潜水艇は動き出し、五十鈴は深雪によって治療もされ、自分がこれまで何をしていたかを自覚したことで屈した。深雪に信じてもらえたことで、真に平和を目指している者の存在を理解することに至った。
その五十鈴が願ったのは、瑞鶴の無事。瑞鶴を救ってほしいと願うと、深雪は大丈夫だと自信を持って語る。そちらには黒深雪と雷が行っている。だから、上手くやってくれると。
「……わかってるかもしれないけど、瑞鶴はあの見た目でも、中身は子供よ。だから、五十鈴達みたいに、簡単には納得出来ないかもしれない。余計に苦しむだけになるかも」
「そうだな……一度死ぬ苦しみってのは、あたしには実感がないからわからねぇ。気付けって言われても、ちゃんと理解は出来ないかもしれねぇし、落ち着けって言われても落ち着けるわけがないんだよな、本来は。あたしは、何つーか……強制的に冷静にさせちまってるみたいでさ、そこは悪い」
「いや、五十鈴はそれでいいわ。そのおかげで、自分の目指していた平和がおかしいことにちゃんと気付けたんだもの。それに、自分がどうして死んだかも。その時の苦しみを思い出しても、頭が熱くならないのは、アンタのおかげよ。ありがとう、特異点」
本当に落ち着いている五十鈴は、深雪に対して素直に礼を言うほどだった。事実、自分の死因をここまで完璧に思い出していて、平和を目指していた理由まで考えていても、暴走を全くしないのは、深雪からの『落ち着け』の煙幕のおかげである。
思い出すのは辛く苦しい。だが、それを今悔やんだところで現実は変わらない。五十鈴は煙幕の力もあって、そこを割り切ることが出来ていた。真面目な性格から、自分の苦痛より瑞鶴が救われるかの方が心配であった。
「落ち着かせるためには、強制しないといけないところが出てくるかもしれない。でも、それが瑞鶴を傷付けない手段だって言うなら、それも仕方ないわ。出来れば、辛い思いをさせてほしくないけれど」
「……アンタ、保護者なのか?」
「まぁ……そうね。瑞鶴が五十鈴達の中では誰よりも子供であることは、みんな知ってることだから、五十鈴がついてたの。管理……なんて言われてたけど、そんなモノみたいな扱い方はしたくないわ」
さっきまではどうかはわからない。だが今は、保護者として自分を置いている。瑞鶴が心配で堪らないと。
「あたし達もすぐに向かう。アンタは……出来ればうみどりか、襟帆鎮守府に行ってもらいたい」
「だったら、瑞鶴と一緒の方がいいわよね。まだ五十鈴には猶予があるでしょ、アンタのおかげで」
「ああ、命を喰いながら戦うようなことにはならないように
「ホント、特異点は……そういうことが出来るなら、頼りすぎて堕落するってのはあながち間違ってないかもしれないわ。万能すぎるでしょ」
「おいおい、勘弁してくれよ」
「大丈夫、アンタが無闇矢鱈に力を使うタイプじゃないことくらい、この少しの時間だけでもよくわかったもの」
実際に見て、聞いて、実感したからこそ、その言葉を発することは許される。だが、声色からは本当に侮蔑軽蔑するようなモノは感じられない。救ってくれた感謝と、その力の使い方を弁えている深雪の配慮に対しての感心。深雪はその力を頼りすぎる者を罰するタイプだとわかった。
こうして話せば相手のことがわかる。常々、何も知らないのに何を語れるのかと言われていたが、こう出来たことでハッキリとこれまでの自分が愚かであったことがわかった。知りもせずに、生きているだけで罪だと決めつけるのは間違っていると。
「瑞鶴を救って。五十鈴も、協力出来ることはするから」
「ああ、当然だ。まぁ、もう終わってるかもしれないけどな」
深雪が心配そうではあるが、きっとどうにか出来ると笑みを浮かべると、五十鈴は首を傾げた。
黒深雪の説得、揺さぶりにより、子供ながらにして頭を回している瑞鶴。戦いに集中出来ず、艦載機の動きが鈍くなるくらいには、思考に集中してしまっていた。
子供だからこそ、集中してしまうと他のことは考えられない。しかもそれが、先が見えない未来のこと、考えたところで答えが簡単には出ないモノ。
「瑞鶴……あたし達はお前を傷付けるつもりは無いからな。でも、こうしている間にも、お前は命が削れてる。強くなるために、お前の未来が無くなっていくんだよ。それでいいのか、良くないだろ」
「私は、私は、この世界を平和にするために……」
「言ったろ。その平和は、お前の望む平和じゃあねぇぞ」
混乱している。思いを口にすることで、頭を整理しようとしている。子供ながらに、考えられることを全て考えている。
このまま頑張って頑張って特異点に勝てたとして、自分は頑張りすぎて死ぬかもしれない。平和になるからと考えて、一生懸命戦ってきたのに、平和になった世界に自分はいないかもしれない。
自分はその平和な世界に生きたいから頑張ってきたのだ。罪のない世界、辛い、悲しい、嫌な思いが無くなった世界が平和だ。だから、みんなからそれを無くすために頑張っているのだ。今のままならその世界に立てない。
その上、黒深雪は平和になったとして、楽しいも嬉しいも何もない世界だとまで言ってきた。楽しいは差を生む。それは出洲の求める平和とは違う。ズレている。
「私の平和と、あの人の平和は、違う……?」
「ああ、あたしはそう思ってる。邪魔者を排除して、人の平和を壊してまで、自分の平和を叶えようとしてるんだ。違うだろ、少なくとも、他の連中は平和にならない。逆らったからそうなって当然だって思えるか?」
「……確かに、確かにそう、なんだよ、なんだけど……」
「何が引っ掛かるんだ。やっぱり、あの人に救われたからか」
瑞鶴を吹っ切れさせないのは、わかりやすかった。黒深雪や雷にもあった、『恩の毒』。救ってもらった恩に引っ張られて、裏切るという行為に嫌悪感が纏わりつく。子供であっても、それは変わらない。
「どういう理由であの人はあたし達を救ってるのかはわからねぇよ。でもな、救った奴に、命懸けの戦いをやらせるか」
「……そうしないと、勝てないから……」
「まぁ、それもあるだろうよ。あたし達は、後始末屋に、特異点とその仲間達の強さに、ここまで劣勢だった。あたしなんて、今やコレだしな」
皮肉気味に、しかし、今の自分を受け入れているように、手を広げて見てみろよと苦笑する。真っ白に染まった身体、これまでとは違う力を持つ姿。かつてならば、特異点にやられたと憤っていたかもしれないが、今はこれが感謝のカタチ。
「でもな、勝てないからっつっても、ここまでさせるのはおかしいだろ。平和のために命を散らすなんて、普通は許されねぇよ。礎になれるとか、そもそもが間違ってんだ。あの人は感謝するだろうが、悲しみはしないぞ」
「そんなこと……ないわよ、絶対……多分……きっと……」
「自信ないだろ。あたしも自信無ぇ。でも、断言出来るのは、そこまで命を懸けて手に入れたい未来、平和は、確実に求めている平和とは違う。瑞鶴、そろそろ気付こうぜ」
これまで間合いを取って話してきたが、ここで初めて黒深雪は瑞鶴に近付いた。雷も共に向かい、いつでもサポート出来るように力を溜めている。
瑞鶴が自棄になって攻撃してくることも考えられる。それから身を守るためにも、特異点としての煙幕を準備していた。瑞鶴を傷付けることなんて何も思っていない。自分達が傷付かないことを思って。
「あたしと雷がしてもらったことを、お前にもする。今のあたし達なら出来るだろう」
「白くなることじゃないわよ。今がおかしいって気付けるの。それに、嫌な思いを、前に向かう力に変えられることよ」
「瑞鶴、これが正しいとは言わねぇ。でも、お前がガキだとしても、知った方がいいことはある。あるんだ」
触れられる距離まで来た黒深雪。瑞鶴は混乱して攻撃するようなことは無かった。揺らいだ瞳で黒深雪を見つめ、何をするんだと少しの恐怖を感じていた。
「ガキには辛くて苦しいかもしれない。でも、現実を知って大人になるんだ。瑞鶴、先に謝っておく。辛かったら何を言ってくれても構わねぇ。すまん、本当に」
瑞鶴の肩に手を当てる。その逆側に、雷も手を置いた。やろうと思えばひっくり返すことも出来るだろうが、それはやらない。特異点かもしれないが、深雪と電ほど完璧にやることは出来ないし、自信もない。
だから、優しい願いを流し込む。『気付け』と『落ち着け』、自分がしてもらえたそれで、瑞鶴と吹っ切れてほしい。
「なに、何してるの……!?」
「さっき言っただろ、気付くんだ、混乱してるから辿り着けないし、恩があるから目を逸らし続ける。それを振り払うために、あたしと雷が、気付かせてやる」
「嫌だ……やめて……深雪、雷、やめて、やめてよ……私、私、こんなの、気付きたくない……!」
そして──
「あ、ああっ、やだ、『仲間はずれ』に、しないで、いいこでいるから、おいてかないで、みんなと一緒のことするからぁ!」