裏側で調査が進む中、娯楽街の散策を続ける駆逐艦の会御一行は、休暇をしっかり満喫していた。心を休めるための時間でここにいるのだから、余計なことは考えずに遊ぶ。それが目的。
白雪がコソコソと調査を続けているものの、それによって休暇を遮るようなことはしないようにしたおかげで、電も時雨も、人間のことをよく知ることが出来た。特に電は、ここにいる人間達は楽しそうに暮らしていると納得して、まだ残っている人間不信を緩和している。
食べ歩きは大概終わり、子日が満足したようなので、次の目的に進む。深雪が初めてここに来た時と同じルートで行くのならば、ここからは趣味のモノを手に入れることになる。
「食べ歩きの後は買い物かい?」
「はい、梅は本屋に行くためにここに来ているので」
「私は手芸屋へ。趣味を持っておくといいこともありますからね」
娯楽街の中でも、梅や秋月がメインとなる場所。特に趣味がある艦娘などが、その欲求を満たすアイテムを購入するための道で、時雨が周囲を見回した。
食べ物ばかりの場所から抜けたことで雰囲気がガラリと変わり、ベクトルの違う楽しそうな空気が漂う。
「時雨さんも、何か趣味とか持ってみては?」
秋月にそんな話を振られ、時雨は何を言ってるんだという表情を見せる。
「何故僕が趣味なんて持たなくちゃいけないんだい?」
「
間髪容れずに梅に言われ、時雨は何も言えなくなる。
時雨は呪いのせいで常に周囲に不信感を持ち続けている。ある意味、緊張をし続けているようなものだ。緩和することは殆どない。
心に余裕が無いと言われれば、そうかもしれない。そのため、梅の言葉を否定出来なかった。
「趣味は戦いや
「私も手芸……最近は編み物なんてやっていますが、そうしている間は心が静かになりますね。落ち着くためにも、何か趣味を持ってみることをオススメしますよ」
突然そんなことを言われてもと、時雨は軽く悩んだ。梅のように本を読んでみてもいい。秋月のように手芸を嗜んでみるのもいい。だが、どうもピンとこないところもある。
ならば、他の者はどうなのか。時雨と同じように、ここ最近で艦娘としての姿を得た2人に趣味があるのか。
「深雪、電、君達に趣味なんてものはあるのかい」
そう言われると自分達にも無いなと、深雪と電は顔を見合わせる。うみどりで自由な時間を貰えた時は、基本的には訓練ばかり。夜の自由な時間にやっていることといえば、深雪は長門から教えてもらった筋トレを、電は交換日記を読み返す。あとは2人共通しているのは、その日のことを思い返したりするくらい。最近は夜一緒に寝るようになっているため、1日の訓練の反省会をしていることが多い。
「言われてみれば、何にも無いな。残念ながら」
「なのです。趣味……って、どういうことをすればいいのです?」
この純粋種の発言に、仲間達は人間との明確な違いを理解した。元艦ということもあるためか、一般的な娯楽というものがすぐにわからないでいる。
「簡単なのは読書です。本を読むことは楽しいですからね。時雨さん、活字はいいですよ」
梅からの少々押しの強い提案が始まったため、時雨は深雪や電に助けてくれと言わんばかりに視線を向けるが、深雪としては頑張れとしか言えなかった。梅も時雨のことを考えて提案してくれている
「ひとまず本屋に行きゃあいいんじゃないか? 絶対に行くところだし」
「そうしましょうすぐに行きましょう時雨さんも見れば欲しくなると思いますので」
こういう時の梅は凄まじい。時雨でも逆らうことが出来ず、本屋に引っ張られていく。文句を言おうとも、梅は活字の良さを説明し続けている。時雨は諦めを覚える羽目になった。
「本屋の次は手芸屋と言っていたね。そのあと、雑貨屋に行きたいんだが、いいかな」
「響も何か入り用なのか?」
「追加のパーティーグッズでも買っておこうかなと思ってね」
言いながらも懐から鼻眼鏡を出してスチャッとかける。潜水新棲姫に笑顔を取り戻させた一芸のための小道具。これを見に行きたいと堂々と言うあたり、筋金入りということなのだろう。
調査隊に何の必要があるのかと問いただしたいところだったが、響には響の考え方があるのだろうと、何か聞くことはなかった。代わりに、こんな大勢の人間がいる公共の場で鼻眼鏡はやめてくれと苦言を呈しておいた。
「とりあえず、梅達を追おうぜ。あんなテンションが上がってる梅なんて、ここでしか見れねぇよな」
「なのです。梅ちゃん、本当に本が好きなのですね」
「ああ、マジな。あたしが体調崩した時に本を貸してくれたりしてなぁ。自分だけじゃなくてみんなに読んでもらいたいって感じみたいだ」
「じゃあ、じゃあ、電も本を見てみるのです」
電も本を見ることに乗り気。今までそういう機会が無かったのだから、やってみたいという気持ちが溢れてきているのだろう。電には読書する姿も様になるだろうなと深雪はしみじみと思いながら、今は梅を追うこととした。
電も時雨も、ちゃんと休暇を楽しめている。人間の良さも、これならきっとわかってくれているはずだと、深雪はニコニコ笑顔で後を追った。
本屋から出る梅は相変わらずのホクホク顔。時雨はそこまででは無かったものの、一冊の本を携えて出てきた。
「お、ちゃんと本買ってんじゃねぇか」
「ああ……梅に押し切られてね……」
そう言いながら買った本を取り出す時雨。その本はわかりやすく歴史本。大衆向けに多少アレンジされているが、第一次深海戦争の顛末が詳しく書かれている小説本。
「艦娘がまだ人間と仲良しこよししていた頃の戦いを知っておこうと思ってね」
「へぇ、じゃあ第二次の本もあるのかな」
「あったね。でも今回はコレだけにしておいた。それなりに頁があるようだし、僕だっていろいろやることがあるんだ。ゆっくり読み進めていくことにするよ」
こういったカタチででも、人間の社会に馴染んでいくのはいいことだろう。過去の戦いのことをどう思っているのかがわかるはず。艦娘のことを冒涜しているようなことはない。命を搾り取るような研究をしているのは、本当に極一部の悪辣な人間だけなのだと納得出来るはずだ。
「電は、可愛いワンちゃんの写真集を買ってみたのです。癒されるのですぅ♪」
「お、いいじゃん。電はそういうの好きそうだもんな」
「大好きなのですっ。次は猫ちゃんの写真集もいいかもなのです」
電はというと、買ったのは写真集。読書からは遠い本のような気がしないでもないが、これも本に触れる機会だということで、梅は一切否定しない。活字だけが本ではないと理解しているので、まず紙を手にするところから始めてもらえればと。
むしろ、本の良さを知ってもらう機会なので、そういう意味でもホクホクだった。布教成功と考えていそうである。
「あれ、睦月どうした?」
本屋の前でそんな話をしていると、何やら睦月が興味津々に別の店を見ていた。今回も友達──綾波と暁に会いに来たというのが目的だったのだが、何か違うモノにも興味が出ているように見えた。
視線の先にあった店は、おそらくは古物商。質屋というわけでは無さそうだが、店舗そのものがあまり目立っていなかったため、前回来たときも気付かなかった。
「あんな店、あったかなって思って」
「前回はあたしも初めてで浮かれてたから、全然視界に入ってなかった気がする」
「気になるなら入ってみましょうか」
すぐさま白雪が店の中へ。睦月と同じように、白雪も気になったらしい。一切の躊躇いなく突き進んでいく白雪に驚きつつも、深雪と睦月はその店へと入っていった。
「老舗……というわけではないみたいですけど、置いてあるものは結構古いモノばかりです。わ、これ第一次の時の提督が持っていたと言われている軍刀ですよ。これは過去に艦娘に贈られていたという撃墜勲章……レプリカには見えませんね……」
興味津々に商品を見て回る白雪。まるで本のことを語る梅のようで、白雪の意外な一面が見られた。
「もしかして白雪、そういうのが趣味なのか?」
「はい、私、こういう歴史を感じるモノを集めるのが趣味なんです。あまり大層なモノは買えないんですが、こういう勲章とかは飾っているだけでも何か感じるものがありますね」
いわゆるコレクターというタイプ。そういう人間もいるのかと深雪は感心していた。
睦月も同じように並んでいる商品を見ているのだが、そこでも何やら違うモノを見つけたかのような反応を示す。
「あれ、これってただのカメラかにゃ? かなり古いタイプ?」
そう言って白雪に見てもらったのは、確かに見た目が少し違うカメラ。少々古ぼけているものの、一般的なモノでは無さそうな加工がされていそうなモノに見える。
それを目にした時、白雪は大きく反応しかけた口を押さえる。
「こ、これ、第二次の時に諜報員が使っていたと言われているカメラですよ。デジタルなんですけど、艤装技術が使われていて、中のデータを確実に持ち帰ることが出来るようにされているんです。内も外もとにかく頑丈っていうのも聞いたことがあります」
小声ではあるが、白雪の興奮が手に取るようにわかった。調査隊ではない一面を見ることが出来て、深雪としても嬉しかったりする。先程までは休暇だというのに仕事ばかりしていて、楽しめているのか疑問だったが、こういうところを見るとちゃんと楽しめていそうだと感じた。
「なんだいなんだい、今度はこんな店かい」
白雪が興奮しているところに、時雨が入ってくる。知らない間にフラッといなくなっていた深雪達を探していたようだった。
だが、その視線が白雪が見ているカメラに向くと、興味深そうに眺める。
「写真機かい?」
「はい、30年以上前のカメラですよ」
「……興味があるね。でも、骨董品なんじゃないのかい」
「だとしても、軍の仕様なら今でも多分使えますよ。バッテリーは充電する必要があると思いますけど」
そう言いながら軽く触れる白雪。展示品ではなく商品であるため、気をつけて触れれば別に問題ない。
すると、未だに電源が生きているのか、普通に電源がついてしまった。驚いて落としかけるものの、そこは咄嗟に時雨が動いてキャッチ。
「驚くのは勝手だけど、手放すのは良くないんじゃないかな」
「ご、ごめんなさい。まさか電源がつくなんて思ってなくて」
「まったく……ん?」
そのカメラの液晶に映し出された写真に、今度は時雨が驚く番だった。白雪のように落としはしないものの、そこから目が離せないでいた。
「時雨、どうしたよ」
「……深雪、君はこの写真を見てどう思う」
そう言いながらカメラの液晶を見せる。そこに映っていたモノを見て、時雨が驚いた理由がすぐにわかった。
そこにあったのは、
第三次深海戦争は、今よりも未来の話。過去の遺物みたいな感じで出てくるものは、我々には一般的なモノだったりします。デジカメですら何十年と使われている時間軸になるので、過去のものであれば古物商に売っていることも普通にあったりするわけですね。