グレカーレからの情報、それを聞いた伊203による速攻の調査により、出洲がこの戦場を選んだ理由、妻と子がやられても動けなかった理由、そして、ここまで強力な攻撃を繰り返しても消耗すら見当たらないタネの一つが暴かれた。
「天井に、弱点!」
伊203は最後に叫ぶ。声を荒げることのない彼女の、咄嗟に出た大きな声。それだけ切実な、確実な情報。それが託された瞬間、艦載機の大蛇は伊203を空中で撥ね飛ばした。
「フーミィ!?」
その瞬間を見せつけられた深雪が、思わず声を上げる。強烈かつ凶悪な一撃をまともに喰らい、伊203はその一撃で瀕死の重傷まで持っていかれるが、しかし命は繋ぎ止めている。
あの瞬間であっても、自らの身を守るために身体が動いた。耐えきれない程の質量であっても、致命傷に繋がらないように体勢を変え、ギリギリ衝撃を受け流すようにしていた。瞬発力、判断力、決断力、その全ての速さが異常である伊203の、咄嗟に繰り出した確実な延命。
撥ね飛ばされ、壁に激突する羽目になっても、厳しい体力でありながらも完璧な受け身で、さらにダメージが蓄積することを極限まで減らした。
壁にはベッタリと血が付いてしまっていたが、それでも生きている。この一撃を、耐えた。
「余計なことを」
出洲のこの反応からして、伊203の発言は致命的だったようだ。今の出洲の戦力を維持するためには必須の情報。それを破壊してしまえば、ここまでの力は失われる。
伊203が決死の行動で伝えてくれた最重要な情報だ。活かさないわけにはいかない。
「黒!」
「ああ!」
ここでその弱点に対して最も有効な攻撃は、どのような防御をされたところで、狙ったところにほぼ確実に攻撃が通る、深雪の消し飛ばす砲撃と、黒深雪の止められない砲撃。
伊203は一言、天井と言った。それが何処かはパッと見ではわからない。伊203だから、この短時間で見つけ出した。深雪にも黒深雪にも、狙うべき場所は完全に把握出来ているわけではない。
ならば、出洲の真上を無差別に撃てばいい。それくらい雑でも、数撃ちゃ当たる。それが当たればそのまま有利になる。
「させないよ。知られてしまったならば、それを妨害せねばなるまい」
攻勢に出ていた出洲は、ここで本格的にまずいと感じたのだろう。艦載機の大蛇が二股に分離し、1匹ずつ、深雪と黒深雪を襲うように動き出す。風を起こしながら突撃をする点は変わらず、しかし質量が半減しているため、体当たりの直撃を受けても致命傷にはならないであろう。とにかく落ち着いて照準を定めさせないようにするため。
「っの、必死じゃねぇか! フーミィの言ってたことが間違いないって、自分で認めてくれてるようなもんだな!」
「それだけやられたくないってことかよ。なら、アンタを止めるために、絶対に成し遂げないといけねぇってことだ」
事実、天井狙いの砲撃が簡単には出来なくなっている。主砲を上に掲げようとすると、すかさず大蛇が滑り込んでくる。その体当たりはかなりの速度であり、深雪も黒深雪も砲撃をやめて回避に専念しなくてはならないくらいにされる。
先程よりも質量を落とした代わりに、速度が上がっていた。防御以上に撹乱が目的に見える程に。
「本体は無視で構いませんね。ならば、我々も天井を狙いましょう。何処にあるかがわからないのならば、適当に撃っても問題ありません」
「行っちゃえ行っちゃえ! あたしゃしんどいからみんなに任す!」
フレッチャーも天井狙いに切り替える。グレカーレは満身創痍で壁際まで来たが、その目は爛々と輝き、伊203が見つけ出した天井の弱点を探そうと、笑みを失うことなく凝視し続けた。
「シラクモ、天井凍らせちゃえ! 鎖届く!?」
「ギリギリ、でしょうか。ですが、やらぬ理由はございませぬ。出力がさらに欲しいところですが……っ。そうだ、ならばこの白雲、身体を張らせていただきましょう」
撃つことを食い止められるならば、天井全域、そうでなくても出洲の真上だけは凍らせてしまえばいい。それが出来る白雲は、ここで一つの案に辿り着く。
出力が足りないのならば、
「お姉様! この白雲に、煙幕の重ねがけをお願いいたします!」
煙幕ブーストの2回目。それが今最も必要だと感じた。
身体に相当な負担がかかることは重々承知の上。この戦いの後に、どれだけの反動が来るかはもうわからない。演習の時の疲労とは比べ物にならない可能性もある。倒れてしばらく起きられないなんてことだって考えられる。
だが、今それをやらねば打開も出来ないだろう。後一歩が届かない。それを使ったところでダメかもしれないが、使わないならそれもわからない。ならばやるしかあるまい。
「っ……わかった!」
深雪も一瞬考えた。それが本当にいいことなのか。大蛇を避けながら、白雲の身体の心配もする。そんなことを言っていられない状況であることも理解して。
だからこそ、結論はすぐに出た。自分の攻撃が徹底して止められているのだから、それをどうにかするために、白雲の力を借りる。無茶をさせることに申し訳なさを感じつつ、しかし覚悟を決めた白雲のためにも、それは肯定する。
「何をしたいのかは知らないが、そうそう簡単に出来ると思わないでもらいたいね」
「うるせぇよ。テメェ、あたしにばっかり構ってていいのか?」
白雲へのブーストを目論みつつも、深雪は自分以外も見た方がいいぞと伝えた。事実、深雪と黒深雪以外にもここには戦える者は何人でもいる。フレッチャーだって天井を狙っているし、先程吹き飛ばした夕立だって、あられも無い姿にはなっているが『ダメコン』のおかげでピンピンしているのだから、いくらでも狙いに行く。
そして、本当に見逃してはいけないところもあった。電である。床に沈殿していく煙幕を最優先にしていた電は、そうすることで仲間達全員のサポートになることを理解していた。大蛇に吹き飛ばされようが、仲間達に煙幕の効果が出ることを願い、この戦いを終わらせるために全力を出し続けていた。
電を放っておけば、後始末屋全員が強化され続けることに繋がる。足元に煙幕が漂い続けるだけで、出洲にとっては良くないことが起こり続ける。煙幕は絶対に対処しなくてはならない、最優先で除去しなくてはならないモノ。
「迷ったな。迷ったよな。今。それだけいろんなことを好き勝手やってきたのに、今になって全部処理出来なくなってきてるよな。焦ってんのか。それとも、不具合でも出始めたか。どうであれ、最初から少し変わってきてるよな。ああ?」
主砲を構える。それを防ぐために、大蛇を嗾ける。深雪はそれすらも利用し、回避しながら白雲への接近を優先した。
途中、床に手を置いて身を捻ったことで、少しだけ手のひらに傷がつく。だがこれも好都合だった。
「白雲! 受け取れ!」
ブーストの願いが籠った煙幕を、投げるように白雲に放つ。それは、いつもの煙幕ではない。少しでも血が滲んだことで、より強力になった重みのある煙幕。床側の換気扇が破壊されている今、それは吸い込まれることもなく、白雲の方へと飛んでいく。
艦載機の大蛇はそれを止めなくてはならなかった。だが、示し合わせたかのように、黒深雪とフレッチャーが天井に向けて主砲を構えていた。特に黒深雪の砲撃は止められない。そちらを妨害しなければ、出洲はそのまま負けに持っていかれる。
マルチタスクを同時処理して、黒深雪と白雲に狙いを定める。一部は電にも構いながら、他も見なくてはならない。これまでスイスイ出来ていたことが、少しずつ怪しくなっていた。
それは、出洲も気付いているかわからない、僅かに芽生えたその感情。
「へっ、電からの援護も来てるぜ……!」
床を這う電の煙幕による全体的なブーストも届いている。深雪は煙幕を投げたところで、突然身体の向きを変えた。白雲にはこれでいい。これだけでいい。真の目的、穢れを祓うことに動き出す。
「届きました、お姉様。心より感謝を込めて、いただきます」
そして白雲は、その少し血が滲んだ深雪の煙幕を口に含むことに成功した。出洲の妨害が間に合わなかった。他にもすぐさま止めなくてはならない行動が多く、致命的になり得る天井への攻撃を止めることを優先したからだ。
白雲のブーストを、直近で最も軽く見ているという証左でもあるのだが、どの選択を軽んじても、ここから先にある未来は後始末屋に流れが来るということには変わりない。
「っ……漲る、漲ります、二度目ともなると、危うさも感じてしまいますが、今は四の五の言っていられませぬ。我が『凍結』、特異点の力により増幅され、さらに、さらに先へと参りましょうぞ!」
後先考えず、命さえ繋がれば良しとしたこのブースト。これにより、出洲をさらに追い詰める。