五十鈴を伊203に任せ、潜水艇を襲う瑞鶴を説得しに来た黒深雪と雷。案の定、補給と同時に命を糧とした強化を受けているようで、艦載機の搭載数は拡張され、ついさっきとは比べ物にならないくらいの手数を手に入れている。
だが、目の前に現れた仲間、黒深雪と雷の変貌ぶりと、離叛したことに驚きは隠せなかった。
「瑞鶴、考えてみろ。どう考えてもおかしいんだ。平和を目指すのに、一方的に攻撃するってのは、間違ってるんだよ」
「それは特異点がいるからじゃない! 私達の目指す平和を邪魔する奴なんだから!」
「だからって、何も話すことなくいきなり攻撃を仕掛けるのはおかしくないか。お前だって、何もしてないのにいきなり殴られたら、何でそんなことするんだって思わないか」
「っ……た、確かに……」
改造はされているのだが、かつての素直さはまだ残ったままであることに気付いた。自分がされたような、盲目的に平和の道を信じているだけではない。それは、瑞鶴の本質を変えることが出来ていないということに他ならない。
迷いがある者からそれを消し去るようなことはしただろう。大人であればあるほど、定められた道が固定化すると、視野も固定化する。しかし瑞鶴は見た目はどうであれ中身は子供だ。幾重にも拡がる道を選択する者という子供の本質を奪われていない。いや、出洲であっても奪うことは出来ない。
そもそも、出洲はあくまでも道を示しただけなのだろう。迷いを奪っているのではなく、迷いをただ優しく取り除いているだけ。それが出洲の本心であり、やり方はどうであれ、苦しみを排除してあげようという歪んだ優しさ。
「でも、でも! 特異点はダメ! この世界にある嫌なこと悪いことをほっぽってる!」
「特異点だからって、見てもいない罪を排除することが出来ると思うか。瑞鶴は、部屋の中から見ず知らずの友達のピンチを察することは出来るのか」
「……た、確かにぃ……!」
素直さ、納得の度合い、全てにおいて、瑞鶴は変わらない。黒深雪の言葉に妙な納得を覚え、言っていることが正しいのではないかと考えてしまう。
だが、瑞鶴は首を振ってその考えを振り払った。今の道は間違っていない。特異点を排除することが平和に繋がる。罪なき世界、争いなき世界を作るために、出洲に立ち向かう者達は不要。平和を邪魔する者達は、この世界にいてはいけない。
瑞鶴は思い出す。
補給してもらい、簡易的だが疲労も取ってもらい、その時にこの戦場で言われたことを伝えた。迷いが沢山生まれた。本当に自分がやっていることが正しいのか。
それを正しいと肯定してもらえた。そこにいる者全てに。間違っていないと言われたら、そうなんだと納得して、より深みに落ちる。現れたばかりの敵ではなく、長く付き合いのある仲間達にそれを認めてもらえたのだから、自分は間違っていない。そう、思えた。思い込めた。
補給の際に、より迷いを晴らされている。さっきまで言われたことは、敵の言い分。敵の言うことを信じるのは違う。子供らしい、純粋で浅はかな考え方を助長されて、また戦えるようになった。平和のための戦士として、より強い力も求めて、そして得た。命を削るという意味を、瑞鶴はあまり理解していない。だが、強くなって平和を目指すという点では問題ないと、瑞鶴は簡単に割り切った。
度々言うが、瑞鶴は子供だ。そして、自らの死因をブロックワードというカタチで隠蔽されていることによって、命の大切さを見失っている。子供故に知識が乏しい。知っていなくてはいけないことを、ちゃんと知らない。死に繋がることは全て暴走に繋がるからそうなっているというのもあるが。
「やっぱり、私達の目指す道が正しい! だって、みんなが寂しくなくなるんだから! みんなが嫌な思いをしなくなるんだから!」
「ああ、マイナスは無くなるだろうな。でもな、プラスも無くなるぞ」
「……どういうことよ」
「楽しいのも無くなる。嬉しいのも無くなる。あの人は、それを平和だって言ってんだ。あたしも又聞きだけどな、自由を全部奪って、何も出来なくして、争いだけじゃなく、人間から何もかもを奪うつもりなんだとよ。みんなが高次になれば、争う必要は無くなるっつってたな。全員が力を持てば、争う必要が無くなるって。でもな、そのついでに、競い合うことも奪うんだとよ。みんなが同じになる。競い合わなくなる。文化そのものを無くす。それで世界は平和なのか」
瑞鶴はやはりわけがわからなかった。黒深雪が何を言っているのか、理解の範疇を超えていた。
「競い合いは争いだ。だから、文化がいらないってことだ」
「何、言ってんの? わからない、わからないわよ」
「歌があったら、どちらが上手いか争うだろ。絵があったら、どちらが上手いか争うだろ。ゲームだって、1位を決めるために争うだろ。そうでなくても、何かしら争いがあるだろ」
「……確かに……」
「あの人は、それを全部奪い取るつもりだ。遊びも何もない、ただの真っ平な世界になるだけ。下手をしたら家とかも無くなるかもな。どちらが高い位置に住んでるかとかで争いになる。花を育てるなら、どちらが綺麗かで争う。なら草木もいらない。海だって、どちらの水が綺麗かで喧嘩になるかもしれねぇ。だったら、それも不要だ」
もう瑞鶴は目を回している。考えることが多すぎる。黒深雪の言葉が、簡単に理解出来なくなる。
「人間に知恵がある限り、争いは無くならねぇよ。何かにつけて優劣を競い合う。それを全部ダメだっつったら、この世界に残るのは何もない。ただひたすら、何もない場所だけだ」
「なによ、それ……」
「お前の求めてる平和の果て、みんな仲良く暮らせる平和なんて、あると思うか。瑞鶴、お前が思ってる嬉しい楽しい事柄ってのは、結局誰かが競い合う種にしかならねぇんだよ。それを全部無くすなんて、それこそこの世界に生きている奴らを皆殺しにするしかない。何も無ければ平和だろうからな」
出洲の目指す平和、争いのない世界。極端な思想で、文化すら奪うと言ってのけたことから、最後に残るのは何もない、白紙となった世界だけ。そこに色を乗せることすら許されない、徹底した管理。潔癖症とすら言える、争いという黒を、僅かにも作らない世界。
「……わからない、わからないわよ……アンタ何言ってんのよ……」
「あの人の理想は、あたし達の望んでいるモノとズレてるんだよ。最終的には、あたし達すら邪魔になるだろう。贔屓をするなら、それはもう平和じゃない。あたし達は、結局世界を真っ白にするための手駒にされてるってこった。あの人はそれを本心から望んでいるんだろうけどな」
悲しい目で、瑞鶴を見つめる黒深雪。これまでやってきたこと、やらされてきたことは、平和のためでなく、停滞、そして崩壊のためのこと。出洲の平和論は、ほぼ間違いなく自分達が考える平和とは違う。平和という言葉を使った破滅。世界崩壊まっしぐら。
「そんなわけ、ないじゃない。だって、平和よ? 平和なのよ? 嫌な思いをしない世界よ?」
「いい思いもしない世界だ。プラスがあれば、マイナスもあるんだからな。あの人は、0にするんだよ。辛い苦しいを無くすためには、嬉しい楽しいも無くさなくちゃいけない」
「そんなバカな話、あるわけないでしょ!」
「そう思いたいけどな。特異点は頼られることで人を堕落させるなんて言ってるけどな、それも争いを呼ぶからだろ。突出した奴がいれば、嬉しい楽しい以外の感情も出てくる。僻みや妬みがな。それが争いになる。あの人の言う堕落させるは、多分そういうことだ。全部同じ高さにないとダメって、そう考えてるんだ」
故に、全員同じ高次の存在にする。みんなが力を持ち、みんなが同等になる。姿の優劣すらつけない、つけさせない。改造の際に思考操作もするのだろう。
何も求めない。それだけで世界は平和になる。平和になり、停滞し、衰退し、破滅する。
「まぁ、本人に聞いたわけじゃねぇし、あたしもうみどりに保護されて、真実を知って、そう思えたってだけだけどな。それはあの人に直接聞かねぇといけねぇ。特異点も、戦う前にそれだけは聞くだろうよ。手を上げる前にな」
「……そんなの」
「で、だ。瑞鶴はどうする。あたし達は、お前も利用されているだけだと思ってる。そりゃあ救われたかもしれねぇ。恩人かもしれねぇ。でも、だからってやらせてることが命懸けの戦いだ。お前が死んでも、多分あの人は悲しまないぞ。何せ、命を使った強化までしてるんだからな。悲しいなら、そもそもやらねぇよ。本人が望んだところで止める」
わけがわからない中で、瑞鶴は考えた。子供ながらに頭を回した。何が正しくて、何が間違っているのか。
その迷いのおかげで、戦況が変わった。
ここより遠い場所、潜水艇を止めていた艦載機の動きが、明らかに鈍くなったのだ。