次なる作戦、グレカーレと白雲が小柄狙いへと切り替えたことで、戦況が僅かだが変わった。出洲が艦載機をグレカーレに寄せ始めたのだ。深雪達に向かっていた艦載機の半数を全てグレカーレに投入したことで、30機近くの艦載機がグレカーレに纏わりつくことになる。
幸いにも射撃などがないため、ひたすら羽虫に襲われているようなモノではあるのだが、それでも前に進むことを完全に妨害されており、グレカーレは新たに照準を定めた小柄に近付くことも出来ない。
だが、そのおかげで深雪達に出洲への道が開いた。艦載機が少なくなれば、その分前に進みやすくなる。身体を張った道に、深雪達は感謝しながらも突き進んだ。
「やっと近付けたぜ、出洲!」
「特異点、そうまでして何故平和を破壊しようとする。争いを好んでいるのかい」
その間合いは手が届くくらいの距離。目と鼻の先。艦載機を払い除け、ここまでようやくやってきた。
出洲の言葉など知ったことではない。平和を破壊しているのはお前だと言ったところで聞かないのだから、言っても無駄。何を言っても会話にならないのだから、精神衛生上、無視が一番手っ取り早い。
深雪はすぐさま主砲を構える。これだけ近いなら、撃てば当たるというレベル。なのだが、出洲はこれでもまだ余裕たっぷりの表情。主砲を持つ手に艦載機を当てることで照準を定めさせない。直接攻撃するのでは無く、あくまでも払い除けるだけ。危険な勝利より、確実な回避を選択している。
だが、主砲を払い除けられたということは、深雪の身体に隙が生まれるということ。出洲の攻撃手段は艦載機だけではないことは知っている。軍港、初めての顔合わせと戦いで、伊豆提督と打ち合っていた手刀。あれは非常に鋭く、直撃したら骨から内臓まで傷付けられるだろうと予想がつく。
「させねぇ!」
それをどうにか出来るのが煙幕だ。艦載機を払い除けられるということは、直接的な攻撃だってどうにか出来る。
とはいえ、出洲が何をしてくるかわからない以上、煙幕に頼り切ることもしない。手刀を放ってきたとして、煙幕すら貫いてくる可能性があるのだ。それを見越せば、守りを固めつつも回避行動は取る。
案の定、これだけ近付けば出洲は艦載機による守りだけでなく、自らの手で攻撃を放ってきた。一度見た手刀。伊豆提督はそれを軽々と払い除けていたが、深雪にはそれは非常に鋭く、メスのように腹を切り裂く一撃に思えた。
伊豆提督は人の身でそれと相対し、そしてあの程度で済んでいるくらいの熟練者だったのだと、この最終決戦で改めて実感した。自分はあの域に達しているとは到底思えない。だから自分の持つ力を使うのだ。
「ふむ、特異点の煙幕か。私の知るそれより、柔軟で、使い勝手のいいモノのようだ」
手刀は煙幕によって阻まれ、深雪の腹には届くことはなかった。深雪は内心、咄嗟の煙幕が上手く働いてくれてよかったと安堵する。だが、それで気を抜いてなんていられない。今回は阻むことが出来たというだけで、次はあるかわからない。
何故なら、出洲は研究者。こちらの行動を研究し、分析し、次なる最善を掴み取ろうとするはずだ。今はダメでも次がある。深雪のそれを自分なりの尺度で解析し、対策をこの場で編み出す。
「深雪ちゃん!」
そんな出洲を立て続けに攻撃するのは電だ。深雪を守るため、これ以上の戦いを阻止するため、艦載機を潜り抜けて、深雪と同様、出洲に接近することに成功した。
本当ならばグラップラーとしての力を使って確実に絞め落としたい。しかし、出洲に触れることがどれだけ危険かもわかっていない以上、今は艦娘、深海棲艦の力を使って、瞬間的な火力を優先して始末に走る。
咄嗟に構えても最高の照準を定められる電。トリガーも脳内のおかげで、見定めてしまえばもう撃てる。
「特異点の補助装置、君もまた、平和を破壊する者。駆逐艦電は戦いを好まない優しい艦娘だと思ったが、やはり特異点、堕落のためには争いも許容するようだね」
その言葉は当然無視。出洲の
だが、脳内でトリガーを引こうとした瞬間に、それを見た。電の主砲、その砲口に、出洲が艦載機を配置したのだ。発艦されたモノが、もう直接砲口を塞ぐように。
「っぶ……!?」
すんでのところで電はトリガーをキャンセル。今このまま撃っていたら、艦載機の破壊と引き換えに、主砲そのものが破壊されていた。そして、それが実際に起きていたら、電自身も大怪我に繋がっていただろう。
これは煙幕などではどうにもならない。むしろ、出す暇すら与えられていない。
「電!?」
「大丈夫なのです! ギリギリで止めました!」
砲口を塞いでいた艦載機を直接掴み退かした電は、それを地面に叩きつけて破壊。
「くそっ、いい加減やめてくれ! アンタの求めてる平和は間違ってる!」
「自分の思い通りにする平和は、平和じゃないの!」
今度は黒深雪と雷からの声。艦載機を払い除けるのに手間取ったようだが、特異点の力を使いこなし、少し遅れて前へと進んだ。
出洲に訴えかけるように語るのは、やはりついさっきまでは仲間だったから。蘇生されたことへの恩がまだ残っているから。
出洲は黒深雪の顔を見て、ほんの少し、微かに眉を顰める。黒深雪の言葉だけは、わからない程度にブレる。その正体が正体だけに、その言葉は
出洲が認め、共に歩みたいと考えた数少ない研究者。認めたい、認めてもらいたいと感じた、素晴らしい存在。それに自分の研究、平和のための行いを完全に否定され、悔しさと悲しさが同時に溢れ出た。
記憶を封じても、同じ言葉が結局出てきた。それでも、自分は間違っているとは思わない。何故わかってくれないのだと思うだけ。わからないのならば、自らの手を下すしかもう、手段はないとまで。
「自由に振る舞えるからこそ、人は争いをやめない。君達もそれには納得をしていただろう」
「そのようにしたのはアンタだろ!」
「だからって、本当に奪っちゃいけないモノまで奪うのはダメよ!」
「そこまでしなくては、この世界を平和にすることは出来ないだろうさ。こうして戦いは続く。争いを止めるには、全員を同じ高次へと至らせ、全てを管理しなくてはならない。至った君達ならば、高次であれば少なからず争うことはないと実感出来るのではないかな」
黒深雪と雷に対しては、より饒舌になっているように感じた。深雪はそこに得体の知れない気持ち悪さを感じつつ、2人が気を引きつけてくれている隙に、捩じ込むようにまた主砲を構える。
だが、話していながらも出洲はチャンスを与えない。深雪の主砲に艦載機を直撃させて、またもや照準を外させる。
艦載機を手足のように扱うだけでなく、あまりにも広すぎる視野。この空間全域を完全に掌握している認識能力と精緻な技術。常に的確に、その時に必要な行動を最小限の動きで成し遂げる。
「ならなんで優遇とかするんだよ! さっきグレカーレが言ってたよな! 贔屓は争いを生むって!」
「優遇ではない。選択だ。私の妻、息子、それらは、世界の管理に必要な者。この世界を全てを、私1人で管理することは出来ない。故に、信用出来る者に手伝ってもらおうと考えているに過ぎない。君もそこに含まれていたんだがね」
そこに不満が出てくるとは考えないのか。自分が上に立つから、下の者の気持ちはわからない。管理者とそれ以外という差が、間違いなく軋轢を生むことに何故気付けないのか。
それに、信用出来る者という選択肢も、結局のところは出洲の匙加減である。これを贔屓、優遇と言わずして何なのか。
「あたしは、こんな世界なら優遇なんてしてもらいたくねぇ! 本当に争いを無くすことなんて、何やったって出来ねぇんだ! なら、管理より自由を選ぶ! そうじゃねぇのか!」
出洲は明確に眉を顰めた。誰の言葉も届かなかった出洲に、黒深雪のこの言葉だけはしっかりと届いた。
認めた研究者、温品からの完全否定を受けるのは、これで二度目。あれほど聡明な研究者が、何故この平和の正しさを理解してくれないのだと。
一度ならず二度までも否定されたのならば、もうそれは絶縁と同じ。出洲は小さく溜息を吐き、そして仕方ないと自分を納得させる。
「君を蘇らせたのは間違っていたようだ。理解出来ると思っていたが、仕方あるまい」
「勝手なこと言いやがって……あたしはアンタに生き返らせてくれって頼んでたのかよ! 死ぬ前のことは思い出せねぇけど、なんとなくわかるぞ。あたしは、アンタを否定してたんじゃないのか!」
「知る必要はない。君はもう、同志となり得る存在では無くなった」
あまりにも自分勝手。全てが自分を中心に回っているとしか思えないような言動。何処でこうなったのかわからないが、今の出洲は本当にダメである。
「悲しいが、また眠りにつかせよう」
「何勝手なこと言ってんだ。別個体もな、もうあたしの仲間なんだよ。簡単にやらせると思ってんのか。ああ!?」
見るに堪えない言動に、深雪も何度目かわからない怒りに震えた。