「ようこそ、そして久しぶりだね、特異点」
出洲の拠点の広間、決戦を挑むために突き進んだ後始末屋一行は、そこで出洲一家総出のお出迎えを受けることとなった。小柄と中柄は艤装も装備して臨戦態勢、いつでも戦えるぞと言わんばかりに殺気も増し増し。だが、出洲自身がまだ戦おうとしていないので踏みとどまっているだけ。
「おう、来てやったぞ、わざわざな。決着、つけるんだろ」
「ああ、そうだね。だが最後に、君達に最後の申し入れだ。最初にも話したことなんだがね」
「何のつもりだ」
「ここで君だけが消えてくれれば、もしくは私についてきてくれれば、他の者にはこれ以上手を出さない」
軍港都市で初めて顔を合わせた時にも言われたこと。あくまでも狙いは特異点のみ。深雪が自ら命を差し出してくれるのならば、他の者を傷付けることはしないと語る。
あの時から変わらず、上から目線で、自分が正しいと確信した表情で。うすら笑いすら浮かべているように見えた。
「お断りだバカ」
「まぁ、そう答えるとは思っていたさ。特異点はそういうモノ。故に、君は私と相対する者。私の計画を世界が認めず、故に生まれた。これまでの特異点とは違うと言ってもいい」
物知り顔で語る出洲に、深雪は怒りが募る。自分がどうして生まれたかまで出洲の考える通りだなんて思いたくもない。
これまで特異点を3人殺しているという発言からして、これまでの特異点がどういう者だったかはキチンと理解はしているのだろう。願いを叶える者、人の望む何かを実現する者。故に、堕落させる者。
だが、深雪はこれまでの3人とは格が違うと認めている。これまでも自らの手で始末してきたが、ここまで強く抵抗する者はいなかったのだろう。その上、仲間達も相応に力を持っている。これはいつも通りには出来ないと判断し、わざわざ戦場までこうして用意した。
「君には確実にここで終わってもらう。構わないね?」
「それはこっちのセリフだ。ここでどちらかが終わるんだろ。こっちじゃねぇ、テメェだよ」
出洲は笑みを浮かべたまま、濁った瞳で深雪を見つめる。他に誰も見えていないような、そんな真っ直ぐな瞳。お前だけはここで殺すという意志が強すぎるほどに突き刺さる。だが、深雪はそんなことでは怯まない。
「……なぁ、アンタの目指してる平和は、本当に正しいのかよ」
そんな出洲に、今度は黒深雪が話しかける。少し苦しそうに、これまでハメられていたことを訴えるように。
「ああ、君は。見違えたね。特異点に絆されてしまったのかな」
「そう言われればそうだろうよ。でもな、あたし達は特異点に気付かされたんだ。アンタの求めてる平和はおかしいってな」
「私達の記憶を変えてでも従わせるなんて、絶対におかしいことよ。そんなことをして手に入れる平和なんて、平和でもなんでもないわ」
黒深雪に続き、雷も言葉を紡いだ。命を救ってくれた恩人かもしれないが、少なからず思い出したくもないような壮絶で嫌悪感しかない記憶を植え付けられ、それを無くすために世界を平和にするのだという意思を作られたのだ。本来の自分を忘れてしまっていることもあって、そんな精神操作をしてまで目指す平和にどんな価値があるのだと訴える。
だが、出洲の表情は何も変わらない。自分が正しいと確信しているのだから、何を言われても揺らがない。
「それをするに値するだけの価値はあった。君達も、その時の気持ちを忘れたわけではないだろう。この世界は罪に満ち溢れている。無くさねばならないと、本心から思ったろう」
「それも捻じ曲げられたからだろ。元のあたしと雷は、そんなこと思ってなかったんじゃねぇのか。だから、アンタは思い通りになるように、あたし達を歪めたんじゃねぇのか」
「歪めたわけじゃない。真実に気付いてもらっただけさ」
自分の思想が真実であると強く信じ込んでいる。故に、やることなすことが正しいと言い張る。自分が悪だとは微塵も感じていない。だからやることに躊躇がない。平和のため、世界のためとして、倫理観も何もかもが壊れている。
「この世界は歪んでいる。だから、私は平和に導くために行動しているに過ぎない。それを邪魔する君達は、平和を望まぬ、混沌を求める者達だ」
「混沌なんかじゃねぇよ、この世界は」
深雪が口を挟む。この世界の罪ばかりに目が行っている出洲に物申すカタチで。だが、出洲はやはり何も変わらない。
「罪ばかりの世界を、放っておくのかい」
「罪を無くすために、いいことも全部無くすってのがおかしいんだよ。本当に罪を無くしたいなら、テメェはこんなところに閉じこもって研究ばっかしてないで、今泣いてる奴を助けるために動き回れよ。先のことばかり見て、今が見えてねぇ。罪ばかりだっつって、なんで今の罪をどうにかしようとしねぇんだよ」
深雪のごもっともな正論に、仲間達は心の中で頷く。未来の罪を無くすために研究をし、人類を管理するという思想に行き着いている割には、今の罪を見て見ぬふりをし、何かあれば今の世界が悪いと感じつつも、今行動すら起こさずに研究に入り浸り。既にこの時点で矛盾しているのだ。
結局、平和より研究が上回っている。研究の結果、世界が平和になるというだけ。その平和も、出洲の思い通りになる世界という、狂った独裁者を作り出すだけの平和。管理者が好きなようにする、それ以外が何も与えられない真っ白で平坦な世界。
「なるほど、君達にはそこが納得出来ないと。先を見るなら今動けと、そう言っているんだね」
「ああ、わかったなら理由を言え。言えないなら知ったこっちゃねぇ」
「今動いたところで、罪はもう起きてしまっている。何も変わらない。死にたくない者が死に、罪を犯した者は既にその忌避すべき快楽を得てしまっている。それをどうにかすることはもう出来ない。だからこそ、私はそれを未然に防ぐために研究をしている」
深雪には理解が出来なかった。質問に対して、全く違う解答を受けたようにしか思えなかった。たった一言の中に、幾つもの矛盾が隠れ潜んでいるようにしか聞こえなかった。
「悪い、あたしはバカだからよ、テメェの言ってる意味が全くわからねぇ。これから罪が起きることを防ぐために、今起きてる罪は無視してるっつってんのか。テメェが研究中に起きてる罪は見て見ぬふりってことでいいのかよ」
「心は痛めているよ。早く世界を平和にせねばと思えるくらいにはね」
「……お前、マジか。そんな、そんなクソみたいな考え方で、ここまで大事やらかしてんのか。元々やべぇ奴だと思ってたけど、支離滅裂って話じゃねぇぞ。会話になってねぇ」
深雪が呆れるほどの理論。どうしてそんなことになってしまったのか理解に苦しむ。
「何がテメェをそうしたんだよ。何を以て、世界をぶっ壊してでも平和にしたいだなんて思ったんだよ」
「私はかつて、世界を平和にするために、人間という種を強くするために、艦娘とは何かを調査していた。その命を賭してくれた者もいた。とても感謝しているさ。だが、それをヨシとしなかった艦娘達に、
その場で思いつく限りの言い訳を並べ立てているようにしか聞こえない出洲の言葉。それそのものが呪文か何かにしか聞こえない。意味があるようでないような言葉の羅列。聞いている者全てが、頭が痛くなりそうだった。
しかし、出洲は真剣にそう考えている。正義だと思っていた艦娘であっても罪を犯すのならば、世界を全て真っ白にして平和にするべきだと、本気で考えている。
認められていたのは、その時のトップが原だったからだ。もう時代が違う。何もかもが違う。それなのに、自分は罪なき者と断言する。ここまで人間を狂わせておいて。
「……お前マジか」
「理解してもらおうとは思っていないさ。だからこうして反発している。堕落させる者、特異点は、艦娘の罪を加速させる。罪なき平和を拒むのだから」
「話にならねぇ。話をしたくても、テメェが話をするつもりがねぇんだ。何を言っても聞かないのはわかってたけど、ここまでとは思わなかった。狂ってるよ」
「私が狂っていると。ならば、君は自分が正気だと言えるのかな」
「屁理屈すぎるだろそれ。少なくとも、テメェよりはまともだと思うがな」
「それはこちらのセリフでもあるのさ。罪を放置する君達は、私には狂っているようにしか思えない。君が私を理解しないように、私は君を理解しない。それだけさ」
話が続かない。話が通じない。話をしているようで、話にならない。言葉はわかっても、話がわからない。
「……そうかよ。じゃあ、これで話は終わりだ」
「その通りだ。決着をつけようか、特異点。罪なき世界のために、咎人である特異点を消し去ろう。何度でも、何度でも」
話をしたところで何も進展などない。故に、もうこれで終わり。戦いの火蓋は、切って落とされる。