出洲の拠点の調査は続く。『迷彩』の曲解を使い、単独で奥へと進んでいく子日は、まず居住区を発見したが、そこには目ぼしいモノは見つからず、さらに進む。
今のところは人の気配もない。いるという非戦闘員の人間の姿も見ていない。全員が奥にいると見て間違いなさそうだが、ならば今ここで何をしているのか。それは突き止めておきたい。
「……こっちの方が匂いが強いかな……?」
居住区は艤装を装備して歩くようなことは考えられていないためか、通路が若干狭い。ここでいきなり敵が現れた場合、いくら姿を消せているからといっても、即撤退である。
姿は見えなくても、擦り抜けるわけではない。相手が非戦闘員ならば、通路の上に張り付くか何かしてやり過ごすことは可能かもしれないが、そうで無い場合──それこそ、小柄や中柄が来てしまった場合は、気付かれないように逃げる。
そうやって慎重に構えながら前へ前へ。鼻を利かせながら、後始末の際に感じ取れる油の匂いが強そうな場所へと向かっていく。犬では無いので嗅ぎ分けなどは出来ない。だが、明らかにこちらというのが見えてくることはある。
「毛色が変わった……ここから研究施設かな」
おそらく居住区という区画から一変する。重厚な扉がある行き止まり。鍵のようなモノはついていないため、そのまま入ることは可能。おそらく、この奥に研究施設がある。
子日は周囲を見回す。こういうところに罠が仕掛けられていてもおかしくは無い。侵入されることを考えていないかもしれないが、それでも用心している可能性は大きい。
「カメラは……あるね。でも、子日は見えてない。扉……ドアノブに何かあるかな……ん、何も無い。向こう側に何かあったら嫌だけど……」
カードキーで開くみたいなこともないため、ここの扉は、研究施設側で何かあった時に居住区に影響を与えないように設けられているモノであると窺える。
「……開いたら警報なるとかだったら嫌だなぁ。開かずに通過するのは無理だし……」
ここに扉があるなら、おそらく他の場所にも扉はある。そして全てが同じようにされている。ここがダメなら他もダメ。逆に言えば、ここが良ければ他もいい。
子日の持つ『迷彩』の力は、全てにおいて
しかし、開いたことを検知する機械はどうだろうか。見えなくするという一点に特化した力であっても、その場にいる者から隠れ切れるだけで、機械をそこまで騙せるかは、これまでやったことがない。
「……どうせ侵入してるのはバレてるんだから、ここは思い切ろう。よし、せーのっ」
門に対して魚雷をぶつけ、派手に侵入しているのだ。それに、潜水艇が入り、仲間達が今あの場所にいることだって確実にバレている。あちらにも監視カメラがあり、何かをしていることは筒抜けと考えていい。そもそも、自分が透明になって動き回っていることもバレていると考えられる。
ならば、ここで音が出ようが関係ない。もういると知られているのだから。そこからどういう行動をしたところで、あちらの警戒はより一層強まるだけ。
子日は思い切り扉を開ける。近くに人がいたところで、開いたことには気付かない。これで警報は──
「……鳴らない、ね。ふぅーっ、良かった良かった。もう少し奥に行ってみよう」
念のため扉を再確認。これで居住区からは開けられるけど、こちら側からは鍵がないと開かないなんてことがあったら厄介である。
鍵もなければ、やはりカードキーのようなモノも設置されていない。あくまでもここは生活を分断するだけの扉の様子。なので、閉じても問題はない。一応閉じた後にもう一度開いたら、ちゃんと開いた。なら帰り道も大丈夫。
「うわ、完全に変わった……」
子日がそういうのも無理はない。先程までの居住区は、人が住むことを想定されているため、多少なり住みやすい見た目をしていた。清潔感のある白、部屋の中をチラリと見ても、鎮守府の部屋のように圧迫されないような配置。広さもそこそこある。
だが、扉の向こう側は、如何にも研究施設ですと言わんばかりに無骨な雰囲気。鉄骨剥き出しとまではいかないが、余計なことはしていない、掃除のしやすさや、モノの運びやすさなどを重視した空間。通路も広く、戦おうと思えば戦えるかというくらい。出来るならもう少し広い場所でやり合いたいところだが。
「確実に匂いが強くなったかな。油と金属の匂いだ。残骸の匂いがすごいや」
後始末の時のような匂いがあからさまに強くなる。この施設の中で、いろいろと実験をしているのが明らかになる。
「よし、行こう」
さらに慎重に前へと進む子日。未だ人の気配はしないが、進めばそのうち何かを見つけるだろう。思っている以上に広いこの施設をなるべくなら隅々まで見ていきたい。
「音はどうかな……今でも何かしてるかな……?」
耳を澄ます。あまりにも遠いなら何も聞こえない。聞こえてくるなら近くで何かをしている。
「……今は流石に作業してるってことはないか。こんな状況でやってたら逆にすごいよ」
襲撃を受けたとわかっているのに、作業の手を止めないというのなら、それはもう研究者として何処かおかしいとしか思えない。だが、出洲ならやりかねないかと苦笑する。
「こっち、かな」
少し広めの通路を進むと、いくつか分かれ道。ちゃんと分岐点にはどの部屋が何処にあるかが記載されている辺り、割と几帳面。それを見て子日は次に向かう方を決める。
片方は倉庫、もう片方は研究。明確に記載されているので、研究サイドに向かう。倉庫も見ておきたいところだが、今は迅速に内情を知ることを優先する。
進んでいく内に、何やら音が聞こえてくるようになる。研究をしているというよりは、戦いに備えているような音。工廠のような音。
「艤装とか置いておく部屋があるんだっけ。もしかしたら、そこそこ広いかも」
さらに進めば、その音はよりハッキリと聞こえてくる。緊急で艤装を直しているような音。大急ぎで動き回っているような足音。そして、声。
それが聞こえてきた場所は、他の部屋とは打って変わって広い空間。工廠とまではいかないが、ある程度は動き回っても余裕のある場所。体育館程のスペースはないが、テニスコート2面分くらいはありそうな場所である。
それだけ広めの部屋ではあるが、周りには殆ど何も無い。おそらく、ここは作り上げられた艤装などを多少テストする空間。砲撃などは御法度だが、腕を振り回す、武器を振り回すことは可能な場所。たまには身体を動かそうと考えると、これくらいの広間は欲しくなるということか。
「ママ、大丈夫!?」
小柄の声。その声色からして、神風との戦いの傷がおおよそ癒えているものの、まだ本調子では無さそうなことを心配している。ここから本当に戦えるのか、自分と一緒にいられるのか、置いていかれないかをただ不安に思っているような、そんな声。
子日はその声のする方に向かい、姿が見えていなくてもこっそりその様子を観察する。
「大丈夫だ……傷は癒えた。次も戦える」
「本当? ボクと一緒に、あんな奴らぶっ倒せる?」
「ああ……勿論。私も、奴と決着をつけねばならん」
「奴……‥あの刀振り回す危ない女だよね。ママなら絶対勝てるよ。あの時は変な力を使われて驚いただけだもんね」
刀を振り回す危ない女呼ばわりに、子日は少し笑いそうになった。それはお前らもだろと。むしろ中柄は刀を三本も振り回す、より危ない女である。
相変わらず、自分達のことは棚に上げた発言。周りに誰もいなくてもそんなことが言える辺り、本気で思っているというのがよくわかる。
「特異点の力で、奴は力を増している。かつてとは比べ物にならん。私も、その差に動揺してしまった。次はない。最初から叩き潰す」
「うん、ボクも頑張るよ。あんな奴らにもう負けないから!」
そんなことを話している母子の方へ、明らかに非戦闘員であろう人間達が、修復された艤装を運んできた。特に小柄の方は、神風によって大きく破壊されていたこともあり、より強く、よりしなやかに改造されていた。
「ん、ありがとー! これでまた戦えるよ。宿屋で全回復だ!」
「すまない、我が子のために」
こういう時は母の顔をしっかり見せる中柄。非戦闘員の人間達も、いえいえと謙遜しつつ、笑顔で小柄に艤装を装備させる。
人間達は、ただ従っているというだけではない、心の底からこの2人を信用し、頼っている。この研究施設の存続のため、戦えない者は戦える者を全力でバックアップする。
在り方は鎮守府と殆ど同じ。だが、信念がまるで違う。
小柄と中柄が完全に回復していることは確認出来てしまった。戦うのならばここであろうという空間も発見している。
ここからは、別事。出洲が今何をしているのか、この施設の全容を明らかにしにいくことである。