出洲の登場に緊張が走り、『迷彩』によって姿を消していた子日をも看破出来ることが判明したことで、子日はその場から無言で立ち去った。
出洲は余程自信があるのか、それとも別の思惑があるのか、そこにたった1人しかいない子日を、攻撃するでもなく、特異点のところに戻ればいいと、追い返す。それは、決着をつけようとこの場で宣戦布告したようなモノだった。
「……何あれ……」
工廠のような広間から離れた子日は、出洲達の姿が見えなくなったところで、大きく息を吐いた。あまりの得体の知れなさに、息を呑んだ後、息を吐くことも忘れかけていた。
今は攻撃されなかったが、出洲が本気なら、今ここで子日はやられていただろう。それなのに、逃がされた。特異点以外には眼中にないとでも言っていそうな、そんな雰囲気すら見て取れた。
それだけではない。目が合った時にわかった、その壊れた中身。世界を見ているようで、何も見ていないような、混沌の瞳。艦娘だけでなく、深海棲艦でもあそこまで昏く濁った瞳を持つ者は見たことがない。後始末をしている先に見た、首だけとなって息絶えた姫ですら、あんなことにはなっていなかった。
「……アレは……生かしておいちゃダメなヤツだ……」
子日は本心からその言葉が出た。救えるモノなら救いたい後始末屋としての矜持を以てしても、出洲だけは救えない、救われない。長い時間かけて腐り続けたような、悪意を悪意と思えず、むしろ善意だと思って周りを引っ掻き回している。自分を悪と思っていない悪。
口に出さずとも、それは反吐が出るような存在だった。
「戻ろう……あそこで待っているかはわからないけど、あそこなら戦いやすいもんね。あんな、あんなヤツでも、みんなで力を合わせれば、斃せる」
得体の知れなさでは群を抜いている。あまりにも異常で、これまでとはレベルが段違いなのも認める。勝ち目があるかなんて、今の段階ではわからない。
だが、ここで勝たなければ、世界がどうなるかわからない。ならば、ここでどうにかせねばならない。烏滸がましいことかもしれないが、ここであの出洲をどうにか出来るのは、おそらく後始末屋だけだ。
子日は決意新たに、一度仲間達のところへと戻る。本当に自信があるのか、帰り道にも罠など仕掛けられていなかった。
出洲の拠点、搬入口。子日の帰りを待つ仲間達は、調べられるところは全て調べていた。薄く伸ばした煙幕を使って、床から壁から天井から、何もかもを確認し、ここには何もないということを証明する。
通路側にあるモノも、ある程度は確認した。近くには倉庫があるくらいで、この近くには生活に関するモノくらいしか置かれていない。研究のための設備は、全て奥に持っていかれていると考えていいのだろう。
そこに、子日が戻ってきた。姿を現し、皆の前に現れたことで、無事に戻ってきたことを皆が安堵する。
「子日、どうだった」
「この奥に、鎮守府でいう工廠みたいなところがあったよ」
「そこだ、あたし達がさっき話した、艤装を置いておくような場所っつーのは」
黒深雪と雷は、あの空間までは認識しているようである。その奥でやられていることは明確に把握していないかもしれないが、勝手を知る場所がそれならば、まだ戦いやすいと言えるか。
「そこに……あの家族がいる。子供も奥さんも、出洲本人も、全員揃ってる。身体も艤装も元通りになってる」
「っ……出洲が、待ち構えてるってことかよ」
「どちらかといえば、用があってそこに来たって感じだった。家族がまた戦えることを見に来てるっていうか……‥ううん、そんなことより。出洲には、子日の姿が見えてた」
その事実を伝えられたことで、一行に衝撃が走る。機械すら欺く『迷彩』の力を無効化しているということは、妖精さんの眼を持っているのと同義。イリスと同等であるようなモノ。イリスの力をコピーしたフレッチャーも同様のことが出来るが、それとは話が違う。
「アイツ、妖精さんの力も持ってるってことかよ」
「多分ね……」
「なら本当に何してくるかわからねぇぞ。別個体は……流石に知らなかったよな」
「ああ……何を以て妖精さんの力って言うのかわからねぇけど、あの人がどんな力を持ってるかとかは知らねぇ」
「特別な力みたいなのを持ってるのは知らないのよね。あの人、艦載機が使えることは知ってるんだけど」
軍港都市で初めて対面した時は、とにかくあの艦載機の数が厄介だった。アレにボロボロにされた記憶は拭いきれない。しかも、艦載機からの射撃などなく、直接ぶつけられるだけで圧倒されたのだ。
伊豆提督が蹴り壊すことをしていたのは、彼が相応に力を持っているからである。艦載機自体の耐久力は一般的なモノと然程変わらないのかもしれない。今ならば、艦載機くらいならどうとでもなりそうである。
しかし、本体の耐久力が尋常ではないこともわかっている。艦載機を破壊する伊豆提督の蹴りをまともに受けても、ダメージは受けているのにビクともしない。それをどうにかしなくてはならない。
「出洲だけでも面倒なのに、他にもいるってのがな」
「うん、さっきは戦わなそうな普通の人間もいた。多分、研究者だよ。艤装持ってきてたし」
「そいつら、戦闘に参加するのか?」
「わからない……でも、仲は良さそうに見えたよ。仲間内ではすごくいい感じの関係に見えたんだよね」
あの非戦闘員の人間も戦闘に参加するというのなら、より厄介なことになる。艦娘の戦いに一般人がまともに戦えるわけがない。巻き込まれたら、間違いなく命に関わる。
後始末屋一行は、そんな相手の命を奪おうだなんて思っていない。あくまでも標的は出洲一家のみ。人間は人間らしく裁かれるべきであり、それを越えてしまった者達は、それ相応に裁くというだけ。上からの許可も貰っている、咎められる謂れのない法に基づいた戦いである。
黒深雪と雷は、仲間内ではいい感じという子日の感想を聞き、少しだけ目を伏せた。内心どう思っているかはさておき、仲がいい雰囲気であったことは否定は出来ない。自分達が出洲側にいた時も、その平和が正しいと信じていた時も、少なからず生活に嫌なところは無かったのだ。
最終的にどうなるかを知ってしまった今、その居心地の良さは正反対になる。明るい道を抜けた先には、真っ暗闇の崖っぷち。そして、歩みは止められない。死に向けて一歩踏み出し、そして死ぬ。それだけ。今の明るさが嘘のように気持ち悪くなる。
「人間は戦わねぇよ。あたし達の記憶が正しけりゃな」
「あくまでも研究員だから、戦う力なんて持ってないわ。それでも突っ込んでくるってことも、多分ないと思う。非力であることはわかってるし、誰だって命は惜しいだろうから」
「ああ、雷と同じ意見だ。あたし達は戦うためにこうして力も持ってるが、アイツらの力は研究のための頭だ。あの人だってその辺りはわかってるだろうから、無駄に命を散らすようなことはさせねぇよ。手が足りないって時に、その手が無くなるのは嫌だろうからな」
人の命というよりは、研究のスピードが落ちるのが嫌だから、非戦闘員には何もさせないというのが一番の理由であると、黒深雪と雷は語る。平和を目指す研究が一番で、命は二の次みたいな考え方だが、実際それで命は守られているのだから、文句も無いだろう。
怖いのは、非戦闘員の独断先行である。それだけはどうにか止めなければならない。
「もしそういうことがあったら、子日がコソッと行って止めておくよ。出洲には見えてるけど、他には見えてないわけだし、何もされずになんとか出来ると思う」
「そうね。万が一の時は、子日にお願いしましょ。適材適所よね」
透明化はやはり相応に使える場面が多い。基本的には回避不可能な行動なので、非戦闘員にはかなり効果的に使える。子日に任せるのが一番良さそうである。
「あたし達が出洲達に専念する。つーか、あいつはあたしを始末するために動いてるんだ。集中させられるに決まったらぁ」
「ええ、人間が手出ししてこないことを願いましょ」
そうとしか言えないのが現状であった。
一行はそのまま道を進む。もう戦いはすぐそこにある。
「いよいよか……でも、確実に勝つぞ。ここで終わりにしてやる」
「なのです。もう、後始末の邪魔はさせないのです」
意気込み、そして、歩を進めると、見えてくる広い空間。そこで戦うのだろうと理解すると、緊張が走る。
これが本当に最後の戦い。出洲を斃し、その家族を斃し、禍根を残さずに終わらせる。誰かが欠けるのも許されない。
そして、その場に立つ。
「ようこそ、そして久しぶりだね、特異点」
そこでは子日の言っていた通り、一家総出でお出迎えを受けることとなった。