小柄の激しい廃熱のせいで赤熱化した剛腕が、夕立の服に火をつけるまでしてしまったものの、子日の咄嗟の機転でそれはすぐさま対処される。フレンドリーファイアという夕立にしか出来ないやり方は、小柄どころか、艦載機を操る出洲の思考をも一瞬止めることに成功し、その隙に電が夕立に煙幕ブーストを施すことが可能となった。
電の煙幕を吸い込んだことで、夕立の身体に力が漲る。大幅なスペックアップは、夕立自身、考えてもいない領域へと向かおうとしていた。
「ありがとね、電。これなら、もう行けるっぽい」
身体が軽い。痛みも何処にもない。ここからは割と無理が出来る。夕立はここで、『ダメコン』の神髄に辿り着こうとしていた。
元々『ダメコン』を使っていたのはトラだ。しかし、彼女は戦闘経験などで言えば、夕立からしてみれば素人と言っても過言ではない。まともに艦娘としての訓練を受けたわけでなく、艤装のパワーと強引な戦術が扱える曲解を組み合わせたゴリ押し戦法のようなモノ。
だが、同じ力を持った生粋の軍人、一度深海戦争を終わらせた第二世代がそれを扱えるようになっていることで、間違いなくそれ以上の力を発揮出来る。特に夕立は狂犬とも言える戦闘好き。身体のことを気にせずに前へ前へと進める力が手に入ったのならば、ここで止まるなんて考えやしない。
「なんなんだよ、なんなんだよぉ! お前達頭がおかしいんじゃないの!? 味方撃つし、そんな裸で戦ってくるし、なんなんだよ!」
子日からの砲撃を受けたことで燃える服を吹き飛ばし、これでもう熱を受けても邪魔な炎が上がるようなことは無くなった。代償として、夕立は今、半裸みたいなモノだ。
毎戦闘、無茶なことをするため、仲間達は夕立のそんな姿も見慣れてしまっている。砲撃の前に躍り出て、自らを盾に全てを守る。トラのような深海棲艦の衣装ならまだしも、艦娘の服はボロボロになりやすい。そういう意味では、無傷であっても服だけは大破状態なのが、『ダメコン』を手に入れた後の夕立の常である。
だが、小柄はそんな相手など見たこともない。身体が無事なら服なんて関係ないと向かってくる敵なんて、知るわけがない。
「見た目なんてどうだっていいっぽい。ここは戦場、夕立はまだ戦える、それだけ。隠す必要もないし、服が無くなったら動きやすくもなるし」
「変態かよぉ!」
「何言ってんの。そんなことで恥ずかしがってたら、ここでこんな戦い方出来ないっぽい。まぁ、お前が動揺してくれるならラッキーってことで、夕立は戦いやすいこのままでやらせてもらうから」
見えてはいけないところまで見えているような夕立が、平然と立ち向かってくる様に、小柄は動揺を隠せない。別に小柄だって、今は女である。女体に耐性がないだなんてウブなモノではないのだが、それでも他人の半裸はどうしても抵抗がある。
「ひ、卑怯だ! そんなやり方!」
「あ?」
小柄の言い分に、夕立はイラッとして声を荒げる。
「なんで夕立がこうなったかわかってないの? お前の攻撃で、服が燃えたから、こうなったの。お前が、この状況を、作ったの。わかる?」
「う、うるさい! そのまま燃え尽きていればこんなこと」
「夕立の身体は頑丈だから、燃え尽きるなんてことはないの。火傷もしない。ススくらいはついてるけど、その程度の強い身体なの。それを卑怯なんて言うわけ?」
夕立の圧がこれまで以上になる。半裸の女が圧をかけるというシュールな状況だが、小柄にはある意味で恐怖に繋がった。自分の理解が及ばない相手。
ゲームでもこんなことはない。どれだけ攻撃をしても相手のHPが減らない。常に全回復しているようなモノ。どれだけ殴っても、倒れるようなこともない。クソゲーもいいところである。
だが、これはゲームではない、現実である。自分ばかりチートを使えるゲームとは違う。自分がやれれば、相手もやれるの思わねばならない。小柄には、その割り切りが出来ない。自分が一番だから、勇者だから、敵が同じように強力かつ凶悪な力を使うのはインチキ。インチキをしていいのは自分だけ。
「それとも何、夕立が恥ずかしがっていやーんとか言えばよかった? そうしたらお前は攻撃をしてこなかった? そんなわけないでしょ。ここぞとばかりに殴ってくるよね。お前のことだから」
「あ、当たり前だ! 相手が裸の女でも、敵は敵なんだから」
「なら、夕立からも言える。相手がガキでも敵は敵。使える手段をいくらでも使って、今からお前をここで終わらせてやるってだけ。いいでしょ、ゲームにだって終わりはあるんだから」
問答はこれでおしまい。夕立はいい加減、小柄の相手をするのも嫌になってきていた。
軽くなった身体で、一気に間合いを詰める。その時の速さは、これまでとは雲泥の差だった。何故なら、夕立は『ダメコン』によって自分の身体が間違いなく壊れないと自覚しているからだ。
煙幕ブーストが入ったことにより、その強度はこれまで以上に増している。それがあれば何が出来るか。
神風や伊203の境地に、夕立も今、足を踏み入れた。特異点の後押しによって、100%の力を出しても身体が壊れないのだから、好きなだけやっていいと許可が下りた。
「なっ、速っ」
「こんなの、脚が砕けてもおかしくないんだけど、夕立は傷つかないから」
地を蹴った力は、限界をゆうに超えたモノ。普通ならば、そんなことをした時点で脚の何処かが折れていた。『ダメコン』があっても、その行動に躊躇いが出る。
しかし、今の夕立にはその辺りの躊躇いが完全に取り払われている。煙幕ブーストによって、十全以上の力が引き出され、自壊してしまいかねないほどの力が、さも当然のように扱える。
電の施した煙幕ブーストは、まさにそれだった。優しい願いを掻き集め、夕立が全力を出せますようにと。今、その願いは叶っていた。
「っらぁ!」
そこから渾身の拳。先程は勇者の鎧で阻まれたが、今回はどうなる。慢心しているわけではなく、単純に回避が間に合わないということで、小柄は勇者の鎧を展開。砲撃でも破壊されない鎧を、拳で破壊出来るわけがない。だからこれが最善。
小柄の頭の中では、それこそゲームのように、今の選択肢を引っ張り出した。フレーム処理までして、まるで格闘ゲームのように、鎧でのブロッキングという手段を取らざるを得なかった。
ただの手での一撃。メリケンサックなど武器を握っているわけでもない、本当にただの手。その一撃なのに、鎧に直撃した時の衝撃が、ついさっきとは全く違う。
「っえ!?」
「すごいね、特異点の煙幕、改めて思った。本来なら身体が壊れるくらいに全力出してるのに、全然痛くも痒くもない。それに、まだまだ身体が動く!」
一撃入れたかと思いきや、既に次の一撃が放たれている。筋が切れてもおかしくないような反動を、『ダメコン』で強引に抑え込んだ攻撃である。壊れないことをいいことに、壊れる程の攻撃を、延々と繰り返す。
「や、やめろぉ!」
「お前はもう、ハメ殺すっぽい。二度と攻撃なんてさせない」
その攻撃を止めようと、出洲の艦載機が夕立に襲いかかる。目の前に現れて止める。突き飛ばして止める。足を掬って止める。多種多様な邪魔を、幾重にも重ねて。
だが、夕立は止まらない。これまで我慢していたとすら感じる大暴れを、ここで解き放つ。獣のように、理性など感じさせない無茶苦茶なやり方で。
「夕立は傷つかない。だから、これまで何度もやってきたこと、お前にもしてあげる」
「なに、を」
「自爆しても、夕立は傷つかないんだよ。どういう意味かわかる?」
殴りながら、夕立はとんでもない手段に出る。ここは海ではない、陸とも言えないが水気のない地に足をつけられる場所。そこで使われるとは思わないようなモノ。
そう、
「ちょ、待っ」
「夕立は痛くも痒くもない。でも、お前はどうだろうね」
殴りながら、魚雷発射管から魚雷が抜き取られる。夕立の魚雷はほんの少しの特殊仕様。それこそゲームのキャラの如く、攻撃的な顔のイラストが描かれたモノである。
その顔が、小柄にはホラーの演出にすら感じた。今からお前を殺すぞと言われているかのようで。
「その鎧が強いってことは聞いてる。兜も盾もあるんだっけ。でも、傷つかないなんてことはないんでしょ。だから、今からその鎧が壊れるまで、夕立は自爆し続ける。いいよね、強いんだもんね、勇者様?」
そして、その魚雷を小柄に叩きつける。直後、2人を包み込むような爆発が起きた。
夕立は平然とそこに立っている。本来ならば内側まで響く衝撃に弱いので、魚雷による自爆はそれに該当しそうなのだが、煙幕ブーストがかかった今、その弱点すら乗り越えてしまっていた。
対する小柄は、勇者の装備を全て展開して、その爆発を耐えていた。硬い装甲には傷一つついていない。だが、それで自惚れることが出来るほど、小柄に余裕なんてなかった。
夕立は既に、2本目の魚雷を持っていたからだ。
「さ、どんどん行くよ。お前が、死ぬまで」
「やめっ」
ここからは地獄の時間である。ただひたすら魚雷が爆発するだけ。鎧を、兜を、盾を、容赦無く燃やしていく。傷ついていないのは、最初だけである。どんどん爆発させていくにつれて、その強度にヒビを入れていく。
出洲の艦載機も割って入れない。ただひたすら、その場で爆発し続けるだけ。もう、小柄を守るモノは、何もない。
「人様に迷惑かけておいて、もう充分でしょ。泣き言も言わせないよ、クソガキ」
数度目の爆発により、バキンと、勇者の装備が壊れる音がした。それは、小柄の心をも折るのには充分だった。