残すところはあと出洲1人となったのだが、そうなった途端、守りから攻勢に出てきた。さらには、命が失われた中柄の亡骸から溢れ出した穢れを意のままに操るようにし、神風や伊203のスピードを奪っていく。砲撃も軽々と避けられ、全くダメージを与えられない。
出洲は穢れやら呪いやらのシステムを解明している。グレカーレはそう睨んだが、出洲自身は素知らぬ顔。仲間の思いと共に戦っているだけだと、耳触りのいい耳障りな言葉を紡ぐのみ。
「穢れの対処は後始末屋の本業なんだけどな!」
艦娘や深海棲艦の力だけでなく、穢れすらも操ってこの場を終わらせようとする出洲。だが、穢れをどうにかするのは、後始末屋では日常茶飯事。海に蔓延する穢れを清掃し、綺麗な海に戻すことを生業としているのだから、穢れをどうにかしようという気持ちは人一倍ある。
他の者よりは期間が短いかもしれないが、深雪だって後始末屋としてそれなりに多くの時間を使ってきた。初めての後始末で肉片を拾った時も、海に膜を張るように鎮座する穢れそのものを浄化した時も、常に前向きだった。約1ヶ月かけて終わらせた島の後始末だって、みんなと力を合わせてやり遂げた。
今回も同じだ。
「煙幕で穢れを浄化したい! この換気扇、止められるか!」
出洲の言動など無視して、自分の意思を仲間達に伝える深雪。換気扇さえ止められれば、この空間に煙幕を行き届かせて、穢れという穢れを鎮静化させられるはずた。後始末屋としての誇りを煙幕に込めて、優しい願い『この海を綺麗にしたい』という思いで、根源そのものを綺麗に後始末する。
そう簡単に出来れば苦労はしないだろう。どれだけ煙幕を撒こうが、あっという間に換気され、この空間には少しも残らない。
そうしている間に穢れはどんどん溢れ出す。血溜まりに溶け、液状化している中柄の亡骸だけではない。木っ端微塵になり首だけとなった小柄の亡骸も、その肉片が異常な量の穢れを放出している。本来ならば目に見えない、それを見るための眼鏡を使って確認しながら掃除しているようなモノが、誰の目にも明らかに見えるくらいの濃度で溢れている。
この場にいるだけで具合が悪くなるのではと思えるほどの、毒々しい瘴気。それを仲間の思いと称している出洲の狂気も相まって、この空間は混沌に満ちていた。
「直接行けない!?」
グレカーレは深雪にそう伝える。煙幕をばら撒くのが難しいならば、亡骸に直接触れて、煙幕を流し込む。そうしなければ、おそらくずっと穢れを溢れさせ続ける。
これは、誰もが嫌がるような作業だ。後始末屋の肉片拾いとほぼ同じ。むしろあちらはトングを使って回収していくのだからまだ抵抗はあれど仕事と割り切れる。悪態をついていた時雨であっても最初はげんなりしていた仕事。それをトング無し、素手でやれと言っているようなモノだ。煙幕を直接流し込むとなれば、触れざるを得ないのだから。
「了解だ! あたしが、直接行く!」
しかし、深雪は躊躇わなかった。亡骸に触れることも、穢れに触れることも、全てを否定することなく受け入れた。それがどれだけ酷い有様になっていても、誰が見ても汚いと言えるようなモノでも、深雪はほんの少しの抵抗も見せなかった。
後始末屋だから。この穢れを海から排除する、この世界の掃除屋だから。
「それを許すと思うかい」
一部始終を聞かれるように話していたのだから、当然出洲はそれを邪魔するだろう。艦載機の群れが深雪に一斉に襲いかかる。当然ながら、穢れもそれに付随する。
「かかってこいよ、文字通りのゴミ野郎が! 海を汚すようなクソッタレのやることなすこと、全部片付けてやらぁ!」
深雪が真っ先に目をつけたのは、近かった中柄の亡骸。ドス黒い血溜まりに、半分ほど溶けた身体。恨み辛みを湛えた光を灯さない瞳は、その世界の全てを穢そうとしているかのようにも見えた。
誰もが目を背けそうな残酷な亡骸を、深雪は素手で掴み上げるために動く。どんな残骸であろうと、片付けるのが後始末屋。
それを邪魔するために動き回る出洲の艦載機は、まるで妻の亡骸に触れるなと言わんばかり。その様子だけを見れば、愛する者を守るための行動に見える。
しかし、出洲にそんなつもりがないことは一目瞭然だ。この戦いで確実に特異点を終わらせるために必要な
出洲の目が語っている。『余計なことをするな』と。そうでなければ、そもそも中柄をそこに置いたままにはしない。出洲自身が動いて然るべきなのだから。
「ありがたく思えよ! 散らかしたヤツが何もしないから、後始末屋が片付けてやるんだからな!」
群がる艦載機を消し飛ばす砲撃で破壊しながら、少しずつでも前へ。ただの破壊ではないため、残滓は残らず、穢れと呪いによって動きを止めようとすることも出来ない。深雪がこの状況で一番動ける者。
「電!」
「なのです! 電もやるのです!」
深雪が可能ならば、電だってやれる。今はこの隙に子日に煙幕ブーストを施し、更なる力を引き出しているところだった。『迷彩』の力が更に活性化するのだが、出洲の目にはそれでも見えたまま。そのため、全体的なスペックアップのために使用。
「電ちゃん、子日がちょっと撹乱するよ。その間に、深雪ちゃんと合流するなり、あっちの残骸を浄化するなりして」
「子日ちゃん、撹乱って」
「換気扇のスイッチが何処にあるかはわかってるんだからさ、子日が行くよ。せっかく煙幕も貰えたんだから、この隙間を縫っていく」
大量の艦載機の隙間。そこを潜り抜けて、換気扇のスイッチをオフにしに行くと言い出したのだ。出洲がそれを許すわけがないのだが、子日に目が向けば、その分電も動きやすくなる。
スイッチをオフにすることが目的ではない。そのため、危ないと思ったら、スイッチに近付くことをやめて、その場から離れることも視野に入れている。出来れば御の字、出来ずとも本来の目的が達成出来ればいい。
「夕立ちゃん、道開ける?」
「ぽい。今の夕立はフリーだからね。少しでも行きやすくしてあげるっぽい。それに、今なら」
夕立もやる気満々で躍り出る。そして、その目はチラリと黒深雪の方へ。
「道を開くなら黒がやれるっぽい。隙間を作ってもらって、夕立がもっとこじ開ける。子日は、そこから抜けてって。いいよね、黒!」
「ははっ、いいぜ、任せろ!」
止まらない砲撃ならば、艦載機の壁に確実に穴を開けることが出来る。その穴が小さくても、夕立が無理矢理拡げる。そうすれば、子日もそれを潜り抜けることが出来る。
「本当なら直接スイッチに撃ち込みたかったけどな」
「ダメよ。オフにならずに壊れちゃったら、取り返しがつかないもの」
「わかってる。心配すんな、雷。もう後先考えないあたしじゃねぇ。みんなの道を開くためだ、力貸してくれ」
「勿論。深雪がそれを選んだんだもの。私はずっと側で手助けするわ。さぁ、やりましょう!」
黒深雪と雷は小さく微笑み、
「私達は深雪さんをサポートしましょう。深雪さんの方への妨害が厚いです」
「ナイス先読み! シラクモ、あたし達はミユキの道を開くよ!」
「勿論でございます。お姉様の道を阻む者は、何人たりとも許すわけにはいかぬのですから」
フレッチャーの『未来視』から、出洲の妨害は深雪側の方が激しくなるとわかり、そちらはそちらで動き出す。神風と伊203のスピードが抑え込まれている今、動くのはこちら。まだ甘く見られているようにも感じる、グレカーレ達。
「何処に何人いようが変わらない。私達は君達を、平和を破壊しようとする者達を、決して許すことはない。余計なことはさせないよ」
「余計なことをしているのは、アンタじゃないかしらね」
出洲の言葉には、神風が反撃する。艦載機の残滓と穢れによるスピードダウンはかなり苦しそうだが、限界を超えた力を発揮し続けているおかげで、動かないというわけではない。自分に向かってくる艦載機を、刀を抜かずとも鞘と、そしてきちんと持ってきている主砲を使って確実に破壊はしている。
その都度、残滓が身体に纏わりついてくるのだが、知ったことではない。深雪と電がこの溢れ続ける穢れと呪いをどうにかしてくれれば、戦況は大きく変わるはずだと信じているから。
「何度言ってもわからないだろうけど、既に平和だと思っている人々の思いをぶち壊して、アンタの平和を成就しようとしている時点で、侵略者以外の何者でも無いのよ」
「この世の中を平和と思っていると。自分の周りしか見えていないだけだね」
「そっくりそのまま返す。自分のことしか考えていない貴方が、ヒトのことをとやかく言う資格はない」
神風に続き、伊203も口撃。言うこと全てが矛盾していることに気付けないほど壊れているのだから、言ったところで無意味であろう。しかし、言わなければ気が済まないし、それで興味が引ければ本題に対しての妨害が薄れる。
「深雪、後始末屋としての大仕事、任せたわよ!」
「おう、任せろ! 特異点とかじゃねぇ、後始末屋として、あたしがやれることをやってやらぁな!」
穢れを直に浄化するため、力を合わせて深雪と電をサポートする。この一手が通れば、勝機は確実にやってくる。