グレカーレの決死の策により、煙幕を吸い込む床側の換気扇は破壊された。代償としてグレカーレの持つ剛腕は両方とも破壊されてしまい、本人もその爆発で吹き飛ばされてしまったが、命に別状は無い。
「へへ、やってやったぜ……。これで1つ、アンタの特異点対策はぶっ潰れる」
グレカーレは傷付きながらも不敵な笑みを出洲に向けた。思惑は確実にここで潰してやる。その楔を打ち込めたのだから、この程度の怪我は安いくらいだと。
「ミユキ、イナヅマ、少しは煙幕使いやすくなったぞー!」
これで換気扇に自己修復がついていたら笑えないが、ついているとしても、そう簡単に修復出来るようなモノではない。それに、グレカーレはそこまで見越して剛腕を犠牲にしたのだ。燃料を少しでも流し込み、そこに引火させたのは、炎上を長引かせるため。換気扇を破壊して、それを別の換気扇で対処しなければならないくらいのダメージを施設に与えている。
「グレカーレ、怪我は!?」
「気にすんない! あたしゃ自己修復があるんだから、少し休めば動けるようにはなる! そっちはそっちでやれることやって!」
深雪は声だけは元気なグレカーレを心配するが、グレカーレとしてはこっちに構っている余裕なんて無いぞと忠告する。何のために身を張ってこの大きな隙を作ったと思っているんだと苦笑した。
「ああ、ああ、やってやるさ。グレカーレがあんだけ身体張ったんだ。それが無駄になるなんて腹が立つからな!」
その精一杯の声援に、深雪は背中を押されるようだった。まだまだやれる、戦える。苦戦は終わらないかもしれないが、自分が扱える一番の手段がある程度は取り戻されたのだから。
「電! 地面に向けて使うぞ! 黒、雷、そっちも行けるか!」
「なのです! 換気扇を避けながら、なのですね!」
「やってやらぁ、少しでもサポートする!」
「ええ、今なら役に立つことくらい、出来そうだものね!」
煙幕を扱える4人は、一斉に手を下ろした。煙幕を出す先は正面ではない、真下だ。艦載機の群れが減ったわけではないが、離れ離れでも4人が同時に煙幕を溢れさせた場合、その艦載機だけで霧散させることは容易ではない。
深雪が煙幕に乗せた願いは、『この穢れを晴らし、せめて成仏してほしい』。電の願いは、『悪夢のようなこの戦いを、少しでも明るくして欲しい』。そして、黒深雪と雷の願いは、『これ以上、世界を困らせないでくれ』。それぞれの優しい願い、この戦いを終わらせ、世界を綺麗にするための、心からの望み。
それが、ぶわっと強く溢れ出た。床を這うように流れていく煙幕は、つい先程までは換気扇で全てを失くされていたが、今は違う。少しずつ天井や壁の換気扇に吸い込まれていっているようだが、先程までのあっという間ではない。ある程度は滞留して、その力を発揮している。
最もわかりやすかったのは、触れずとも穢れが薄くなったことだ。床にある小柄と中柄の亡骸が、吸われることなく残った煙幕に触れることで、ほんの少しでも抑えられることになった。
「私の家族に手を出しているのかい?」
その様子を見て、出洲が少々嫌そうに声を上げるが、深雪はそれに対して鼻で笑った。
「手を出してるんじゃねぇよ。テメェが放置してる亡骸を、あたし達が片付けようとしてるだけだ。本当に愛してるなら、ああなってる時点でテメェ自身でどうにかするだろうが。しねぇってことは、テメェは奥さんだろうが息子だろうが関係なく、道具としか思ってねぇんだよ」
煙幕が溢れるようになったことで、明確に動きが変わった。むしろ、換気扇により舞い上がることすら考慮して、煙幕の効果を少しだけ上に適用する。
出洲の艦載機の突撃が、明らかに甘くなった。それは、加減をしているのではない。煙幕の効果により、照準を定めることが困難になってきているのだ。
「……ならば、仕方あるまい。こうしよう」
出洲としては、この煙幕をどうにか無くすことが最優先。煙幕無しの状態では圧倒出来るが、そうでないなら逆に圧倒されかねない。故に、この空間に風を起こす。
神風のように居合で風を起こすなんてことは出来ない。扱えるのは、この大量の艦載機だけだ。これまでも常に動かし続けて空気を循環させていたが、その動きが明確に変化した。
全ての艦載機が連なるように編隊を組み、巨大な蛇のように蠢き始める。それがグルグルと回り、風を起こしながら突撃を敢行した。自分を守る動きから、敵を斃す動きへ。
それはもう、質量兵器と言っても過言ではなかった。100機以上の艦載機が集約した大蛇は、サイズこそそこまでではなくても、体当たりが凄まじい威力となる。
それが狙ったのは、やはり深雪であった。特異点の中心、この部隊の中でも特に、仲間達の士気を上げる者。精神的支柱となりつつある存在を、ここで手折らねばならない。
「深雪!」
それを守るために動いたのは、2人。神風と、夕立。神風は穢れに纏わりつかれてスピードを落とされてしまっているが、それでも限界を超えて深雪の元へと向かう。夕立は艦載機の妨害が一時的に失われたことで動きやすくなり、穢れの影響をまだ受けていなかったため、今だけは神風より早く深雪の元へと駆けつけた。
その時には、艦載機の大蛇が深雪へと迫っている真っ只中だった。煙幕に触れないように少しだけ高い位置から、その身体を叩きつけるようにするために。
「ちょっと強引だけど、我慢するっぽい!」
いち早く駆け付けた夕立は、謝りながら深雪を突き飛ばす。それが最善であり、深雪のダメージを最小限に抑え込むことが出来る唯一の手段だった。
そして、深雪が振り向いた時には、その大蛇に夕立が呑み込まれてきた。上から叩きつけられる強烈な衝撃。『ダメコン』のおかげで傷は負わないが、衝撃と同様に、
夕立でなければ、この一撃でペシャンコにされていただろう。深雪は煙幕によって身を守れていたかもしれないが、これには流石に限界がある。この大蛇、自身の身を回転させながら突撃してきているため、近くの煙幕は風圧で飛ばしているのだ。
「っく……夕立は、やられないっぽい……!」
だが、膝をつくことになる。傷はなくても、ダメージは蓄積される。衝撃は内臓を突き抜ける。煙幕ブーストでそこを克服していても、動くことも出来ずに押し潰されていく。
それだけではない、体勢を崩したところを見計らって、大蛇は押し潰す角度を変えた。夕立を掬い上げるように浮かせると、それをそのまま深雪の方へと投げ飛ばす。夕立そのものを武器に使い、その行動を阻害しようとしてきた。
「マ、ジか……!?」
「深雪避けるっぽい!」
紙一重で深雪は夕立を避けるが、無理な体勢で避けることとなったため、少しだけ身体を痛めることになる。戦闘に支障はないものの、目的であった中柄の亡骸は遠のく羽目になった。
逆に夕立は、そのまま壁際まで運ばれた挙句、そのまま叩きつけられる。耐性を得たとしても、その衝撃は相当なモノ。カハッと肺から息を漏らし、夕立は無傷でも少し思考が止められた。
「なるほど、守り切るより攻めた方が君達は苦しいのかな。ならば、少しこれを続けさせてもらおう」
「でもテメェは無防備じゃねぇか!」
「そうだね。全てを攻撃に注ぎ込んでしまっては、私自身は守れていない」
艦載機の盾が失われたことで、出洲には大概の攻撃が通る。その隙を見逃さず、真っ先に動いたのはフレッチャー。出洲が避ける方向なども『未来視』で先読みし、避けるまでもなく当てられるようにと砲撃を放つ。
それくらいならば、出洲も身体を動かすだけで避けれるはずなのだが、そこはフレッチャーの砲撃だ。そこまで考えての一撃。
「君達は、私が誰なのかを忘れているのかな。私こそが、ここで初めて高次へと至った者。ならば、
フレッチャーの砲撃は、カキンと軽い音で止められてしまった。そこにあったのは──
「……それは、子供の玩具……」
「明日太に与えた、勇者の盾。傷を負わぬように持たせたのだが……当然、私も持っているさ。身を守ることの大切さは、嫌という程理解しているからね」
自ら持つわけではなく、その場に浮かぶように現れた、小柄の持っていた頑強な勇者の盾、そのプロトタイプ。艦載機で止められなくなった時の保険くらいで考えていたのだろうが、それすらも扱い始めた。それすらも艦載機のように操って。
「準備というものは本当に必要なモノだ。特異点は私の予想を何度も何度も超えてくる。ある程度は考えていたことだけれど、ここまでとは思わなんだ」
「そうかい、ありがとよ」
「敬意を表そう。君は、これまでの特異点とはまるで違う。故に、全力で叩き潰さねばならない。平和を、我々が求める平和を拒み、否定し、破壊しようとする魔王を、今ここで」
「はっ、そうかよ。ならあたしもテメェはここで絶対に叩き潰す。あたしの知らねぇ姉ちゃん達を殺してるんだろ。だったら、その報いをいい加減受けてもらわねぇとな」
深雪から立ち昇る煙幕が、より濃くなった。吸われなくなった今、深雪はさらに力を発揮出来る。
「あたし達が、そんな簡単にやられると思うなよ」
「こちらのセリフさ。私達の求める平和を、正義を、手折ることなど出来んよ」