出洲が脅威度に応じて守り方を寄せていることに気付き、一部の仲間達が出洲の視線を釘付けにしている間に、打開のための深雪と電が仲間達に煙幕ブーストを仕掛けていくこととなった。
深雪は時雨の『タービン』の模倣まで行い、出洲の艦載機を避けながら、神風への接近に成功。換気扇のせいで遠距離で出来ない煙幕ブーストを直接施すことが出来た。
「神風、頼んだ!」
「ええ、任せてちょうだい」
吸ったことで肺に入り、そこから身体中を駆け巡る煙幕の力。歪んだ平和になんて行かせないという強い決意を含んだ、深雪の優しい願いをその身に受けて、寄生させている特機も活性化する。
疲れなんて何処かに行ってしまった。上げ続けていたギアが、さらに跳ね上がる。力が漲る。漲り過ぎているくらいに。
「っ……貴様……何をした……」
伊203により一瞬の隙を作られた中柄は、そのほんの僅かな時間で神風が大きく変化したことに気付き、刀を振り回して伊203を離れさせる。伊203も一旦離れて、深雪にアイコンタクト。神風に施した煙幕ブーストを、可能ならば自分にも頼むと目で訴える。深雪は小さく頷くと、今はまた中柄の隙を窺うことに。
「何したって、わかるだろ。あたしが、神風に、願いを託したんだ。テメェみたいなヤツをどうにかするためにな」
「……特異点……貴様が我らの平和を……」
「平和だぁ? テメェらの平和は、自分達のために他の人間を足蹴にして作ってるだけのグラグラな城じゃねぇか。だからこうやってぶっ壊されるんだよ」
中柄とこうして真正面から対峙するのは初めてな深雪だが、恐怖心など何処にも無かった。神風と伊203が2人がかりで戦っても拮抗どころか圧倒に高いくらいの戦いが出来る敵であっても、1対1で立ち向かったらまず勝てないであろう敵であっても、心は前向きに、折れることはない。
仲間がいるから、自信が持てる。この戦いは、ここから勝ちに向かう。そう確信出来る。
「貴様……!」
「なら教えてくれよ。テメェらの目指す平和の正当性をよ。あたし達が納得出来るようにな。嫌なことだけじゃなく嬉しいこと楽しいことまで全部奪い取って、テメェらだけが自由に伸び伸びと生きてる平和の、何処がいいかをな。テメェらはいいだろうよ。優遇されて、文化も自分のモノに出来てんだ。じゃあ、他の奴らはどうなるんだ。平和ってのは、争いがないことだけじゃねぇんだぞ。わかってんのか、クソババアが」
「減らず口を……」
「結局のところ、テメェらは自分達だけは何も変わらないから目指せるんだよ。他の連中が辛い生活をしていても、自分達は自由が保障されてんだもんな。そりゃあ目指すだろうぜ。全員土台にして好き勝手やれる権利が貰えるなら、意地でも勝ち取ろうとする。わかってんだよ、テメェらの魂胆が」
深雪の口撃に耐えられなくなった中柄は、その口を止めるために斬りかかる。それがもう答えと言っても差し支えがない行動であった。
世界の平和を望む、人類から争いを取り払うという名目は、実際そうなのだろう。だが、出洲一家はその管理者として優遇されることが確約されており、誰も彼もから奪った文化を、全て手中に収め、自分達だけがそんな世界の中でもこれまでと同じように生活することが出来るのだ。
そんな歪んだ世界を成就するために、それを平和を作るためという大義名分にすり替えて、それを本気でいいモノであるとだと信じ込む。
「自分が正しいコトが全部正しいんだろ? だから、歯向かう奴は全部間違ってんだよな、テメェらの中では」
「……ああ、我々の求める平和は、間違っていない。誰も争わない。何もしない、出来ない。誰も、傷付かない。それが」
「今傷付いているのから目を背けないでもらえるか。あたし達だって、その辺りはちゃんと考えてるんだ。だから後始末をしてる。後のことを考えて、今を見てるんだよ」
もう、深雪からの口撃は、中柄にとって煽りにしかならない。そのため、ここでもう話は切る。中柄は冷静に、しかし怒りを強く溢れさせながら、深雪に対して三本の刀を振るう。
「やらせると思ってんの?」
当然、それを止めるのは神風。煙幕ブーストまで入ったことで、速さが数段階上がっていた。
何本刀を持とうが関係ない。深雪の前に瞬時に立つと、居合すらせずに刀を振るった。速さだけではない。膂力も煙幕によって強化され、身体の端々が全て思い通り以上に動く。
全ての刀を払い除け、出洲の艦載機による横槍すら斬り払う。限界の果てを特異点の力でさらに乗り越え、今だけはあり得ない程の力を出していた。
「アンタの相手は、この私。もう横槍なんかも気にしない。今の私には、この子の、深雪の力も託されているんだから」
深雪が神風に託し、その場から離れる。中柄は深雪を目で追うが、そんなことをする余裕など一気に無くなる。煙幕ブーストがかかった神風は、命を糧にしてブーストをかけている中柄を超えている。出洲のサポートすら気にせず、全てを斬り捨てる。
「ここで、アンタは絶対に斬る。アンタが子供の平和を目指すのと同じで、私もみんなの平和を目指しているのよ。お互い文句があるわよね。でも、関係ない。アンタがそうするように、私もそうする」
足下に滑り込む艦載機を蹴り飛ばし、踏み潰し、中柄に接近、刀を振るうことなく、その胸を蹴り飛ばす。
六本の腕でそれをガードしつつ、刀を振るうが、何も間に合わない。振るった時には、もう神風はそこにいない。
とにかく、全てのスペックが大幅に上昇している。それは、煙幕ブーストと『改装』の曲解の相性があまりにも良すぎることだった。そして、神風自身が明日のことを考えずに力を発揮していることも理由になる。
本来なら底上げされたスペックは、さらに上がり、限界も超え、そこからさらに上がる。今の神風は、超人という括りからも逸脱している。全ての力を今ここに注いでいると言っても過言ではない。
神風自身が、出洲よりも中柄を強く敵視していることもあるだろう。煙幕ブーストは、中柄に全て注いでしまってもいいと思えるほどに。
「やらせん、私はここで、貴様を始末し、我が子の平和を手にするのだ……!」
「なら止めてみなさいよ。私は、それをさらに乗り越えてあげるから」
蹴り飛ばしつつ、刀を鞘に納める。中柄はその時点で、神風が次に何をしてくるかを読んだ。
海上での戦いで放たれた、抜いた時には既に斬られていると感じるほどに速い、『零』の居合。空間すら断ち斬る程の威力は、前回は逆袈裟斬りにされたが命は救われている。あんな攻撃を二度も三度も喰らうわけには行かないし、喰らうわけがない。
今の中柄は命を糧にしたブーストがかかっている。瞬発力は海上の戦いの時以上。伊203と2人がかりで仕掛けても、背後から近付いても勘付き、反応するほどの速さも持っている。今ならば、『零』の居合も止められる。
だが、伊203にも注意は必要である。今でこそ出洲の艦載機にまた止められているが、深雪がそちらに向かっているのは考えずともわかる。ここで伊203にすら煙幕ブーストがかけられたら、神風を止められてももうどうにもならない。
その深雪も、出洲の艦載機に阻まれている状態だ。オーバークロックを短期間に使えるかどうかはら中柄にはわからない。それでも、今すぐにどうにかされることはない。
「もしかして、止められると思ってる?」
神風の瞳の炎が、ピタリと止まる。瞬時に一呼吸、時が止まったかのような瞬間。
「今の私は、さっきとも違うわよ」
中柄には見えた。出洲の艦載機のサポートも、自分の瞬発力も間に合わない、神風の踏み込み。あまりにも速いそのたった一歩が阻めず、最大級の力が発揮出来る準備が整ってしまったことを。
だが、まだ鞘から刀は抜き放たれてはいない。ここからでも止められる。三本と、艦載機、全身全霊をかけて、ついさっきと同じように止める。止めてやる。中柄は、その一撃を止めることに全てを費やす。命を投げ捨てるかの如く、湯水のように注ぎ込み、それを必ず止める。子供の平和のために。
それでは、間に合わない。
神風のその一撃は、神風自身、これまで生きてきた中で最高の一閃だった。自分の思いと、深雪の思い、仲間の思いに背中を押され、限界を超えた速度は、さらに速くなる。『零』の居合も視認出来るなどの枠組みから外れていたが、これはそのレベルではない。
音を置き去りにし、光を置き去りにし、時間すら置き去りにした、『零』の先、『無』の一閃。
「……見えな、かった」
「ええ……こんなの、私だけの力じゃ、出来なかったわ。深雪のおかげね」
「……子と共に、戦っていた、からか……」
「そうかもしれないわ。貴女は、結局別々に戦っていたのが間違いだったのよ」
中柄は、もう動かなかった。自分がどうなっているのかわかっているから。この時だけが、無限に続いているかのように長く感じた。
子供の方を向くことも出来なかった。不甲斐なかったから。遺して逝くことが申し訳なかったから。もう、何も出来やしない。
誰にも神風の一閃は見えていない。だが、チンと再度刀が鞘に納められたとわかった時──
中柄の胴から、夥しい量の血が飛び散った。