煙幕ブーストが入った夕立の猛攻により、ついに小柄の勇者の装備が破壊された。陸であるにもかかわらず、何度も何度も魚雷による自爆を繰り返されたことで、装備と共に心も折った。
小柄はもう無理だと本気で思ってしまったのだ。夕立は全く止まる気配がない。動きたくても、自爆を受けることで隙すら見つからない。ただひたすら、怖いという感情しか浮かんでこなかった。
「まだ終わらない。お前が終わるまで、終わらない」
夕立の死の宣告が、やけに耳に残った。本当に目の前に死があるのだと理解出来た。子供ながらに、これはもうダメだと思わせるには充分だった。
自然と、涙が出てきた。自分は勇者だと思っていたのに、こんな惨めな敗北を喫するなんてと。自分のやってきたことが正しかったかなんて考えるには至らない。そんなことを考えられるほど、まともな頭では無かった。
「やだ……やだよ……ママ、ママぁ……っ」
命乞いではなく、あの強くて優しい母に助けを求める声。爆発のせいで周りがあまり見えないが、何処にいるかは何となくわかる。其方へと目を向け、手を伸ばす。
その時、爆炎の中、うっすらとそれが見えた。
中柄は死を覚悟した。神風のその一撃は、目にも映らなかった。痛みすら遅れてやってくるほど。真っ先にやってきた死。そして、溢れ出た血。力が抜けて、その場に倒れ伏し、そこからようやく死に向かうための痛みがやってくる程だった。
だが、中柄は顔を顰めるようなことすらしない。神風が全てを上回ったのだと理解出来た。血が流れ、肌に纏わりつく感覚が気持ち悪い。とめどなく流れることで、身体も冷えてくる。寒い、痛いよりも、それが先立った。
「貴女は、もう立てない。確実に斬ったわ」
ただ胴を薙いだだけではない。心の臓を確実に斬り払っている。どう足掻いても、死は免れることは出来ない。自己修復があったとしても、治るより前に命の灯火が潰える。
中柄はそれを理解した。本当にこれで終わりなのだと。諦めるなんて出来ない。だが、手足が動かない。これだけ増やした腕も、どれも何一つ動かない。
「我が子……あす、た……」
溢れたのはこの名前。最後まで子供を案じ、いるであろうところに目をやる。霞む目で、中柄はその姿を捉えた。
母と子は、既に風前の灯。死の直前。
「……紫亜、明日太……救えない、か」
艦載機を飛ばしても、それを遮ることは出来なかった。神風はその邪魔すら乗り越えて、夕立は邪魔が入らないように自爆を繰り返し、もう何も出来なかった。
取り返しのつかない段階まで行っているのは明らかである。出洲は、向かってくる者達の攻撃を軽くいなしながらも、その光景を見ていることしか出来なかった。いや、
妻と息子の戦闘力を過信していたと言ってもいいかもしれない。特異点の仲間達に勝てるだけの力は与えていた。暴走しても崩壊しないだけの身体、増やせるだけ増やした戦闘力、脳内の処理速度も可能な限り上げた。敗走から学び、次は勝てるようにと短期間でも準備を怠らなかった。
それでも、届かなかった。最初は圧倒していたのだが、特異点の力が入ったことで、ひっくり返った。実際、2人を斃した神風と夕立は、無傷と言ってもいい。夕立はもう殆ど制服が吹き飛んでいるが、肌は煤まみれなだけで綺麗なモノ。神風は返り血以外で汚れていないと来た。
完敗と言ってもいい。翌日のことを考えていないのは出洲達も同じ。その上で戦場をここ、拠点の最も戦える場所にしたというのに、この敗北である。
「そうか……そうか、ならば、仕方あるまい」
1人で勝手に納得していく出洲。艦載機による猛攻の質が変わり、全機が自分の周りへと飛んでくる。小柄と中柄を守るために飛んでいた艦載機も、全てが同じ場所へ。
死に逝く者を守ることは、もうしなかった。むしろ、止めようとしても止まらないのだから、これ以上妨害しても無駄。
最後まで、自らの手で救おうとしていない。艦娘に近付かれることも嫌ならば、自ら近付くことも嫌なのだろう。向かってくる者には応戦するが、わざわざ出向くことは極力避けている。必要ならばやるというだけ。
つまり、小柄と中柄の戦いへの介入は、必要ではないと考えていたことになる。
「最悪なパパだねぇ! 奥さんと子供の助けも行かないでさぁ! 自分の身を守ることばっかりしててさぁ!」
グレカーレがここぞとばかりに煽る。チラリと他の戦場の方にも目を向けていたから、小柄と中柄がやられたことをいち早く察知していた。だからこそ煽れる。
かなり意地が悪い言葉ではあるが、出洲に対してならば罪悪感も湧かない。こらまでの行い、言動を顧みても、そのイカれた思考からして、こういうことを言っておきたいと思えるところまである。
「……返す言葉もない。平和を求めていた私の家族を救うことが出来ないのは、私の落ち度だろう」
「何言ってんだか。そこから動けば助けに行けたでしょ。それなのに、自分の身を守るために動くことすら放棄してんだから、救えるモノも救えないんだよ!」
落ち度なんて簡単な言葉で済ませようとしているが、結局のところ、自分の身可愛さでそこから動くことすらしなかったから、周りがこうして被害に遭うのだ。最初から3人固まっていたら、連携をして戦っていたら、こうはなっていなかったかもしれない。
後始末屋としてみたら、そうやって戦ってくれたから勝ち目が見えた。慢心に次ぐ慢心。1人でも戦えるだろうと判断したことが、確実な勝利を導いてくれた。
「それでも動かないんだから、アンタ本当に歪んでるよ。家族が大切じゃあないのかな!?」
「……平和を摘んだ君達が使う言葉ではあるまい。煽ることしか出来ないのかい」
「アンタに言われたくないっつーの。馬鹿の一つ覚えみたいに特異点は生きてるだけで罪としから言わないクセに、自分が責められたらそれって、もしかして煽り耐性ゼロなのかなぁ!?」
しかし、艦載機がほぼ全て集約してきたことで、出洲の鉄壁がより強固になったとすら感じた。少しずつでも攻め込めたモノが、まるで前に進めなくなったのは事実。
「……紫亜、明日太、ここまでついてきてくれてありがとう。私は、君達の分まで戦おう。ここにいる者達は、正しい道を、平和を拒んだのだ。特異点に絆され、罪深い堕落を受け入れたのだ。君達の思いを、私が背負おう。今はまだでも、この後に
その発言は、命の冒涜以外の何モノでもない。ここで命を落とすことになる2人を、また蘇らせようとしているのだ。条件はわからないが、ここで後始末屋が敗北を喫した場合、ここまでしてどうにかした小柄と中柄は、再び命を吹き込まれるというのだ。
「ママ、ママ、死なないで……」
「我が子よ……明日太よ……逝くな……平和への道を……」
「嫌だよ、ママ、ボク、死にたくない、ママと一緒に……」
最後まで、最後まで反省などしない。これまでの戦いを、本当に正しいモノと信じてここまで来てしまった。出洲はそれでもまた呼び戻そうとしているのだが、それは聞こえていない。
「許さない……ママをあんなにして……絶対に、ボクは……」
「我が子を痛めつけるとは……許さない……」
死への恐怖は、徐々に怒りへ。潰えていく命の灯火は、最後の最期に、さらに歪んで変質していく。
「いい加減にするっぽい。お前は、これでもう終わり」
勇者の鎧が破壊され、もう生身が見えた小柄に対して魚雷を撃ち込む夕立。生々しい終わりであっても、それが最善だとして、確実に始末した。
恨みを込めた目で夕立を睨みつける小柄だが、それを止めることはもう出来やしない。
これまでのことを反省するでもなく、結局は我儘な駄々を捏ね続けてきた子供の感情で、怒りと恨みを極限まで高めながら、最後に言葉を遺した。
「ユルサナイ」
そして、魚雷は爆発する。守るモノが失われた小柄の身体は、それと同時に爆散し、身体はそこにあったとも思えないような悲惨な状態へと姿を変えた。
ただ一つ、それでも頭だけは残った。身体は失われても、頭だけは、爆発に耐えて、夕立の目の前に転がった。
中柄の目にはそれがしっかりと映っていた。子供が目の前で死んだ。首だけ遺して、終わってしまった。これまで出してこなこった苦しみが、一気に溢れ出る。
だが、最後に出て来たのはやはり、これまでの反省ではなく、子供を殺されたことへの恨み。
「ユルサナイ」
中柄からも、恨みの言葉が漏れ出た。
「許してくれなんて言わないわ。でもね、貴女達も同じことをしていたの。最期までわからないなんて、愚かで哀れだわ」
神風の捨て台詞が、その耳に届いたかはわからない。だが、中柄の表情は、怒りに塗れていた。自分が死ぬこと以上に、子供がやられたことが気に入らなかった。
そして、ゆっくりと鼓動が止まる。終わりを迎えた。
「ユルサナイ」
「ユルサナイ」
「ユルサナイ」
小柄と中柄の言葉が、響くようだった。一方的な言葉であり、そんな謂れまないのだが、本人達は心の底からそれを恨んだ。
故に、それは起こる。深海棲艦の残留思念は何か。
そう、穢れであり、