黒深雪と雷によって『気付け』と『落ち着け』の煙幕が施された瑞鶴だったが、子供にはその記憶はあまりにも酷なモノだった。大人のような割り切りは出来ない。それが理不尽であればあるほど、辛く苦しいモノとなり、それから逃避しようと、それを振り払おうとする。
瑞鶴の持つ死因、トラウマは、『仲間はずれ』。それは全て、両親のせいである。
両親の後先考えない行為によって、望まれずして生まれた上、存在を疎まれ、暴力は振るわれなくとも放置され、まともな教育も受けることが出来ずに、最後は餓死。
周りと同じことをさせてもらえない。同じ年代の少年少女とも関係を持てず、実の両親ですら構おうとせず、辛く苦しいひとりぼっち。
いい子にしてるからと訴えても関係ない。みんなと一緒のことをすると規律正しく生きようとしても関係ない。ただ存在そのものを無視された。子供達からは気味の悪い子供に思われただろうし、その親からも彼女の親のことから関わりたくないと思われただろう。結果として、誰からも『仲間はずれ』にされた。
「あ、ああっ、やだ、『仲間はずれ』に、しないで、いいこでいるから、おいてかないで、みんなと一緒のことするからぁ!」
訴えても、訴えても、誰も何もしてくれない。何を言っても聞いてくれない。何をしても離れていく。親ですら、無視をする。そんな世界に絶望して、ひたすら孤独に、その短い一生を終えた。
子供ならば、それを振り払おうとする。いいこでいるからと叫びながら、苦しみを味わうのはもう沢山だと。
「くそっ……あたし達じゃあ無理だったか……っ」
「そんなことない! 深雪、瑞鶴を落ち着かせましょ!」
瑞鶴の悲痛な叫びを聞き、失敗したかと顔を歪める黒深雪だったが、雷はそんな黒深雪を励ますようにしながら、暴れ始める瑞鶴を止めるために全力を尽くそうと煙幕を溢れさせる。
「ああああっ! いやだ! いやだ! なんで、なんで、なんでぇ!」
独りは嫌だと泣き叫び、しかし今は周りを攻撃することしか出来ることがない。理性も何もなく、可能な限りの艦載機を発艦させ、破壊出来るモノは全て破壊しようとする。
黒深雪も雷も、瑞鶴の側にいられない。その艦載機からの攻撃を避けるために、離れざるを得なかった。体当たりも射撃も、的確では無いが故に、乱雑であるが故に、誰も近付くことは出来ず、近付いたままでもいられない。
それが孤立に繋がることを理解していない。理解出来ない。それなのに、止まらない。死に繋がる暴走なのだから、そこに理由なんてない。
「本当に辛い思いをしたのね……せめて五十鈴がいてくれたら話は変わったかもしれないけど、無いものねだりよね」
「ああ……だから、あたし達で抑え込むしかねぇ」
「大丈夫……大丈夫よ。どうにか潜り抜ける。瑞鶴に近付くわ」
無数の艦載機が周囲を暴れ回り、嵐のように攻撃をする。理性のない攻撃であるため、命中率は0に近い。しかし、近付くこともままならず、ひたすら攻撃をするのみ。
この艦載機の数も、攻撃の猛烈さも、今まさに瑞鶴が命を燃やしてしまっているせいだ。こんなことを続けていたら、暴走が止まる前に命が終わる。放置されて餓死するのと同じ、暴れ回って衰弱死に繋がる。
一度ならず二度までも孤独の中命を落とすだなんて、可哀想という話では無い。そんなことを何度も味わわせるために、今を生きているわけでは無い。
「特異点の煙幕なら、あの艦載機を逸らすことだって出来るわよね」
「ああ、あいつならそういう使い方をしてる。この艦載機の嵐に、少しだけでも隙間を作ることくらい」
「もう痛い思いをさせたくないわ。身体も、心も」
黒深雪と雷が、瑞鶴に向けて手を突き出すと、じわりと煙幕が溢れ、そして一気に放出される。その色は白。ひっくり返され、カテゴリーWの特異点となれたことで、本当の特異点に近い力をこういう場面でも発揮出来る。
その願いは、『瑞鶴にこれ以上傷付いてほしくない』である。深雪と電が同じように煙幕を放ったら、もう少し話は変わったのかもしれない。だが、黒深雪と雷は、特異点となれたかもしれないが、
「あああああっ! ひとりに、ひとりにしないでぇ!」
「くそ、やってることが自分を独りにするってことに気付いてないのがタチが悪いな……っ」
「仕方ないわよ、私達だって、多分ああなってた。そんな子供でも寄り添ってあげるのが、大人ってモノなのよ」
「違いねぇや。あたしが大人なのかはわからねぇけど、雷はそういう奴だったんだろうな。あたしとは出来が違ぇ」
「まずは、あの子を優しく抱きしめてあげないと!」
瑞鶴の苦しそうな叫びを耳にしながらも、強く、強く願う。救われてほしい。もう辛い思いをしてもらいたくない。割り切れるくらいの強い心を持てとは言わないし言えないが、あんな思い以上に温かい温もりを今知ってほしい。
瑞鶴に辛い記憶を思い出させたのは紛れもなく自分達だ。間違いを知ってもらうため、心を鬼にして施術した。だが、それがこの事態を引き起こしてしまった。それを心の底から悔やみ、だからこそ自分達が解決したい。これ以上の苦しみを齎したくないと、優しい願いがより強くなる。
「瑞鶴、お前は独りじゃねぇよ……!」
「そうよ、貴女には仲間がいるの!」
そんな声は届かない。艦載機の嵐が緩くなることもない。独りが嫌なのに、心に壁を作るような猛攻。
だから、その壁を破壊するため、せめて隙間を作るために、優しい願いはより強い煙幕となる。
「だからっ、開けぇ!」
力強く叫ぶと、艦載機の嵐に煙幕が入り込んだ。その勢いを無理矢理上下に押し上げ押し下げるように、道をこじ開けた。
優しさを持ちながらも、そこは少しだけ力業となっている。黒深雪と雷が、特異点の力を
「雷!」
「ええ、行くわ!」
人一人分の隙間が開いた。それだけでいい。黒深雪には温もりを与えることは難しい。だが、雷ならば。
黒深雪に頼りにされたことで、補助装置とされている雷は一気に力を増した。身体中に煙幕が溢れ、一時的なスペックアップ。瑞鶴を救いたい、いや、
雷ならば、その隙間に入り込める。深雪から離れ、チラリと見えた瑞鶴に向かって、一気に突撃した。
艦載機の嵐を潜り抜け、雷は瑞鶴に触れられる距離へ。そして、殴るわけでもなく、体当たりをするわけでもなく、ただ優しく抱き締めた。頭を抱き抱えるように、撫でるように。
「っああっ」
「怖かったわよね、寂しかったわよね、辛かったわよね……でも、もう大丈夫よ」
撫でながら、雷は自分なりに煙幕を使い、『落ち着け』を施す。特異点の力としては最も弱いだろうが、それを補うだけの温もりで、瑞鶴を落ち着かせようと努めた。
「貴女には仲間がいるわ。もう独りじゃないし、独りにならない。辛かった思い出はあるかもしれないけれど、それ以上に、楽しくて嬉しい思い出を増やしていきましょ。大丈夫、みんなが貴女を見てくれているわ。嫌な思いは、もうしなくていいの」
雷の温もりによって、瑞鶴の周りを飛び回る艦載機は勢いを落としていく。『ブロックワード』による暴走は、次第に落ち着きを取り戻していく。
「ひとりじゃ、ない……?」
「ええ、独りじゃないわ。これからはずっと、これからもずっと、瑞鶴の側には誰かがいてくれる」
艦載機の嵐は、もう微風のようになっていた。そして、音もなくふわりとその姿を消していく。ずっと強張っていた瑞鶴の身体は雷に預けるように力が抜けていき、そして、ゆっくりと目を閉じていく。
「もう、怖くないから、辛くないから。みんなが、瑞鶴の友達になってくれるわ、家族になってくれるわ」
「ともだち……かぞく……」
「だから……今はお休み」
「……おやすみ……」
力を使い果たしたかのように、カクンと首が倒れ、雷に完全に身体を託した。暴走の影響、命を糧にした力の行使によって、限界に近いくらいになっていた瑞鶴は、気を失うことでストップ。命を落としていないのだから、これは無事に止められたと言えよう。
「……よかった……止まってくれたわ」
「雷、やったな」
「ええ、何とかなってくれて良かったわ。ただ、今ももしかしたら消耗し続けてるかもしれない。私達でどうにか出来るかしら……」
何とかなったと安堵しているところに、潜水艇が近付いてくるのが見えるくらいになっていた。また、そこには暴走することなく再洗脳も解かれ、特異点に救われた五十鈴の姿もあった。疲れ果てては
「はは、ちょうどいいところに保護者も来てくれたぜ」
「そうね、瑞鶴は五十鈴に任せるのが一番だものね」
保護者という認識は、カテゴリーKの中での共通認識だったようだ。黒深雪と雷は、心配そうにやってくる五十鈴に小さく手を振り、瑞鶴は無事だと伝えた。
これにより、カテゴリーKは全て対処完了。残す敵は、出洲一家のみ。