小柄が暴走し、出洲が空間全域を意識して艦載機を動かしたことで、最も弊害を受けているのは中柄と戦っている神風と伊203である。
命を糧にブーストしている上に、腕を六本に増やし、かつ艦載機まで操りながら圧倒する中柄は、異なるカタチで限界を超えている超人2人がかりであってもかなり厳しい。
そこにさらに横槍が入るようになったのだから、戦いにくくて仕方がない。素早く動いたとしても的確にその位置に艦載機がいる。神風が起こした衝突もあり、ただそこにあるだけでも大事故に繋がる可能性があるのが厄介極まりなかった。
しかも、その艦載機は絶対と言っていいほどに中柄の有利になる場所にある。当然と言えば当然なのだが、だとしても戦いに支障が出過ぎている。
「くっ……なんて邪魔な位置に……!」
神風が抑えていたぼやきを吐いてしまう。踏み込もうとすれば、破壊される覚悟で足下に入り込んでくる。そのまま薙ぎ払おうとしても、腕に体当たりを仕掛けてくる。居合を構えようとすれば、鞘を叩くために低空飛行だ。
「……遅くなる。気に入らない」
伊203もこの動きがどうも気に入らないようで、足下に来た艦載機は確実に蹴り壊している。神風よりは武器を使わない分、小回りが利くおかげか、艦載機の破壊がやりやすいようである。
しかし、破壊しても即座に補充され、邪魔をし続ける。そして、一度邪魔をされたなら、その方法を学び、より面倒臭い場所へとその身を置こうとする。
「せい!」
神風が放ったのは、阿手との戦いで見せた、瞬時に目の前の敵を細切れにする程の早業。艦載機は一気に破壊されるが、しかしそれだけである。
何故なら、それをした直後に、六臂の中柄が突撃してくるのだ。振り抜いて力が一瞬でも抜けたところに、三本の刀を振りかぶって襲いかかる中柄を、神風はさらに速度を上げて回避しようとする。しかし、そこでも出洲の艦載機が邪魔をするのだ。背後に回り込み、中柄の方に向かうように背中を強く打ち付けようと飛ぶ。
「はっ、喰らって堪るかっての!」
それを華麗に避けつつ、しかし神風はあえて前進。中柄が振りかぶる刀の軸を狙うように滑り込んで、刀を振り抜いた。
「させん!」
中柄は見越していたわけではないが、その脅威的な動体視力でその一撃を斬り払う。火花散るぶつかり合いだが、膂力は中柄の方が上。神風は軽く飛ばされるものの、すぐさま地に足をつき、刀を鞘に納める。
「ふっ……」
今度は伊203がその隙を狙って突撃。退かない艦載機を逆に掴むが、その場所からビクともしない。ならばとそれを利用し、腕の力だけで自分を前へと押し出す。
しかし、伊203の進路は的確に妨害される。2つ3つと艦載機が固まり、さらに強固な壁となった。たった3つでも、1つとは雲泥の差。伊203がその拳で叩き壊そうとしても、先頭の1つだけが破壊され、残りの2つが拳を逆に殴りつけてくる。
「邪魔……!」
これには伊203も若干の苛立ちが見えた。その艦載機は致命的なダメージを与えてこない。あくまでも、その行動を邪魔することに特化している。勢いよくぶつけてくるわけでもなく、ただそこにそっと置かれるだけ。
それがとにかく邪魔である。特に伊203は、神風と違って中柄への接近を徹底的に潰されている。それが中柄の望むことなのか、それとも出洲がただ気に入らないだけなのか。
「我が子は彼が守ってくれているだろう。ならば今は、貴様と決着をつけねばなるまい」
子供を見捨てたわけではない。暴走する子供を救うためには、今ここで邪魔をし続ける神風を始末し、改めて堂々と子供の元へと向かう。そのための状況は出洲が作ってくれている。
神風との決着も、中柄自身が望んでいた。母親としての自分を真っ向から否定してくる存在。何もわかっていないのに、図々しく家庭に口を出してくる敵。中柄の認識はそれだ。子供とは楽しくやっているし、平和のために足並みを揃えて共に歩んでいるというのに、何か言われる筋合いはないとも。
「……貴様も、母か」
そこで、中柄からそれを尋ねた。ママ友という言葉を投げかけられた時には、中柄は正直よく理解はしていなかった。だが、これまでの言動からして、中柄には包み隠さず自分のことを伝えていることがわかる。本来ならば隠しておきたい事実、うみどりの面々でもそれを知る者は非常に少ないそれを、敵である中柄にはわかるように示していた。
同じ母なのだから、今やっていることは間違っているのだと伝えるように。母だからこそ、子供に対してどのように接するべきかを教えるように。神風の中には、中柄へのある程度の情はある。
「ええ、私も子を、娘を失った母よ」
「ならば、私のやり方もわかるのではないのか」
「わかるわよ。わかった上で、間違っているのもね」
刀同士がぶつかり合う。火花が散るが、お互いに一歩も引かない。神風には出洲の艦載機による横槍が入るが、何度も受け続けていれば、神風もそれに慣れてくる。踏み込まずとも身体の捻り方で威力を増した斬撃を可能とし、回避もステップの刻み方で対応していく。
踏み込むことが出来ないということがどうしても攻撃力を下げてしまうのだが、神風は現状に適応する。横槍を避けながらも、今一番敵を斃すための行動を瞬時に理解する。
「母ならば、子の平和を作るのではないのか」
「ええ、その通りよ。貴女にはあの子供が、そして私には……深雪がそれに相当するわ」
踏み込めない分、力の入った斬撃は放てない。中柄が振り下ろす刀を、斬り払うことは出来ても、その手から弾き飛ばすことは出来なかった。
その分、剛ではなく柔で立ち向かう。三刀を緩やかにいなしつつ、少しずつステップを速くしていく。力業で押し込んでくる中柄と舞い踊るかのように、少しずつ少しずつ速度を上げていく。
限界の位置が変わった神風が、そのさらに向こう側に行くために、翌日のことなど考えずに限界を超えるために。ギアを一気に上げるのではなく、徐々に徐々に、身体を慣らしながら先へ先へ。
「お互い様なのよ。だから、どちらも文句は言えない。貴女達は、我が子を生きてるだけで罪だなんて宣った。なら、母として、それに対抗しなくちゃいけないわ。貴女もそうでしょ」
「……特異点は始末せねばならん」
「そんなことを言う奴を始末しなくちゃいけないの。貴女だけに正当性があるわけがない。私達に正当性がないなら、当然そちらにも何もないのよ」
ギアが上がる。神風はそれを実感出来た。周りの見え方が変わる。自分が速いだけではない。周りをハッキリと認識出来る。もしかしたら、これが伊203の普段見ている世界なのかもしれない。速さ至上主義の目は、この瞬間瞬間を確実に捉え、有り余る頭の回転で最善を掴み取る。
「人様の子を殺そうとする母親なんかに、私はなりたくなかったわ。でもね、貴女の子供は、無邪気にゲーム感覚で人の命を奪うようなバケモノなの。抵抗することすら否定するような輩を相手にして、私達がどうするのかなんて、火を見るより明らかでしょうに」
さらにギアが上がる。速さだけではない、力も強くなる。翌日は筋肉痛で身体が動かなくなるなと、何処か客観的に自分の状況が見えた。
それもあるからか、横槍を入れてくる出洲の艦載機にまで意識が回せた。今から何処に現れるか、何処を邪魔してくるか、それが手に取るようにわかった。
処理速度も上がり、全ての力があり得ないくらいに底上げされていく。自分でも恐ろしいくらいに。
それがわかるのが、刀を振るう腕の筋肉だった。明らかにオーバースペックになっている。使いすぎたら断裂するとわかる。無意識に止めるのが人間というモノだが、神風は意識的にそれを止めなかった。まだ行ける。まだまだ行ける。行かねば、中柄は斃せない。
「貴様らの望む平和は、人を不幸にするだろう!」
「そっくりそのまま返すわよ! 今を不幸にしている連中が、未来まで良く出来るわけないでしょうが!」
バキンと嫌な音が響いた。それは、中柄の刀が折れた音。神風の刀は、まだまだ健在。
しかし、相変わらず腕の生やし直しによって刀は再生成される。一度折っただけでは終わらない。
「いい加減に、ここで終わってもらうわよ。私の子供の命を狙い続けるような輩には、諦めてもらうから!」
「こちらのセリフだ! 我が子の平和な未来を潰えさせる輩には、滅んでもらわねばならん!」
神風と同様に、中柄も限界を超えるような動きを見せ始める。お互いに、徐々に身体に無理が出てくる。それでも止まらない。止まることなど出来やしない。
ここで限界を迎えてもいい。それだけの気概を見せつけて、真っ向勝負をぶつける。
母同士の戦いはまだ続く。接戦は苛烈化していく。