潜入調査中の子日は、小柄と中柄が回復していることを確認。艤装も修復されており、次の戦闘では十全の状態で戦うことが出来るだろう。
これはかなり大きめな情報。状況を把握すれば戦いやすくもなる。これは確実に持ち帰らなくてはならないモノ。
「さぁ、どうしようかな……」
ここからは、出洲が今何をしているのか、この施設の全容を明らかにしにいくことである。
ただし、出洲がいるのはこの空間の先だと考えられる。見えていないとはいえ、堂々とあの2人の前を通らなければならない。
軽く近くを見回してみると、他にもこの空間に繋がる道はありそうである。居住区から繋がる道を通ってきただけで、別の道、それこそ搬入した資材を居住区を通さず直接ここまで持ってくる通路はあるのだろう。
「……まずはあっちに行ってみよう。流石に真っ直ぐ向こうに行くのは危ないもんね」
子日もそこは自重する。無理してあの2人の前を通過するのは、『迷彩』があっても安全とは言えない。確実に気配を察知されないようにしても、突然何かされる可能性もなくはない。
壁際をゆっくりと、音は聞こえていなくても音はしないように、忍び足で空間の中に入り、進む。『迷彩』が無ければ、間違いなく見つかるような場所。だとしても、今ならばほぼ見つからない。
あちらはあちらで新調された艤装を軽く試運転して、ここからの戦いに備えているようである。小柄は艤装から生えた腕を振り回し、中柄はそれを見て頷く。母のような表情を見せているが、実際母なのでそれは当然のこと。非戦闘員の人間も、修復が上手く行って良かったと安堵の息を吐いているようである。
「ああいうところは子日達みたいなんだけどなぁ、目的がなぁ」
仲睦まじい雰囲気は、鎮守府の光景とそう大差ない。怪我が治り、コンディションを確認するために身体を動かす。それを見守る仲間達。子日だって、これに近いことは経験がある。
だが、ここにいる者達の最終的な目的は、世界の平和──全てを壊し、平坦な世界にしてしまうこと──である。その真意を知っているのかどうかはわからない。知っていてそれをヨシとしているのか、その果てを知らずにいるのか。小柄は子日から先の話をされているため、少しは理解しているはずだが、それでも変わらない。今が空元気かもしれないが。
「……どうにか出来ればいいんだけどね」
今どうにか出来るモノでもなし。子日はそのプライベートな光景を見たところで何も変えない。結局のところ、身内とは仲が良くても、特異点に対しては無実の罪を裁こうとするスタンスは変わらないのだから。
命をかけた戦いは、そんなことでは終わらない。終わってくれない。だから、たとえ今本当の平和に近い姿を見せていたとしても、それをそのままにしておくわけにはいかなかった。
「さぁ、もう少し調査を──」
バレることはなくてもバレないように他の通路へと向かっている時、それは起きた。
「具合はどうかな?」
その場に、現れた。
「
小柄の父、つまりは出洲。奥で研究をしているとばかり思っていたが、この場に現れた。
子日は出洲の姿を直接見るのは初めてである。1回目の軍港では地下施設を襲撃していたため、2回目の阿手の島では大広間に残り最後の詰めには向かわなかったため、顔を合わせたことがない。
その姿、中枢棲姫の姿をした
子日の不安を他所に、出洲は非戦闘員の人間を労っていた。妻と子の艤装を修復してくれてありがとうと。人間もいえいえと謙遜しつつ、そう言ってもらえたことに素直に喜びを見せているようだ。
今の出洲が何を考えているかわからない。そもそも、労うという行為が人々に差をつけ、争いを作り出す行為である。出洲は些細な争いすらも消し去ろうとしている者。それなのに、今はそれをしている。
仲間だからか、それとも、今だからか。どちらにせよ、言っていることとやっていることが大きく矛盾しているのは間違いない。
「パパ、これでまた、特異点をやっつけることが出来るよ!」
「ああ、お前ならやれるさ、
「あ……うん、そうなんだ、パパ、アイツら、変なこと言うんだ」
少しだけ小柄はシュンとした表情を見せる。
「魔王を斃したらハッピーエンドだよね。ボクは勇者で、世界を平和にするために戦ってるんだ。ハッピーエンドになれば、全部丸く収まるんだよね」
子日に言われた、エンディングのその先のこと。今やっていることは世界征服と同じであり、勇者は魔王に成り代わると。その言葉が、心に根深く突き刺さっていた。
中柄がそれを宥め、勇者なのだと話しても、どうしても、どうしても忘れられないようである。
そんな小柄に対して、出洲はキッパリと言い放つ。
「ああ、特異点を斃し、世界が平和になれば、全てが良くなる。争いのない世界だ。堕落を促す魔王を斃すことで、その平和が近付く」
「だよね、うん、だよね」
「敵に何を言われたかは知らないが、気にすることはない。お前は特別な存在、平和を掴み取るための勇者さ。なぁ、紫亜?」
「その通りだ。彼のいう通り、お前は選ばれし勇者だ。敵の言葉なんて忘れてしまえ」
両親がこれだから、子供もこうなる。わかりやすい毒親である。子日はその光景を見ていてとても嫌な気持ちになった。
出洲も出洲であり、その言葉に真意が含まれているのかわからない。争いを全て無くすためには、贔屓というのも無くさねばならない。妻と子は親族というだけで贔屓も贔屓。争いの種になり得る。それなのに許容している。
特別を作ることは全てにおいて悪手なのだが、そこのところはどう考えているのか。今まさに尋ねたいところだった。どう答えても誰も喜ばない。
「平和となれば、誰も痛い思いはしなくなる。身も心も、苦しまない。そんな感情を持たずに済む。嫌な思いをする必要はない。そのためには、存在が堕落に繋がる特異点を始末しなければならない」
うっすらと笑みを浮かべながら、それはいつも話すように口にする。出洲が完全に壊れているのは、子日の目から見ても明らかだった。
「うん、うん、ボク頑張るよ。魔王を斃して、世界を平和にするんだ。平和になったら、きっと楽しいもんね」
楽しい。小柄はそう言った。文化も何もない世界を、楽しいと。これはエンディングのその先を本当に知らない者の発言。何もかもを終わらせた世界を楽しいだなんて、子供なら尚更言えない。それなのに、そう言える。
もしくは、知っていて言っている。世界に差を作らなくても、自分達だけは、自分だけは今のままでいられるとわかっている、信じている。
出洲の目指す平和は、楽しいということも許されない。何故なら精神に差が出来るから。嫉妬を生むし、嫌悪を生む。そしてそれは、争いへと繋がる。
「ああ」
一言、出洲は返した。たったそれだけ。良いも悪いもない、真意を隠すような、それでいて話さなくてもいいことは話さないようにしているような、曖昧な言葉。
子供なら騙される。知らない者でも騙される。だが、知る者ならば。子日は明確な嫌悪感を覚えた。我が子ですら利用しているとしか思えない。それか、利用しているとも感じていない、目的のために淡々と動くだけの機械。
だから子供は騙される。だが、出洲は家族を贔屓するかもしれない。優遇するかも知れない。そうなれば、小柄の考えている通りになる。それは明確なダブスタである。
「……反吐が出るようなやり方だね」
子日は独りごちた。出洲のやり方は間違っている。そうとしか言えない。何をするにも間違っている。間違いすぎている。世界のためにと言いながら、それはもう独りよがりなのだ。
溜息を吐き、子日はその場から離れる。この空間に全員揃っているという情報があれば、ひとまずはそれでいい。出洲はまた奥に戻るかもしれないが、それならそれでいい。
しかし──
「覗き見とは感心しないね」
出洲の目は、確実に
「っ……!?」
息を呑む子日だったが、出洲は動かずにこちらに話しかけてくるのみ。小柄と中柄は、何もないところに話しかける出洲を見て疑問を持つが、中柄の方はそれを知っているため即座に戦闘態勢に入る。出洲が構わないよと抑えた。
出洲には子日の姿が見えている。それは、イリスの眼と同じモノがある……というわけではないだろう。熟練見張員ならば、『迷彩』をある程度は看破出来ることは調べがついている。
出洲は、妖精さんの力をも取り込んでいる。イリスの眼には黒にしか見えないが、妖精さんはカテゴリーA、透明な彩を持つ存在。持っていても判断がつかない。そのため、その力を持っていてもおかしくはないのだ。
「今は特異点のところに戻りたまえ。君もわかっているだろう。1人で我々に挑んでも、どうにもならないことくらい」
子日は正直、ぐうの音も出ない。流石にここで勝てるほど甘くはない。そのため、音も立てずにその場を立ち去る。
見えてはいないが、小柄は出洲の向いている方にアカンベェをし、中柄は常に警戒をし続けていた。
出洲は妖精さんの力をも持っている。それが知れただけでも充分だった。決戦の時は近い。
小柄の本名、明日太は、中柄の本名でおる紫亜の元ネタであるヘスティアのローマ神話側、ウェスタから。名前からもわかる通り、小柄は元男の子です。