を持ち込んだというのは風の便りで聞いていた。
なんでも、時雨は他の者よりもインスピレーションが湧いたらしく、一着どころか五着ほど持ってこられて取っ替え引っ替えされた。結果、選ばれたのが今の服というわけだ。全ての服が時雨の部屋のクローゼットに収められており、この服を選択したのは時雨の意思である。
そうやってイリスは、時雨の呪いによる闘争本能を抑え込もうとしているのだが、当人は気付いていない。
「さて、と。こっちは全員準備出来たかしら」
そのあと続々と陸に降り立ち、神風が点呼をとったことで、うみどりの駆逐艦達は全員港に揃った。前回ならここで散策開始と行くのだが、今回は違う。
「すまない、待たせたかな」
「大丈夫、時間ピッタリよ。流石は調査隊ってところかしら」
「そんなことはないよ。せっかくの休暇なんだ。時間も惜しい」
そこにおおわしから響と白雪が合流。2人とも勿論私服である。うみどりの駆逐艦と同行するのに、2人だけ制服というのは何か違うと感じたからだ。
調査隊はこの休暇をそれだけでなく調査にも割り当てている。娯楽街で誰かに聞けることがあるなら、それで情報収集をするつもりだからだ。その辺りは保前提督から事前に許可を貰っている状態。
勿論無茶はしない。余計なこともしない。あくまでもうみどりの面々と休暇を共に楽しみつつ、何かあれば迅速に対応出来るようにしているだけ。
また、同行するのはまだ理由があり、外部から狙われかねない
「今日はよろしくお願いします」
「畏まらなくてもいいわよ、休みなんだから。気分転換が今回の目的だし、貴女達もパーッと楽しみましょ」
神風はなんだかんだ調査隊の目的には勘付いているので、他の者が気付かないように振る舞った。そのおかげで、神風を除くうみどりの駆逐艦達は、変に気を張ることもなく休暇に臨むことが出来た。
その裏、おおわし。昨晩センサーを仕込んだ残骸の反応がまだ残っており、しかもそれが動かなくなったことを知る。
妖精さん仕込みのセンサーであるため、そう簡単に信号が失われることはない。それこそ、ただの廃棄物とは認識されず、
「鳥海、ちょっと軍港の地図持ってこい」
「用意してあります。保前司令から前以て受け取っていますので」
「流石だな」
鳥海から地図を受け取り、そのセンサーの位置から地図上で何処を指し示しているのかを探る。軍港都市から出て行ってしまっているのなら厄介だが、内部ならばまだ打つ手がいくらでもある。
「……いや、待て。これそもそも高さがおかしいことになってるな」
「地下……でしょうか」
「ああ、確実に俺たちのいる場所よりも低い場所にある。こりゃあかなり下だぞ。海底に近いっつっても過言じゃねぇ」
廃棄物回収業者が地下設備を持っているというのは、別におかしな話では無い。残骸をどう処理するか次第な部分はあるものの、大規模な設備が必要だというのなら、地上だけでなく地下にも何かしらの空間を造っておくのは悪いことでは無い。むしろ、理に適っているとも言える。
しかし、その空間が異常に下まで続いているとなれば話は別。センサーの反応があるのは、地下1階2階程度ではなく、ただの廃棄物回収業者ではあり得ないくらいに地下の奥深くである。
「んだぁこりゃあ。つまり、廃棄物回収業者名乗っておきながら、その地下で何かしでかしてるってことじゃあねぇか。しかも地下だからそう簡単には明るみにならねぇ」
「でも、ここまで地下なら設備を造り上げる時に何か周りにあってもおかしくは無いのでは?」
「そりゃあな。それが
昼目提督が頭を回し、そしていつもの勘を働かせる。そして辿り着いた仮説は、普通にあり得る話だった。
「元々ここに元凶の居場所はあったってことか」
「既にある上にこの都市が出来上がった、と?」
「トシパイセンがここの鎮守府を受け持つようになったのは、第三次が始まってからだ。その時にはこの軍港都市はあった。その時は軍港じゃなくただの港だったけどな。戦争が始まって、ここがただの港から軍港に変わって、その時に鎮守府を
それならば保前提督が知らなくても無理はない。管理している時に何者かが地下施設を造ったというわけではなく、そもそもある状態で管理が始まったのだから。
管理する際に全てを見て回ったとしても、巧妙に隠されているのならば見つけるのは至難の業だ。特に地下施設なんて隠しやすいモノ。保前提督が手を抜いているわけがないが、それでも見落とすようにされていてもおかしくはない。
「地下なのはわかりました。では、地上側はどうなっているんでしょうか」
「娯楽街とも鎮守府周辺でも無いな。明らかに郊外だ。だが、軍港都市の一部には入ってやがる。廃棄物の処理するような場所を港のど真ん中に置くアホはいないってことだな」
そして、昼目提督は気付いた。気付いてしまった。
「……
電の私服は三越のアレ。いつ海の最終回でも披露されているモノです。
時雨の私服はグッドスマイルカンパニーから発売もされた眼鏡時雨。あの時雨にしたのは、眼鏡をかけているから……ではなく、あの時雨から持ち始めたモノにあります。
支援絵をいただきましたので、紹介させていただきます。
【挿絵表示】
https://www.pixiv.net/artworks/109253872
駆逐艦の会の1人、子日。今回の軍港都市でも、食べ歩きを推奨してくれるのでしょう。深雪がクレープを美味しく食べることが出来たのは子日のおかげ。電と時雨も、これでこの世界に対していい思いを持ってもらいたいモノです。